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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第6回 光をめざして

17  いざ、研究所へ!

 理由は不明ながらも、ロックの外れた扉をくぐり、中をのぞきこんでみると――。

 無人の暗いろうかを、誘導灯のランプだけがぼんやり照らしてる。

 足もとはタイルばりだ。

 なるべく音をたてないように、おっかなびっくり体をすべりこませた。

 ろうかの右手のカベは全面ガラスばり。

 そのむこうは、こぢんまりとした研究室だ。

 蛍光灯の消えた部屋に、デスクや大きな機械が並んでる。

「今日はお休みみたいだね。だからセキュリティもお休みなのかな」

「無人になる日に、わざわざセキュリティを切る、アホな研究所があるかよ」

「そりゃそうか」

 ガラスにぎりぎりまで顔を近づけてみる。

 ――と、やっぱりだ!

 ホワイトボードに、いろんな書類といっしょに、モグラの写真がいっぱい貼ってある!

 とたんに心臓がバクバク太鼓を打ちだして、その音がまわりに聞こえちゃいそうだ。

 研究所がここで危険生物を飼ってたの、確定だよ……!

 涼馬くんも息を殺して見つめてる。

「綾のカメラ、借りておけばよかったね。証拠写真を撮れたのに」

「…………うん」

 涼馬くんが急に、うわの空の生返事になった。

 彼の視線はまっすぐ、研究室のなかの一点に定まっている。

 すぐそこのデスクのわきに、画びょうで写真が貼られてる。あれを見てる?


「こよみちゃん……?」


 彼の口から、知らないコの名前がぽろりとこぼれた。

「涼馬くんの知りあいなの?」

 あたしもガラス窓ごしの写真に目をこらす。



 遠目だけど、子どもが二人写ってる。

 小学校低学年くらいの男子と、幼稚園生くらいの女の子だ。

 あのデスクの研究員さんの、家族かな?

 ふわふわした笑顔の女子にほっぺたをくっつけられて、男子のほうは難しい顔をしてる。

 その「こよみちゃん」は、あたしには見おぼえのない顔だ。

 だけど、あの男子は……。

 ショートカットで今とは髪型がちがうし、彼があんな仏頂面をしてるのも見たことないけど、

 下がりぎみの目じりに、整った顔。

 どう見ても、小さかったころの楽さんだ……!

「楽さんの親って、研究所の人なの?」

「わからない。おれはなにも聞いてない」

「あれ? でも楽さんって、涼馬くんよりはやく一人になったんじゃ――、」

「それは確かだ。楽さんは赤んぼうのころからだって」

 涼馬くんが見開いたままの目を、あたしに向ける。

 その時だ。

 あたしたちの目のまえのカベが、いきなり、横なぐりにふっとんだ!

「――ッ⁉」

ガラガラガラッ。

 土ケムリを巻きおこし、ろうかにガレキがくずれ落ちていく。

 ライトよりも大きな丸が二つ、ケムリのなかに光った。

 真っ赤な瞳をらんらんと輝かせる、巨大モグラだ……!

「マメ!」

 涼馬くんの大声に、金しばりが解ける。

 彼がぐんっとあたしの腕を引っぱった。

 全力で飛びのくと、あたしのポニーテールのしっぽをかすめて、二撃目が来た!


   ***


 連続攻撃をギリギリかわしたあたしたちは、行く手をふさがれ、石切り場にもどるしかない。

 しかも激怒のモグラが、後ろから追いかけてくるよ!

 扉から飛びだし、逃げ場をもとめて突っ走るけど、地図もなしじゃ完全に運まかせだ。

「追っかけてこないでよぉ! 背中に火をつけたの、あたしたちじゃないって!」

「おれたちのこと、エサとでも思ってるのかよ!」

 へろっへろに疲れきってるところに、モグラと地下の追いかけっこ⁉

 今にも蹴つまずいて、ひっくり返りそうだ。

 なんて考えてたら、みごとにスッ転んだ。

「うわぁっ」

「マメ!」

 涼馬くんが痛むはずの右手で、あたしのわきをすくいあげてくれる。

 すぐに体勢をたてなおし、ふたたびのダッシュだ!

「プロのサバイバー、そこらへんにいないかな⁉」

「山火事か、逃げおくれの生徒の回収に出はらってるんだろ!」

 後ろで、また石カベがぶっ壊される音がする。

 ふり返るよゆうもないけど、あのモグラのツメ、どんだけ鋭いの⁉

 ツメさきだけでも引っかけられたら、おしまいだよ!

「まくぞ! そこの角で、ヘアピンカーブだ!」

「了解!」

 モグラッ、たのむから気づかないで直進していって!

