【チャレンジしようよ。好きなものを「好き」って言うために。】
「毎日読んでます。はげまされます」「心がふるえる」「この先どうなるのか、ぜんぜん予想できない!」と話題そうぜん。毎日セカイにたちむかってるみんなへの応援ストーリー「ふたごチャレンジ!」1巻が、期間限定で全文無料ためし読み中。
ぜひ、この機会に追いついてね!(公開期限:2026年2月28日(土)23:59まで)
【このお話は…】
性別を「とりかえ」してから、だれにも気を使われずに、おもいっきりサッカーができて、ゴキゲンなあかね。
でも、かえでは、自分のヒミツがバレるんじゃないかと、いつもビクビクしてて…。
しかも、友だちの藤司が、かえでのことを好きになっちゃったって!
「――ねえ、あかね。みんなをだましてるこの生活、本当にいいと思ってる?」
そんなふうに、かえでから、つきつけられて。
あかねは、おもわずひどい言葉をぶつけてしまった。
2人は、「セカイでいちばん大事な味方」なのに…どうするどうなる、ふたご!?
※これまでのお話はコチラから
13 モヤモヤと、「特別」な友だち
次の日になっても、うちの気分はサイアクだった。
かえでとは、おばあちゃんの前でだけは会話をかわすけど、2人きりになると、おたがいひとことも発しない。
生まれてこのかた、うちとかえでは、いつだって最高のきょうだいで、親友だった。
それなのに、うち、『絶交』とか言っちゃって。かえで、真っ青になってたな……。
……そりゃあね、言いすぎたって、自分でも思うよ。
かえでを、傷つけたいわけじゃなかったし。
むしろうちは、これから先、傷つくかえでを見たくないんだ。
かえでに、笑っていてほしい。
毎日好きな服を着て、休み時間に好きなことをして、好きなクラブに入って――。
絶対、今の生活をつづけるほうが、かえでにとっても幸せなはずなのに。
――あかねとぼくの、今の生活……なにかがちがうと思わない?
昨日、かえでに言われたことが、ずっと頭の中でひびいている。
……ううん、なにもちがわない。
かえでが、人に気をつかいすぎてるだけ。
かえでがみんなのために、本当の気持ちをおし殺そうとしているだけ――。
まちがっているのは、かえでのほう。うちは絶対に折れないんだから。
そう心に決めているのに、胸のモヤモヤが晴れない。
左野先生がせっかく、月に一度のレクリエーションの内容を募集するっていう、おもしろそうな話をしてるのに。
……ああもう、こういうときは、体を動かすのが一番!
放課後になると、うちは小学校から少しはなれたところにある、小さなグラウンドへむかった。
今日はなんだか、だれとも遊びたい気分じゃなかったから。
ほとんどただの空き地で、クラスメイトどころか、だれもこない。
だから、1人マイペースで練習するのに、ピッタリなんだよね。
フェンスがあるおかげで、ボールが飛んでいっちゃう心配もないし。
「よっ……ほっ……と」
ポンッ、ポンッと、ひざに当たるたびに、サッカーボールがかるくはねる。
無心でサッカーボールを蹴っていると、なにも考えずにいられる。
「ひゃくさんじゅうご……ひゃくよんじゅう……ひゃくよんじゅうご……」
今日はかなり調子がよくて、リフティングの記録がぐんぐん伸びる。
このままいけば、200回までいけちゃうかも。
「ひゃくはちじゅうご……ひゃくきゅうじゅう……ひゃくきゅうじゅうご……」
ろく、しち、はち、きゅう――。
「「200っ!!」」
最後に勢いよく蹴ると、ボールは空高く、まっすぐに浮かぶ。
落ちてきたボールを片手でキャッチすると、うちはもう片方の手でガッツポーズをした。
「よっしゃ、200回達成! ……って、ん?」
200回目のカウントをしたとき、うち以外の声もきこえたような……!?
