◆19 最終ゴールはどこだ?
春馬と未奈は、お台場海浜公園駅前の停留所で、バスを降りた。
風が冷たいが、東京湾のむこうに見える、レインボーブリッジがきれいだ。
お台場には、船の科学館や、日本科学未来館、巨大なショッピングセンター、自由の女神像、大観覧車など、大人から子どもまで楽しめる場所がたくさんある。
クラスメートも、ときどき、遊びにくるっていってたな……。
まわりを見ると、いきかうのは大人のカップルがほとんどだ。
ぼくらもデート中の小学生に見えるだろうか。
そのとき、ブルブルブル……スマホが振動した。
ひらくと、ディスプレイに動画が映る。
大観覧車をバックに、タツが優雅に日本舞踊を舞っているところだ。
「ねえ、こういう演出って、なんの意味があるの? バカみたい」
未奈がむっとした顔で言った。
「タツさんは、これを見せたいんだろう。少しつきあおう」
3分ほど、舞はつづき、最後にタツは、カメラにむかって、歌舞伎の見得を切る。
「よッよッよッよォォオオオッとォ、いよいよ最後のゲームだァァァ!」
ようやく、タツの説明がはじまった。
「ファイナルに残ったのは武藤春馬、滝沢未奈、三国亜久斗、鹿野奏の4人だァ。ここまでよくがんばったねェ、お前さんたち。だが、クライマックスはこれからだよ! 最終ゴールを目指し、一等でゴールに着いた者が、優勝者だァ。制限時間に間にあわなけりャ、今回は優勝者なしになるよ。ゴールの場所は、4人が協力しなきゃわからないから、とっととやりな」
ってことは、まず、亜久斗と奏に合流しなければならないんだな。
「あと、前のゲームで、イエローカードをもらった滝沢未奈には30分のペナルティーがつくよ。
ここまでで、春馬、奏、未奈は、それぞれイエローカード1枚だ。2枚くらったら脱落だから反則行為には注意しなァ? 亜久斗は、まだ違反なしだけど、最終ゲームだから、ゲーム中にイエローカードをもらったら、その場で30分のペナルティーさ。それじゃ、お前さんたちの健闘を祈ってるぜぇぇぇぇぇ!」
タツは、より目をすると、踏んばって、大見得を切った。
動画が終わると、ブルブルブル……新しいメールだ。
最終ゴール 制限時間は午後9時
最初に到着した者が優勝
ほかの者は脱落
制限時間内に到着者がいない場合は─全員が脱落
春馬が『ヒント』のファイルを開く。
8 し
タツは、4人が協力しないと、ゴールの場所はわからないと言っていた。
春馬と未奈はヒントを見せあう。
未奈のヒントは、
9×2 ょ
「これだけじゃ、わからないね。どうする?」と未奈が聞く。
「亜久斗と奏に会いにいこう。2人は、東京テレポート駅にいるはずだ」
春馬と未奈は小走りで、東京テレポート駅にむかった。
5分ほどで着いた東京テレポート駅は、近未来的な雰囲気だ。
奏がぽつんと立ちすくんでいた。
「……奏」
未奈が声をかける。
ゆっくりとふりむいた奏は、唇を噛んで泣くのをこらえていた。
「竜也、ざんねんだったね」
上野で別れたとき、覚悟は決めていたようだが、それでも奏はつらそうだ。
「……だまして、ごめんね」
奏はそう言って、春馬と未奈に頭を下げた。
「あやまる必要はない。これは絶体絶命ゲームだから……」
「それもやけど。……アタシ、亜久斗にだまされた」
奏に言われて、春馬は駅を見まわす。
亜久斗のすがたがない。
「あいつに、ヒントを見せたのか?」
「タツさんが、4人で協力しないと、ゴールの場所はわからへんて言ってたから……」
奏は先に、亜久斗とヒントを見せあったと言う。
「それで、亜久斗は?」
「春馬たちをさがそうって、いっしょに駅をうろうろしてたんやけど……いつのまにか、おらへんかった」
「人ごみにまぎれて電車に乗ったんだな」
「でも、ヒントを2つしか見てへんのに」
「それだけで、亜久斗にはゴールの場所がわかったんだ」
「亜久斗を追うなら、早くしよう」
未奈に言われて、3人はヒントを見せあう。奏のヒントは、
4 く
「奏。亜久斗のヒントは……『十』と『や』だった?」
春馬が言いあてると、奏が目を見ひらいた。
「うん、そうよ。漢字の『十』と『や』やった!」
「春馬、もう謎が解けたの?」
未奈が目を丸くして聞く。
「かんたんだ」
しかし、これでいいのだろうか?
