10 わたしの学校生活ら
ぼく――双葉かえでと、ふたごのあかねが、この学校に転校してきて、2週間。
たった1週間で、辻堂先生にヒミツがバレたときには、もうダメだと思ったけど……。
理由はわからないけれど、辻堂先生は、ぼくたちの『チャレンジ』を守ると約束してくれた。
それどころか、ぼくたちがチャレンジを思いついて実行したことを、まっすぐに肯定してくれた。
あのときぼくは、ぶあつい雲の間から、ひとすじの光が差したみたいに感じたんだ。
学校の先生なのに、どうして? って思うけど。
「個人的な理由がある」って言ってたな。
もしかしたら、いつかきかせてもらえるのかもしれない。
とにかく、辻堂先生がだまっていてくれるおかげで、ぼくは今日も女の子として、学校に行くことができている。
もう絶対にヒミツがバレないように、気をつけながら。
授業が終わって中休みになると、男子たちが立ちあがる。
「今日はなにする? 鬼ごっこ?」
「氷鬼にしようぜ!」
「さんせー!」
話しながら、あっという間にみんなで教室を出ていく。
その中には、あかねの姿もあった。
あかねは、転校してきたばかりとは思えないほど、なじんでいる。すごいなあ。
前の学校で――男子だったのはぼくだけど、とてもあの中には入れなかった。
かといって、教室に残っている男子の、ゲームやバトルアニメの話にものれなくて……。
結局、1人で本を読むしかなかったなあ。でも、今は――。
「かえでちゃん、なんの絵描いてるの? かわいい!」
「あ、これ、サンミオのキャラクターじゃない?」
「ほんとだ! えっ、めちゃくちゃ上手!」
「ねえ、ほかのページも見ていい?」
絵を描いていると、クラスメイトは笑顔で、たくさんほめてくれる。
ぼくの絵に、興味を持ってくれる。
「わっ、どのキャラも、うま! かえでちゃん、サンミオ好きなんだね!」
「えんぴつだけ? 色はぬらないの?」
「うん……、色ぬりは得意じゃないから」
「そっか。ねえ、私、サンミオのシール、たくさん持ってるんだ。今度、交換しない?」
「え、わたしも集めてるの。いいの?」
「もちろん!」
ずっとあこがれていた、シール交換。
いままでは、1人きりの部屋でとりだして、ながめるしかできなかったけど。
「ありがとうっ」
思わずほほえむと、女子たちは顔を見あわせた。
「ねえ、かえでちゃんって、すごくかわいいねー」
「それ。前の学校で、絶対モテてたでしょー!」
「えっ! ううん、ぜんぜん……」
「えー、またまた~!」
女子とのおしゃべりは楽しいけど、コイバナは、ちょっと苦手だなあ……。
でも、どうにかのりきって、シール交換の約束をしてわかれた。
「……あ、あのっ」
絵を描くのを再開しようと思った、そのときだった。
顔をあげると、1人のクラスメイトと目が合った。
「か、かえでちゃん」
おずおずと話しかけてきたのは、ゆるい三つ編みに、メガネをかけた女の子。
もちろん、顔を見たことはあるけど、話をするのはこれがはじめてだった。
「急に話しかけてごめんね。じつは、ずっと話してみたかったんだけど。かえでちゃん、いつもだれかといるから、なかなかタイミングがつかめなくて」
緊張しているのか、顔がほんのりと赤い。
――いつもだれかといる、か。
その言い方は、少しまちがっていると思う。
ぼくがだれかといるんじゃなくて、ぼくのまわりに、だれかがいてくれるだけ。
さっき、シール交換を提案してくれた子だって。
転校生で、目新しい存在だから気にかけてるんだ。