パチパチパチパチパチ
拍手の音に見まわすと、フェンスのむこうで、同い年くらいの男の子が、手をたたいていた。
「おめでとう! 200回もつづいてるの、俺、初めて見たよ!」
「あ、ありがとう」
いつの間に、そこに? とか、
なんでそんなにうれしそうなの? とか、いろいろツッコみたいけど、その中で、真っ先に頭にうかんだのは――。
「あの、どこかで会ったこと、あったかな……?」
だけど男の子は、首を横にふった。
「ううん。ここ、ギリギリ俺の学区じゃないし、初めましてだと思うよ。急に声かけてごめんね」
そっか、同じ学校の子じゃないのか。
「ううん、気にしないで。それより、きみもこっち側にきたら?」
「そうだね。じゃあ、ちょっと待ってて」
男の子がフェンスに手をかけると、するするっと顔の位置が低くなっていく……?
うちがおどろいていると、男の子はゆっくりフェンスの切れめから、グラウンドへ入ってきた。
――車いすに、身をあずけた状態で。
成長しすぎた植えこみにかくれて、その子の腰から下が見えてなかったんだ。
うちがどう反応すればいいか、迷っていると、男の子はおだやかに口をひらく。
「たまたま通りがかったんだけど、あんまり上手いから、つい立ち止まって見ちゃったよ」
屈託のない明るい笑顔に、うちはドキリとする。
色素のうすいサラサラの髪に、少し猫目の、大きな瞳。
あらためて見ると、かなりカッコいい。
「じつは、リフティング200回できたのは、さっきのが初めてだったんだ」
「へえ! じゃあ、その瞬間に立ちあえた俺、ラッキー!」
「ふふ、大げさだよ」
うちもつられて笑うと、男の子は自分の胸に手を当てた。
「俺、明里太陽って言うんだ、よろしく。きみは?」
「双葉あかねだよ。よろしく」
「あかねちゃんか。あっ、名前で呼んでよかった?」
「いいよ。なんなら、呼びすてでもいいし――」
――って……あれ?
今、この子……うちのこと、なんて呼んだ?
ききまちがいだよね、だって、今のうち、髪は短いし、BOYSデザインのTシャツと短パンだし、おいてあるランドセルも黒色だし。
うちがそわそわしていると、太陽は首をかしげる。
「どうかしたの?」
「いや、ええっと、さっき……『あかねちゃん』って言った? 『あかねくん』じゃなくて?」
「うん。だってきみ、女の子だろ?」
「えっ、女子に見える?」
「男子って言われても違和感ないけど……しゃべり方とか、ふんいきとか、女の子っぽいなって」
「………………!」
女の子っぽい。
ひょっとしたら、生まれて初めて言われたかも……!
思いもよらなかった言葉に、うちが動揺していると、太陽がおそるおそるたずねてくる。
「あの、もしかして、男子だった……?」
……そうだ、「オレは男子だ」って、言わないと。
もし、太陽に緑田小の友だちがいて、うっかりうちの話題がでたら、大変なことになっちゃうよ。
でも、でも、でも……。
「……あの、うちが女子だとしてさ、こんなふうにランドセルを地面にほうって、サッカーしてるなんて、変だよね。こんな男っぽいかっこうしてさ」
うちがうすく笑うと、太陽はつられて笑みをうかべることなく、キッパリと告げた。
「変? いや、あかねが男でも女でも、俺にとってなにも変わらないし、おかしくないよ」
「えっ……」
太陽の真剣な顔を見れば、わかる。本心からそう思っているって。
そっか、うちのこと、変だって思わない人もいるんだ……。
…………なんだろう、この気持ち。
やっぱり太陽とは、ありのままで接したい。
学区がちがうって言ってたし、いい、よね……?