考えこんだ春馬に、未奈が不満そうな顔で「で? ゴールの場所はどこなの?」と聞く。
「あぁ、そうだな」
春馬は4人のヒントを組みあわせるとどうなるか説明する。
亜久斗のヒント 十 や
奏のヒント 4 く
春馬のヒント 8 し
未奈のヒント 9×2 ょ
「横から読むと十489、やくしょ。十はと、4はし、8はま、9はく。つなげて読むと、としまく、やくしょ」
「豊島区役所ね。……でも、あたしの×2は?」
それが謎だ。未奈の『9×2』は、どういう意味だろう。
計算すると18だけど、それだとあたりまえすぎるし。
くを2回使うと、豊島区く役所になってしまう。
……そうか!
1つの9は区だけど。もう1つの9は旧と読むのかもしれない。
「『豊島区旧役所』だ!」
「どういう意味?」
未奈が首をかしげて聞いてくる。
「豊島区役所は、数年前に場所が移ったんだ。ゴールは旧い役所、つまり豊島区役所の跡地だ」
「それはどこ?」
「池袋駅から、徒歩5分くらいの場所だ。今はビルを建設中のはずだ」
「横から読むと十489、やくしょ。十はと、4はし、8はま、9はく。つなげて読むと、としまく、やくしょ」
「豊島区役所ね。……でも、あたしの×2は?」
それが謎だ。未奈の『9×2』は、どういう意味だろう。
計算すると18だけど、それだとあたりまえすぎるし。
くを2回使うと、豊島区く役所になってしまう。
……そうか!
1つの9は区だけど。もう1つの9は旧と読むのかもしれない。
「『豊島区旧役所』だ!」
「どういう意味?」
未奈が首をかしげて聞いてくる。
「豊島区役所は、数年前に場所が移ったんだ。ゴールは旧い役所、つまり豊島区役所の跡地だ」
「それはどこ?」
「池袋駅から、徒歩5分くらいの場所だ。今はビルを建設中のはずだ」
奏を、助けてあげたい。
でも、今回のゲームでは、全員を助けることはできない……。
春馬は、自分の無力さに悲しくなった。
7時27分
春馬たちの乗った、りんかい線は、池袋駅に到着する。
この駅は、ここまで以上に、人が多い。
とにかく人、人、人、人……。
学生、会社員、派手なファッションの若者、買い物帰りの大人。人だらけだ。
「ねえ、なんか、見られてる気がするんだけど」
改札を出た未奈が、ふいに言った。
「ぼくたちは、監視されているんだ」
「……そうかもしれないけど、でも、なにかおかしいよ」
たしかに未奈が言うように、なにかおかしい。
たくさんの視線を感じる。
ふりむくと、春馬を見つめている人物と目があった。
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数人の女子高生だ。
春馬たちを見ながら、こそこそ話をしている。
どうして、女子高生がぼくたちを見ているんだろう?
気になるが、目的地にいくことが先決だ。
春馬たちは、池袋駅東口から外に出ると、目の前の大通りをわたって、左に歩いていく。
いくつかある大型の家電店の前をとおると、5分ほどで豊島区役所の跡地だ。
ビルが建設中なので、関係者以外、立ち入れないように白い塀でかこまれている。
ここじゃないのか……。
春馬たちが見まわすと、工事現場の一角に、見おぼえのある、唐草もようの建物がある!
