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瑠果(るか)、運動神経はよくないはずだよね……え?
『言いなり王子のかわし方』特別ためしよみ第4回スタート!
※これまでのお話はコチラから
2.スポーツマン
「勉強よりもやっぱりスポーツできる方がかっこいいよね」
あれからも、会話の内容といったらもっぱら中学生が知るはずもないような難しい学問についてばっかり。
毎日毎日訳のわからない呪文を唱えられるのは勘弁だったので、勉強の対といえばスポーツ、という何とも安直な考えで無理難題を言ってみた。
中学に入学してから10か月勉強しかしてこなかったようだし、スポーツを極めるためには努力だけでは無理なはず。
努力すれば結果に表れる勉強とは違って、スポーツは才能も大切だ。今まで瑠果に対して運動神経が良いと思ったことは一度もない。これならさすがになす術ないだろう……そう思っていた。
余裕をぶっこいていた私とは裏腹に、すぐにバスケ部に入った瑠果。
瑠果に好きなスポーツを聞かれ、咄嗟に思いついたのは昔どハマりしたバスケ漫画だった。
勿論瑠果がバスケをやっていたところなんて見たことがない。体育だって真面目に取り組んでいないようだったし、運動が苦手なのだと思っていた。
……だけど、嫌な予感はした。
放課後はつい最近までのガリ勉が嘘のように部活に打ち込み、自主練までするようになった瑠果。
成果が出るまでは格好悪いから見に来ないでと言われたので、瑠果に才能がないことをただ祈りながら時間が過ぎていった。
そしてまた数ヶ月後、中学2回目の夏が来た頃。
「初めてレギュラーに選ばれた! 次の試合、絶対見に来てな!」
嫌な予感は当たってしまった。
後から知ったことだけど、うちの中学は知る人ぞ知るバスケの名門校だったらしい。
そんな強豪校で、全くの初心者がたった数ヶ月でレギュラーを勝ち取ってしまった。
……なんだそれ、チート能力でしょ。
「きゃー! 三波(みなみ)くんまたシュート決まったぁ!」
「やば! 勉強できてスポーツもできるとか神!」
「見た? さっき腹チラした時の筋肉! 超かっこいいんだけど!」
瑠果に出禁を食らっていた私とは違い、バスケの練習を毎回見学していた女子達は大勢いたようで。
瑠果の初レギュラー試合を見逃さすまいと、観客席には応援団らしき群れが何個もある。
イケメンで、頭も良くて、運動もできる。モテ要素3種の神器が揃ってしまった。
初試合にも関わらず、味方の先輩達を差し置いてバンバン点を入れていく瑠果。その度に観客席から黄色い声が上がる。
声が大きくなるにつれ、私はどんどん肩身が狭くなる思いだった。
私はなんとも厄介な男に惚れられてしまったみたいだ……。
結局試合は瑠果のチームが圧勝して終わった。
瑠果の得点は全体の7割くらいか……。まだバスケを始めて数ヶ月なのに得点数一位とか、なんとも恐ろしい男だ。
そして試合が終わって真っ直ぐ私のところに向かってくる瑠果。
「梨紗、見てたか!? 俺の活躍で圧勝したぜ!」
「……」
「ほら、筋肉だってこの通り……」
「馬鹿! やめなさい! こんなところではしたない!」
まくれあがった試合用のウェアを慌てて下ろす。
スポーツの才能に加え、誰もが羨む美ボディまで手に入れて、こいつは全国の男達を敵に回すつもりか?
「なぁ、これで付き合ってくれるか!?」
「ちょっと! こんなところで何言ってんの!?」
試合が終わった直後ということもあり、体育館にいる人全員の視線が集まる。
ああもう最悪! 何もこんな公開処刑みたいに告白しなくてもいいじゃん! 特に女子からの視線が痛いんですけど!
はぁ……それにしてもどうする? 3種の神器を兼ね備えた一見パーフェクトマン相手にどう断ったらいい?
今回ばかりはすぐに思い付かず、とりあえず視線から身を隠したかったので「ちょっと考えさせて」と逃げるようにその場を去った。
「あーーどうしよう……」
地獄のような試合から数日、ことあるごとに女子からは「三波くんからの告白どうするの?」と聞かれたり、「断るなら早く断ってくれる?」と威嚇されたりという、地獄続きの日々であった。
私だって断れるならとっくに断ってるっつーの!
ちょっとやそっとじゃ諦めてくれないからこんなに血眼になって断り文句探してるんでしょーが!
人目を避けるように、薄暗い階段の踊り場で一人悩む。
すると、トントンと足音が下から聞こえてきて、見知らぬ女子生徒が顔を覗かせた。
や、やばい! 見つかった! また面倒な質問攻撃が始まる……!
と、身構えたのだけど。
「あー! 誰かと思えば校内1のモテ男子を手の平で転がしてる羽咲(はざき)さんじゃーん!」
思ったより軽い声と共に、ちょっと派手目な子が近づいてきた。
リップグロスを塗っているのか、ぷるるんと柔らかそうな唇が心底楽しそうに笑みを描く。
「えっと……あなたは……」
「あークラス違うから名前わかんないか。三波くんや羽咲さんとは違って有名人じゃないしね~」
「え、有名人……? 私が?」
瑠果だけならまだしも、何で私まで? ってそうだった、バスケの試合の日公開処刑されたんだった。瑠果のやつ絶対許さん!!