 祈りながら、ほとんど百八十度の方向転換で、急カーブの道へすべりこむ。

 そのまま転げる勢いで駆けつづけ、――あった!

 さっきのぼってきた地下坑、そして真上には、ドーム窓の非常口っ!

 穴のふちで足にブレーキをかけ、バッとふり向く。

 モグラはやっぱり追いかけてきてる。

 茶色い巨体がみるみる近づく。

「注意! 合図と同時にハシゴへとびつけ!」

 了解と応えかけて、あたしは言葉をのみこんだ。



 涼馬くんが、サバイバルナイフを手にあたしの背後に立つ。

 ――まただ。アオムシの時と同じ。

 あたしをかばって、自分一人で敵を引きつけるつもりだ!

「なんで!? いっしょに脱出だよ!」

「こいつ、どうせ地上まで追っかけてくんだろっ。おれもおまえも体力的に、これ以上は逃げきれない。二人そろってやられる前に、ここでケリをつける!」

「ケリって……っ。でも右手、もうまともに力が入ってないよね⁉」

 なのに、あたしを逃がすまでナイフ一本で時間かせぎなんて、そんなのムリに決まってるよ!

 モグラのふり上げたツメが天井に引っかかり、石の破片をまき散らす。

 足もとまで飛んできた石を、あたしたちは飛びのいてよける。

「行け、マメ! おれはいいんだっ。おまえに何かあったら、ノドカさんが泣くだろ!」

 強く肩を押された。

 なにそれ。なに言ってんの涼馬くん。

 まさか自分は、もうだれにも泣いてもらえないから後回しとか、そんなこと考えてるの⁉

 目の奥を焼くような熱い涙がこみあげてきて、そんな場合じゃないのに、視界がにじむ。

「イヤだよ、ばか!」

「行け! ノドカさんに救けてもらった恩は、現場で返すって決めてるんだっ。それに、幸せになるべき人間に、目のまえでいなくなられるのは、もうたくさんなんだよ!」

 どなり声が悲鳴みたいだ。

 あの写真の赤ちゃんも、お父さんとお母さんも、ノドカ兄だって、涼馬くんの前から次々に消えていった。

 彼はそのたび、くやしい想いで見送るしかなかったんだ。

 あたしは涙をのみくだす。

 わかるよ。あたしだってもうたくさんだ。わかるけど、でも……っ、

「涼馬くんも、幸せになるべき人間でしょ⁉ あたしたち、何度も何度も生きるか死ぬかをいっしょに乗りこえてきてっ。あたしだってS組のみんなだって、涼馬くんのことが大事だ! いなくなられたら泣くよ! 自分が死んでも泣く人がいないなんて、そんなっ、仲間を信じないような、バカなこと言うなァ」

 モグラはすぐそこだ。

 ガレキの破片が顔をかすめる。

 ななめにふり上げるツメの動きが、やたらとゆっくり目に映る。

「注意!」

 あたしは叫んで、涼馬くんの胸ぐらをつかむ。


「風見涼馬、生きろ!! 二人で、ノドカ兄に会うんだよ!」


 噛みつくように顔を近づける。

 もう、あたしたちをなぐろうとするモグラのツメが、三メートル、二メートル?



 涼馬くんの瞳は、あぜんとあたしを見つめたまま。

 あたしも彼を見つめつづける。

 頭の真上で、風がうなる。

「……了解」

 つぶやいた瞬間、彼の瞳に燃えるような光がきらめいた。

 その目がモグラの鼻づらとのキョリをはかり、上のハシゴへうつる。

 彼はナイフをほうり捨て、あいた右腕で、あたしの腰をつかんだ。

「3!」

 あたしも左腕を涼馬くんの背にまわす。

「2!」

 それぞれ使える腕をふり上げ、

「「1!」」

 おたがいを支えあい、全身をバネにして跳ねる!


 突撃してきたモグラの鼻さきを間一髪でかわし、思いっきりふみつけた。

 足のうらに、硬いゴムみたいな感触!

キュイイイッ!

 脳みそを切りさくような悲鳴が上がる。

 反動をつけ、そのままハシゴに向かってジャンプだ!

 だけどやっぱり、あたしのほうが高さが低いっ。

 涼馬くんの左手がハシゴをつかんだ。

 あたしだけ、落ちる!?

 ゾッとしたとたん、腰にまわった腕に支えられた。

 でもあたしの体重を、今の涼馬くんがぶら下げられるワケないっ。

 しかも、またモグラのツメが、あたしの真横からせまってくる!

「涼馬くんっ、耐えてぇ!」

「まかせろ!」

 あたしは両脚を胸まで引きあげた。

 ぐんっとかかった荷重に、涼馬くんがくぐもった声をもらしながらも、ハシゴもあたしもはなさずにいてくれる。

 巨大なツメが、あたしの真下をかすめようとする。

ダンッ!

