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今日もあたりまえのようにオヅは我が家にランドセルをおき、アルクとぼくを(むりやり)さそって、市立図書館へむかっていた。
新聞記事のための本を探したいらしい。
ぼくは虹小新聞のメンバーじゃないっての……。
「あれから、妖怪のっぽキツネに出会わんのぉ」
「だれだ、それ」
「テンシンアマグリ」
ああ。
顔を思い浮かべて、ムカつくより先に、ふきそうになった。
たしかに、あの仏頂面、ちょっとキツネっぽいかも。
「あの事件のあと、塾やめたんだって。親が、被害者の4人のところへ謝りにいったみたいじゃのぉ。大変だったらしいぜ」
「あいつの自業自得だ」
ぼくは天津をゆるしてない。
「それはそうなんじゃけど……でものぉ、新聞って悲しいもんじゃのぉ。オレは自分がえろうもないのに、記事を書いたせいで人をさばいたみたいになって、後味が悪いんじゃ」
新聞のためならリミッターがはずれるオヅでも、そんな気持ちがあるらしい。
「なに言ってんだよ。『捜査』『張りこみ』『誘導尋問』『自供』って、のりのりで書いてたじゃないか」
「特ダネを手にすると興奮してのぉ、ちょっと悪ノリしすぎたかのぉ。じゃけど、あのあとはオレ、ほんわかした記事しか書いてないじゃろ」
「たまたま大きな事件がなかっただけだろ」
「ま、その通りなんじゃけどさ。…………なんだかさあ、今日の事件、『盗み』じゃろ。同級生が犯人なら、オレ、記事書きたくないなって思っちゃって」
「オヅは、五木くんが犯人だと思っているのか?」
「そうは思えないんじゃ。かといって、犯人は五木じゃないって証明するには、別の犯人をさがすってことじゃろ。それもしんどいなあ。仲いいやつが犯人だったらどうするよ? 盗みはラブレターの送り主捜しとはちがうからなあ……」
「おまえ、絶対警官にはなれないな」
「なる気ねえよ。オレがなりたいのは新聞記者じゃけえの」
「だろ。最初から言ってるけど、記者の仕事って、取材して記事を書くことで、探偵とか警察のマネはしなくていいと思うんだ」
「ほうじゃけど、学校内の事件なんて、自分で追っかけないと真実が見えないことが、ようけえあるじゃろ」
しゃべりすぎて、のどがかわいた。
図書館前の広場へとつながる石段に座って、水筒のお茶を飲む。
アルクが、両手で水筒を持ちあげて、おいしそうに飲み、「ぷはっ」と言った。
オヅと同時に、吹きだした。
空気がゆるんだそのとき、
ガシャーン!
音がして、見ると、広場で数人の小学生が1人のランドセルの中身を派手にぶちまけていた。
「だせよ! 本、どこに隠しているんだよ!」
聞きおぼえのある声、武田だ。
じゃあ、ランドセルの中身を拾おうと、しゃがみこんでおろおろしているのは、五木くんか。
そのとき。
黒い影みたいなすがたが、疾風のように、武田たちにすっ飛んでいくのが見えた。
そいつは武田を横からつき飛ばすと、すばやく五木くんとの間に割って入った。
「暴力だ! ここに暴力をふるってる人がいまーす!!!」
そいつは甲高い声で叫ぶ。
年はぼくらと同じくらいだろうか。
「うっ……なにしやがるんだよおまえ。あのな、こいつは泥棒なんだよ。オレの本、とったんだよ」
「1人によってたかって、むちゃくちゃなことするやつなんか信じられるか。卑怯者!」
「なにぃ!」
武田が、そいつのむなぐらをつかむ。
そいつはぼくくらいの身長はありそうだけど、武田は、うちの学年で一番、身長も体重もある。
不利だろ。
「たすけてくださーい! いじめでーす!」
そいつはひるむことなく、大声で叫んだ。
武田のほうが、びびって手を離した。
「チッ」
舌打ちした武田は、歩み去ろうとしながら、落ちていた五木くんの筆箱をおもいっきり踏みつけた。
グシャッと音がして、筆箱がゆがむ。
「あっ……」
その瞬間、黒い服のそいつが、すごい瞬発力で脚をのばした。
武田がみごとなくらいにひっかかって、つんのめる。
「てめえっ!」
「おい武田、行こうぜ」
人目を集めていることを気にして、仲間が武田をひっぱる。
武田は、すぐに立ちあがって、そいつと五木くんをにらみつけてから、去っていった。
あっけにとられて足をとめていたぼくらも駆けよって、盛大に散らばったランドセルの中身を拾うのを手伝った。
「——五木くん、『遊びにいくときは、おうちにランドセルをおいてから』です」
アルクが、落ちていた三角定規をわたしながら、五木くんに言う。
声かけるの、そこかっ!
