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マダコの「たこわさ」【水の生きものセカンドライフ 瀕死の生きものを救ったら、ゆかいな日々が訪れた】ためし読み


スーパーでまだ生きている生きものを見て「飼ってみたい」と思ったことはありませんか?
魚売り場や漁港での偶然の出会いから始まった、ゆかいな飼育記録が本になりました。
海から水槽へ暮らしの舞台を移した水の生きものたちの「セカンドライフ」をのぞくと、感動・笑い・学びがたくさん!
子どもから大人まで、読むたびに心温まる物語の数々をぜひお楽しみください。

連載第4回は、「さよならはまだ早い 水辺の生きものとのキセキ」の中から、「マダコの『たこわさ』」を紹介します。


※本連載は『水の生きものセカンドライフ 瀕死の生きものを救ったら、ゆかいな日々が訪れた』から一部抜粋して構成された記事です。






足のちぎれた脱走名人

 2024年の冬。年の瀬が近くなってきたこともあってか、海の近くにある鮮魚店で、タコが売られているのを見つけた。ご存じの人も多いとは思うが、タコは「多幸」と音が似ていることや、足が八本あり縁起がいいこと(八は末広がりなのでこれから先の未来が広がっていくという意味がある)、そして茹でると白色から赤色へと変化して「紅白」を連想させることから、縁起物として昔から親しまれている。

 そんな縁起物のタコを購入して、飼育してみることにした。車の中で海水を張ったバケツへと移しかえると、さっそくバケツの側面に吸盤で吸いついて、外へと逃げようとする
 捕まって網に入れられていたので、弱っているのは間違いないと思うのだが、そんなことを感じさせないくらいに動き回るタコ。あまりの動きの速さに右往左往するしかない僕。……さっさと家に帰らないと、この追いかけっこがずっと続くのではないかと怖くなった。
 家に到着して早々、またもやバケツから逃げ出すタコ。フローリングの床の上をにゅるにゅると動いてはどこかに行ってしまう。何度もバケツに戻してはみるが、やはりこの追いかけっこがずっと続くのではないかと怖くなった(※n回目)。
 タコは脱走名人とも呼ばれていて、とある水族館では飼育されていたタコがパイプを伝って、見事に海へと脱走を成し遂げたという報告もあるくらい。プロでさえも逃げられるのだから、こちらも本気で飼育しなければ……。

 自宅で一時的な水槽を用意して、落ち着いて観察できるようになったのだが、ここで異変に気付いた。このタコ、足が食べられている。自然界で暮らす生きものたちは、足が欠損してしまったり大けがをしていることは少なくないので、天敵であるウツボやサメ、タイなどに食いちぎられたのだろうと思う。
 人間の場合は、足を切断してしまうと元通りにはならないが、タコの場合はたいていの場合再生するので、生活に支障が出る時間はそう長くはない。ただ、いくら再生するとはいっても成長した足がいきなり生えてくるわけではなく、足先から小さな足が生えてきて徐々に成長していくので、それなりに経過観察が必要だ。
 ここで、タコの足について面白い話があるので紹介しておこう。タコは、ストレスを感じたり、極端に食べるものがない状態だと、自分の足を食べてしまうことがある。先ほど、足が欠損しても再生すると書いたが、なんと自分で足を食べてしまった場合には再生しないのだ。
 自分の意志で足を失った場合は再生しないのか?と思うだろうが、そうとも言い切れないのが不思議なところ。タコは敵から逃げるために自分から足を切断する「自切」をすることがあるのだが、この「自切」の場合は再生するのだ。
 いまだ、どうしてそんな現象が起きるのかについては明らかになっていない。そんな不思議な生きものと僕との生活が幕を開ける――。

エサを食べない「たこわさ」

 緊急避難用の水槽から、タコに適した環境の水槽へと移動させてエサを与えてみる。しかし、初日で警戒しているからなのか、足が欠けていて上手にエサをつかめないからなのか、足でちょいちょいと触わるだけでこの日はなにも食べることはなかった。
 そんななか、恒例となった名前募集ではたくさんの候補をいただいて、「たこわさ」という名前を付けることになった。「このタコ」と呼んでいると、悪気はないのに暴言を吐いているような気持ちになるので、スムーズに名前が決まって本当に良かった。これで僕の心も救われるというもの。

