★4★ いつの間にか「地味」キャラに
「おはようございまーす!」
よく晴れた青空の下、明るい声がひびきわたる。
正門のそばで、生徒会のひとたちが、朝の「あいさつ活動」をしているんだ。
小さい声で「おはようございます」と返して、うつむきながら敷地に入った。
すごいなあ。生徒会の人たちって、明るくて元気で、なんでも積極的で、きらきらしてる。ほんと、「選ばれたひとたち」って感じ。まあ、実際選挙で選ばれてるんだけど……。
晴海第三中は、ごくふつうの公立の学校。40人のクラスが、各学年、5~6クラスある。
わたしは1年4組。
2階にある教室に入る。動物園みたいに、がやがやとさわがしい。
元気がいいのはいいことなんだろうけど……。
自分の席に荷物を置いて、片付けていると、
「おはよう」
さわっちがやってきた。
「おはよ」
あいさつを返すと、さわっちはふんわりとほほえんだ。
さわっち……岡部佐和ちゃん。5年生の時に同じクラスになって以来、仲良くしてる。
色白で、ぱっちりした目に長いまつげ、さらさらの長い髪。よく見るとかなりかわいいんだけど、わたしと同じ「地味」カテゴリにいる。
「藤沢さんは……」
「寝てるよ」
さわっちがこたえた。
見ると、窓際のいちばん後ろの席で、藤沢さんが机に突っ伏して寝ている。
藤沢マコさんは、ちがう小学校出身。めちゃくちゃマイペースで、めちゃくちゃ無口。
わたしは、さわっちと、藤沢さんと、休み時間、いっしょに行動してる。
といっても、藤沢さんは、わたしたちのことをどう思ってるのか、わかんないんだけど……。
「結乃ちゃん、このあいだのねこちゃん、うちで飼えることになったよ」
さわっちが小さな声で、うれしそうに言った。うれしい時も、悲しい時も、さわっちの声は小さくて、話しかたもゆっくり、のんびり。
わたしはそれが心地いいし、落ち着く。
「ほんと? よかったね」
「うん。今日、ねこグッズをいろいろ買いに行くの」
さわっちのご近所さんの家のねこが赤ちゃんをうんで、里親をさがしていて。わたしの家で飼えないか聞かれたけど、うちはお父さんがねこアレルギーだからことわったんだ。
いいなあ、ねこ。もふもふでかわいいよね。
さわっちと、ねこの話でもりあがっていたら。
となりの席から、きゃーっ、と、女子の黄色い声がきこえてきた。推してるアイドルに遭遇したときみたいな、叫び声。
思わず横を見やる。
わたしのとなりは、坂口えりかさん。クラスでいちばん目立つ、派手めグループの子。坂口さんのまわりを、同じくきらきらした仲間たちがとりかこんでいる。
「えりか、すごーい! デートじゃん、デート!」
「もう、気がはやいって!」
わわっ、恋バナだ。
聞いてしまって申し訳ないけど……。声が大きいから耳に入っちゃうんだよね。
「なに着ていこう~? おしゃれしすぎて、はりきってるって思われるのもいやだし、まよう」
は、初デートのコーデに迷っている……!?
うわあ、めちゃくちゃ気になる。どこに何しに行くんだろう?
「映画なんだけどさ……。やっぱスカートがいいかな? ミニとロング、どっちがいいと思う~?」
なるほど映画……。坂口さんはかわいらしい顔立ちだし、ミニ、絶対似合うと思う!
色は黒にして、オトナっぽさを出したらいいんじゃないかな!? 黒いロングブーツをはいたら、さらにオトナっぽくなる。ふわっとしたニットを合わせたらすてきだよ。
頭の中に、つぎつぎに映像がうかぶ。坂口さんが、わたしが選んだ服を着て、にっこり笑ってるすがたが……!
「結乃ちゃん、どうしたの?」
さわっちに言われて、はっとわれにかえった。
「う、ううん。なんでもない」
あわててごまかした。
仲良しのさわっちにも、洋服が好きだってこと、話してないんだ。
だって恥ずかしいもん。わたしの考えたコーデとか、服のデザインとか、絶対需要ないのに。
つい、いろいろ妄想しちゃったけど、坂口さんにアドバイスなんて、できるわけがない。
考えるだけ、むだだよ……。
ぐるっと、教室を見回す。男子も女子も、いくつかのグループにわかれて、しゃべったり、ふざけあったりしてる。
まじめな優等生っぽい子たち、運動系部活の子たち、はなやかな子たち、マニアックな趣味でもりあがってる子たち。いろいろいる。いろんな「キャラ」がいる。
わたしは自他ともに認める「地味女子」。
でもね。いつからわたしが「地味キャラ」になったのかは、実は、わかんない。
小学校低学年までは、ちがった気がする。
いつの間にか「地味な人」のラベルを貼られて、「目立たないグループの人」って扱いを受けてて。気づいたら、いつも端っこに追いやられてる感じ。
しょうがないよね。だってわたし、実際地味だし。陰キャだし。って、自分でも思ってる。
そう思ってるほうが、気持ちが楽だもん。
でも……。
チャイムが鳴った。さわっちは自分の席に戻る。藤沢さんは、まだ起きない。
芽衣ちゃんのことを、思い出す。
わたしと同じ顔をした、あの子。あの子は、学校で、どんな感じなんだろう?