内心ツッコミながら、どうフォローしようと思っていたら、
「……ぼ、ボク……学校の帰りに、入院しているおばあちゃんとこへ行ってたんだ……今から帰るところ。あのぉ……、助けてくれて、ありがとう」
五木くんは、黒い服のそいつに深々と頭をさげた。
「いや。通りがかっただけだから」
そいつは、黒いキャップを目深にかぶりなおして、立ちあがる。
すらっとして、姿勢がいい。
この声、どこかで聞いたことがある気がする。
この顔も、どこかで見たことがあるような気がする。
でも、うちの学校のやつじゃないな。
するとそいつが、こっちにむきなおって、きいてきた。
「あのさ、ちょっときいてみるんだけど。5月に、この近くでバイクのひき逃げ事故があったの、知らない?」
と、そいつは図書館前の広場にある看板を指さした。
事故の目撃者を捜してるっていう、警察の告知ポスターだ。
「事故があったのは、なんとなく知っているけど……」
「ひかれたの、兄なんだ。たまたま、このあたりの防犯カメラが壊れていて、目撃者もいなくて、犯人が捕まらないんだよ。もしなにか目撃したって人がいたら、教えてほしい」
と、そいつは真剣な顔で言った。
そのとたん、オヅがピコーン!と顔をかがやかせる。
「それそれそれだーっ! そういう事件のことじゃったら、新聞に書くのも、しんどうないけえの。よしわかった、力になるで! オレはオヅ! 虹小新聞ってのをつくって、学校で配ってんだ。それに目撃情報捜しとること書くけえの。情報が新聞チームによせられたら、キミに連絡したらええ?」
「ありがとう。じゃあ、連絡先交換しよう」
いまどきのヤツは、みんなスマホを持っているのかよ……。
オヅのスマホの画面に「KUROSAKI」と表示されている。
「きみは事故にあった人の、弟?」
そいつは、一瞬迷うように目を動かしたが、
「そう。黒崎トモルだよ。よろしく」
と、笑みをうかべた。
「こいつは理人、こっちはアルク。それと、五木。キミのことは、トモルでええ?」
と仕切ったオヅが、
「ほいでほいで? 事件について聞かせてくれん?」
と前のめりになる。
トモルは、このあたりで目撃者を探しているらしい。
もし、目撃したのが子どもだったら、警察はちゃんと話をきいたりしなかったんじゃないか。
子どもも、自分の見たことをわざわざ警察に言いにいかないんじゃないか、って考えて。
「目撃者はなにをするんですか」
アルクが、ちょっと変わった質問をする。
そのしゃべり方を、天津はあざけったけど、トモルはとまどわずに、ていねいに返事をする。
「ひき逃げの犯人は、どんな人だったか、どんなバイクだったか、警察に話してほしいんだ。犯人を捕まえるために」
「バイクはたくさんいるのに、どれが犯人か、どうしてわかりますか」
「事故の瞬間を見ていた人なら、どのバイクかわかるだろ。……だけど、ぼくは事故の瞬間、兄さんといっしょにいたのに、ひき逃げ犯をぜんぜん見てないんだ……」
そう言って、くやしそうに手を握りしめた。
むりもない。
お兄さんのことが心配で、犯人のことを観察している余裕なんかなかったんだろう。
でも、ざんねんだけど、ぼくが力になれることはないよなあ。
