4 〝担当ナシ〟って言わないで
「サバイバルの五か条」
サ:最初に、そして常に心をしずめろ
バ:場所と状況を確かめろ
イ:命を大切にせよ
バ:場にあるモノを工夫して使え
ル:ルールを守れ。しかし臨機応変に
ぶつぶつぶつぶつ、ウデ立てふせをしながらくり返す。
校庭の砂が手のひらに食いこむのも、もう慣れっこだ。
S組スタートから一週間。
あたしはホントに〝担当ナシ〟そのものだった。
攻守陣の三科目、どれもウマくできなくて、クラスメイトとの差はどんどん開いていく。
みんな優しいから「がんばれー」って応援してくれるけど、「S組のお荷物」的な立ち位置は、すでにばっちり確定だよ。
そして、だんだん分かってきた。
初日は「一年間がんばれば、今の六年みたいになれるんだー」ってワクワクしたけどさ。
実はたんに、S組の訓練についていける人が残っただけなんだ。
午前は、国語とか算数の、ふつうの授業。
だけど、先生はおっそろしい速さで教科書を進めていく。
そのぶんのあいた時間で、午後からは、校庭でのハードな訓練がみっちり!!
みんなはそこで解散だけど、あたしは放課後のチャイムが鳴るなり、「S組訓練㊙教科書」を暗記しながら、下校時刻の放送が入るまで、自主トレ。
──ってのが一日のスケジュールだ。
朝イチで登校して、夜もまぢかにズタボロで帰るから、家族は心配してるみたい。
だけどみんなについてけないなら、あたしは訓練の量でカバーするしかない!
実は、この一週間で、五年生は五人も減っちゃったんだよね。
「もうムリ」って、自分からふつうクラスにおひっこししたそうだ。
でも残ったメンバーは、どんなに訓練がしんどい日だって、歯を食いしばってがんばってる。
もちろんあたしだって、まだまだあきらめるつもり、ゼロだよ!
「以上っ、サバイバルの五か条!」
ラスト三十回めの逆立ちウデ立て、やりきった!
ハーッと息をつき、あおむけに転がる。
「マメちゃん、ちゃんと教科書おぼえてんの? さすがマジメだねぇー」
うてなは朝礼台でごろごろ。
楽さん特製「よいコのにこにこ応急処置テキスト」をめくってたとこだ。
「マジメっていうかさ。現場で生きるか死ぬかってときに、ごそごそ教科書を開けないもんね。だからまずは暗記してこいって、まぁ、そのとーりだなって」
「うえー。ボク、好きなことしかやりたくないよォ」
「うてなは、ディフェンダーに決まってるようなモンだもん。七海さんだって、キャンパーだけスゴイんでしょ?」
「そ! ボク、七海さんのディフェンダー版をめざすんだっ。だからアタッカー授業なんて、リョーマに怒られてばっかだけどさ。ま、いっかなって。ディフェンダーなら、五年じゃダレにも負けないし」
「いいなーぁ。あたしも、なんかトクイな事があったらイイのになー」
うてなみたいに、コレ! って才能があるのって、カッコイイなと思う。
不器用なあたしは、一週間たっても、どこを重点的にがんばればいいのかも分かんないままだ。
すぐそこで、コンクリのカベが夕陽に照らされてる。
……うんっ。まず最初の目標は、「S組で生きのこること」だよな!
「ハイ・ウォール、今日こそはとびこえるよ」
手のひらの砂をパンパン落としながら、立ちあがる。
「まだやんのっ!?」
「あれができたら、やっぱり現場でも役に立つと思うんだ」
将来、あたしが現場に出られるようになったら。
救けを求める人のところへ、一秒でも早く駆けつけたい。
そう思うのは、自分自身が要救助者だったとき、救けてもらうまでの心細くてツラい時間を、さんざん味わったからだ。
ノドカ兄に救けてもらったときの、あのホ~ッとする気持ちは、いまも忘れられない。
だからあたしは、今日もハイ・ウォールに立ちむかう!
