5 いざ、遠足合宿! ……だよね?
今日は待ちに待った、二泊三日の遠足合宿!
ず~~っと、勉強&訓練だけの日々をすごしてきたからさ。
山でハイキングなんて、テンション上がっちゃうよねっ!
「ええと、『おおぜいの負傷者を、いっぺんに救助するとき。まずはダレから手当てするかを、選んで決めましょう』」
しかし〝担当ナシ〟はバスに座るなり、すかさず勉強するのだっ。
あたしはこの一か月でいよいよ、クラスメイトから、「マメちゃんなら、このくらいデキてればいいよ。がんばりすぎも良くないよ」なんて、なぐさめられるようになってしまった!
このままじゃダメだっ!
「お。それ、選別のトコ?」
教科書を読みあげてると、となりの席から、うてなが顔をよせてきた。
「それって、ケガ人がいっぱいの時に、歩けるかみてー、呼吸あるかみてー、脈とってーって、手当ての順番を決めるヤツだよね」
「さすがうてな! ばっちりだね」
「えへへー。ディフェンダーのことだからさ。けど他のはホンットだめ。あのアタッカー鬼リーダー、さわやかに、ちょースパルタだしさぁ。もう、あいつの授業うけたくなぁーい!」
うてなが嘆きながら、キャラメルを教科書にのっけてくれた。
「ありがと、うてな」
ぱくっと食べちゃったあとで、はたと気がついた。
「えっ。なんでオカシ持ってんのっ? お弁当もオカシも、配られるから持ってきちゃダメって、遠足のしおりに──、」
「これでマメちゃんも同罪だ~っ」
食いしん坊のうてなは、ひゃっひゃっひゃとワルい顔で笑う。
「お、居のこりコンビも三号車か。ヨロシクね」
ヒョイッとのぞきこんできた、にこにこ笑顔!
楽さんっ!!
「「おひゃよンゴざいまンゴッ」」
キャラメルを飲みこみそうになっちゃって、二人してセキこむ!
「な、なになに。そんなにビックリするほど、ぼくがカッコよかった?」
ジョーダン(?)を言いながら、楽さんは奥の席へ。
そのすぐあとに、気配のないお人形さん──じゃないや、七海さんが続く。
「なにやら、あまい香りがしますね……」
ぎくうっ!
あたしたちは身をすくめ、超高速で口の中のキャラメルを溶かす。
「あれ。七海さんも楽さんも三号車? ミニバスでリーダーがそろうって、すごい確率ですね」
足どり軽く中に入ってきたのは……っ、風見涼馬!
ほかの生徒たちから、ワッと喜びの歓声があがる。
五年はうてなとあたし、唯ちゃんと健太郎くん、涼馬くん。給食班のメンバーだ。
あとは楽さんたち六年が四人。
以上、生徒九人でこのミニバスはみっしり満席だ。
(ただし、でっかい筋肉先生が、一番まえの座席をふたつ占領してる)
「〝担当ナシ〟も来るのかよ。今すぐ帰れ」
「いやですー」
今朝もツンツンな涼馬くんに、あたしはげぇぇって顔を、さらにしかめて返す。
すると彼もあたしを冷たーく見下ろして、手のひらを突きだしてきた。
「違反キャラメル、没収」
「「うええええっ」」
どうしてバレてんのっ!
縮みあがるあたしたちに、涼馬くんはシラッとして、キャラメルの箱をかっさらう。
「においで分かんだよ。楽さんたちは目をつぶってくれただけだ」
と、前の席から、先生ののぶとい声。
「双葉マメと空知うてな、成績ポイントからマイナス1点なァー」
「ギャ! 先生っ、あたし30ポイントしかなかったんですけどっ。今、あと何点ですか!?」
「ボクのもっ!」
「双葉マメは、のこり20ポイントきってるぞ。空知うてなは、マイナスは多いが、ディフェンダー訓練でポイント回復してたからな。70から変わってない」
「ワァ……」
絶句するあたしに、涼馬くんはあきれたタメ息だ。
「〝担当ナシ〟のほうは、いよいよこの遠足で、S組からサヨナラだろうな」
うしろの席へ歩いてく彼を、あたしはふるえながら見おくる。
ちょうど、パチッと健太郎くんと目が合った。
と思ったら、彼はニガ笑いで、そそっと前に視線をそらす。
コメントしづらいですヨネ、わかりマス……。
「え、え~とさ、五年生。『強勇学園、ナゾの怪事件』って知ってる?」
「なんですかソレッ。おもしろそう!」
「よーし、オレが教えてあげよう。実地訓練に出た、未知の危険生物のはなし!」
めんどうみのいいセンパイ、千早希さんとナオトさんが、あわててみんなを盛りあげてくれる。
危険生物? 未知のって、エイリアンとかUMAみたいな?
みんなは、たぶん楽さんが言ってた「ヘンなうわさ」にキョーミしんしんだけど。
あたしは遠足どころじゃない気分になっちゃった。
はぁぁ……っと息をつき、教科書にべしょっと顔をうつぶせた。
***
あれ、あたし寝てた?
目を開けたとたん、こめかみがズキッと痛んだ。
お昼のお弁当をバスで食べたあと、いつの間にか、ぐっすり眠りこけてたみたいだ。
あたしの肩にもたれかかってるうてなが、ぷうぷう寝息をたててる。
バスの中はぶきみなほど静かだ。
もう現地に到着したのかな。
立ちあがって、みんなを見まわしてみたら──、
「い、いないっ!?」
運転手さんも、前の席にどかっと座ってた筋肉先生も──、
涼馬くんたちリーダーも、まるっといない!