ぼくが考えながら黙っていると、ふとトモルが顔を上げた。
急に思いだしたように、ぼくをにらむ。
「さっき、五木がやられてるとき、そばにいたんだろ。なぜすぐに助けにこなかった? 仲間なのに」
いや、距離あったから……。
それにぼくらが遅いんじゃなくて、おまえのダッシュが速すぎたんだろ……。
と心の中で言い訳しながら、ぼくは「仲間」って呼ばれたことに、少しざわざわしてしまう。
五木くんは「クラスメート」にはちがいないけど。
トモルから見ると、五木くんはぼくの「仲間」なのか……。
ちらっと横目で五木くんを見る。
五木くんの服は、いっそう、におっている気がする。
トモルは、そんなことにまるで気づいてもいないって顔だ。
そのことに、さらに心がざわつく。
五木くんのことをはずかしく感じる、自分こそが、はずべき人間だと思ってしまって、言葉が見つからない。
「…………っ」
そのときだ。
バタバタバタッと派手な足音が近づいてきて、その足音より派手なキラキラ声が響いてきた。
「いた、いた、いた——っ」
やってきたのは、桐野だった。
桐野は近づいてくると、手に持ったスプレーをシュッと吹きだした。
そのとたん、レモンみたいな香りが、あたりにひろがる。
「これ、もってきたのよ。新発売のパフューム。これ男子がつけるといいんじゃない? どう、使ってみない?」
と、ぼくたちを見まわして、そして五木の顔を見る。
そうなんだ。
ぼくもときどき、なにかできないかな?って考えることがある。
五木くんに、ぼくんちでシャワーあびて、そのあいだに服を洗濯したら、って誘ったらどうだろうか?とか。
乾燥機で服はすぐに乾くし、さっぱりするんじゃないかって……。
でも、そんなことを言うと失礼かもしれないと思って、踏みだせなかった。
なのに、桐野はパフュームを五木くんに持ってきた。
五木くんがどう思ったかはわからない。
ぼくが迷っている間に、桐野は踏みだして、自分がいいと思ったことをしたんだ。
そのとき、アルクがすすすすーっと、ぼくたちから距離をとった。
両手で鼻を押さえている。
あ、桐野がまき散らしたパフュームが苦手なんだ。
レモンみたいだけどな……ぼくらには同じに感じられても、アルクにとっては「苦手なにおい」「そうでないにおい」に分かれるときがある。
微妙なにおいをかぎわけ、それに反応するんだ……って。
あれ……?
そういえば、さっきまで、アルクは五木くんのそばにいたのに、くさいというしぐさをしなかった。
つまり、アルクにとって、五木くんの発しているにおいは、問題なしなんだ。
——そういえば、武田たちが、うちのクラスに来たときも、アルクは鼻をおおった。
あの日、武田たちは午前中、プール掃除をしていた。
そっか。武田たちから、プール掃除のあとのにおいがしたんだな。
ぼくには感じ取れなかったにおい。それをアルクは感じたんだ。
「……!」
え……。
待てよ、ということは?
その前、図工の移動中、五木くんとソラとすれちがったときも、アルクは「くさい」って表情をした。
2人は、プール掃除をしていない。
2人のどちらかが、更衣室のにおいを、させていたんだとしたら……?
それは……どちらだ?