…………しかし、気合いとはウラハラに。
あいかわらず「だんっ」「どしゃっ」のくり返し!
まったく進歩してるカンジがしないよぉっ!
「マメちゃぁん、もう明日にしようよぉ~~。おなかすいたぁ」
カベの上から、うてなの疲れきった声がふってきた。
彼女、見かねたのか、とちゅうから補助をやってくれてたんだ。
「あと一回だけ!」
あきらめきれず、手を合わせてお願いする。
はぁいとうなずいた彼女が、もそもそスタンバイしてくれるのを待って。
あたしはふたたび、全力ダッシュ!
「3、2──」
うてなが手を突きだした、その瞬間。
「ひぇっ」
彼女、前のめりになりすぎて、バランスをくずした!
カベのむこうでハシゴにのってるはずの両足が、大きくふり上がる!
そして頭から真っ逆さまに──っ!
「う、うてな!?」
ヤバイ! こんな高さから落ちたら、首の骨を折っちゃう!
あたしは彼女を受けとめようと、猛ダッシュする──! けど、
「どけ!」
肩をつかまれ、思いっきり後ろに引かれた!
すぐ横を、ダレかがすさまじいイキオイで駆けぬけていくっ!
あたしは尻もちついて、それでもすぐに、バッと前を見やった。
ドッ!
一瞬のうちにあたしを追いぬいたそのヒトは、バネみたいにヒザを沈ませて重力を逃がし、全身でうてなのカラダを受けとめる!
砂ぼこりが大きく舞いあがった。
「……ビ、ビックリしたぁっ」
茶色いケムリの中から、うてなの声!

ぶじだった!?
二階の高さを頭から落っこちたのに、キセキだよ……!
きっとプロのサバイバーが救けてくれたんだっ!
「うてな、ケガは!? ごめん!」
あたしは腰のぬけたまま、彼女のところへ這いよる。
「うん、だいじょぶ……っ」
うてなを抱きとめた人は、彼女をぺいっと放りだした。
「あとちょっとって気のぬけた時は、事故を起こしやすい。訓練につき合わせるなら、自分の限界だけじゃなく、相手のようすも気にかけろ」
ぎろり、あたしに向けられた、キビしい目。
──涼馬くんだ。
まさか同級生が救けてくれたのかって驚くと同時に、身がすくんだ。
今までで、イチバン怒ってる目……!
そ、そりゃ、うてなを大ケガさせるとこだったんだから、当然だ。
「……ごめんなさい。あの、うてなを救けてくれて、ありがとう」
「あんたは。ケガ」
彼はあたしの全身をじろりと確かめて、いきなり手をつかんできた。
血豆のつぶれた、バンソコだらけの手を見られてしまった。
こんなの、あたしの不器用のショウコみたいで恥ずかしい。
パッとひっこめて隠すと、彼は、自分のほうがケガしたみたいに眉をひそめた。
「ひどいな。ふつうクラスのほうがラクできるぜ。こんなふうに痛めることもない」
しかられるってカクゴしてたあたしは、ぱちぱち目をしばたたく。
「……ラクをしたいなんて、思ってないよ。S組のコたちは、だれも思ってないでしょ?」
だって、あたしを救けてくれたサバイバーたちが、簡単にスゴイ人になったなんて思えないもの。
ノドカ兄だって、きっとそうだったハズだ。
そして──涼馬くんだって。
この人の手のひらのカタさを、あたしは知ってる。
正面からジッと見つめかえすと、
「…………あっそ」
涼馬くんは息をつき、投げだしたカバンを取りにもどっちゃった。
彼の歩いていく先に、唯ちゃんや健太郎くんたちが待ってる。
S組のなかでも、成績ポイントの高いコたちの集団だ。
サバサバしてカッコイイ唯ちゃんは、アタッカー授業でいつも涼馬くんにホメられてる。