『ゲームセンター・危機一髪』の看板が出ている。
渋谷のスクランブル交差点地下にあった店だ。
あそこがスタートで、ゴールも同じ『ゲームセンター・危機一髪』なのか!
最初に到着した者が優勝。
ほかの者は─脱落だ。
「あたしはもう、負け決定だね」
未奈は、わざとふつうに言った。
彼女には、30分のペナルティーがある。3人が同時にゴールしても、未奈は脱落だ。
春馬と奏は、顔を見あわせる。
今、駆けだして先に建物に入った者が優勝……。
少しくらいスタートが遅れても、春馬は奏を追いぬけるだろう。しかし、2人とも駆けだすのをためらった。
そのとき、唐草もようの建物から、亜久斗が出てきた。
「……遅いぞ!」
亜久斗が先に着いていた。ということは、彼が優勝なのか!?
「早くこい! ゲームはまだ終わってない」
「どういうことだ?」
春馬が聞くと、亜久斗は苦笑いする。
「ここはまだ中間地点だ」
「亜久斗、どうして、ここがわかったの?」
未奈に聞かれて、亜久斗はめんどくさそうに説明する。
「おれと奏のヒントで『とし』と『やく』だ。ぬけた部分を推測すれば、豊島区役所だ」
「ここは豊島区役所跡だ」
「あたりまえだ。このゲームで、本物の豊島区役所が使えるわけないだろう。そう考えたら、自然とこの場所になる。それより、4人そろわないとゴールの場所がわからない仕組みだ。早くこい」
亜久斗に言われて、春馬たちはゲームセンターに入った。
建物内も、渋谷の店と同じような作りだ。ただ、奥の壁にスマホが入るくらいの4つのくぼみがある。
ここにスマホを入れると、ゴールの最終ヒントが表示されます
ただし、1つでも足りないと、ヒントは表示されません
すでに亜久斗のスマホは左はじのくぼみに入っている。
「4人が協力しないと、だれもゴールできない仕組みか……」
奏が、左から2番目のくぼみにスマホをセットする。
そのとなりに春馬がスマホを入れ、右はじのくぼみに未奈がセットした。
4台のスマホがセットされると、スマホのディスプレイの表示が変化する。
Ⅹ ひ
Ⅳ く
Ⅷ 1
Ⅸ×Ⅱ 8
春馬たちは、じっとディスプレイを見る。
Ⅹは、10。Ⅳは、4。Ⅷは、8。Ⅸは、9。╳Ⅱは、かける2。
そして、「ひく18」。
あっ、そういう意味か!
ふっと、小さな笑い声が聞こえた。
横を見ると、亜久斗が笑っている。彼も答えがわかったのだ。
次の瞬間、亜久斗は考えられない行動に出た。
すばやく自分のスマホを手にとると、ほかの3台のスマホを、次々と蹴りつけたのだ。
「あっ!」
3台のスマホのディスプレイはこなごなに割れた。
「反則よ! イエローカードでしょう!?」
未奈が叫んだ。
すぐに亜久斗の体に電気ショックが走る。
「うわぁぁぁぁぁ……」
亜久斗は電流で体を震わせながらも、歯を食いしばって耐える。
「イエローカードじゃたりない。このスマホがなければ、ゲームが成立しないんだぞ! これはレッドカードじゃないのか!」
春馬は大声で言った。
タツはいないが、みんなの行動は監視されているはずだ。
きっと、どこかで見ているはずだ。
「い……いや、……レッドカードじゃない」
電気ショックに耐えながら、亜久斗が言う。
「竜也は電車を止めた。それでもレッドカードじゃなかった。スマホを壊すくらいじゃ、レッドカードにはならない」
1分間の電気ショックが終わると、亜久斗はよろめきながら走りだした。
「春馬、追いかけよう!」と未奈。
「……いや、ムリだ」
春馬が止めた。
「……追いかけてもムダだ。あいつは電車でゴールへむかう。ぼくたちには…………追いかける手段がない!」
◆20 まだ、あきらめない!