ぼくは、アルクのそばに寄って、きいてみる。
「——な、アルク。その前、図工の時間、五木くんとソラとすれちがったとき、アルク、くさそうにしただろう? あれって、だれの、なんのにおい?」
五木くんに聞こえたら、気を悪くするかもしれない。
けど、これははっきりさせないと。
すると、アルクがはっきりとこたえた。
「ソラくんの。更衣室のにおいです」
「!!」
そうか。やっぱり、そうだったのか。
アルクの声は大きくて、みんなにも聞こえた。
「えっ、なんじゃ? どういうことじゃ?」
ぼくは息を吸いこみ、ゆっくりとはいた。
1人ずつの顔を見ながら、強く語りはじめた。
「——ゲーム本が更衣室から消えたっていう時間、ぼくたち1組は図工で、校内を歩きまわってただろう。そのとき、ぼくとアルクは、ソラと五木くんとすれちがったんだ。アルクが言ったのは、そのとき、ソラから更衣室のにおいがしたって」
ぼくが説明すると、オヅがピーン!ときたという顔になった。
「待てよ? 『五木くんが更衣室から出てきた』って証言してるのは、ソラだけだったよな?」
そう。
更衣室のにおいをさせていたのが、ソラなら……。
すると桐野が腕組みして、ふふんと鼻を鳴らした。
「今度も、私の情報が役にたつことになりそうだわ」
もったいぶったあと、桐野はその情報とやらを説明しはじめた。
「盗まれたっていう、あのゲーム本、最初のページに『注意力のある者だけが使う資格がある』って書いてあるんだそうよ。注意力がないと、活かしきれない本なんだって。でね、あのゲームの初代キャラクターが登場したのって、私たちが生まれた年なんですってね。そのキャラのバースデーの曜日がキーワードになってるステージがあって、そこで注意が必要みたい」
「??? なに言いよるかよくわからんのじゃけど……とにかく、それでソラがその本を持ってるか確かめられるいうことだな? よし、じゃあこれからソラをつかまえる作戦を——」
オヅが身をのりだした、そのとき。
「!!!」
オヅの背後の道を、まさにそのソラが通っていくのが見えた。
このへんは塾や習い事の教室が多くて、放課後通る子が多いんだ。
それにしても、タイミングが悪い。
五木くんといっしょにいるところを見られたら、ぼくらの質問を警戒するかもしれない……。
どうか、ぼくらに気づかずに通りすぎますように……。
なのに……。
「あ。ソラくーん」
「「「!!!!!」」」
えええ—————っ!!!
アルクがわざわざ声をかけたんだ。
アルクってやつは、ぜんぜん人に興味がないようにクラスメートをスルーするときだってあるのに。
どうしてこういう呼ばなくていいときは呼ぶんだ!
ソラは、ぼくたちに近づいて、五木くんがいることに顔をしかめた。
「な、なんだよ、ゴキ。なんでおまえがオヅたちと……」
たしかに。
このシチュエーションは不自然だ。
ぼくたちが待ちあわせて遊ぶほど仲がいいわけじゃないことは、知っているし……。
桐野がなにか口をはさむかと思ったけど、作戦を練る前だからか、なにも言わない。
ピンチだ……。
「そ……ソラくん、もしかして、あの、ごめん」
口をひらいたのは五木くんだった。
あまりしゃべらないやつだから、たどたどしいけど。
でも、なにかを伝えようとしてる顔だ。
「ボ、ボク、きいていいかな。なにかソラくんにいやな思いさせたのかな、だからかなって、ずっと考えていたんだけど……もしかして、な、名前のことかな」
「?」
いったいなんの話だ……?
ソラも、うろんそうな顔になる。
「は? なに言ってんの、おまえ」
「ボ、ぼくの名前、五木空だろ。キ、キミと同じ、ソラって名前。ぼくなんかが同じ名前で、なにかいやな思いしたんじゃないか……だからじゃないかって、最近気づいて。も、もしそうなら——ごめん」
五木くんから、頭をさげられて。
ソラはちょっとおびえたように、その頭を見ている。
五木くんの下の名前が「空」だなんてこと、すっかり忘れていた。
でも、そんなことでソラが五木くんに、盗みの言いがかりをつけることってあるだろうか?