相手がぼくへの興味をなくしたら、それでおしまいだって、わかってる。
でも、それくらいの関係のほうが気が楽でいい。
なにかあったときに――『かわいいかえでちゃん』は『おかしなかえでくん』だってことがバレたとき、よけいに傷つかずにすむから……。
目の前でもじもじしているクラスメイトとは逆に、すうっと心の芯が冷えるような感覚がした。
「そうだったんだ。あらためて、双葉かえでです。よろしくね」
冷たい感情をおさえて、ぼくはできるかぎりの笑みをうかべた。
「よろしく。わたしは、秋倉凜だよ。えっと、凜って呼んでくれたらうれしいな」
「わかった、凜ちゃんね」
「うんっ。あのね、かえでちゃん。変なこと言ってたら、ごめんなんだけど」
えっ……。
急に言葉をにごした凜ちゃんに、ぼくは身がまえる。
……まさか、ぼくとあかねのこと、なにか気づいて――
「――大丈夫? 新しい学校で、なにか心配ごととか、ない?」
「え……?」
ぼくが目を白黒させると、凜ちゃんは、あわあわと手を合わせる。
「や、やっぱりわたしのカンちがいだったのかな。なんだか、ずっと落ちつかないように見えて」
ぼくが微妙な反応をしてしまったのは、カンちがいだからじゃない。
凜ちゃんが、初めて女子としてすごすぼくの、ぎこちない様子を見ぬいていたことに、おどろいたからだ。
『チャレンジ』のせいだ、とは言えないし……ごまかすしかないかな。
「ううん、凜ちゃんの言うとおり。わたし、人見知りで、まだこの学校に慣れなくて」
「わたしもそうだから、すごく気持ちがわかるよ。こまったことがあったら、いつでも言ってね」
「うん、わかった。ありがとう、凜ちゃん」
「いえいえ。ホントは、そのうさぎかわいいねって、話しかけるつもりだったの」
凜ちゃんは、ぼくのランドセルを指さす。
男子だった時代には、ずっとつくえの中に押しこめていた、白うさぎのキーホルダーだ。
「凜ちゃんも、うさぎ好きなの?」
「うん。ぬいぐるみも、本物も好きだよ。家で飼ってるしね」
「ええっ、いいな。名前は?」
「ロコちゃんだよ」
「ロコちゃんか。女の子?」
「ううん、男の子。でもなんとなく『ロコちゃん』って呼んでるの」
「そうなんだ。今度、よかったら、写真見せて」
「うんっ! 明日、持ってくるね」
凜ちゃんはうれしそうに深くうなずく。
そして、なにかを思いだしたように、目を見ひらいた。
「あっ、わたし、日直の仕事をやらなくちゃ! かえでちゃん、また話そうね」
凜ちゃんは、はにかみながら手をふって、去っていった。
たった数分だったけど、凜ちゃんとは、まるであかねと話すみたいに、かまえずに会話できた。
そしてなにより……楽しかったな。
もっと凜ちゃんの話をききたかったし、逆に、きいてほしかった。
こんなふうに強く思ったのは、はじめてかもしれない。
ぼく、凜ちゃんと、友だちになってみたいのかな……?
これまで、ぼくにはあかねがいるから、十分なんだって思っていたけど……。
でも、親しくなっちゃったあとで、もし凜ちゃんに、ぼくとあかねのヒミツを、知られてしまったら……。
うん、やっぱり、ただのクラスメイトの距離でいたほうがいいよね。
そう考えながらも、ぼくは凜ちゃんとの会話を、何度も思いださずにはいられなかった。
……あれ?
ふと、そのとき、ぼくは、さっきの自分の言葉に、ギクッとした。
――ロコちゃんか。女の子?
あのとき、ぼく、どうしてわざわざ、性別をたしかめたんだろう。
うさぎってなんとなく、女の子っぽいイメージだから?
「ロコちゃん」っていう名前が、女の子っぽいから?