「……うん、うち、女子なんだ」
「やっぱり」
「すぐにうちが女子だって当てたの、太陽が初めてだよ」
「そうなの? じゃあ俺ら、気が合うのかもね」
お陽さまのような、心がぽかぽかしてくる笑顔。
『太陽』って名前、本当にピッタリだなあ。
……うち、もっと太陽のこと、知りたい。
「ねえ、うちもきいていい? 太陽は、その……体、どこか悪いの? さっきは立ってたよね?」
車いすに目をやりながら、そっとたずねる。
さっき気づかなかったのは、太陽がフェンスにつかまって立ちあがってたからなんだ。
「ああ、俺、生まれつき体が弱くてさ。今日はかなり調子いいけど、一応これにのって移動してるんだ」
「そうなんだ……。じゃあ、運動もきびしい感じ?」
「そうだね。学校にいける日でも、体育はぜんぶ休んでるかな」
そっか……。
うちがリフティング200回を達成したとき、太陽はすごく喜んでいた。
きっと、自分でもボールを蹴りたいんじゃないかな……?
うちがつい、シュンとすると、太陽はニコリと笑った。
「そんな顔しないで。俺はスポーツが好きだから、くやしく思うときもあるけど……自分でプレイすることだけが、スポーツじゃないからね」
「そ、そうだよね。見るのだって、すごく楽しいもん」
「うんうん。俺、サッカー観戦が好きなんだ。あかねとおんなじ、京本選手のファンでさ」
「ええっ、ホント!? ……あれ、うちが京本選手のファンって、どうして知ってるの?」
すると、太陽はうちのランドセルを指さす。
「あのストラップについてるユニフォームの柄と背番号、京本選手でしょ」
な、なるほど。太陽ったら、よく見てるなあ。
でも、太陽も同じ選手が好きだなんて、うれしい!
「じゃあ、この前の試合、見た!?」
「見た見た。後半ラスト5分で決めるとこもすごかったし、礼儀正しくて、相手チームへのリスペクトが伝わってくるのがよかったなあ」
「そうっ、そうなのっ! うちも、人柄をふくめて京本選手が好きなんだ! あと、前半も――」
息がはずんでしまうくらい、話が盛りあがる。
ぜんぜん会話がとぎれなくて、気がついたら、あたりがうす暗くなっていた。
「わっ、もうこんな時間。話しこんじゃって、ごめんね」
「こちらこそ。俺、学校も休みがちだから、友だち少なくてさ。こんなふうに楽しく話せたのはひさしぶりだったから、つい」
照れくさそうに、自分の髪をなでる太陽。
この楽しい時間が終わるのは、うちにとっても、なごり惜しかった。
「じゃあさっ、また明日もここで会おうよ」
「うん、ぜひ! 明日は、あかねのシュートを見せてほしいな」
「わかった、まかせて!」
スマホの連絡先を交換して、手をふる。
「太陽、またね!」
やった、また明日も会えるんだ!
車いすで、ゆっくりと進む太陽のうしろ姿を見まもるうちの笑顔は、なかなか消えなかった。
藤司は、学校で一番の友だちだけど、太陽とは、なんていうのか……『特別』な友だちになれそうな予感がするんだ。
ようやく歩きはじめて、ふと気づく。
いろんなモヤモヤがおさまって、なんだかこう、おだやかな気分だ。
今なら、ちゃんと冷静に、かえでと話せるかも……!
「「……あ」」
家に帰って玄関をあがったところで、先に帰宅していたかえでと、バッタリはちあわせした。
「あ、かえで……」
「あかね……」
「「……………………」」
いざ顔を合わせると、うちらの間に、また昨日と同じモヤモヤが、たちこめてきそうだった。
のどのところまで出かかっていた「ごめんね」が、ひっこんでしまう。
「ただいまっ!!」
かわりに口から出たのは、定型のあいさつと、笑みだった。
身がまえていたかえでが、けげんそうな顔をする。
「いやあ、寄り道してたら、おそくなっちゃった! かえで、もう宿題終わった!?」
「え? う、うん……」
「さすがだなあ。うちも早くやらなきゃ! わからないとこあったら、教えてくれる?」
「い、いいけど……」
「サンキュ! じゃあうち、手を洗ってくるね!」
うちは、かえでの肩に、ポンと手をおいて、横をすりぬけた。
――昨日のいざこざは、なかったことにしちゃおう。
もう、かえでとぶつかりたくないし!
