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お師匠様が帰ってきたのは、それから二日後の朝だった。
「ただいま戻ったよ」
久しぶりの声が玄関からして、私と祈さんが出迎えると、お師匠様は呆れた声を出した。
「何だいあんたたち、二人してパン食いながら来るんじゃないよ」
「健全な精神は健全な肉体に宿る」
「おだまり」
「お師匠様」
「何だい」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
お師匠様はどこか嬉しそうに笑みを浮かべると、祈さんに向き直る。
「祈も悪かったね。この子の面倒見てもらって」
「いいわよ、私も結構楽しかったし。それで、依頼の方はどうだった?」
「一種、魔力の影響で大量発生している植物があってね。それが生態系を変化させた原因だった。とは言え、取り返しがつかないほどじゃない。土地の魔力の乱れを正しておいたから、しばらくしたらおさまるだろう。あと少し遅かったら、大事になっていたかもしれないね」
「そりゃよかった。とりあえずは一安心ってとこかしら」
「そうだね。久々の大仕事で肩が凝ったよ。メグ、あとで肩を揉んどくれ」
「あい」
「ところで、ファウストばあさん。ちょっと相談なんだけどさ」
「祈が相談なんて珍しいね。どうしたんだい?」
「この子、将来的に私の助手にしていいかしら?」
祈さんは言いながら私の頭をぐっと抱え込む。俗に言うヘッドロックである。
突然の言葉に、お師匠様は目を丸くした。
「気に入っちゃったのよ。魔力の扱いも申し分ない。いい弟子育ててんじゃん」
「その子はまだ半人前だよ。まだまだこれからさね」
そう言ったあと「でも」とお師匠様は言葉を紡ぐ。
「いつかその時が来たら、それも悪くないかもしれないね」
「じゃ、決まりね!」
祈さんは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。
「いいわねメグ! あんた死んじゃダメよ。私の右腕になるんだから、死んでも生きなさい」
「めちゃくちゃ言いますやん」
「ぐちゃぐちゃ言わない。返事は?」
有無を言わさない祈さんの瞳は、なんだか冒険に出る前の子供みたいな輝きに満ちていて。
私はつい、その輝きに負けない光を、瞳に宿してしまう。
「はい、絶対死にません。だって私は、祈さんにもお師匠様にも負けない、世界一の魔女になりますから」
「その意気やよし! それでこそポジティブモンスター!」
「誰がポジティブモンスターや」
「自分で言ってたじゃない」
「ふふ、まるであんたたち、姉妹みたいだね」
はしゃぐ私たちを見て、お師匠様はどこか嬉しそうに笑った。
「さて、それじゃあファウストばあさんも帰ってきたし。朝食の続きといきましょうか」
「そうだね。メグ、紅茶とトーストを用意しておくれ」
「はぁい。そうだ、ねぇお師匠様」
「なんだい?」
「お師匠様が私を弟子に取った理由って、何なんですか?」
すると、お師匠様は少しばかりキョトンとしたあと。
「さてね」
とだけ言った。
どうやらこの人も教える気はないらしい。気になって当分眠れない日が続きそうだ。
私は、英知の魔女に夢をもらったのだと思う。
この一年を乗り切った先に待つ、たくさんの可能性や、まだ見ぬ世界への夢を。
そして、その夢を果たすまで死ぬわけにはいかないと、私は改めて心に誓った。
「メグ! 何してんだい! さっさとお茶淹れとくれ」
「はいはい! ただいま!」
だから、今は少しだけ。
目の前のことを、必死で頑張ろうと思う。
いつか来るその日を夢見て。
ためし読みはここまで。
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