べつにぼくは、ロコちゃんがメスかオスかが、とくに知りたかったわけじゃない。
ただ、会話の流れで、なんとなく、ききやすい質問だったから。
でも、そのせいで凜ちゃんは「ロコちゃんがオスなのか、メスなのか」を言うことになった。
ぼくとあかねは、「男子なの? 女子なの?」ってきかれて答えるたびに、「男子っぽくないね」「女子っぽくないね」って言われてきた。
「男子らしく、女子らしくありなさい」って言われているようで、イヤだったのに……。
少なくとも、さっきのぼくに、悪気はなかった。
今までぼくらに質問をぶつけてきた人たちや、クラスメイトだって、きっとそうだろう。
ぼくたちは気づいていないうちに、傷つけたり、傷つけられたりしてるのかもしれない……。
そんなことを考えて心臓を鳴らしていると、鉛筆が指からすべって、床にころがる。
あわてて追いかけると、ドンとだれかにぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
あわてて顔をあげると、北大路さんが、するどい視線でぼくを見おろしていた。
北大路さんは今日も、色とりどりのテープをはりつけたような、独特なデザインの服を着ている。
「気をつけなさいよ」
そうひと言だけ告げると、ふいと顔をそらして、はなれていってしまった。
理由はわからないけど、北大路さんは、ぼくを嫌っている気がする。
クラスメイトはもちろん、あかねとも、ふつうに会話しているのにな。
でも、なにかイヤなことを言われるわけでもないからなあ。
――北大路さんと、ちょっぴり気まずかったり……すべてが平穏ってわけじゃないけれど。
スカートやワンピースを着て、うさぎのキーホルダーをつけて、おえかきをして。
ずっとあこがれだった、シール交換の約束もできて。
転校してから、ぼくは、自分の好きなことを、自由にやれるようになった。
……それなのに、なんだかずっと気持ちが晴れないのは、どうしてなのかな。
ぼくは、絵を描きながらも、どこかぼんやりしていた。
11 レンアイ注意報!?
さわやかな朝の日差しが、まぶしい。
うちはかえでより先に朝ごはんを食べて、身じたくもさっさとすませる。
すっかりクラスにも慣れたし、早く学校へいきたくて、たまらない。
うずうずしながら、かえでが着がえるのを待つ。
「かえでー、着がえおわった?」
「うん、待たせてごめんね」
いそいでふすまを開けた拍子に、かえでの髪が、サラリと揺れる。
今日のお洋服は、セーラー風のワンピースだ。
かえで、かわいらしい服が、すっかりなじんだなあ。
はじめてスカートをはいたときの初々しさも、魔法をかけてもらったばかりのシンデレラみたいで、よかったけど。
「じゃあ、ちょっと早いけど、学校にいこ!」
「ごめん、もう少しだけ待って」
かえではそう言うと、鏡の前にすわって、せっせと髪をいじりはじめた。
手ぎわよく、髪を編みこんでいく。
「かえでって器用だねえ。ヘアアレンジなんてうちにはできないし、やろうとも思わないや」
「『かえでくん』じゃできなかったから。『チャレンジ』を思いついたときから、練習してたの」
かえでは話しながらもテキパキと進めて、最後にリボンつきのゴムでまとめる。編みこんだ髪を、ぐるっと頭のうしろで留めた、お姫さまみたいな髪型だ。
上品なふんいきで、かえでにピッタリ合っている。
「うん、いい感じ」
そうつぶやくかえでは、楽しそうだ。
かえでがうきうきしていると、うちもテンションがあがるなあ。
「あかねくん、かえでさん、おはよう」
うわばきにはきかえて廊下を歩いていると、左野先生に声をかけられた。
「「おはようございます」」
「すごいな、あいかわらず2人は息がピッタリだね」
左野先生はほがらかに笑ったあと、かかえていたファイルから冊子をとりだす。
「ちょうどよかった、きみたちに、これをわたしたかったんだ」
受けとった冊子の表紙には、『緑田小学校クラブ活動』と書かれていた。
ああ、クラブ活動か。
そういえば、転校生であるうちらは、どこにも所属していないままだ。
藤司なんかは、サッカークラブに入っていたはず。
「クラブについて、少し説明するね。4年生から活動がはじまるんだけど、うちの学校では、最初の1年はお試しで、5年生に進級したときに別のクラブに変えられることになってるんだ」