 あたしは全体重で、上からツメをふみつけた!

 反動でハネ上がったあたしは、右手でハシゴをつかむ。

 そして逆に手をはなしかけた涼馬くんを、がしりと左腕で抱きとめる。

「よしっ!」

 体勢を整えなおし、二人ともがっちりとハシゴをつかんだ。

 体を動かしながらも頭は次のステップを――って、レク中はできなかったけど、こんなとこで成功した!

 それでも安心してる場合じゃないっ。

 はやく脱出しないと、モグラがまた反撃してく――、

ガラガラガラッ!

 真下で、世界がぶっ壊れたかと思うほど、ハデな音がした。

 モグラが地下坑に頭から突っこみ、吸いこまれるように、奈落へと落ちていく。

「……へっ?」

 モグラの姿とともに、甲高い悲鳴は、穴の底のほうへ遠ざかっていって……。

 ついに、聞こえなくなった。


「な、なに?」

 あたしはぽかんとつぶやく。

 涼馬くんもしばし無言で、静まりかえった穴を見つめる。

 それから信じられないって顔で、息を吐いた。

「マメがあいつのツメをふんづけただろ。たぶんあれで、攻撃の軌道がそれたんだ。そのツメが鉄ごうしごと、ごっそりと地下坑の出入り口をえぐり取った」

「……で、勢い止まらず、落とし穴にハマっちゃったと」

 モグラの自滅と言えば自滅だけど、ラ、ラッキィー……。

 あたし、今さらぶわっと冷やアセが噴きだして、

「うわぁっ」

「バカ!」

 手をすべらせて、まんまと穴に転落するところだった!


   ***


「平和だな……」

「外、まだこんなに明るかったんだねー……」

 非常口のドームをはずし、やっとのことで外へ這いずりでてきたあたしたちは、二匹のくたびれきったモグラそのものだ。

 ヘリコプターが青い空を横ぎって撤収していく。

 山火事のほうは、もう落ちついたみたいだ。

 鳥がのんきな歌をさえずりながら、真上を飛んでいく。

 あお向けにひっくり返ったが最後、今度こそ、一歩だって動けない。

 たぶんここって研究所の敷地の中だよね。

 少し山寄りかもしれないけど、ここに転がってたらマズイかな。

 研究所の人たちは怪しすぎる。

 できたらS組の仲間たちに発見してもらいたいけどな。

「綾たち、無事かなぁ」

「リリコがいるんだから、問題ねーだろ」

「だよねぇ。うてなたちもきっと大丈夫だよね」

「モグラがこっちに来てたんだから、あいつらも問題ない」

 あたしの不安を、涼馬くんはちくいち消してくれる。

 ホッとするけど、頭を動かしてうなずく気力もない。

 あの「こよみちゃん」ってコのことも、涼馬くんにいろいろ聞かなきゃだけど……。

 視界もかすんできたし、不覚にも、ぎゅうううっとおなかが鳴った。

 涼馬くんは目だけでこっちを見て、ふはっと笑う。

「腹がへるのは、生きてる証拠だな」

「……生きて還れたねぇ」

「うん。還ってきたな。いっしょに」

 涼馬くんの右手が、あたしの左手をにぎる力を強くする。

 そういえば、ずっとつないだままだった。

 だけどほどくのはもったいなくて、気づかないフリをしちゃう。

 だって、あったかいんだ。涼馬くんの手。

 それに大きくてしっかりしてる、男子の手だなぁ。

 なんか、ノドカ兄の手みたい。

「……ノドカ兄」

 考えたことが、そのまま口から出ちゃった。

 そしたら涼馬くんがわざわざこっちに顔を向けた。

「ノドカさんじゃない」

「そんなの知ってるよ」

 ふへっと笑ったあたしに、彼はなんだかナットクいかないって顔。

 それがちょっとかわいく見えちゃって、あたしはくすくす笑う。

「ねー、涼馬くん。あとでなに食べる? あたし、ナカムラ団子のおばあちゃんの、お団子がいい。あんこたっぷりかけてもらって」

「あー……いいな。おれ、みたらし。昼メシ、なに食ったか分かんねーようなのだったしな。なんだっけ、アホだかバカだか、」

「なんだっけねぇ、アホロートル……?」

「それウーパールーパーだろ。……食うなよ」

「くわないよ……」

 おたがい意識がもうろうとして、なにを話してるんだか分かんなくなってきた。

 でも、つないだボロボロの手は、どっちもはなさない。

 マメ、ありがとう――って、涼馬くんの声が、耳もとに響いた気がする。

 そして、あたしたちはおだやかな青空の下、気を失ってしまった。


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