亜久斗に、してやられた……。
壊されたスマホを前に、春馬はとほうに暮れる。
「追ってもムダってなに? ゴールの場所はどこなの?」
冷静な声で奏が聞く。
「あぁ、そうだったな」
春馬は気持ちを落ちつかせて、謎解きをする。
「4台のスマホのディスプレイに映った数字は、ローマ数字で『10・4・8・9×2』、その下は『ひく18』。これはかんたんな計算だ。上の数字から18を引けばいい。つまり、9×2から18を引くんだ」
「それじゃ、0?」と未奈。
「そこが0になると、『10・4・8・0』になる。『と・し・ま』までは同じだ」
「としまゼロ?」と未奈が聞く。
「いや、0はゼロではなく。えんだ。つまり『と・し・ま・えん』だ」
「豊島園? それってどこ?」
「練馬区にある遊園地なんだ。マップで検索すれば出てくると思うけど……」
スマホは、亜久斗に壊されている。
「池袋から、どれくらいでいけるの?」と奏。
「西武池袋線に乗れば、15分もかからない」
「じゃあ、まだ亜久斗に追いつけるよ。あたしはイエローカードで30分のペナルティーを受けてるけど、春馬と奏は、あきらめずに……」
そこまで言って、未奈は壊れたスマホに目をむけた。
「そうか、スマホが使えないんだった……」
ここまで、電車やバスには、スマホに内蔵されたICカードを使って乗っていた。
携帯やスマホ、時計、財布もすべて、眠らされているうちにとりあげられたから、だれもお金を持っていない。
「場所はわかったのに……なにか方法はないの?」
未奈がくやしそうに言った。
「身ひとつって、このことね。どうにも……」
身ひとつ? ……体?
……あっ。
「そうか! 1つだけ方法がある!」
春馬が大きな声を出すと、未奈と奏の顔がかがやいた。
「走るんだ!」
「走る?」
未奈が、いぶかしげに聞きかえす。
「池袋から豊島園は、距離にすれば8キロくらいだ。残り時間まで、まだあと1時間近くある。走れない距離じゃない!」
「でも、道がわからないんじゃない? マップは見られないし」
たしかにそうだ……。
やみくもに、「そっちの方向」に走っても、亜久斗に追いつける気がしない。
「問題はそれだな……だいたいの方向なら、わかるけど」
「豊島園まで、西武池袋線の電車が走ってるんでしょう?」と未奈。
「うん。だから、線路にそって走れば、豊島園まではいける。ただ、それが最短距離じゃないし、線路ぞいに歩道があるとはかぎらない……遠まわりしてる時間は……」
そのとき、奏がスクッと立ちあがった。
「アタシは走る。とにかく走るわ!」
「本気?」
未奈が確認するように聞くと、奏はきっぱりとうなずく。
「ぼくも走るよ。このまま負けるんじゃ、納得できない」
「それなら、あたしも走る」
「でも……未奈は30分のペナルティーがあるだろう」
「それでも走りたいの。春馬と奏といっしょに、最後まで戦いたい」
未奈は、力強く言いきる。
春馬も同じ気持ちだ。
「アタシは、勝つために走るわ。竜也のためにも、夢のためにも……絶対に勝つ!!」
奏は、気合いを入れるように言った。
「わかった。ぼくが先頭を走るよ。ついてきて!」
春馬はそう言うと、『ゲームセンター・危機一髪』を飛びだす。
豊島園なら、池袋から西にむかって走ればいいはずだ。
人ごみをかきわけるようにして大きな通りをわたり、ガードをくぐって、駅のむこう側に出て、走りつづける。
スマホも時計もないので、正確な時間はわからないが、夜8時はすぎているだろう。
1分1秒の勝負だ。
駅前は、街灯やビルの明かりでまぶしいほどだったが、住宅街に入るにつれて暗くなった。
この中を、全力疾走するのは、少し怖い。
なにかにつまずいたら、大けがではすまないかもしれない……。
神経がすりへる。
そのとき、春馬たちのまわりが、フッと明るくなった。
なんだ?
