3 ジゴクのアタッカー訓練!
「うおぉぉぉ~~~っ!」
うてなが全力ダッシュで突進してくる!
あたしは両うでをカベにつき、背中をうてなに向け、準備バンゼン!
彼女があたしの背をふみ台に、えいやっとカベのてっぺんに手をかける──はずが。
「うぉあああ~~っ?」
気のぬけた声がうしろに響いた。
五メートルも離れたとこで、うてながべちゃっと地面にツブれてる!
「うてなっ!?」
むくっと起きた彼女のところに、涼馬くんが歩みよる。
彼女の足首に指でふれたあと。
「楽さーん、ねんざです。ケガ人一名、保健室お願いします」
「ほーい」
ひょいっと楽さんの小ワキに抱えられていく子ネコ。ならぬ、うてな。
「うてなっ、大丈夫!?」
駆けよろうとしたあたしをさえぎり、涼馬くんが仁王だちになった。
「大丈夫か心配したほうがいいのは、自分のほうだろ。ビリっけつ」
眉をあげた彼は、あきれた目の色だ。
あたしは左右を見まわし、さらに校庭を見まわす。
そしたら正門のあたりに、とっくに着がえ終わって、しかも帰りの荷物まで背おってる、みんなの姿が!
彼らはあたしを同情の目でながめてから、手をふって門を出ていく。
「みんな、いつの間にクリアしてたのっ!?」
「マメちゃぁん、ごめん~~っ。あとはたのんだぁ~~……」
うてなの最期の声が、涼馬くんのカラダのむこうで遠ざかってゆく。
風が木の葉をまきこみ、ぴゅううっと吹きさっていった。
あたしはその場にカクッとヒザをつく。
「いいか、双葉マメ。アタッカーってのは、現場でイチバン前に立って働く担当だ。テロの時には敵と戦い、火事の現場でもまっさきに突入する。そのアタッカーが、カベも登れずにモタモタしてたら、要救助者を救けるどころか、自分が死ぬぞ」
死ぬ──。
大っキライな言葉に、ビクッと肩がふるえた。
あたしは砂をつかみ、涼馬くんを強く見上げる。
「そんなのイヤだ。あたし、死なせないし、死にたくないっ!」
「……ふーん? 言うことはいっちょまえだな」
涼馬くんの瞳が、さらに温度を下げる。
「なら、ちょーどいいや。『サバイバーになるのが夢で、向いてなくたって、あきらめない』って、あんたのカクゴ。ここでポッキリ折ってやるよ」
決意を折るなんて言われて、引きさがれるワケない。
あたしはかならずサバイバーになって、ノドカ兄に追いつくって決めてるんだ!
それに、どうしてもS組にいなきゃいけない目的もあるんだから……っ。
「……ううん。ゼッタイに、折られない!」
すでに体力も精神力も、ゲンカイ突破。
だけど両ヒザをパンッとたたき、ムリやり立ちあがった!
「注意! ゴー!」
「了解!」
涼馬くんの合図に、全力で応える!
彼はカベのまんなかあたりをタンッとけり、てっぺんに両手をかける。
踏み台もなしの助走なしで、あのジャンプ力!
あたしのほうはカウントをはじめた。
「3!」
涼馬くんはひょいっと体を持ちあげ、カベのてっぺんに着地。
同時にあたしは、五メートルはなれた位置から全力ダッシュだ!
「2!」
カベのまえで思いっきり踏みきり、大きくジャンプ!
ふり返った涼馬くんが、うでを突きだしてくる!
「「1ッ!」」
二人で声を重ねた!
カベのまんなかをけりあげ、彼の手を目がけて、まっすぐに体をのばす!
あたしと彼の指先が、ぐんっと近づき──!
すかっ。
「あれっ?」
あとわずか一センチのところで、あたしは何にもない宙をつかむ!
「アアアアアッ~~!」
重力に引っぱられ、そのまま地面へ!
砂ぼこりを巻きあげて、またおしりから着地しちゃった!
「痛ったぁ……っ」
「三十二本め、失敗。なんでこんな何度やっても、タイミング合わないんだろうな」
目のまえに、涼馬くんがカルい身のこなしで着地した。
彼は助けおこそうとしてくれたのか、手をさし出しかけて。
ハッと我にかえって、うでを引っこめる。
けどあたしのほうだって、じんじん痛む腰にムチうって、自力でズバッと立ちあがった。
「まだやんのか?」
「もちろんです! お願いします、リーダー!」
したたり落ちてきたアセを、ぐいっと手の甲でぬぐう。
「……あっそ」
涼馬くんはあきれてる半分、おもしろがってる半分って顔だ。
「うわさの〝担当ナシ〟さん、根性はスゴイわね……」
「今まで一人もいなかったよなぁ、担当ナシって。あのノドカさんの妹ってホントかな。試験官はプロの教官だし、『あの人』もいたらしいし? どっかしら、光るとこはあったハズだけど」
「わたしにも解析不可能だわ」
「失礼なっ。マメちゃんは、正気をうたがうくらいのガンバリ屋さんなんですよっ」
「アハハ。うてなちゃん、フォローしてんの、それ?」
ほかのリーダーさん二人と、うてなのぷりぷり怒る声。
手当てを受けてもどってきた彼女と楽さんに、くわえて七海さん。
三人は缶ジュースとポテトチップスのふくろを朝礼台に広げて、ほのぼのお茶会中だ。
「三十三本め、行きますっ!」
ダダダダッ、ダンッ!
すかっ、どしゃっ。
あたしはまたもや重力に敗北した。
「……………………なんで! 涼馬くん、わざとタイミングずらしたりしてないっ!?」
「してねーよ」
カベの上から、タメ息がふってくる。
「じゃー、ぼくらはそろそろお先に」
楽さんたちが夕暮れ空を見上げて、立ちあがった。
「涼馬も、寮の夕ごはんタイムが終わるまえに帰っておいでよ。うてなちゃんとマメちゃんは、自分ちから通学だっけ? 暗くなるから、はやく帰んなさいね」
「はーい。でもボクは、マメちゃんが終わったら、いっしょに帰りまーす」
「うてなさんは、家でロープワークをやってください。あなた、一番おそかったです……」
ぎくうっと肩をすくめたうてなも、しぶしぶ腰を持ちあげた。
「うてなー、つきあわせてゴメンねーっ。帰り道、ひとりで歩けそう~っ?」
「だいじょぶ、電話でパパ呼ぶから。リョーマ、ボクのマメちゃんいじめんなよ!」
うてなは涼馬くんにイーッと歯をむきだす。
「さーな、コイツしだい。楽さぁーん、おれのぶんの夕メシ、部屋に置いといてください」
「「まだやんの」」
ほっぺたをケイレンさせた、うてなと楽さん。
「S組のSは、サバイバーのSじゃなくて、スパルタのS……」
七海さんは名言をのこし、二人とともに歩みさっていく。
……リーダーって、キャラが濃くないとなれないのかな。
カァ、カァ、カァ。
巣に帰っていくカラスたちの影が、足もとを横ぎっていく。
とうとう、涼馬くんと二人きりになってしまった。
「どーするよ。双葉マメ」
「三十四本めっ! お願いします!」
がくぶる震える足をパンッとたたき、
あたしはふたたび、フルパワーでカベへと駆ける!
すかっ。どしゃっ。