14 もしも、ウソがばれたら
昨日、あかねが笑顔で話しかけてきたのをきっかけに、ぼくらはまた、ふつうに会話できるようになった。
でも、ぼくは暗い気持ちのままだ。
いっしょに登校したあかねが、すぐに校庭にくり出したのを見届けて、ぼくはつくえにつっぷす。
――それにしても、一昨日の夜はサイアクだった。
ぼくが思いきって口に出したら、こわい顔で言いかえされて、「絶交」だなんておどされて。
あかねだって、まわりにウソをつきつづけるのが平気なわけない。そんな子じゃない。
なのに意地になって、『チャレンジ』の悪い部分から、目を背けてるんだ。
まるで、一昨日のことは、なにもなかったことにしたいみたい。
でも、そうやっていつまで、だれにも本当のことを言わないままでいるつもりなんだろう……。
ああ、なんだかもう、ぼくはつかれちゃった。
……もういっそ、本当に、ぼくたちのヒミツを、バラしちゃおうかな――――なんて。
でも、そう頭の中に思いうかべただけで、心臓がバクバクして、息の吸い方もわからなくなる。
だって、そんなことをしたら――……みんなが、どんな目でぼくを見るだろう?
はあ、このままグルグルと考えていたら、気分がわるくなってきそう。
ぼくはムリやり考えるのをやめて、つくえの中から自由帳と筆箱をとりだす。
教室の窓から外をながめると、校庭にある、ひときわ大きな桜の木が目に入った。
いつもは動物やキャラクターの絵しか描かないけど、無心になるには、スケッチするのが一番。
ひたすら手を動かして、真っ白な紙に大木を生みだす。
幹を描いて、枝を描いて、葉を描いて、影を描いて……うーん、なんだかうまくいかない――。
「ねえねえ、鈴華ちゃん、きいてよ」
そのとき、そばで甲高い声がひびいた。
どうやら、北大路さんたちのグループが、おしゃべりしているらしい。
声のしたほうへ視線をむけると、みんなのまんなかで、北大路さんはあいかわらず、派手な服を着ていた。
今日は、スパンコールのついた、ワインレッドのワンピースだ。
「私、この前、家族と東京にいったんだけどね、変なかっこうの人が歩いてるのを見たの!」
「変な人?」
北大路さんが首をかしげる。
「そう。前を歩いてた若い男の人から、ずっとコツコツ、音が鳴っててさ。なんの音だろうって見たら、その男の人、ヒールをはいてたのよ! 前にまわったら、イヤリングもお化粧もしてた!」
ドクンと、ぼくの心臓が、とびあがる。
「ええっ、すごっ!」
……いや、とびあがるなんてものじゃない。
わしづかみにされて、つぶされているみたいだ。
「ヤバー、ほんとに東京って、そういう人がいるんだ。見てみたーい」
「でしょー、ビックリしちゃってさ~。写真とっとけばよかったなあ」
ぼくは、脂汗と体のふるえが止まらない。
スカートのすそを、にぎりしめる。
やっぱり。
もし、ぼくが男の子だってことをみんなが知ったら、そんなふうに思われるんだ……。
「ねっ? 鈴華ちゃんもおかしいと思うよね?」
話をもち出した女の子が、返事をうながすように、北大路さんのほうを見た。
北大路さんは、みんなといっしょになって、笑っていなかったのだ。
バカバカしすぎて、笑う気すらおきなかったのかな……。
おそるおそる顔をあげると、北大路さんが一切笑みをうかべることなく、口を開くところだった。
「――おかしいかどうかっていう以前に、その人が、あなたにそんなふうに言われる筋合いはないと思うんだけど」
「えっ?」
まさか、そんな反応が返ってくるなんて、思ってもみなかったんだろう。
北大路さんに見つめられた子は、きょとんと目を丸くして、固まっている。
