2 S組オールスターズ!
二十メートル全力ダッシュを、連続で六本!
息があがったとこで、逆立ちしたままウデ立てして、さらに腹筋!
「次、校庭十周! 健太郎、しっかりしろ! 唯も本気出せ! もっとスピード出せんだろっ」
給食のあと、いよいよ始まったS組の訓練授業!
担任の「筋肉先生」は、なぜかいない。
かわりに校庭にひびくのは、「攻」成績トップ・風見涼馬の、やたらとさわやかな声だ。
彼だって同じメニューをこなしてるのに、めっちゃ楽しそう!
髪をサラサラなびかせ、よゆうの笑顔でみんなにハッパをかけてる。
「うっ、うそでしょ……!」
「ボク、もうゲンカイ」
あたしとうてなはゴールラインで、スッ転ぶように地面へたおれこんだ。
五年生たちはみんな、打ちあげられた魚ジョータイ。
ひっくり返り、ほぼ呼吸コンナンだ。
六年はとっくに集合して、ビシッと整列して待ってくれてる。
さっすがセンパイたち、去年から訓練してるだけあるなぁ……!
あたしも一年後には、あんなふうになれてるのかな?
最後の一人がギブアップして、保健室に運ばれてったあと──。
朝礼台でくつろいでた背の高い男子が、ひょいっと身がるく地面におりた。
「さぁて。みんなそろったかなー」
さっき自己紹介してくれた、S組の総リーダー、
六年の伊地知楽さんだ。
すらりとした高身長に、優しげな表情。
髪をハーフアップにまとめた彼は、ほんとに優秀生? ってかんじの、ゆる~い雰囲気だ。
だけど、総リーダーってことは、リーダーのなかのさらにリーダー。
一番すっごいヒトってことだよね?
彼はにこにこ笑いながら、校庭にへばりつくあたしたちを見まわした。
リーダーのおつかれさまのあいさつで、や~~~~っと帰れるんだ。
おふろで足をもんどかないと、あした立てなくなりそうだよぉ……。
「では、いまから第一回、S組訓練に入ります! 六年は自主トレね。五年はこのまま残って、リーダーたちからの授業をうけてもらいまーす」

「………………えっ」
五年生一同がみんなで目をかっぴらいた。
い、いまから? いまから訓練が始まるの?
じゃあさっきまでのってマサカ、ただの準備運動ォ!?
「どしたの? あ、そっか。『教えるのは先生じゃないの?』って? いい質問だねー」
そっちじゃないデス!
──ともツッコめなくて、みんなただただ、静まりかえる。
いや、生徒が生徒を教えるって、新情報にもビックリだけどさ……っ!
凍りつくあたしたちに、自主トレを始めてた六年がいっせいに笑ってる。
去年の彼らも、同じ反応をしたのかも。
「このS組では、成績トップ3の生徒──すなわち三人のリーダーが、みんなを教えることになってます。生徒たちだけで訓練をするのは、『自分たちで考えて、自分たちで動く』っていう、サバイバル精神を育てるためだね。だけどもちろん、先生たちは監視カメラごしに、ぼくたちを見てるから、安心して。ね、涼馬」
楽さんがとなりを向くと、涼馬くんはたのもしい笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。おれたちは、すでにプロのサバイバーたちにまざって、災害の現場にも出てる。質問や心配なことがあったら、エンリョせずガンガンぶつけてくれ」
あこがれの視線が、五年のみならず六年からも、彼らに集まる。
リーダーたちは、もうホントの現場に出てるんだ……!
ノドカ兄もS組にいた時は、飛び級のあと、五年から現場に参加してたらしい。
サバイバーの任務は、家族にもヒミツ。
だから、どんなふうに働いてたのかは知らないけど。
──あたしは一度だけ、任務中のノドカ兄を見たことがあるんだ。
去年、四年生の社会科見学で、科学館に行った帰り道のことだ。
バスが通りかかってた橋が、いきなり真ん中から折れて落っこちちゃったの。
なんで急にそんなコトが起こったのか、実はいまだにナゾのままなんだけどさ。
あたしたちは運わるく、その怪事件にブチ当たっちゃった。
横だおしになったバスは、どんどんナナメにかたむいてく。
このまま谷底に落っこちて、おしまいだ……! って絶望してた時。
ノドカ兄が、サバイバーとして救けに来てくれたんだ。
彼はもの静かで、だれにでも、おだやかにほほ笑んでる人だけど。
あたしには「マメ、おいで」って、目を細めるトクベツな笑顔で、手をつないでくれるんだ。
その時も、バスの上からのぞいた大好きな笑顔に、ものすごくホッとして。
今度こそ、あたしもそっちがわに回りたい。
サバイバーになって、彼とおなじチームで命を救うんだって、心に決めたの!
