スーパーでまだ生きている生きものを見て「飼ってみたい」と思ったことはありませんか?
魚売り場や漁港での偶然の出会いから始まった、ゆかいな飼育記録が本になりました。
海から水槽へ暮らしの舞台を移した水の生きものたちの「セカンドライフ」をのぞくと、感動・笑い・学びがたくさん!
子どもから大人まで、読むたびに心温まる物語の数々をぜひお楽しみください。
連載第2回は、「さよならはまだ早い 水辺の生きものとのキセキ」の中から、「クリガニの『はんぐりちゃん』」を紹介します。
※本連載は『水の生きものセカンドライフ 瀕死の生きものを救ったら、ゆかいな日々が訪れた』から一部抜粋して構成された記事です。
命の値段は200円
その日、僕はみそ汁の具を探しに閉店間際の鮮魚スーパーへと向かった。すると、定価471円のクリガニに半額シールが貼ってあるではないか。「これはお買い得だ!」と思い、パックを手に取ると……まだ生きている!!
閉店間際ということを考えると、売れ残ったこの子を従業員が買っていき、誰かの家で晩ごはんになるか、晩ごはんとしても選ばれなければ、最悪の場合廃棄されるだろう。
クリガニの口からは、呼吸に合わせて次々と泡が出ている。これは、カニが苦しいときに見せる行動で、はやく海水に戻してあげなければこのまま死んでしまうことを意味していた。細かいことを考えるより先に、体が動く。足早にレジへと向かい、車を走らせて近くの海へと海水を汲みに行った。
家についてからは、クリガニ用の水槽を準備して、歩きやすいように岩場を配置していく。しかし、準備はこれだけでは終わらない。クリガニがどのような環境で暮らしているカニなのか、そして普段はどのようなものを食べているのか、などの情報を知らなければならない。
それまではクリガニを飼育したことがなかったので、飼育方法も手探り状態。基本的には食用として出回っている種類ということもあり、ネットで検索しても美味しい食べ方ばかりがヒットしてしまう。
調べたところによると、クリガニは北海道やオホーツク海といった冷たい海に生息しているらしい。できるかぎり水温を近づけるために、部屋のクーラーもガンガンにかけていく。人間が部屋で過ごすには寒いけれど、目の前で死にかけているクリガニのためなら仕方ない。
ようやく環境が整ったところで、エサをあげてみることにした。海のなかで暮らしているときには魚の死骸や、イカなどのにおいが強いものを好んで食べるそうなので、家にあったアオイソメを試しに水槽へとin!!
瀕死の状態に加えて、まだ新しい環境にも馴染んでいないので、エサを食べる姿は見られないかもしれないとは思いつつ、アオイソメがクリガニの目の前に沈んでいくのを見守った。
緊張の一瞬。
クリガニは、ゆっくりとハサミを動かしてアオイソメを捕まえた。口元にある小さなハサミと、大きなハサミを器用に使ってむしゃむしゃと食べていく。
もし助けられなかったとしても、みそ汁の具にすればいいや。そんな軽い気持ちで買ってきたのに、こんなに必死で生きようとしているのを見たら、とても食べることなんてできないじゃないか。
今日のみそ汁に具はない。
だけど、その日のみそ汁はいつもよりもずっと美味しかった。
クリガニに名前を贈ろう
飼育する以上は愛着を持って育てたい!ということで、また視聴者の方々に名前を付けてもらうことに。すると、驚いたことに1500件以上のコメントが届き、「みんなクリガニのことを見守ってくれているんだなぁ」と感動してしまった。
素敵な名前の候補がたくさん集まったので、ここではいくつか紹介したいと思う。
「青森から来たクリガニだから『クリモリさん』とか?」
「捨てられそうだったクリガニというところからクリステル。クリスタルっぽい語感なので、これから輝かしい未来を歩めるように、という意味も込めて」
「エマスちゃんねるによって生き返る(reborn)ことができたからリボン! 女の子っぽい感じも出てて良いと思います」
「残り物には福がある、という意味から取って『ふくちゃん』」
「半額のクリガニだったから『はんぐりちゃん』。捕獲されて、スーパーの棚に並べられても生きることを諦めなかったから、ハングリー精神の意味も込めて。これから長生きしてほしいですね」
いやぁ……改めて見てもやっぱりみなさんの発想は素晴らしい。クリガニと僕の出会いのなかから、ふさわしいものを考えてくれていて本当に嬉しい。とはいえ、クリガニに命名できるのは一つ。今、紹介した名前のほかにもたくさんの候補があって、本当に悩みましたが、ついに決定!
命名・「はんぐりちゃん」
このコメントを見たとき、率直に「こんなにも意味を重ねてくれている」と感動したので、選ばせていただきました!
ただの名前じゃんと思われがちだが、なにかを飼うと決めたらちゃんと名前を付けることをおすすめしたい。まだ名前が決まっていないうちは、水槽に向かって「お〜い」と呼ぶしかなかったのに、決まればちゃんと「はんぐりちゃん」と呼ぶことができる。
クリガニはこの世にたくさんいるけれど、「はんぐりちゃん」と呼ばれているクリガニはそう多くはないだろう。だから、自分のなかでも特別な存在になっていくんだと思う。
これは、人間のエゴかもしれないが、名前で呼ぶとなんだか仲良くなれた気がして、さらに愛着が湧いていくものだ。小学生の頃に、苗字で呼んでいたクラスメイトのことを、名前で呼んだ日に距離が近づいたような感覚に近い。
そして、名前で呼んでいた友だちが、まわりからニックネームを付けられて浸透していくこともあるだろう。そういう日常が、僕のまわりにも読者の方々のまわりにも当たり前のようにあったと思う。
人間と違って、カニは言葉を話すことも笑顔を見せることもできない。犬や猫と違って、しっぽを振ることもないし、鳴くこともない。それでも、僕は目の前に生きている命と繋がりを持ちたくて、「はんぐりちゃん」と水槽の前でその名前を呼ぶ。
家に帰って水槽に入れた瞬間
水の生きものとのひょんな出会いの物語はいかがだったでしたか?
本書では、その後の成長記録や貴重な写真はもちろん、生きものとの関わりから見つけた生きもののおもしろさ、いのちの大切さについてもつづられています。
朝の読書タイムや、自由研究にもぴったりな1冊、ぜひお手に取って、新しい世界をのぞいてみてください。