「きくけど、その男の人がヒールをはくことで、あなたはなにかこまったの?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
「なら、本人の自由でいいんじゃないの? 笑いものにするなんて、失礼だと思うわ」
北大路さんが真顔で言いきると、みんな、気まずそうな表情でだまってしまった。
「そうだね……ごめん」と、話題を出した子が言う。
「私、お手洗いにいってくるわ」
北大路さんはそう言って、つんと澄ました顔で立ちあがる。
そのとき、バチッと目が合ってしまった。
し、しまった……! すぐに目をそらしたけど、時すでにおそし。
北大路さんはまっすぐに、ぼくの目の前へきた。
「え、えっと、あの……」
ぼくがもごもごしていると、北大路さんはキッパリした口調で告げる。
「双葉さん。あなた、転校してきたときからずっと、びくびくしてるわね。言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい」
「ご、ごめんなさい……」
ぼくは、思わずあやまってしまう。
「……はあ、もういいわ」
ぼくがうつむくと、北大路さんはきびすを返して教室を出ていってしまった。
北大路さんの姿が見えなくなっても、ぼくの心音はうるさいままだった。
ぼく、やっぱり、北大路さんに嫌われているみたいだ。
ショックだけど……あの子はすごいな。
あんなふうに、自分の意見をはっきり伝えられるなんて。
もしかして、北大路さんがさっき、ぼくに言いたかったことって、そういうこと?
いや、考えすぎかな。単に、ぼくにムカついてただけかも……。
――あかねと、あたりさわりのない会話しかしないようになってから、数日。
ぼくが、朝の日直の仕事として、職員室までノートの山を運ぼうとしたとき、
「あっ、……ええと双葉さん。おれが持つよ!」
柴沢くんが、そわそわした感じで声をかけてきた。
「えっ、だって悪いよ」
「いやいや、女子に重いもの持たせられないって。いいから、ほら貸して」
ことわったのに、柴沢くんはぼくの腕から、ノートの山をとりあげる。
「あ、ありがとう……」
どう接すればいいのかわからなくて、ぼくはお礼を言いながら、うつむく。
「エンリョしなくていいからさ、これからもおれをたよってよ」
柴沢くんはニコニコしながら、ぼくの顔をのぞきこむ。
気持ちがまっすぐ伝わってくるぶん、よけいにつらい。
……どうふるまえば、好きじゃなくなってもらえるんだろう。
いっそ、嫌われればいいの?
でも、わざと嫌われるなんて、イヤだよ……。
2時間目の授業が終わって、中休みになった。
教室をとびだしていく子、集まっておしゃべりをする子、つくえにふせて寝はじめる子――。
いろいろなクラスメイトがいる中、ぼくがぼんやりとすわったままでいると、凜ちゃんが本をかかえて近づいてきた。
「かえでちゃん、図書室にいこうと思うんだけど、いっしょにいかない?」
凜ちゃんはあの日、初めて会話をして以来、こうして話しかけにきてくれるようになっていた。
図書室か。
ずっと教室の中にいるのも息が詰まるし……ちょうどいいかも。
「うん。わたしもなにか借りようかな」
「図書カードをわすれずにね」
「あ、ほんとだ」
お道具箱の中から図書カードを取りだし、いっしょに教室を出る。
廊下を歩いていると、凜ちゃんが声をひそめてたずねてきた。
「あのね…………かえでちゃん。最近、あかねくんといっしょにいるとき、つらそうに見えるんだけど……なにかあった?」
「えっ……」
疑問形だけど、きっと凜ちゃんは、なにかあったことを確信してる。
だから、ぼくが話をしやすいように、こうして教室から連れだしたんだ。
……やっぱり、凜ちゃんにはかなわないな。
