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ものがたり

『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』ためし読み連載 第5回 東より、英知の来訪(後編)

 お師匠様が帰ってきたのは、それから二日後の朝だった。

「ただいま戻ったよ」

 久しぶりの声が玄関からして、私と祈さんが出迎えると、お師匠様は呆れた声を出した。

「何だいあんたたち、二人してパン食いながら来るんじゃないよ」

「健全な精神は健全な肉体に宿る」

「おだまり」

「お師匠様」

「何だい」

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 お師匠様はどこか嬉しそうに笑みを浮かべると、祈さんに向き直る。

「祈も悪かったね。この子の面倒見てもらって」

「いいわよ、私も結構楽しかったし。それで、依頼の方はどうだった?」

「一種、魔力の影響で大量発生している植物があってね。それが生態系を変化させた原因だった。とは言え、取り返しがつかないほどじゃない。土地の魔力の乱れを正しておいたから、しばらくしたらおさまるだろう。あと少し遅かったら、大事になっていたかもしれないね」

「そりゃよかった。とりあえずは一安心ってとこかしら」

「そうだね。久々の大仕事で肩が凝ったよ。メグ、あとで肩を揉んどくれ」

「あい」

「ところで、ファウストばあさん。ちょっと相談なんだけどさ」

「祈が相談なんて珍しいね。どうしたんだい?」

「この子、将来的に私の助手にしていいかしら?」

 祈さんは言いながら私の頭をぐっと抱え込む。俗に言うヘッドロックである。

 突然の言葉に、お師匠様は目を丸くした。

「気に入っちゃったのよ。魔力の扱いも申し分ない。いい弟子育ててんじゃん」

「その子はまだ半人前だよ。まだまだこれからさね」

 そう言ったあと「でも」とお師匠様は言葉を紡ぐ。

「いつかその時が来たら、それも悪くないかもしれないね」

「じゃ、決まりね!」

 祈さんは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。

「いいわねメグ! あんた死んじゃダメよ。私の右腕になるんだから、死んでも生きなさい」

「めちゃくちゃ言いますやん」

「ぐちゃぐちゃ言わない。返事は?」

 有無を言わさない祈さんの瞳は、なんだか冒険に出る前の子供みたいな輝きに満ちていて。

 私はつい、その輝きに負けない光を、瞳に宿してしまう。

「はい、絶対死にません。だって私は、祈さんにもお師匠様にも負けない、世界一の魔女になりますから」

「その意気やよし! それでこそポジティブモンスター!」

「誰がポジティブモンスターや」

「自分で言ってたじゃない」

「ふふ、まるであんたたち、姉妹みたいだね」

 はしゃぐ私たちを見て、お師匠様はどこか嬉しそうに笑った。

「さて、それじゃあファウストばあさんも帰ってきたし。朝食の続きといきましょうか」

「そうだね。メグ、紅茶とトーストを用意しておくれ」

「はぁい。そうだ、ねぇお師匠様」

「なんだい?」

「お師匠様が私を弟子に取った理由って、何なんですか?」

 すると、お師匠様は少しばかりキョトンとしたあと。

「さてね」

 とだけ言った。

 どうやらこの人も教える気はないらしい。気になって当分眠れない日が続きそうだ。


 私は、英知の魔女に夢をもらったのだと思う。

 この一年を乗り切った先に待つ、たくさんの可能性や、まだ見ぬ世界への夢を。

 そして、その夢を果たすまで死ぬわけにはいかないと、私は改めて心に誓った。

「メグ! 何してんだい! さっさとお茶淹れとくれ」

「はいはい! ただいま!」

 だから、今は少しだけ。

 目の前のことを、必死で頑張ろうと思う。

 いつか来るその日を夢見て。


ためし読みはここまで。
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書籍情報

好評発売中☆


著者: イラスト: コレフジ

定価
1,430円(本体1,300円+税)
発売日
サイズ
B6判
ISBN
9784049140545

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