「じゃあ、お試し期間は、あと半年しかないってことですか?」
かえでの問いに、左野先生はうなずく。
「そうなるね。でも、今からでも十分、合うか合わないかはわかると思うから。その冊子を参考に、入ってみたいクラブを選んで、先生に教えてほしい」
へえ、どんなクラブがあるんだろ。
パラパラとページをめくり、かえでといっしょにながめる。
サッカークラブのページは、すぐに見つかった。
ボールをける男子のイラストが、でかでかとのっている。
「ああ、あかねくんは前半を、かえでさんは後半を見るといいよ」
「運動系と文化系にわかれてるんですか?」
「それもあるけど、男子に人気があるクラブと、女子に人気があるクラブとで、わけてあるんだ」
そう言われて、最初のページにもどって、目次を確認する。
前半は、サッカーや野球、陸上などの運動系を中心に、パソコンといった文化系が少しまざっている。
一方で後半は、料理や美術、金管といった文化系ばかりで、運動系はバドミントンや卓球など、前半と比べて、かなり少ない。
クラブ名は、前半が青色で、後半が赤色で書かれている。
「……でも、たとえばサッカーがしたい女子だっているんじゃないですか?」
「そうだね。でも少数だろうし、試合なんかで男子と女子がまざらなきゃいけなかったら、やりづらいんじゃないかな? それなら、バドミントンで女子同士、楽しくやれたほうがいいよ」
うちだったらべつに、やりづらくないけどな。
ていうか、バドミントンとサッカーって、ぜんぜんちがうスポーツだし。
それだったら、たとえやりづらくたって、うちはサッカーを選ぶよ。
……まっ、こんなこと考える必要ないか。
だって今のうちは、男子なんだから。
「今の校長先生がそうやって、さりげなく男女で分けるようにしてから、クラブ活動でのトラブルが少なくなったんだ。だから、安心して好きなクラブを選ぶといいよ」
「「わかりました」」
左野先生とわかれて、うちらは教室へむかう。
「うちはもう、サッカー一択だな。かえでは?」
「うーん、まだ決められないかな」
クラブのことを話しながら、教室へたどりつくと、女子の視線が、かえでに集まる。
「おはよう! かえでちゃん、今日の髪型もかわいい!」
「ヘアアレンジ、いつも凝ってるよね」
「あ、ありがとう」
うちもしばらく女子と話したあと、輪からぬけて、つくえにランドセルをおく。
教室を見まわすと、藤司はすでに登校してきていた。
「藤司、おはよ」
……あれ? 声をかけても、返事がない。
藤司は一点を見つめ、ぼーっとしている。
「藤司?」
「……ん、ああ、あかねか」
めずらしく、藤司に元気がない。
「藤司、なにかあったのか?」
「ん~……よし。あかね、ちょっときてくれ」
藤司は少し悩んだあと、うちの腕を引いて、階段をずんずんあがっていく。
結局、カギのかかった屋上への入り口前で、立ちどまった。
藤司はうちの肩に手をそえ、声をひそめる。
「あかね。おれたち、ダチだよな?」
「おう、もちろん」
「今から話すこと、ぜったいバカにするなよ」
「ん? わかった、約束するよ」
うちが大きくうなずくと、藤司は意を決したように、ゆっくりと口を開く。
その緊張感に、うちまでドキドキしてくる。
い、いったい、なにを打ちあけるつもり!?
「じつは……」
「じ、じつは……?」
ごくり。
「おれ……好きみたいなんだ、双葉さん――かえでちゃんのこと」
へえ、かえでのことが――ん?
スキ……? すき……? 藤司がかえでのことを……!?
「どぅええええええええええええ!?」
「うわっ、急にデカい声出すなよ」
藤司は顔をしかめ、両手で耳をふさぐ。
「わ、わりい、ちょっとビックリして……。ど、どこを好きになったんだ?」
「転校してきた直後から、ちょっとどんくさいけど、気配りのできる、やさしい子だなって思ってたんだ。で、この前、中休みに氷鬼をしただろ? 水筒をとりに教室へもどったら、かえでちゃんがクラスの女子と話してて、笑ったんだ。その笑顔がずっと、わすれられなくてさ」
「そ、そうだったんだな」
「なんだよ、べつに、おどろくことでもないだろ。かえでちゃん、かわいいし」
かえでがかわいいことは、うちももちろん知っている。
でも、かえでは……男の子だ。そのことを、藤司は知らない。
それに、そういえば、かえではどんな人を好きになるんだろう?