 しばらく経過を観察していたら、新しい足が生えてきているのを発見!! これで、エサを捕るのもスムーズになるはずだ。釣具屋さんで購入したカニを水槽へと入れてみる。美味しそうなにおいがするのか、足を伸ばしてカニを探しているたこわさ。しかし……足に獲物が触れても一向に捕まえる気配はない。
 もしかしたらカニのサイズが小さくて捕まえられないのかもしれない。そう思って少し大きめのカニを捜しに海へと向かう。たこわさが捕まえやすそうなサイズのカニを4匹ほど見つけて、さっそく家の水槽へと入れてみるが吸盤で触わるだけで、結局食べることはなかった。
 むしろ、捕まえてきたカニたちのほうが元気に動き回り、まるで自分たちの水槽だと言わんばかりだ。

 このときの僕には、なぜたこわさがエサを食べないのか分からなかった。まだ水槽に馴染んでいないのかもしれないし、こちらを警戒しているからかもしれない。僕が思っているよりも足がちぎれたダメージが大きい可能性もある。だがある日、エサを食べなかった理由が水槽の中で見つかることになる。

「たこわさ」が繋ぎたい命

 ずっとエサを食べないたこわさを心配していたが、エサを食べない理由が明らかになった。水槽内に設置した岩場の陰に卵が産み付けられていたのだ。
 タコは一生で一度しか卵を産まず、卵の世話をしている一か月はエサを食べることもない。これは、エサを探したり食べたりしている間に、子どもをほかの生きものに襲われないようにするためだと言われている。
 そのくらい本気で守らないと、次の世代に命を繋ぐことができないのだろう。自然の過酷さがうかがえる。

 よく、「出産は命がけ」と耳にするが、タコの出産は文字どおり命を賭ける。卵のために新鮮な水を送りつづけ、表面にゴミやカビが定着しないように掃除をするのにエネルギーを使い果たすのだ。その結果……子どもの孵化と同時期に餓死状態となって命を落とす。これが、タコが行なう命のバトンだ。
 これは、なにもメスに限った話ではない。オスも交尾でほとんどの体力を使い果たし、その後は急速に老化が進むので、そのまま亡くなってしまうのだ。なので、僕たちの食卓でよく見かけるようなタコの寿命は1年半ほどと言われている。

 そういう生態については知っていたので、僕は「たこわさ」の水槽内の卵を見たとき、素直に喜べなかった。卵を守れて良かったという気持ちはもちろんあった。だけど、近い未来たこわさは必ず死ぬ。悲しくないわけがない。
 しかも、このときすでに「たこわさ」の片目は白濁していて、失明しているようだった。きっと、体力は限界に近いのだろう。このままでは、子どもたちに会えるか、きちんと孵化できるかも分からない。
 もし、孵化するより先に「たこわさ」が死んでしまったら、卵の世話をする存在がいなくなるということだ。人間の僕がいくら空気を送っても、「たこわさ」と同じようにはケアできないだろう。一日中家にいられるわけでもないし、なにか異変が起きたとしても、すぐに対処できるとは限らないのだ。
 頭のなかでは最悪の事態を想定しつつも、どうしても「たこわさ」と子どもたちの幸せを願わずにはいられない。

叶うことなら、「たこわさ」と子どもたちを会わせてあげたい。
叶うことなら、無事に生まれてきてほしい。

 そこにあったのは、ただ「命を守りたい」というだけの気持ちだった。足が欠けてもたこわさが守りたかったのは、自分の命ではなくて子どもたちの命なんじゃないだろうか。その本能と同じように、僕も「たこわさ」の子どもたちを守りたい。
 タコは安全を確保した場所でないと産卵しないという。つまり、僕の整えた水槽の環境を「ここなら産んでも大丈夫」と判断してくれたということ。少し飛躍した考えになるかもしれないが、「たこわさ」自身と子どもたちを僕に託してくれたのではないか。そんなふうにも思ってしまう。
 たったひとつの命を救うつもりが、思いがけずたくさんの命を守ることになった。いつもより、少しだけ肩に力が入る。
 僕にできるのは、より住みやすい環境を作り出すこと。そのために、まずは水槽内の他の生きものを撤収。ほかの生きものがいると、卵をちぎってしまう可能性があるので、「たこわさ」と卵だけの水槽にした。それ以外にも、卵がつぶれてしまわないように安定した位置に岩場を設置し直したり、水質の管理など細かな調整を行なう。
 たこつぼがあれば落ち着いて育児できるのではないかと思い、陶芸教室に行って自作することにした。努力の方向性として合っているのかは分からないが、自己満足だっていい。
 なにもしないよりは、動いていたい。「たこわさ」のことをこんなに考えて過ごす日が来るなんて思わなかったが、少しも嫌じゃない。むしろ、幸せなのかもしれないとすら感じていた。


バケツから脱走しているとき


たこわさと卵




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朝の読書タイムや、自由研究にもぴったりな1冊、ぜひお手に取って、新しい世界をのぞいてみてください。

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