部活はしてるのかな? 友だちいっぱいいるのかな。
わたしと同じ、「地味」キャラ? それとも……。
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家に帰っても、わたし、ずーっと、芽衣ちゃんのことを考えちゃってた。
夜になって、お風呂上がり、濡れた髪を拭きながら、メッセージアプリをひらく。
芽衣ちゃんのアイコンをタップする。
日曜日まで待てないよ。
今どうしてる? って、さらっと聞いてみようか……。
いやいや、ダメダメ! 忙しいって言ってたじゃん!
春蘭って、授業、うちの学校より進んでそうだし、今だって、もしかしたら勉強してるのかもしれないし、なんの用事もないのに、メッセージなんて送るわけには……。
ため息をついて、アプリを閉じようとしたら。
ブブッと、手の中のスマホがふるえた!
わわっ!
びっくりして取り落としそうになる。
ちゃ、着信! まさかの芽衣ちゃんから! すごいタイミング!
どきどきする心臓をなだめつつ、電話に出る。
『どうも! 結乃ちゃんのドッペルさんです!』
聞いた瞬間、思わず、吹き出した。
『っていうか、結乃ちゃんも「くらげさん」好きなんだね!』
「そうなの! 芽衣ちゃんのアイコン見たとき、キセキ? って思っちゃった」
『あたしも~。顔だけじゃなくって、シュミも似てるのかな?』
だったら、うれしいな。
そのまま、しばらく「くらげさん」の話題でやりとりしたあと。
『このまえ、自己紹介がハンパになっちゃったから、もっといろいろ聞いてもいい?』
と、芽衣ちゃん。
「うん」
『結乃ちゃん、部活、してる?』
「やってないよ。ぴんとくるのなくて、気づいたら2学期になってた。芽衣ちゃんは?」
『あたしもやってないよ』
「そうなんだ。塾とか、習い事とかで忙しいの?」
『ううん。ほんとは運動部に入りたかったけど、ママが反対するかなーって。そのかわり、時々、いろんな部活に助っ人に行ったりしてるよ』
助っ人!? すごい。 運動神経いいんだ……!
顔は同じなのに、わたしとはぜんぜんちがう。わたしは低学年の頃、リレーで転んでみんなに責められて以来、スポーツは苦手。
『あと、生徒会で忙しいから……』
え。生徒会? やってるの?
そういえば芽衣ちゃん、2年生だもんね。
あの、きらきらの「生徒会」。しかも、春蘭学園の……。
『今、ちょうど文化祭のミーティングとか、準備とか立て込んでて』
「文化祭……」
ほうっと、憧れのため息がこぼれ出た。
春蘭の文化祭って、すっごくはなやかで楽しそうなんだ。
去年あそびに行った人から聞いたんだけど、模擬店やステージイベント、アトラクションが、たっくさんあるんだって。
うちの学校の文化祭は、体育館でのステージと展示のみで、一般開放もしないから、うらやましい。
「ところで、生徒会では、何してるの?」
わたしはたずねた。いろいろあるよね? 書記とか、そういう役職。
『会長だよ』
会長……?
芽衣ちゃんからの返信に、びっくりして、ふたたびスマホを落としそうになってしまった。
「生徒、会長ってこと!?」
『うん』
「ほんとに!?」
思わず、大きな声が出た。
春蘭の生徒会長なんて、きらきらしすぎてて、もはやフィクションの中の存在だよ。
「クラスで目立つグループ」どころの話じゃない。夜空にかがやく一等星だよ。
圧倒的「主人公」じゃん。
わたしと同じ顔をした「ドッペルさん」が、まさかそんな「きらきらの極み」だなんて……!!
ショックで頭がふらふらする。
芽衣ちゃんは「主人公」。なのにわたしは「その他大勢」の、いわゆる「モブキャラ」。
『つぎの日曜だけどさ』
芽衣ちゃんの声でわれにかえる。
『すずらん図書室で待ち合わせしたあと、うちに来ない?』
「えっ」
芽衣ちゃんの……家?
「い、いいの?」
『もちろん! いろいろ見せたいものもあるし、ちょっと……人に聞かれたくない話もあるし』
聞かれたくない話? って、なんだろう。
『ママにばれないように引き入れるから、あたしの部屋でゆっくり話そうよ』
うれしい! めちゃくちゃ楽しみだよ!!
芽衣ちゃん、どんな家に住んでるのかな。
『それでね。結乃ちゃんに、持ってきてほしいブツがあるんだけど……』
おんなじ顔をしているけれど、性格はぜんぜんちがう結乃ちゃんと芽衣ちゃん。
結乃ちゃんは、芽衣ちゃんのママにバレずに、芽衣ちゃんの部屋へたどり着くことができるの!? そして、芽衣ちゃんの言う『持ってきてほしいブツ』ってなに!???
12月3日公開の先行れんさい第4回『とつぜんの「助っ人」依頼』をおたのしみに!
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