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2025年版 新『ぼくらの七日間戦争』!『ぼくらの秘密基地』ためし読み 第3回


   


 八月九日。今日から九日間、堀場建設はお盆休みで、豪邸での作業もいったん休止になる。

 久美子は両親が出かけたすきを狙って、日用品や食料などをつめこんだリュックサックを背おって家を出た。明日から始まる解放区での生活に備え、ひとみと二人で下見に行くのだ。

 本当は、純子も誘ったのだが辞退(じたい)された。明日から無断でいなくなるので、今日までは、両親が営む中華料理店『来々軒(らいらいけん)』の手伝いをしておきたいという、いかにも純子らしい理由だった。

 現場の状況は昨日、堀場建設の若手社員にきいておいた。

 予定通り、解体にはまだ着手していない。三階建てで地下室まである大豪邸に、家財道具をはじめとする調度品(ちょうどひん)などが大量に残されているためだ。

 久美子は、途中にある公園の木かげのベンチで水筒のお茶を飲みながら、ひとみを待った。

「お待たせー」

 十分ほどして、久美子と同じように大きな荷物を担ぎ、両手に紙袋を提げたひとみがやってきた。

「お疲れ。さあ、行こうか」

「待って。わたしも休ませてよ」

「えー、もう待ちくたびれちゃった」

「ちょっとくらいいいじゃん。このカセットコンロ二台が重たいんだよ」

 ひとみが、立ちあがろうとする久美子の足元に、カセットコンロの入った二つの紙袋を置いた。

「解放区では、ガスが使えないから調理するのに必要なの。ありがとう、助かるよ」

「ウチは料亭だから、カセットコンロくらい、いっぱいあるからいいんだけど、従業員も結構(けっこう)出入りしてるでしょ。みんなにバレないタイミングで持ちだすのって大変なんだよ」

「そっか。そんなの持って出ていくのが見つかったら、確実に呼び止められちゃうもんね」

 遅刻(ちこく)の理由に納得した久美子は、ひとみを隣に座らせた。

「調理用のガスはこれでなんとかなるけど、電気と水はだいじょうぶなの?」

「水道は、家を解体するまでは使えると思う。電気は、向こうに着いてからたしかめる」

「使える可能性があるの?」

「もしかしたらね。前に見に来た時に、屋根に太陽光パネルがあるのを見たんだ」

「電気が使えたら大きいよ。期待しちゃうなあ」


 休憩(きゅうけい)を終えた二人が、現地に到着したのは、昼下がりの最も気温が高い時間帯だった。

 猛暑(もうしょ)のためか、お盆休みで帰省や旅行に出かけているのか、あたりに人影はほとんどない。

 豪邸は、工事現場周辺の安全を確保するために設置された、高さが三メートルほどある白いパネルによって四方を囲まれている。

 その周りを歩き、作業員用の出入り口を探す久美子。ひとみが後ろをついていく。

 すると、出入り口のゲートがすぐに見つかった。

 堀場建設では通常、二枚の蛇腹式(じゃばらしき)のゲートを閉めるカギとして南京錠(なんきんじょう)を使っている。

 久美子は、南京錠を外すために針金を加工して作った道具をリュックサックから取りだし、人目がないことを再度確認してからゲートに近づいた。

「そんなので外れるの?」

「家で練習してきたから、だいじょうぶなはず」

 自信があるようでなさそうな久美子を、ひとみが少し不安そうに見つめている。

 しかし、ゲートに南京錠はかかっていなかった。

「かけ忘れるなんて不用心だね。取り壊す家だからかな?」

 久美子が、あっけにとられたように言った。

「きっとそうだよ。でも、ひと手間省(はぶ)けて良かったじゃん」

「たしかに。こんなところでモタモタやってたら怪しいやつだと思われちゃう」

 久美子は内心ほっとしながらそう言うと、ゲートを少しだけ開き、そのすき間から、ひとみとともにすばやく敷地内に入った。



 目の前に、豪邸全体が見える。

「すてきー!」                                 

 純白の外壁(がいへき)に大きなベランダ、西欧風(せいおうふう)のアンティークなデザインが、ひとみの乙女心をくすぐる。

 久美子は、広い庭と豪邸の外観をぐるりと見まわした。そして、開け放された玄関から、家の中に足を踏みいれた。

 あとにつづくひとみ。

 うれしいけど、少し悪いことをしているような、今までに味わったことのないドキドキ感だ。

「ちょっと、これ、すごいかも」

 二階まで吹きぬけになった玄関ホールを抜け、先にリビングルームに入った久美子が声をもらした。そこは想像以上に多くの家具や絵画などであふれていた。

「この家、本当に解体するんだよね?」

「もちろん」

「こんなにたくさん、どうするの?」

「全部処分してくれって言われたそうだよ」

「ほんとに? 高級品もかなりありそうだよ」

 厚手の高級じゅうたんの上に置かれた本革のソファに手を掛けながら、ひとみが言った。

「だから、すぐに家の解体ができなかったんだよ」

「これが、前に言ってた家主さん側の事情ってやつね?」

 久美子はうなずくと、若手社員にそれとなくきいた、豪邸の家主のことを話しだした。

 家主は、七十歳を過ぎた一人暮らしの多趣味な女性。家具、雑貨、洋服、絵画など、これまでに、たくさんのこだわりの品を集めてきた。

 だが、子どもも家族もいない彼女は歳を重ねるにつれ、家もモノも残しておいたって仕方ないと思いたち、必要最低限(ひつようさいていげん)のものだけを持って、高級な高齢者施設(こうれいしゃしせつ)に移ることを決めた。そして、不要品はそのままにしておくから、すべて処分(しょぶん)してくれと、堀場建設に依頼したのだ。