「S組には弱い人間はいらない。人の命を救うのに、自分が守ってもらおうなんて話にならないからね。だれよりも強く、だれよりもチームの役に立てる人間をめざしてもらうよ」
楽さんの力強い声に、あたしは彼を見つめなおした。
「なので。成績ポイントが0になったら失格! ふつうクラスにおひっこしになりまーす。自分のポイントは成績表にのってるから、チェックしといてね。いま五年生は五十人いるけど、毎年、六年になる前には半ぶんくらいになってる。まずはS組で生きのこれるように、がんばって」
半ぶん!? まっさきにふり落とされそうなの、〝担当ナシ〟のあたしじゃん!
あたしの成績表、「C」の下に、たしか30ポイントって書いてあった。
うてなは70ポイントだった?
こ、これは、ノドカ兄のことをボーッと考えてる場合じゃないぞっ。
「それではっ。S組副リーダー、『陣』担当の月城七海の登場でーす」
楽さんは、朝礼台にずーっと座ったままだったお姉さんをふり返る。
まるで、等身大のお人形さんみたいに整った、キレイな人──!
パツンと切りそろえたボブの彼女。
首からメガホンをぶらさげてる。
副リーダーはあたしたちの前へ歩いてきて、黒目の大きな瞳を、ゆっくりとまたたいた。
「七海は『陣』がダブルA。ほかの科目はそこそこだけど、『陣』については、頭のなかにスーパーコンピューターが入ってるんじゃないかってホドの、天才だよ」
この人も選ばれし者のなかの、さらに選ばれし者なのか。
あたしたちはヒザにのせたこぶしに力をこめ、息を殺して彼女に注目する。
「……ボソ。ボソボソボソ。……ボソ……ッ」
こっ、声が小さい!?
みんなそろって、七海さんのほうへ必死に耳をかたむける。
「『陣』の担当は、陣地のキャンプをつくる人というイミで、キャンパーと呼ばれます……」
そしたら横から涼馬くんが、彼女の口にメガホンをあてた。
「今日はキャンパーのワザ、ロープの結びかたの授業をします」
あっ、聞こえた!
ありがとう涼馬くん! 今ばかりは感謝だよっ。
***
──ってなわけで、いよいよ始まった、訓練授業(今度こそ)の本番!
七海さんから配られたのは、がっしりしたロープだ。
あと、ロープを引っかけるためのカラビナ──金属のちっちゃい輪っか。
強勇学園ってロゴが入ってて、ちょっとカッコイイ。
彼女は三種類の結びかたを実演してくれた。
もやい結びに、バタフライノット、フィッシャーマンズノット……ていうやつ。
「この結びかたは、現場でしょっちゅう使うキホンです。全種類を三十秒で。はい、さっそくどうぞ……」
声ちっちゃかったけど、いま三十秒って言ったよな!?
七海さんの細い指で、魔法のようにスルスルスルッと結ばれていくロープ。
それが、あたしの手にかかれば──っ!
もたもたもたもた……っ。
「ぶー。みなさん時間ぎれです」
メガホン片手に、七海さんが胸のまえでバッテンをつくる。
「もうおわり!?」
あたしの悲鳴と同時に、みんなもギャアッとかギエッて声をあげる。
まだ、一つめの「もやい結び」のとちゅうだよっ。
うてなはなぜか、自分自身の両うでがロープにからまってるし!?
「ちょっと健太郎、どこまでデキた?」
「オレ……、まだ二つめ」
さっき涼馬くんとのケンカを止めてくれた、唯ちゃんと健太郎くんってコたちもアウトだ。
給食班が同じでちょっと話したけど、二人ともスゴく優秀そうだったのに。

「あしたテストするので、練習しておいてください。現場でのキャンパーの仕事は、陣地をつくり、情報を集め、食べものや水をカクホするなど、もりだくさん……。モタモタしていられません」
わぁぁ……、すぐさまテストって、ヨーシャないなっ。
あたしはこんがらがったロープに、たましいが口からハミ出しそうだ。
今度は入れかわりで、楽さんが出てくる。
「あらためまして。『守』担当のディフェンダー、伊地知楽です」
ハキハキと聞きとりやすい声と笑顔に、ちょっと安心したけれど、
「ちなみにぼくは、Aより下の成績はとったことありませーん。六年時点でのポイント数は、歴代で三本の指に入るんだ。中学S組に上がったら、全科目、ダブルAをとる予定だよ」
どよっと驚きの声が広がった。
ぜ、ぜんぶダブルAが目標って、目ざすレベルが別世界、宇宙のハテだよ……!
「けど今年のリーダーは、すごい二人がならんだからね。ぼくもがんばらないと──、
ウッ……!」
笑顔で語ってた楽さんが、とつぜん胸をおさえた。
足をよろめかせ、バタリ、砂のうえへたおれちゃう!
……うつぶせになった彼は、ぴくりとも動かない。
不穏な空気に、みんな前のめりに身を乗りだす。
な、なに!?