女の子? 男の子? うちが勝手に決めちゃいけないし、やっぱりここはごまかそう。
うちは、どうにか自分を落ちつかせながら、答える。
「い、いやあ、でも、かえではやめといたほうがいいと思うぜ」
「ええっ、なんで!?」
「そ、そ、それは……」
かえでがだれを好きになるのかわからないし、藤司がショックを受けることになるかもしれないから――なんて本当のことは、言えない。
うちは、必死に頭を働かせる。
「じ、じつはさ、正直言うと、藤司はぜんっっっぜん、かえでのタイプじゃないんだ。悪いことは言わないから、早くあきらめたほうがいいよ」
ここは藤司のためにも、心を鬼にして、ビシッと言っておかないと!
もうしわけなく思いながらもう一度、藤司のほうを見ると……なぜか瞳の中に炎を宿していた。
「そうだったのか。ならおれ、かえでちゃんの好みのタイプになれるように、がんばる! で、かえでちゃんは、どんなやつが好みなんだ? 教えてくれよ!」
「え、いやだから、あきらめたほうが……」
「教えてくれ、あかね!」
「は、はいっ!」
ヤバいっ、藤司の気迫に、ついおされてうなずいちゃった。
「え、ええ~と、……勉強が得意で……おとなっぽいふんいきの……落ちついた人、かなあ~?」
できるかぎり、藤司とは正反対の人物像を伝える。
それでも藤司の心が折れる様子はなく、ドンと胸をたたく。
「サンキュー、あかね! おれ、絶対かえでちゃんにふりむいてもらえる男になるから!」
「お、おう。まあ、ほどほどにな……?」
……このまま、ほうっておいていいんだろうか、これ。
でも、言ってもムダだろうな……藤司の、こんなにやる気に満ちた顔、初めて見たし。
あーっ、どうしよう! でもまあ、なんとかなるか。
藤司には悪いけど、かえでにフってもらえば、それで終わるんだし。
12 やりたいこと、本当にできてる?
「ええっ、柴沢くんが、ぼくのことを好きだって!?」
「そう、今日教えてもらったの。絶対かえでにふりむいてもらえる男になる! ってめちゃ燃えてたよ」
「ええええ~~~~~」
陽がようやく落ちてきた、夏の夕飯前の時間。
うちが思いだしてその話をすると、かえではぎょっとしたように顔を青ざめさせた。
「どうするの、それ。ぼくが本当は男の子だって知ったら、柴沢くん、どんな気持ちになるか……」
「だからさ、藤司に告白するようにすすめるから、早めにフっておこうよ」
「フっておくって……。それで解決するような問題なのかな?」
「え? 恋なんて、フられたら、それでおしまいでしょ?」
うちが、きょとんとしてそう答えると、かえでは深く息をはいた。
「……とりあえずあかねは、これ以上なにもしないで」
かえでの顔色は、くもったまま。
どうしちゃったんだろ?
「あーちゃーん、かえちゃーん、晩ごはんできたわよー!」
うちが不思議に思っていると、おばあちゃんの声がとんできた。
「はーい、今いく!」
2人でリビングに入ると、ジューシーなお肉のにおいが、ふわりとただよっていた。
わーっ、ハンバーグだ! うち、大好物なの――。
そう思ったままにしゃべりそうになって、うちはあわてて口をふさぐ。
おばあちゃんの前では、かえでのフリをしないといけないから。
「わーっ、ハンバーグだ。うれしいな!」
一方かえでは、うちのフリをしているから、大げさにハンバーグに反応する。
「あーちゃん、いつもおいしそうにハンバーグを食べてくれたのを、ふと思いだしてねぇ。あーちゃんのほうは大きめに作っておいたから、たんとお食べ」
「ありがとう、おばあちゃん」
かえでは、ニコリと笑みをうかべてみせた。
いただきますと手を合わせると、うちはさっそくハンバーグに手をつける。
粗めのひき肉を使ってあるから、お母さんが作るのより肉々しくて、食べごたえがある。
上にかかっている特製デミグラスソースも、ケチャップとはちがって、味に深みがある。
うわあ、おばあちゃんのハンバーグも、すっごくおいしいなあ!