ほんわかムードの健太郎くんは、ディフェンダー授業で、うてなに並ぶ実力者。
そんなみんなが、こっちを気まずい顔でながめてる。
けど、あたしと目が合ったら、取りつくろうように手をふってくれた。
「これから寮の食堂で、『一週間おつかれパーティ』するんだぁー! 二人も来るっ?」
「六年のナオトさんと千早希さんも出てくれるって! ハイ・ウォールのコツとか、教えてもらえるかもよっ。オレたちじゃ、うまく説明してあげらんないしさー!」
「さそってくれてありがとーっ! またのチャンスに!」
パーティって気分にはなれなくて、両手を合わせてごまかしちゃった。
アドバイス……は、涼馬くんからいっぱいもらってるんだけどね。
それでも上達しない、ダメダメなあたし。
だけどみんなは、そんなあたしをこまりつつも仲間に入れようとしてくれる。
優等生たちらしい、オトナな優しさだ。
けど、それが今のあたしには、むしろ痛いかもしんない。
ほんとに〝担当ナシ〟だなって、レベルのちがいに情けなくなるっていうか……。
「うてなは行ってきたら?」
「いいよぉ。ボクはマメちゃんといるー」
涼馬くんと合流したみんなは、わきあいあいと校門を出ていく。
立ちあがりながら、あたしは首が下をむいちゃう。
「でも、涼馬くんの言うとおりだよね。さっきはムリさせちゃってゴメンね」
「ううん、ボクがウッカリしたせいだよ。でもリョーマさぁっ。マメちゃんだってボクを救けようとしてたのに、わざわざ尻もちつかせるコトないじゃん。あいつ、ほんとにマメちゃん限定ツンツンだよなー!」
うてながプンスカ、ほっぺたをふくらませる。
「う~~ん。涼馬の名誉のために、いちおうフォローしといてあげようかな?」
いきなりの、背後からの声。
ふり返ったら、楽さんと七海さんがすぐソコに立ってた。
***
二人も寮に帰るところだったみたいだ。
楽さんはほっぺたをかき、涼馬くんの消えたほうに目をやる。
「さっきのね。マメちゃんだったら、二人とも大ケガだったよ。落ちてくる人間を受けとめるって、超むずかしいワザなの。だから巻きこまれないように、確実に遠ざけてあげたんじゃない?」
思いもよらない言葉に、あたしは目をしばたたいた。
「じゃあ、涼馬くん、あたしのことも守ってくれて……?」
「ボクも、ただのイヤがらせだと思ってた」
「ハハッ。くっそマジメに『理想のサバイバー』をやってる涼馬だよ? あいつはわざと乱暴はしないなー」
あたしはうてなと顔を見合わせる。
ひどいカンちがいをした自分に、カァッとほっぺたが熱くなった。
「でも、あんなに冷ややかな涼馬さんは、初めて見ますね」
「たしかに。マメちゃんってば、いったい涼馬に何しちゃったの」
やっぱり去年からいっしょの二人も、ヘンって思うような態度なんだ。
ますます肩が落ちちゃうよ。
「あたしの成績がサイテーだからですかね……。現場で〝担当ナシ〟に足ひっぱられたら、みんなの命にかかわるって言ってましたもん」
「あー、なるほど。そのうち実地訓練もあるからねぇ」
ナットク顔でうなずいた楽さんに、あたしは逆にぽかんとする。
「実地訓練とは──、一年に何回か、とつぜん行われる訓練で、ボソボソボソ……」
七海さんが説明をはじめてくれたけど、ぐぬっ、ぜんぜん聞きとれない!
あたしは彼女のメガホンを、サッと口にあてた。
「予告なしで、いきなりサバイバルな場所に放りだされるんです」
やたらとクッキリ聞こえた言葉が、めちゃくちゃ不穏だったぞ!?