肩越しにふりむくと、1台の自転車のライトが春馬たちを照らしていた。
……秀介!?
叫びそうになった言葉を、ギリギリで飲みこむ。
話しかけたら2枚目のイエローカード。即・脱落だ。
「─状況は全部、わかってる。だから、なにも言うなよ」
春馬たちの前にあらわれたのは、自転車に乗った秀介だ。
どうして、秀介がここに?
「これは、おれが一方的にひとり言をしゃべってるだけだ。それを、とおりがかりの春馬たちが、たまたま耳にしてるだけなんだ」
……どういうことだ?
春馬たちは足を止めずに走りながら、自転車で横を走る秀介の話を聞く。
「おれが、この自転車で豊島園まで先導する。ネットで最短ルートを調べたから、ついてこい」
どうして、ぼくたちが豊島園にむかっていると知ってるんだ!?
春馬は、ちらりと秀介を見た。
2人の目が、一瞬だけあった。
去年の秋まで同じサッカー・チームだった2人は、アイコンタクトで考えていることがわかる。
「……驚かないで聞いてくれ。いや、驚いてもいいけど、おれに話しかけるなよ」
春馬は耳をかたむけながら、走りに集中する。
秀介はひとり言のように話しつづける。
「この『絶体絶命ゲーム』は、インターネット上で、ライブ放送されている。おれはそれを見て助けにきたんだ」
なんだって!?
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ああ、どうなってるんだ。
いったい、どういうことなんだ?
春馬の頭の中は、疑問符でいっぱいだ。
「ナレーターの解説つきで、全世界にライブ配信されている。何万という人が春馬たちの活躍を、今この瞬間も見ているんだ。脱落者がどうなったかについてはモザイクが入ってたけど……」
秀介の自転車は、的確に春馬たちの少し前を先導する。
交差点のたびに、どちらにいけばいいか、障害物はないかなどに、意識をとられずにすむようになった。
かくだんに集中しやすい。
「これはリアルタイムのショーなんだ。春馬たちは見世物にされている」
話を聞けば聞くほど疑問が増えてくる。
でも、だれが、どうして、こんなことを……!?
そして、インターネットでライブ配信する目的は?
『絶体絶命ゲーム』は、だれにも秘密で、ひそかにおこなわれているんじゃなかったのか!?
「……いいか、ここからはおれの推測だ。ネットで配信を見ていたら、いくつかCMが入った。『絶体絶命ゲーム』を放送して、金もうけをしている人がいるようだ」
そうか、ぼくたちは、客寄せに利用されているのか。
でも、ゲームから降りるつもりはない。
春馬はちらりとうしろを見た。
未奈と奏が、ふらふらしながらもついてきている。
すごいな。
春馬は、2人のがんばりに感心する。
昨年のサッカー大会で、初戦敗退をしてから、春馬のチームは、毎日ランニングをさせられた。
おかげで春馬は持久力がついている。それでも、今日は朝から緊張しつづけで東京をめぐっていて、疲労困憊だ。
未奈も奏もそうとうに疲れているはずなのに……走るのをやめない。
自分の願いをかなえるために、決してあきらめない。
「アタシは……アタシは生きたい。歌いたい。好きなことをしたい。竜也のためにも、負けられない」
奏の独り言がきれぎれに聞こえてくる。
春馬は複雑な気持ちになる。
こうしてみんなで走っていても、優勝者は1人だけ。
奏も敵だ。でも、彼女とは戦いたくない。
竜也も理子も大樹も、みんな、いいやつだった。
みんなを助けたかった。
みんなでなかよくしたかった。
どうして、それができないんだ。
どうして、戦わないとならないんだ。
ほかの人を蹴落としてまで、勝たなきゃならないんだ。
「よけいなことを考えるな。勝負に勝つことだけを考えろ」
先導している秀介が言った。
……さすがは親友だな。
春馬は迷いをふり切るように、前だけを見て走る。