「高価なものだけでも、中古業者とかに買いとってもらえばいいのに」

 ひとみが言った。

「ウチの会社でも、そう提案したそうだよ。そしたら、『そんな面倒くさいことはしたくない。全部おたくにあげるから、好きにしていいよ』って言われたんだって」

「おばあちゃん、太っ腹(ぱら)!」

「結局、会社で売れるモノは売って、家の解体にかかった費用から差しひくことにしたみたい」

「さすがは堀場建設! 何でも捨てればいいってもんじゃないからね。おばあちゃんにも環境にもやさしいよ」

「ウチの親父も、少しはまともな人間になったかな」

「なった、なった!」

「いや、金もうけのことしか頭にない、あのがめつい親父が、そんなに簡単に変わるとも思えないなあ。お金持ちのおばあちゃんに何か恩を売っておきたいだけかも」

「まあこの際、どっちでもいいや。それより、わたしたちにとって大事なことを確認させて」

「何?」

「さっきの話からすると、この豪邸にあるものはぜーんぶ、堀場建設のものってことだよね?」

「そうなるね。少なくとも今の時点では」

「じゃあ、明日からはわたしたちが……」

「使いたい放題だよ!」

 久美子が大声で宣言すると、

「やったあ!」と、ひとみがその場で飛びあがって喜んだ。

「ただし、売り物もあるから、壊したり持ちだしたりするのは厳禁(げんきん)。この解放区の中だけで大切に使うこと」

「もっちろん!」

「ひとみ、今日は下見に来ただけだから、すぐに帰らないといけないけど、ちょっとだけ、家の中に何があるか見てみない?」

「賛成! なんかすごいものがいっぱい出てきそう!」

 それから、二人は一階の主な部屋だけを探索することにした。

 ひとみがキッチンで、豪華な食器類を見つければ、久美子は寝室のウォーク・イン・クローゼットの中で、いくつものきれいで高級そうな洋服や帽子、カバンなどを発見した。

「見て! 素敵じゃない?」

 久美子が、シックな紺色のロングドレスを自分の体にあてがうようにして、寝室の入り口に現れた。

「わあー、超似合う」

 ひとみは思わずかけよると、「わたしも見たい」と言いながら、クローゼットに突入した。

 ハンガーにかけられた洋服を、一着ずつ、ほれぼれするように眺めるひとみの背後から、

「この家のおばあちゃん、センスいいね」と、久美子が声をかけた。

「ほんとにそう。ねえ、あれってもしかして?」

 クローゼットの片すみに、三十センチ四方くらいの、キラキラと輝く美しい箱が無造作(むぞうさ)に置かれている。

 ひとみはそれを両手で大事そうに抱えると、丸テーブルの上に置き、慎重にフタを開けた。

「やっぱり、アクセサリーケースだ!」

 きれいに仕切られた箱の中で、おしゃれなイヤリングやネックレス、ブレスレットなどが輝いていた。

 ひとみは、ケースに取りつけられた鏡を見ながら、シルバーのネックレスを首元にあててみた。

「このTシャツには、合わないなあ」

「そこにかかってる服に着替えてみたら?」

 久美子が、クローゼットを指さした。

「いいの?」

「いいよ。持っていくわけじゃあるまいし」

「やっぱりやめとく。そのかわり……、みんなが集まったら、ここから好きな服やアクセサリーを選んで、ファッションショーをやらない?」

「ファッションショー?」

「そして、その格好のままパーティーするの」

「うん。ナイス・アイディアだね! みんなも、きっとやりたいって言うよ」

「でしょう? あー、楽しみだなあ」

 ひとみは、しばし空想にふけっていたが、急に思いだしたように、

「ところで電気はどうだった? 使えそう?」ときいた。

「さっき確認したんだけど、南側の屋根に、まだ太陽光パネルがついてたよ。でも、どうやって発電させるのかがわからないんだ」

「えー、それじゃあ宝の持ち腐(ぐさ)れだよ」

「かといって、ウチの会社の人にきくわけにもいかないでしょう?」

「それはそうだよ。ここに忍びこんでるのがバレちゃう」

「だったら、とりあえず、あきらめよう」

「ちぇっ。ファッションショーもパーティーも、ライトなしじゃ盛りあがらないよ」

「ろうそくか懐中電灯で十分。去年の男子たちなんて、ひどいもんだったんだからさ。電気は通じたらラッキーくらいでよくない?」

「はーい、わかりました」

 ひとみは、少し不服そうに返事をしたものの、内心は、どうでもよかった。

 仲間たちと『女子だけの解放区』で過ごせる。それだけで十分だった。



つづきは『ぼくらの秘密基地』を読んでね!
3日目にはファッションショーのライブ配信!? 4日目には親と先生がやってくる!? 
ところが犯罪事件に巻きこまれて、英治たちとの共同作戦が始まる!



書籍情報

2025年7月9日発売予定★


原案: 宗田 理 文: 宗田 律 キャラクターデザイン: はしもと しん 絵: YUME

定価
880円(本体800円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323750

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好評発売中!


著者: 宗田 理 イラスト: はしもと しん

定価
924円(本体840円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046310033

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