ハンバーグをほおばる、手と口が止まらない。
……だけど、それを素直に言うわけにはいかなくて。
「ぼく、おばあちゃんの作ってくれたハンバーグ、好きだな」
うちが、かえでとして気持ちを伝えるには、これくらいがせいいっぱいだった。
「あら、うれしいわ。あーちゃんは、どう?」
おばあちゃんから見た『あかね(実際はかえで)』の皿を見ると、まだ2口ていどしか減ってなかった。
「……うん、すごくおいしい。もったいないから、少しずつ食べるね」
「ふふ、冷めないうちに食べてあげてね」
おばあちゃんに見まもられながら、ちまちまと食べるかえで。
かえでは食が細いし、お肉もあんまり好きじゃないからな……。
うちは、おばあちゃんの目がかえでのハンバーグにむかないように、話をふる。
「ねえ、おばあちゃん。今日あかねが、体育の授業のサッカーで、5点も入れたんだよ」
うちは自分のことを、ひとごとのように話す。
おばあちゃんと話をするときは、いつもそうしないといけない。
「ええっ、すごいじゃない! あーちゃんは、運動が得意だものねえ」
おばあちゃんのこの言葉がむけられるのは、当然、うちのフリをしているかえでだ。
かえでは、ぎこちなくほほえむ。
「う、うん。かえでも、おえかきしてると、よくクラスメイトにほめてもらえるんだよ」
「そう。かえちゃんもすごいわね。将来は、画家さんかしら?」
「そ、そうかも? あはは……」
そして今度は、うちがかえでとしてほめられる。
なかなかややこしいし、なんだかもどかしい。
……ちゃんとうちの目を見て、うちのしたことを、ほめてほしいな。
うちらのなんとも言えない反応に、おばあちゃんは少しさびしそうにまゆを下げる。
「なんだかあたし、2人のこと、子ども扱いしすぎているのかしらねぇ。いやな思いをさせていたら、ごめんね」
「そんなことないよ! う……ぼく、おばあちゃんのこと、大好きだもん!」
「ぼ……うちも!」
2人であわててフォローすると、おばあちゃんはほっとしたように息をはいた。
「おばあちゃんも、あーちゃんとかえちゃんが、大好きよ」
――それから、うちは『かえで』として、おばあちゃんにいろいろな話をした。
だけどかえでは、あいづちを打つくらいで、ほとんどだんまりだった。
おばあちゃんがうちのために作ってくれた、特大ハンバーグを、どうにか食べ終えるまで。
ごちそうさまをしてから、自分たちの部屋にもどると、ふぅとため息が出る。
かえではなぜか、部屋のすみで体操ずわりで、ぼんやりしている。
ムリやりハンバーグを完食したせいかな……。
「かえで、大丈夫? ハンバーグ、うちがこっそりもらえばよかったかな」
「……こっそりって、どうやって?」
「えーと、おばあちゃんになにかとりにいってもらって、そのスキにうちが食べるとか!」
「……」
返事がない。そうとう気分が悪いのかも。
「ごめんねかえで、これからはそうするね」
「これから……。これからもずっと、おばあちゃんをだますの?」
「えっ……?」
かえでは両手でひざを寄せ、体をさらにちぢめる。
「かえでったら、どうしたの? 夕食前も、なんか様子がおかしかったし」
「……」
「いくらふたごでも、だまってちゃわからないこともあるよ。ほら、言ってみなって」
うちは、かえでによりそって、やさしく肩をたたく。
すると、かえではポツリと、だけど重々しくつぶやいた。
「あかねとぼくの、今の生活……なにかがちがうと思わない?」
なにかがちがうって……どういうこと?