もし、いやな思いをしたとしても、五木くんが謝ることじゃない。
絶句しているソラに、アルクがまたしてもとつぜん、話しかける。
「——ソラくんが生まれたのは何曜日ですか」
「えっ??」
「ぼくは日曜日で、理人くんは月曜日で、小月くんが火曜日で、五木くんは水曜日です。桐野さんとトモルくんのは、誕生日を知らないので知りません」
アルクの話題が、とうとつに変わることには、虹小6年のみんなは、なれっこだ。
今までみんなと話していることと、まるでちがう話を平気でぶっこむ。
そして、低学年のころ同じクラスだった子は、誕生日会があったので、記憶力のいいアルクはそれぞれの誕生日を記憶している。
「私の誕生日はね——」
と、桐野さんが、自分の誕生日をアルクに教える。
すると即座に、
「木曜日です」
とアルクから答えがかえってきた。
アルクの頭のなかには何十年分、いや、もしかしたらもっとたくさんのカレンダーが入っている。
「すごいなアルク……ちなみにオレは金曜日だよ。あ、これで月曜から金曜までそろったな」
と、ソラが言った。
するとまた即座に、アルクが言った。
「いいえ。ソラくんは土曜日です」
「え? いや、だって、たしか……」
最近見た誕生日カレンダーでは……と、言おうとしたんだろうか。
ソラは、誕生日カレンダーをなにで見たか、思い出したのか、焦った顔になった。
うろたえたソラに、桐野がズバリと言った。
「ソラくん、あのゲーム本、使ったのね。あのゲームの中に、初代キャラクターのソイルのバースデーの曜日を入力すると、パワーアップできる問題があるんでしょ。あの本には、そのヒントとして、ソイルの生まれた月のカレンダーが見られるQRコードがのってるのよね。それを見て、ソラくん、自分の誕生日の曜日を知ったんじゃない? でも、カレンダーの上には、ローマ字で『曜日を1つうしろにずらしてね』って書いてあるんだって。気がつかなかった? それに気がつかずに、まちがった曜日を入力すると、あまり強くならないんだって」
桐野の上むきの長いまつげが、パチパチされる。
ソラは、桐野の言っている意味がわからないかのように固まっていた。
が、何度かのまばたきのあと、
「——それって、武田の本をとったのはオレだって言いたいの?」
と、桐野をにらみつけた。
その桐野とソラの間に、五木くんがわってはいった。
「そ、ソラくん、本当のこと教えて。ボ……ボクは更衣室に入ってない。だ、だけどソラくんはボクが入ったのを見たって言ったんだよね? それはボクのこと嫌いだから? ソラくんがボクのこと嫌いでも、それはしかたない。だけど本がないままだと桐野さんも疑われっぱなしなんだ」
ソラが、五木くんをにらみつけたけど、五木くんはひるまなかった。
いつも五木くんは、人と目が合っただけで、すぐに下をむいてしまうのに。
今日は、五木くんがソラをまっすぐに見つめている。
2人のにらみ合いの間に桐野が割って入った。
「わかった。吉野先生ね?」
桐野がソラの鼻先に人差し指をむけて、言いきった。
「!」
そのとたん、ソラの顔が、サッと赤らんだ。
「ソラくん、吉野先生が好きよね?」
えええっ!?
吉野先生は、保健室にいる、若い女の先生だ。
でもなぜ今ここで、吉野先生の話がでてくる?
「吉野先生が、五木くんのことを『空くん』って呼ぶのが気にいらないんじゃないの? その仕返しに濡れ衣をきせることにした?」
「ちょ……ちょっと、待……っ」
真っ赤になったソラが、桐野のたてつづけの言葉に、へろへろになる。
「そ、ソラくん、ホント? も、もしそうならごめん。ちがうんだ。あの。えっと。ボクんち火事になって、ばあちゃん入院しちゃうし、か、母さんは最初からいないし、父さんは自暴自棄になっちゃうし。そ、そしたら、吉野先生が、シャワーだけ学校であびたらどうかなって言ってくれて。ボ、ボクがゴキって呼ばれているのも、いじめじゃないかって気にしてくれて。空っていい名前があるのにねって。そ、それからボクのこと、そ、空くんって呼んでくれて。でも、それ、ひいきとかじゃなくて、吉野先生がボクをかわいそうって思ってくれているだけで……。だ、だから、ソラくん」
「あ────────────、うるさいよっ!」
ソラは、自分の髪の毛をぐちゃぐちゃにしながらその場に座りこんだ。
……うーん。
もしかして、桐野の言うことが、ズバリあたったってわけか。
「…………ごめん……」
ソラが、頭をたれたまま、小さな声で言った。
「聞こえねえよ。ごめんですんだら警察はいらねえよ」
と、すごんだのは……五木くん、ではなく。
さきほど知りあったばかりの、トモルだ。
黒いキャップのつばのかげから、刺すようなするどい視線を送っている。
「モノ盗んで、人に罪をなすりつけて。オマエ、最低だな」
「盗んだのはオレじゃない!」
「は? じゃ、だれだよ」
「武田だ」
えっ、武田?
