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ものがたり

『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』ためし読み連載 第5回 東より、英知の来訪(後編)

「今夜が実は流星群の極大日だって知ってる?」

 じっと、夜空を眺めながら祈さんは言う。

「そうなんですか? 星なんて見えませんけど」

「満月だからね。晴れちゃいるけど、空が明るすぎる。だから星が見えにくい。観測条件があんま良くないのよ」

「残念ですね。星が見えたら願いごとでもするのに」

「死を覚悟してるっていうのに、何を願うの?」

「金です」

「もっとオブラートに包め」

 祈さんは呆れたようにため息を吐くと、そっと空に手を伸ばした。

「見てなさい、七賢人の実力」

 そしてグッと、手を握りしめる。

 その時だった。

 夜空に、満天の星が浮かんだのは。

 月が光量を落とし、本来見えるはずのない星が浮かび上がったのだ。

 目の前の光景に、私は言葉を失った。

 これだけの規模の魔法、本来なら、複数の魔導師が魔法陣を用意し、十二節の呪文を構築し、知識を通じて魔法を発動させてようやく実現できるはず。その複雑な工程を、彼女はわずか一動作で終わらせた。

 何万、何億という星たちが、燦然と空に広がり、月明かりに満ちていた夜空が、今は星によって照らされている。空の中心には天の川が走り、深宇宙の星間ガスの彩りすら見え、夜を美しく鮮やかに染めていた。

「たぶん、この光景は世界の果てに行かないと見られないでしょうね」

「やべぇ」

「まぁ、まだ終わりじゃないけど」

 祈さんは指先で宙に文字を描く。

「おいで」

 彼女がそう呟いた刹那、空にいくつもの光が走った。

 流星だった。

 流星が、数え切れないほど降り注いでいる。消えたと思ったらまた新たに浮かび、そしてまた消えていく。幻想の世界を形にしたら、このようなものなのかもしれない。

 まさしく、光の雨と呼ぶにふさわしかった。

「すげぇ……どうやったんですか」

「流星の軌道をちょっと変えただけ」

 当然のように彼女は言った。

「これだけの星を見てたら、自分の悩みなんてちっぽけなもんに思えるでしょ」

「そうっすね。まぁ別に悩んでたわけじゃないんですけど」

「悩んで」


 私は、諦めていた。諦めて死を受け入れようとしていた。

 そして、死を受け入れることに疑問すら抱いてなかった。

 もういいかと、納得しようとしていた。

 でも一つ、この流星群を見て気付いたことがある。

 魔法の可能性は無限大だっていうことだ。

 魔法は奇跡を実現する。きっと不可能も可能になる。どんな状況でも、どうにかできる。

 目の前の光景は、私にそう思わせるには十分だった。

 たくさんの人を喜ばせる魔法で、嬉し涙を一気に集められるかもしれないし、呪いを破る他の方法もあるかもしれないし、命の種を生み出す新たな方法を私自身が考案できるかもしれない。

 魔法が起こせる結果は一つじゃない。

 だって魔法の可能性は、無限大なんだから。

「願いなよ、メグ。あんたが一番叶えたいこと」

「世界征服ですか?」

「そうじゃなくてさ」

 彼女は真剣な表情で私を見つめる。

「生き抜くこと。死なないこと。世界に出る魔女になること。あんたが願うべきは、それじゃないの」

「祈さん……」

 真剣な祈さんの表情に、私は静かに頷いた。

「わかりました」

 私はそっと、星に願う。

 来年も、再来年も、十年後も、生きて世界を見ていることを。

 私の生きる世界をどんどん広げ、この世界の行く末を、私自身の目で見届けることを。

 いつかきっと、世界に出て、もっともっとたくさんの人と会ってみたい。

 そしてたくさんの土産話で、お師匠様を仰天させるのだ。

 この夢は、私が最後まで諦めないための希望。

「やっぱあんたいいわ」

 何故か祈さんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「最初はさ、疑問に思ってたんだよね。あのファウストばあさんが、何で弟子なんて取ったんだろうって」

「成り行きじゃないんですか?」

 すると祈さんはいたずら小僧のように首を振る。

「メグ、あんたいい魔女になるよ」

 答えになっているような、なっていないような。

 でも祈さんは、どうやらそれ以上教える気はないようだ。

 今夜は気になって眠れそうにない。


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