◯
「今夜が実は流星群の極大日だって知ってる?」
じっと、夜空を眺めながら祈さんは言う。
「そうなんですか? 星なんて見えませんけど」
「満月だからね。晴れちゃいるけど、空が明るすぎる。だから星が見えにくい。観測条件があんま良くないのよ」
「残念ですね。星が見えたら願いごとでもするのに」
「死を覚悟してるっていうのに、何を願うの?」
「金です」
「もっとオブラートに包め」
祈さんは呆れたようにため息を吐くと、そっと空に手を伸ばした。
「見てなさい、七賢人の実力」
そしてグッと、手を握りしめる。
その時だった。
夜空に、満天の星が浮かんだのは。
月が光量を落とし、本来見えるはずのない星が浮かび上がったのだ。
目の前の光景に、私は言葉を失った。
これだけの規模の魔法、本来なら、複数の魔導師が魔法陣を用意し、十二節の呪文を構築し、知識を通じて魔法を発動させてようやく実現できるはず。その複雑な工程を、彼女はわずか一動作で終わらせた。
何万、何億という星たちが、燦然と空に広がり、月明かりに満ちていた夜空が、今は星によって照らされている。空の中心には天の川が走り、深宇宙の星間ガスの彩りすら見え、夜を美しく鮮やかに染めていた。
「たぶん、この光景は世界の果てに行かないと見られないでしょうね」
「やべぇ」
「まぁ、まだ終わりじゃないけど」
祈さんは指先で宙に文字を描く。
「おいで」
彼女がそう呟いた刹那、空にいくつもの光が走った。
流星だった。
流星が、数え切れないほど降り注いでいる。消えたと思ったらまた新たに浮かび、そしてまた消えていく。幻想の世界を形にしたら、このようなものなのかもしれない。
まさしく、光の雨と呼ぶにふさわしかった。
「すげぇ……どうやったんですか」
「流星の軌道をちょっと変えただけ」
当然のように彼女は言った。
「これだけの星を見てたら、自分の悩みなんてちっぽけなもんに思えるでしょ」
「そうっすね。まぁ別に悩んでたわけじゃないんですけど」
「悩んで」
私は、諦めていた。諦めて死を受け入れようとしていた。
そして、死を受け入れることに疑問すら抱いてなかった。
もういいかと、納得しようとしていた。
でも一つ、この流星群を見て気付いたことがある。
魔法の可能性は無限大だっていうことだ。
魔法は奇跡を実現する。きっと不可能も可能になる。どんな状況でも、どうにかできる。
目の前の光景は、私にそう思わせるには十分だった。
たくさんの人を喜ばせる魔法で、嬉し涙を一気に集められるかもしれないし、呪いを破る他の方法もあるかもしれないし、命の種を生み出す新たな方法を私自身が考案できるかもしれない。
魔法が起こせる結果は一つじゃない。
だって魔法の可能性は、無限大なんだから。
「願いなよ、メグ。あんたが一番叶えたいこと」
「世界征服ですか?」
「そうじゃなくてさ」
彼女は真剣な表情で私を見つめる。
「生き抜くこと。死なないこと。世界に出る魔女になること。あんたが願うべきは、それじゃないの」
「祈さん……」
真剣な祈さんの表情に、私は静かに頷いた。
「わかりました」
私はそっと、星に願う。
来年も、再来年も、十年後も、生きて世界を見ていることを。
私の生きる世界をどんどん広げ、この世界の行く末を、私自身の目で見届けることを。
いつかきっと、世界に出て、もっともっとたくさんの人と会ってみたい。
そしてたくさんの土産話で、お師匠様を仰天させるのだ。
この夢は、私が最後まで諦めないための希望。
「やっぱあんたいいわ」
何故か祈さんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「最初はさ、疑問に思ってたんだよね。あのファウストばあさんが、何で弟子なんて取ったんだろうって」
「成り行きじゃないんですか?」
すると祈さんはいたずら小僧のように首を振る。
「メグ、あんたいい魔女になるよ」
答えになっているような、なっていないような。
でも祈さんは、どうやらそれ以上教える気はないようだ。
今夜は気になって眠れそうにない。