変だ。
ざわっと両うでにトリハダが立つ。
あたしはハジかれたように席を立ち、バスの外へとび出した。
「……なんだこれ」
砂浜にうちよせる白い波。そよそよとポニーテールをゆらす、潮風。
上空に円をえがく、とんびの影。
あたしはバッとしゃがんで、波うちぎわの濡れた砂を手でにぎる。
本物だ。夢じゃない。
なんで海っ!?
だだだだだって、山にハイキングに行くはずだよね!?
浜べに停められたバスをふりかえり、今さら気がついた。
バスのカゲになってる岩場で、リーダー三人がなにやら会議中だ!
「ねっ、ねぇ! あたしたち、なんで海にいるのっ!?」
三人ともオヤッて顔を上げた。
「おはよー。マメちゃんが最初に起きたか」
楽さんは、ふだんと変わらないニコニコ笑顔だ。
「ここっ、どこですか!? どうして山じゃなくて海にっ? てか今気づいたけど、三号車だけ!?」
彼らの輪にヒザでスライディングして飛びこむなり、キョロキョロするあたし。
ほかのバスは、影もカタチもない。
浜べのすみっこにぽつんと、あたしたちのミニバスがとり残されてるだけ。
「さわがしいヤツが起きてきたな。やっぱりあんた、来るべきじゃなかった」
涼馬くんがブッチョー面で、ぼそりとつぶやく。
そして手にしてた小枝を、ピッとあたしのみけんに突きつけた。
「もちろん覚えてるよな。『サバイバルの五か条』、はじめの『サ』は!」
「サ、『サ』は、『最初に、そして常に心をしずめろ』!」
あたしはぴんっと背すじを伸ばす。
おおー、っと楽さんがハクシュしてくれる。
しかし涼馬くんは、じいいっとあたしを見つめるのみ。
「そうだ。サバイバーは予想外の状況でも、冷静でいなきゃいけない。今のあんたは?」
「うぐっ」
あたしはムリやり、心臓をもとの位置に押しこめる。
「五か条を守れないなら、ここにいれば生死に関わる。さっさとギブアップしたほうがいいぜ」
「涼馬、そうは言ってもさ。実地訓練は、終了するまでギブアップできないでしょー」
「えっ」
「五年生が入ってきて、まだ一か月なのに、もう実地訓練とは……。統計的にもハズれ値ですね」
「えっ」
楽さんと七海さんの口から飛びでた、「実地訓練」ってワード。
アセらないって決めたそばから、心臓がドッドッドッとすごい音を立てはじめた。
実地訓練──?
あの、火事の現場とか砂漠に放りだされたりっていう、恐怖の訓練のことだよね!?
「これ、実地訓練に参加しちゃってるの!?」
さけんだあたしに、三人は深くうなずく。
過去にゆくえ不明の生徒も出て、危険生物のウワサまで流れてる、その訓練に……!
あたしはよろりと立ちあがった。
目の前に広がる海。砂浜。
背後の山の、木々をわたる潮風の音。
すっごく平和なムードだけど。
人間の気配が、あたしたちのほかには全くない。
こういう場所で、訓練になるようなサバイバルの舞台って──、
「まさか無人島……とか?」
「まだ調査にも出てないから、なんとも言えないけどな。いまはその可能性が高そうだ」
涼馬くんが枝の先でさした、あたしの左おく。
まぶしい陽ざしに目を細め、よくよく見つめてみたら。
砂浜のむこうに、堤防と、森にのまれかけた白カベの建物がのぞいてた。
建物があるなら……、そうか。
むかしは人間が住んでたけど、今はダレもいなくなっちゃった無人島ってこと?
「じゃあ、も、もちろんだけどホテルとかお店屋さんとかも、ないの」
震えながら口にしたら、涼馬くんにタメ息つかれてしまった。
「あったりまえだろ。ホテルに泊まるなら、ただの楽しい旅行だ」
「だけどマメちゃん、今回はいきなりの大災害じゃなくて、運がよかったほうだよ。無人島ってだけなら、サバイバルもさほど厳しくない」
「そうですね。学校のむかえが来るまで、待っていればいいだけですから……」
「そのむかえが来んのが、いつかが問題ですけどね。とにかく日没まで時間がない。楽さん、七海さん、チーム分けのミーティングをして、動きだしましょうか」
リーダー三人はサバイバル五か条のとおり、ホントに平常心だ。
すごいなって思いながら、朝「いってきます」って別れた家族の顔が頭をよぎる。
むかえが来る日も、わからない?
それに先生もいない……。
学校行事でも、ただの遠足や合宿とはワケがちがうよ。
子ども九人だけで、廃墟の無人島で生きのびてみせろ──って。
そのあいだ、家族はすごく心配するよね。
だいたいあたし、まだサバイバル能力Cの〝担当ナシ〟なのに……っ。
指のさきまでキンと冷たくなる。
耳のうしろがドクドク鳴ってる。
「帰りたい」って、その一言が、ノドの奥からせり上がってくる。
無意識に胸をつかんだ手に、ホイッスルのカタい感触がふれた。
──そうだ。これが実地訓練なら、あたし、やらなきゃいけないコトがある。
S組に入ったのはもちろん、サバイバーが夢だからだけど。
ほかにあと一つ、大事な目的があるんだ。
あたしはキッと前に顔をむけた。
そしたら、試すような目でこっちを見つめてた涼馬くんと、視線がぶつかった。
「あたし、みんなを起こしてくるね。はやく、寝泊まりする陣地をカクホしなきゃだ」
「……ああ。そうだな」
涼馬くんはあたしがパニックを起こすと思ってたのか、意外そうに目をまたたく。
手のふるえも止まった。
カクゴも決まった。
ヨシッと自分にうなずく。
そして、まだ実地訓練に放りこまれたのも知らないでいる、みんなのところへ走った!