胸をおさえてたし、まさか……心臓発作とか!?
「だ、大丈夫ですかっ!?」
あたしは真っ青になって列から飛びだし、彼のまえにヒザをついた。
閉じたまぶたに、半びらきの口。気を失ってる!
朝礼台のリーダー二人は、指示を出してくれるどころか、なぜか無表情で動かない。
ざわざわと、おたがい顔を見合わせる五年生たち。
そしたらすぐに、うてながあたしの真横に飛びこんできた。
「マメちゃんまかせて!」
彼女はシンケンな顔つきで、楽さんのカラダにサッと視線を走らせる。
「ケガは見あたりません。呼吸も──オーケーです。一分に十四回」
「脈拍、七十五です。オーケーです」
健太郎くんがいつの間にか、楽さんの手首の脈をとってた。
ほんわかムードに見えた彼も、いまはキリリとした表情だ。
「大丈夫ですよ、楽さん。すぐに病院へ連れていきますからね」
うてなが優しい声で話しかけながら、彼の大きなカラダを横向きにする。
あたしはあわてて、それを手伝った。
そうか。もし吐いちゃった時に、ノドをつまらせないように?
うてな、すごい。
動きがテキパキ、自信に満ちてる。
「──と、こんなふうに働くのがディフェンダーでーす。ケガ人の手当てや、病気にならないように現場をキレイにたもつのが、おもな仕事。お医者さんや保健師さん役ってところかな」
よっこいせっと、笑顔でカラダを起こしたのは、
その、たおれてた、本人だ!?
「うっ、うそ! たおれたの、演技だったの!?」
あたしは目がまんまるだ。
ぽかーんとしてるみんなに、楽さんはアハハーと明るく笑う。
「ごめんね、みんな。だけどさぁ、マメちゃん」
楽さんはひょいと身をかがめて、あたしをのぞきこんできた。
あれ。あたしまだ自己紹介もしてないよね。
なのにこの人、もう五年ぜんぶの名前と顔が頭に入ってる……!?
「マメちゃんは最初に動けたのはよかったね。だけどそのあとは0点だな」
「うえっ……」

いきなりのキビしい言葉に、場の空気がキンと凍る。
「ディフェンダーが、大あわてで『大丈夫ですか』じゃダメー。うてなちゃんと健太郎くんは、さすがだね。進級テストで『守』にAがついただけの見こみがある」
あたしはツバをのみこみ、彼の笑顔を見つめた。
「救ける人」になるなら、不安な顔をしてちゃいけない──ってことか。
橋が落ちた事件のときの、ノドカ兄の力強い笑顔を思い出した。
あの笑顔にあたし、もう大丈夫だって思えたんだもん。
さっきのあたしみたいに、気が動転してるヒトに救けられたら──。
たぶん、すごく不安になってた。
「すごいね、うてな」
座ってた場所にもどりながら、心から感心しちゃう。
「ボクんち病院なんだよね。親の仕事、横で見て育ったからさ。みんなより慣れてんのかも」
「そうだったんだ……!」
「ふふふー。ボクはいつか、ディフェンダーとして、楽さんだって追いこしちゃうからねっ」
ニッと笑ってみせるうてなの、ダイタン不敵な笑顔。
その後の応急処置トレーニングも、あたしはやっぱりぶきっちょで、もたもたもた。
うてなはサラリとこなして、また楽さんにホメられてる。
プロのディフェンダーとしていきいき活躍するすがた、もう目に浮かんでくるよ。
……なんて、うらやましくなっちゃうけど。
さぁ、気を引きしめなきゃっ。
のこるは「攻」の授業──ってことは、
成績トップのリーダー、「彼」の出番だ!
「『攻』担当、アタッカーの風見涼馬だ。よろしく」
ででんっとあたしたちの前に立ちはだかった、あの、風見リョーマ。
「おれも楽さんと同じく、全科目ダブルAをめざしてるけど、今んとこ『攻』のみだ」
「えー。でもぼく、今回『攻』だけ、ダブルAとれなかったんだよね。まじムカつくわー」
「おれがいるかぎり、楽さんはめだたせませんよ」
こづきあう二人の、仲よしコント。
疲れきったみんなの顔に、笑みがにじむ。
「今日は、おれの授業でおしまいだ。課題をクリアしたヤツから解散にしようぜ」
おおおっと盛りあがった一同。
だけど、彼が肩ごしに親指でしめした先に、みんな笑顔のままフリーズした。
校庭のスミに、でっでーんとそびえ立つのは──、
校舎の二階の高さはありそうな、巨大なコンクリートの板カベ!
「あのハイ・ウォールをこえて、向こうがわにとびおりるだけ。な、カンタンだろ? ただし、できないヤツは、終わるまで帰らせねーから」
涼馬くんはさわやかに、とてもさわやかに笑った。