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相原が、自室で充電しているスマホの画面を確認したのは、夕食を食べ、風呂から上がった後だった。 SNSアプリのアイコンには、メッセージを受信した回数を示す数字が「45」となっている。
「やけに多いな。何かあったのか?」
内容を確認しようと画面に触れる……、その直前、通知音とともにショートメッセージが入った。
見知らぬ携帯番号からなので、だれかが間違えて送ったものか、迷惑(めいわく)メールだろう。
そう判断した相原は、そのショートメッセージを読むことなく、英治たちが今夜SNS上でした、すべてのやり取りに目を通した。
「今朝出かけたひとみたちが、まだ帰っていない?」
相原も、英治たちと同様、彼女らの行き先を知らなかった。だからといって、放っておくわけにはいかない。柿沼の言うように、とんでもない事件(じけん)や事故(じこ)に巻きこまれている可能性もあるからだ。
まずは、いなくなっている女子が何人いて、それがだれなのか、正確に調べよう。そして、その周囲の人物を当たって何らかの手がかりを得よう。
相原は、そんな提案をしようと思い、みんなに向けたメッセージを打ちはじめた。
しかし、ふと先ほど受信した、送り主のわからないショートメッセージのことを思いだし、途中で指を止めた。
「さっきのあれは迷惑メールじゃないかもしれない」
すぐに文面を確認すると、こんなことが書かれていた。
『おまえが、いま知りたいことを教えてやる。
明日の朝九時、ここで配信されるライブを見ろ。
XXtube.com/@Quartierlatin_88Mghz』
ショートメッセージが自分宛(あて)に送られたものであることを確信した相原は、発信元として表示されている番号に電話をかけてみた。だが、電源が切られているのか、つながらない。
つづけて、英治を呼びだした。
「もしもし」
『相原か。おれたちのメッセージは見たか?』
「見た。ひとみたちは、まだ帰らないか?」
『帰っていないみたいだ』
「そうか。実は、さっき知らないやつからメッセージが届いたんだけど、このことと関係があるような気がするんだ。菊地のところには来てないか?」
『知らないやつからのショートメッセージ? 来てないと思うけど』
「そこに、『おまえが、いま知りたいことを教えてやるから、明日の朝九時になったら、ここでライブ配信を見ろ』って動画サイトのアドレスが貼られていたんだ」
『相原、それは迷惑メールだよ。そんなのをクリックしたら、個人情報を取られちまうぞ』
英治が笑いだした。
「いや、これは間違いなくおれに宛てたメールだ」
『そう思わせるのがやつらの手じゃないか。タイミングが良すぎると、相原でもだまされちゃうんだな』
「理由を教えてやろうか?」
英治の言葉にかぶせるように、相原が言った。
「この動画のアドレスに 〝Quartierlatin_88Mghz〟とある」
『それがどうした?』
「最後の 〝88Mghz〟はどうだ? 覚えはないか?」
『八八メガヘルツ……? あっ、解放区(かいほうく)放送?』
「そうだよ。おれたちが去年、廃工場(はいこうじょう)に立てこもった時に利用したミニFM局の周波数(しゅうはすう)だ。そして、その前の 〝Quartierlatin〟というのは、1968年にパリで起こった五月革命の舞台で、学生たちが『解放区』と呼んで拠点(きょてん)とした場所だ。これを受けて、日本でも同じ年の六月に、東京の神田(かんだ)をカルチェラタンにせよというスローガンをかかげて、学生たちが闘争(とうそう)を展開したんだ」
『話が難しくなったけど、要するに、送り主は去年の解放区の一件(いっけん)を知っているってことか?』

「そう。そして、おれがそれに関わった人物だということも」
去年の夏、相原は、英治ら、クラスの男子たちと廃工場に立てこもり、そこを解放区として、教師や親、悪い大人たちと戦った。(編集部から。まだ読んでいない人は『ぼくらの七日間戦争』を読んでね)
『だけど、なぜ相原の携帯番号を知ってるんだ?』
「ひとみたちに聞いたんじゃないかな」
『えっ? じゃあ、ひとみたちは?』
「捕まってるかもしれない」
『捕まってるって、だれに?』
英治の声がひっくり返った。
「電話したんだ。送り主に」
『どうだった?』
「通じなかった。ここからは、あくまでおれの推測(すいそく)でしかないけど……、去年、おれたちがああいう行動を起こしたことで、地位や信用を失った人間がいるよな」
『教師たちか?』
「それに、『玉すだれ』で談合していたS市の政治家たちもいる」
『そいつらのだれかだって言うのか?』
「このタイミングで、おれに解放区のことをからめてこんなメッセージを送ってくる人間、他にどんなやつがいる?」
英治はだまっている。
「だから、だれが何の目的でこんなことをしているのかを突きとめるためにも、このライブは見逃すわけにはいかない」
『なるほど、そういうことか。そのライブ配信、おれも見たいな』
「もちろん。菊地だけじゃなく、みんなにも見てもらいたい。すぐにアドレスを知らせるよ」
相原が電話を終えようとしたとき、『ちょっと待ってくれ』と英治が言った。
「どうした?」
『そのメッセージのこと、ひとみの母さんに伝えなくていいのかな? 心配してると思うんだ』
「今の段階で伝えても、余計心配かけるだけじゃないか? このメッセージを読むかぎり、明日の朝九時までは、ひとみたちに何かがあるとは思えない。ひとみの母さんに伝えるのは。ライブを見てからでも遅くないよ」
『そうか……。そうだな』
「じゃあ、送るぞ」
相原は電話を切ると、説明文をそえて、自分たちのグループのSNSにその情報を送った。
第2回につづく(6月27日公開予定)
書籍情報
2025年7月9日発売予定★
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