──でも、もしかして、その訓練って……。
「そうそう。くわしいコトはヒミツだけどね。なんもない砂漠とか、コンテナ船で海を漂流とか。一番キツかったのは、廃鉱山の火災現場。学校で現場を買いとって、ほんとに火をつけるからね」
「ほ、ほんとの火災ですか!? その中に放りだされる……って、すごくハードな……」
「そんなの、うっかりしたら死んじゃうじゃん」
思わず声がふるえるあたしたちに、二人とも平気な顔でうなずく。
「サバイバーが、いきなりのサバイバル状況に対応できなかったら、話になんないからね」
「あなたたちもS組に入るとき、約束の書類を書いたはずです。『命を学校にあずける』『S組にかかわることはヒミツにする』などなど……」
うてなが青ざめた。
たしかに保護者といっしょに直筆でサインしたの、あたしも覚えてる。
もし学校で死んでもモンク言うなってイミ──? って、びっくりしたんだ。
「実地訓練では、ケガ人はたくさん出ますし、過去にはゆくえ不明になった生徒もいると聞きます。命がけですから、〝担当ナシ〟さんとチームを組みたい人は、正直、いないのではと」
「しかもS組の成績って、プロになるまでついて回ってくるでしょ? そりゃ、実地訓練のチームポイント下げられんのは、ぼくもイヤっちゃあイヤかな。というかイヤです」
七海さんに続き、楽さんまでも、追いうちのヨーシャないお言葉だっ!
「だけどあたし、どうしても、サバイバーにならなきゃで」
あたしはゆるゆるとメガホンを下ろした。
服の下、だいじなホイッスルに手をあてる。
これをくれたノドカ兄とは、もう半年も会えてない。
しっかりしなきゃって、がんばってはいるけど。
心にはぽっかり……大きな穴があいたままなんだ。
今わたしとノドカ兄をつないでくれる場所は、S組だけしかない。
だからこそ、どうしても彼とのヤクソクを守りたい。
つぎ会えたときに、「ちゃんとサバイバーめざしてるよ!」って、胸をはれる自分でいたいから。
──でも。
ほかのコたちには、あたしの存在がメーワクだってのは、本当だよね。
一生懸命やってもトクイがないコは、夢をあきらめるしかない……のかな。
ギュッとこぶしをにぎりこむ。
「先生たちも、マメちゃんは実地訓練に入れないと思うけどね。ヘンなうわさも流れてるし」
「うわさ? 実地訓練のことでですか? それってどんな」
「アホらしいようなのだよ。ま、ケガしないように、自主トレもほどほどにね」
センパイたちは、ひらひら手をふって歩みさっていく。
おつかれさまでしたって頭を下げ、あたしは二人の背中をじっと見おくった。
……くやしいなぁ。
みんなみたいに、トクイのない自分がくやしい。
「マメちゃんっ!」
ばむっ!
うてなに思いっきり背中をたたかれ、ゲェホッとむせる。
「まだS組が始まったばっかじゃん! チームもボクと組めばいいんだし。もしも実地訓練にあたっても、ボクがディフェンダーとして、マメちゃんを守ってみせるよ!」
ねっ、とのぞきこんでくる彼女の、心配そうな瞳。
「ありがと、うてな」
あたしはキュッと、ふくふくホッペを抱きよせる。
うてなをアテにするなんて、サバイバーとしてナシだけど。
でも実地訓練までには、きっといっぱい、自分を成長させるチャンスがあるはずだ。
胸のホイッスルを、しっかりとにぎりこむ。
ノドカ兄も「マメなら、なんにだってなれる」って信じてくれた。
そばにいなくたって、あの言葉はずうっと覚えてるよ。ノドカ兄。
──あたしは、双葉マメ。
今は、指でつまめちゃうような、つまんないタダの豆でも。
あきらめずに水をあげつづけたら、ぐんぐん伸びて、天までとどく豆の木になれる──ハズッ!
まずは自分で自分を信じてみよう!
だけど今日はもう、涼馬くんの忠告どおり、ハイ・ウォールの訓練はやめとかなきゃな。
「じゃ、授業の復習しよっか!」
「じゃ、帰ろっか!」
同時に正反対のことを言っちゃったあたしたち。
二人して砂ぼこりまみれの顔を見合わせ。
ブハッとふきだして笑いあった。