うちは首をかしげる。
「うちはべつに、思わないけど。だれにも文句を言われずに、やりたいことをやれるって、最高じゃん」
「ぼくも、最初はそう思っていたけど……本当に、やりたいことが自由にできてるのかな?」
「えっ……。できてるよ、そりゃあ」
男子っぽい、ラフな黒パーカに半ズボン。
思いっきりプレイできるようになったサッカー。
男子にはたよりにされ、女子にはカッコいいといち目おかれる。
男の子として学校生活を送りはじめてから、どれもがうまくいっているのだ。
だけどなぜか、かえでにたずねられたとき、うちはドキッとした。
うちが動揺したのを、かえでは見のがさなかった。
「……あかねだって、気づいてるんでしょ」
かえでは立ちあがって、まっすぐうちを見つめる。
「ぼくたちは毎日、いろんな人にウソをついてすごしてる。そのおかげで、たしかにいろいろ気楽にできるようになったけど、そのぶん、できなくなったことだってある」
「な、なによ、できなくなったことって」
「ついさっきだって、あったじゃない」
「だから、口に出してもらわなきゃ、わかんないんですけど!」
ハッキリと言わないかえでに、うちは口調を強める。
かえではビクッとひるんだけど、すぐにもちなおして、よくとおる声を出した。
「おばあちゃんに、本当の気持ちを伝えられなくなったこと。自分の好きな食べもの、ひとつでさえね。ぼくは、それがすごくつらかった」
「そ、それは……」
声が、ふるえる。
……うちだって、本当はもっと、ハンバーグのおいしさを、おばあちゃんに伝えたかった。
体育の授業での活躍も、もっとほめてもらいたかった。
うちが答えられないでいると、かえでは言葉をつづける。
「学校でだってそう。ヒミツがバレるのがこわくて、いつもまわりの子の言うことやすることに、びくびくしてるんだ……。それって、やりたいことができているの? 自分らしくいられているの?」
かえでは、ほとんど、泣きそうだった。
「かっ、かえでが気にしすぎなだけよ。なにごとも、少しは上手くいかないところがあるに決まってるし、うちは今の生活に満足してる。かえでだって、そうでしょっ?」
「でも、『チャレンジ』をすることで、辻堂先生に左野先生、クラスメイト――特に柴沢くんには、すごく悪いことをしてる。おばあちゃんだってさっき、悲しませちゃったし……」
かえでは目をふせ、まるで自分を責めるような表情をうかべている。
「かえではやさしすぎるんだって。他人のことより、自分のことを優先して考えなよ。ほら、今の生活なら、かわいい服を着て、うさぎのキーホルダーをつけて、おえかきやクラブも――」
うちの話をさえぎるように、かえでは頭を左右にふり、両手でおおう。
「ぼくはこれ以上、自分のことだけ考えられない。好きなことがやれても苦しいんだ……っ!」
そううったえるかえでは、誕生日会のときよりも、ひどい顔をしている。
かえでの、こういう他人想いで、やさしいところは長所だって、うちはずっと思ってきた。
でも、今は――……無性に、腹がたつ。
「……へえ、そう」
自分でもビックリするくらい、冷たい声が出た。
顔をあげたかえでは、まばたきをわすれて、うちを見つめている。
「つまりかえでは、『チャレンジ』をしてる、うちらのほうが悪いって言いたいんだよね?」
「……まあ……」
「じゃあさ、うちらがこんなことをしてるのは、どうして? ――お母さんとお父さんが、前の学校のクラスメイトが――みんなが、本当のうちらを認めてくれないからでしょっ!?」
顔が、体が、心が、熱い。
言葉にしていく中で、どんどん気持ちが高ぶっていく。
――うちは、自分たちのしていることがまちがってるなんて、思わない。
うちらがまちがっているなんて、バカげてる。
うちらはみんなの期待どおりに、元気な男の子とかわいい女の子になってあげてるんだもの!
「そ、それは……そうだけど……」
さっきとは反対に、今度はかえでが口をつぐむ。
反論できないみたいだ。
うちは、皮肉をこめた笑みをうかべる。
「かえでは『イイ子』ね。お父さんもお母さんも、みんなよろこぶよ?」
かえでは10歳になる前から、ずっとずっと、傷つけられてきたはずなのにね。
「あかね……」
「でもうちは、絶対、この生活を手ばなさない。もし、かえでがヒミツをバラしたりしたら、絶交だから」
うちはキッパリと言いはなつと、絶句するかえでに背をむけて、部屋から立ち去った。
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