初めて話したときだって、ぼくの様子がおかしいことに、気づいてくれたもんね。
ぼくは心があたたかくなるのを感じながら、素直にうなずいた。
「うん、ちょっと。……じつは少し前に、あかねと大ゲンカしちゃって」
本当は、ケンカなんて感じじゃないんだけど、そうとしか言えない。
「きょうだいゲンカか。わたしも、お姉ちゃんとしょっちゅうケンカしてるよ」
「えっ、凜ちゃんが?」
「うん。ほとんど口ゲンカだけど、たまに手も出ちゃうね」
「ええっ!?」
凜ちゃんはいつもおだやかな子だから、すごく意外だった。
「手が出るって……どれくらい?」
どうしても気になってきいてみると、凜ちゃんは意味深にほほえむだけだった。
「ふふ、きょうだいゲンカなんて、どこの家でもそんなもんだよ、きっと」
「そ、そっか、別にめずらしいことじゃないんだね。……わたしは、今まであかねとケンカらしいケンカをしたことがなくて、どうしたらいいかわからなくて」
「ええっ、初めてのケンカなの!?」
今度は、凜ちゃんが目を丸くした。
「すごいなあ、ふたごって。それとも、ふたごっていうのは関係ないのかな? かえでちゃんもあかねくんも、ぜんぜんタイプはちがうけど、きっとすごく気が合うんだね」
凜ちゃんの言葉に、ぼくはハッと気づかされた。
あかねは、性格も好きなものもなにひとつ同じじゃないけど、おたがいの一番の理解者で、そばにいるのがあたりまえな存在だった。
だから、ぼくらは、いつの間にか、仲が良くて当然だって思っていたけど……。
――言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい。
これは、北大路さんに言われた言葉。
そうか。ぼくらはこれまで、あえて言葉にしなくても、わかりあえてきた。
――だからこそ、ダメだったんだ。
また、ケンカになってもいい。
ぼくは、もう一度、自分の気持ちを、意見を、あかねにぶつけたい!
「かえでちゃん、どうかした?」
だまりこんだぼくを見て、凜ちゃんは不思議そうな顔をしていた。
ぼくはごまかすかわりに、笑顔でこう言った。
「凜ちゃん、ありがとう」
「いいえ。早く仲なおりできるといいね」
ああ、凜ちゃんと友だちになれて、本当によかった。心から、そう思う。
もし、この先、ぼくらの『チャレンジ』のことを打ち明けても……凜ちゃんだけは、ぼくの友だちでいてくれないかな?
――できることなら、今みたいな……『女の子同士』の関係のままで。
でも、それはきっと、むずかしいんだろうな。
だって、『チャレンジ』をやめたら、ぼくは男子にもどらないといけないんだから……。
放課後になって家に帰ると、中にはだれもいなかった。
おばあちゃんは用事があって出かけていて、あかねはまだもどっていないらしい。
多分、ランドセルを持ったまま遊びにいったんだろう。
いつ帰ってくるのかもわからないので、ぼくはひとりで宿題を進めながら待った。
ぼくが家に着いてから、1時間と少しがたったころ。
ガタガタと、玄関の引き戸を開けようとする音がきこえてきた。
この乱暴さは、あかねだ。
よしっ、あかねにちゃんと言わなきゃ。もう一回、話し合おうって。
ぼくは玄関までかけていって、カギをはずし、戸をひく。
「おかえり、あかね、あのね、――!?」
……でも、それ以上、ぼくは言うことができなかった。
あかねの目は真っ赤にはれて、顔も、ぐちゃぐちゃになるほど大泣きしていたから。
ぼくと目が合うと、あかねは涙なんて気にもとめずに、笑うみたいに顔をゆがませた。
「かえで。かえでの言う通りだったよ。やっぱりうちらは、ただのウソつきだったんだ。うちのせいで、友だちを傷つけちゃった……!」