武田がだれのことかわからないトモルは、問うような目をぼくにむけた。
「さっきおまえが蹴り入れたやつだよ。本をかえせって騒いでたやつ」
そう。本の持ち主。
それなのに、盗んだってどういうことだよ。
「ちがう! あの本は、本当は川野の本なんだよ! 川野が懸賞にあたって、オレもいっしょに楽しんでたんだ。だけど……」
川野はこっそり学校に本を持ってきていた。
それが体育の時間の間になくなった。
その直後、武田が懸賞で本があたったと言いふらしはじめた。
その本は、川野の本なんじゃないか。
疑ったけど、本人には言えない。
川野の本には、裏表紙の内側に小さく名前が書いてあった。
それを確認するために、ソラは川野といっしょに更衣室に忍びこんだ。
幸い、だれにも気づかれなかった。
そして、本にはやっぱり「KAWANO」って書いてあった。
「これで武田にかえせって言えるな」
「ううん、だめだ。それを言っても、武田から『こっそりオレのものに名前書いただろ』って言われるだけだよ。このままオレ、持ってかえる。だまって家で使ってれば、とりかえしたこと、武田にばれないし」
川野は、更衣室から本を持ちかえった。
「でも、武田ってねちっこいやつだから。絶対に川野につきまとってくるだろうなって、だから——」
盗みの濡れ衣を着せるのに、とっさに五木くんを使った、と。
保健室の吉野先生から「空くん、空くん」と気にかけられている五木のことが、気にくわなかったから。
桐野の推理があたったってことか。
ぼくとオヅが目を見合わせて肩をすくめていたら、トモルがぼくにむかって、
「で、おまえはどうすんだよ」
と言ってきた。
「今、考えているところだよ。ただ、五木くんのこと、友だちになれそうって思ってる」
オヅが横からつけ足す。
「トモル、おまえもじゃ。新聞チームの仲間じゃ」
★
翌日の6時間目、音楽の時間のことだ。
音楽室での授業のとき、ぼくは窓ぎわの席だ。
窓から見ると、閉まっている校門の外に、黒ずくめのやつがすがたを現した。
上下黒の服、黒い帽子、黒いマスクをしている。
ぼくが椅子から立ちあがって、
「なんだ、あいつは!」
と、大声を出すと、みんながいっせいに窓の外を見た。
そいつはその瞬間、ヒラリッと、閉まっている校門を乗りこえた。
登下校の時間以外は、校門は一応閉まっている。
まるで、体操の選手みたいな身のかるさだ。
そいつの校門の乗りこえかたに、女子が、
「えっ、かっこいい……」
と、語尾にハートマークがつきそうな声をもらした。
そいつは、プールの更衣室の前になにかをおき、反対側の低めの塀を、またヒラリッとこえて、すがたを消した。
「なんかのぉ。ちょっと見てくるわ!」
オヅが大声で言って、教室から飛びだしていった。
するとみんながあとにつづいた。
音楽の先生は、専科で、とてもおだやかな綿谷先生だ。
「あらあら授業中よ〜」
と言いながらも、先生もいっしょに外に出た。
綿谷先生が、みんなを制して、一番にあいつが残していったものに近づく。
ゲーム本とトレジャーエンジェルの袋が、別々の透明な袋に入っていた。
そして、一枚の黒い紙がおいてあった。
黒い色画用紙に、白いペンで文字が書いてある。
先生の横から、オヅが声をだしてそれを読んだ。
「しばし拝借していた本を、かえしに参上した。本の入っていた袋には『TAKEDA』と書いてあったが、本には『KAWANO』と書いてあった。念のため、本の発送元にきいたところ、シリアルナンバーから、本は川野くんのものだとわかった。よって、袋と本、別々の持ち主だろうから、別々の袋にいれてそれぞれにおかえしする。——ブラックライトより」
オヅが読み終えると、ハチの巣をつついたような騒ぎになった。
「どういうことだよ、それ」
「武田のやつ、盗まれたって騒いでいたけど、自分こそ川野の本を盗んでいたってことかよ」
トモルの書いたメッセージが、なんだかやたらと説明くさいことは、だれも気にしてない様子だ。
この作戦を考えたのは、トモル。
川野に本を持ってきてもらい、盗んだ犯人はこの学校の子ではないということにする。
そうすれば、川野もこれで堂々と、本を自分のだと主張できる。
五木くんや桐野も、犯人あつかいされなくなる。
それにしても、まるで怪盗きどりだ。
ブラックライトって……。
「黒崎」のブラック。
ライトは、「トモル」からの発想なのか?