「そりゃあね。羽咲さん美人だし。うちのクラスにも狙ってる男子結構いるよ~。まあみんな三波くんがいるせいで告白する気にはならないらしいけど……」
「え? どういうこと?」
「いやなんでもない! 多分あんま言わない方がいいやつ!」
「なにそれ?」
どうやら有名なのは瑠果のせいだけではないみたいだ。後半は言っている意味がよくわからなかったけど、深く聞くような内容でもないのでまあいい。
それより、入学してからこんなに気軽に女の子と話せているのが初めてだったので、私はもっとこの子との会話を楽しみたいと思っていた。
小学生までは自然と周囲に人が集まっていたのだけど、中学に入って瑠果が人を寄せ付けなくなり、自然と私にも特別親しい友達ができなかった。
瑠果がいるから飽きなかったけど、ちょっとだけ寂しく感じていたので、こうやって普通に話しかけてくれるのはかなり嬉しいのだ。
「私は横山未羽(よこやまみう)だよー。隣のクラス」
「隣のクラスなんだ。私は羽咲梨紗」
「知ってるよ~。三波くんを手玉に取ってる羽咲さんね~」
「ちょっと、さっきもそうだけど人を悪女みたいに……!」
「あはは、ごめーん。だって面白くて」
本当に悪気がないようで、ヘラヘラと謝る横山さん。
不思議と悪い気がしない。瑠果のせいで他の女の子から悪意を向けられる機会が多かったため、悪意には敏感になってしまった。けれど、そのセンサーが反応しないということは、彼女の言う通り単に面白がっているだけなのだろう。なんとも物好きな子だ。
「だってさー、あんなに格好良くて勉強もできて、バスケもめっちゃ上手いんだよ? 普通そんな完璧な人から告白されて断る理由ないじゃん? なのに大人数の前で堂々と告白保留にするし、羽咲さんって変わってるなーと」
「あれは大勢の前で告白してきた瑠果が悪い! ……ていうか試合見に来てたんだ。瑠果を見に?」
「あったりまえじゃん。私ミーハーだし。三波くんタイプだし」
……自分で自分をミーハーっていう子初めて見た。ミーハーって悪い意味で使われる印象だったけど、こうやって堂々と自分で言えるのなんかいいなぁ。
ん? 待てよ? 瑠果がタイプ?
「横山さん瑠果タイプなの!? え、じゃあ告白とか……!」
「勿論しないよ~。言ったじゃん、私ミーハーだって。ああいうのは外からキャーキャー言っている方が楽しいの」
「そ、そうなんだ……」
なんだ、残念。横山さん可愛いし、周りにこういうタイプいなかったから瑠果のこと惚れさせられると思ったんだけどな。
「それにあんだけ羽咲さんラブ丸出しなのに、負け戦に挑もうとする方がおかしいって。中には羽咲さん目の敵にしてる子もいるし? 哀れだよねー身の程を知らないって」
「おおう……横山さん意外と毒舌だね」
「あははっ! こんなことクラスの子達の前では言わないけどね~」
「そうなの? なんで?」
「だって女子ってすぐ陰口言うじゃん。ただでさえみんな三波くんに夢中なのに、そんな子達を敵に回すようなことわざわざ言わないよ」
「た、確かに……」
瑠果を好きな女の子達の厄介さは誰よりも私が知っている。できることなら敵に回さない方がいい。本当は私だってそうしたいんだけどな……。
「それに羽咲さん友達いないじゃん? 陰口言われる心配ないしね~」
「ひどっ! まあその通りだけど……。友達多そうな横山さんが羨ましい」
「えっ、羽咲さん友達欲しいの? 意外~。孤高キャラだと思ってた。三波くん以外といるとこ見たことないし~」
嘘でしょ!? 孤高キャラだと思われてたの!?
ガーーン。めっちゃショックなんだけど……。
だから私に近付く人あんまいなかったのか……。
って全部瑠果のせいじゃん!? 瑠果が私にベッタリなせいで……!
「じゃあ私が友達になってあげる~!」
「えーなんで上から目線? なんかやだ」
「いや今の流れは泣いて喜ぶところでしょ。梨紗ちゃんってば素直じゃないんだから~」
とか言いながら、さり気なく名前呼びしている横山さんはさすがだ。
「あーでも梨紗ちゃんと友達になったら三波くんウザそう~」
「え? なんか言った?」
「なんでもなーい。ところでこんなところで何してたの~?」
何もない踊り場で何をしていたか横山さんは気になっている様子。まあ普通の人が来る場所じゃないよね。人気がないから私はお気に入りだけど。
「瑠果のこと悩んでたの」
「告白OKするかどうか?」
「ううん、どんな無理難題言って断ろうか」
「あはっ、梨紗ちゃんってばマジ悪女~超面白い」
「心外な。これは立派な正当防衛です!」
何はともあれ、ついに私にも女友達が……! これを機に、ちょっとずつ瑠果離れできたらいいなぁと思うけど、まあそう簡単にはいかないよね……。
まずは告白をどう断るか考えないと!
特別ためしよみはここまで。
まだまだ、ミステリアス、可愛い系、王子様、不良と、言ったとおりのタイプになって、瑠果は溺愛してきます!
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