さっきの、ド派手な登場のしかたを思いして、ちょっと笑ってしまう。
やたらと正義感のつよいやつだけど、こういうことにはノリノリなのな。
ヒーローにでもあこがれてるのかもしれない。
★
『怪盗ブラックライト現る』
懸賞で、人気のポケTゲームの本があたったAだったが、その本を紛失。
Bが、その本を「Aからもらった」とかんちがいして持っていたらしい。
だが、そのBも、本を紛失し、だれかに盗まれたのではないかと、何人かに疑いの目をむけていた。
が、盗んだ犯人は、虹丘小の生徒ではなかった。
犯人の名は、ブラックライト!!
6年1組は、そのブラックライトが白昼堂々と本をかえしにやってきたところを、たまたま目撃した。
華麗に校門を乗りこえ、本をおくと、風のように消えたブラックライト。いったい何者なのか!?
虹小新聞では、今後も彼の動きを全力で追いかけていく。
武田が本を盗んだこと。
川野が勝手に取りもどしたこと。
それを新聞で公にする勇気は、オヅにはなかった。
でも、武田も川野も、自分のしたことのつぐないは、しなくちゃいけない。
それに、無実の五木くんを陥れようとしたソラも。
そのとき、ぼくの読んでいた虹小新聞を、横からのぞきこんでくる人がいた。
「わ……綿谷先生」
綿谷先生は、ふっくらしたほっぺに指をあてて、こくびをかしげる。
「ふうん。新聞にはこんなふうに書いたのね。あのさあ、ちょっと気になっているんだけどね。あの手紙。本にはKAWANOって書いてあっただけでしょ。なのに、なんでブラックライトは、持ち主を男の子だって決めつけたのかな?」
ドキッ!
たしかに、手紙のなかに「川野くん」って書いてあった。
「……シリアルナンバーを調べたとき、わかったんじゃないですか」
「懸賞がプレゼントがだれにあたったかなんて、問い合わせても教えてくれると思う? わたし、あれは、はったりだと思うんだけど?」
綿谷先生は、そう言いながら、ぼくの顔を覗きこんだ。
ドキドキドキッ!
な……なんてこたえればいいんだ?
ぼくの頭がまっしろになっていると。
綿谷先生は、ぼくの肩をぽんぽんっとたたいて、
「————まあ、いっか」
と、去っていった。
まあ、いっか。綿谷先生のくちぐせ。
のんびりほんわかして見えるのに、じつは鋭い人なのかも……。
ともかく。
事件はまた一つ解決した。
またまた心強い仲間が加わった「虹小探偵チーム」。
少しずつ季節は移り変わり…次の章は、このメンバーで行く夏休み!さらにハラハラドキドキが待っているから、ぜひ2月7日発売の『歩く。凸凹探偵チーム』を読んでね。
かわいすぎるよんさんのイラストも必見です!
『歩く。凸凹探偵チーム』は 2月7日発売予定!
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