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ものがたり

『絶体絶命ゲーム3 東京迷路を駆けぬけろ!』【新刊発売!リプレイ連載】第3回


◆12 ☆形の意味
 

 部屋に残ったのは、春馬、未奈、理子、大樹、奏と竜也だ。

「今回は、亜久斗についていく者はいなかったようだな」

「あたりまえでしょう。慎太郎もサオリも、亜久斗についていって結局、脱落したんだから」

「春馬、ボサッとしとってええんか? あいつに先を越されたで!」と竜也。

「そうなんだけど。……これで証明ができた」

「どういうこと?」

「第3チェックポイントの場所は、7つのヒントを見れば、どこか推理できるということだ」

「そんなことより、早く謎を解いてよ。制限時間があるのよ!」

「そうだったな」

 春馬は腕組みをしてじっと考える。

 

「ああもう、たよりないな。ぼーんと胸をたたいて、ぼくにまかせとけ! とか言えないの」

 未奈が言うと、ほかの4人もうなずいている。

「ごめん、ぼくはそういうタイプじゃない。今なら亜久斗に追いつけるよ。彼についていくなら急いだほうがいいよ」

 しかし、みんな動かない。

「わたしは、春馬くんを信じます」

 きっぱり言ったのは理子だ。

「あん男は危険やけんな、おれもここで謎解きばする」

「オレと奏も、春馬を信じる。謎を解いてくれ」

「春馬、責任重大だよ」と未奈。

「わかってるよ。でも、みんなも考えてくれ。たのむよ」

 春馬が言うと、竜也が鼻で笑う。

「ざんねんやけど、オレと奏は東京にくわしくない。だから、春馬がたよりなんや」

「どうして、そんなにかんたんに、ぼくを信じられるのかな……」

「……春馬は、幸せな家庭で育っているやろう。両親もきっと、いい人や」

 竜也はとつぜん、まったく関係ないことを言った。

「えっ、まぁ……そう言われると照れくさいけど。ぼくのところは多分、ごく一般的な家かな」

「そうやろうな。うらやましいよ。オレの親も奏の親もひどい親なんや。物心ついたころから、家庭は荒れとった。いつも人の顔色をうかがっとった。おかげで人を見る目ができた。……お前はええやつや。オレにはそう見える」

「……これ以上、プレッシャーをあたえないでくれ」

「ねぇ、それなら、亜久斗はどういう人に見える?」

 ふいに未奈が竜也に質問した。

「あぁ、亜久斗か……あいつは不思議やな。色んな人を見てきたけど、あれだけよくわからんやつは、はじめてや。でも、どことなくオレや奏と同じにおいがする……」

「えっ?」

 今まで考えたことはなかったけど、亜久斗の家庭はどういうのだろう?

 彼は自分の力を試したくて『絶体絶命ゲーム』に参加したと言ってたけど、ほんとうにそうなんだろうか。彼はゲームで勝ったら1億円がほしいと言っていた。もしかして、ゲーム参加の目的はお金なのか。いや、それもわからないな。亜久斗は不思議なやつだ。

「春馬、早く謎を解かないと、制限時間に間にあわなくなるよ」

 未奈に言われて、春馬は我にかえった。

 そうだ、今は謎を解くのに集中しよう。

「亜久斗くんはどうして、急にヒントを見にきたんでしょう」

 理子が首をひねりながら言った。

「たしか、アタシの画像が丸やなくて星だって言ったあとや」

 奏が思いだしながら言った。

「星がチェックポイントを示しているという意味だと思うけど……。ほかにも、意味があるのかな。星、星、星……。もう一度、みんなの画像を見せて」

 春馬はもう一度、ヒントの画像を見ていく。

「奏の画像って、天体図みたいね」

 未奈が横からのぞきこんで言った。

「天体図……丸が6つで、星が1つ。丸も星だとしたら、7つの星。あっ、もしかして……!」

 春馬は6つのスマホをならべなおす。

 亜久斗がいないので、1カ所はぬけているが……。



「北斗七星だ!」

 春馬が言うと、6人は目を見はる。

「すごい!」と理子が感動する。

「でも、チェックポイントはどこなの?」

 未奈が冷静に質問する。

「星の位置がチェックポイントだ」

「北斗七星は、大熊座の中にある7つの星ですよね。ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール。それにアルカイド。☆の位置はアルカイドになります」

 理子が解説する。

「それじゃあたしたち、宇宙まで行かないとならないってこと?」

「プラネタリウムやなかか?」

 大樹が言うと、春馬は首を横にふった。

「第3チェックポイントの場所は─鎧神社だ」

「神社?」

 未奈は目を丸くしている。

「説明するけど、その前に移動しよう」

「『鎧神社』で検索しますね」

 理子がすばやく検索する。

「ありました。JR中央本線の東中野駅と大久保駅の間です。ここからだと関東バスで中野駅に出てから、JRの1駅となりが、東中野駅です!」

「東中野から歩こう」

「駅から神社まで、徒歩15分くらいですね」

 春馬は、スマホで現在時刻を確認する。

  
2時3分

 

 制限時間の3時までには、間にあいそうだ。

 安堵と同時に、不安が広がる。

 全員で時間内に到着できても…………だれか1人は脱落する。

 



◆13 生きるために倒せ!

 

 JRの東中野駅を出た春馬たちは、マップを見ながら鎧神社にむかって歩きはじめた。

 都会なのに、このあたりはのんびりした雰囲気だ。

「まちがいないんやろうな」

 不安そうに、大樹が聞いてきた。

 春馬は大きくうなずく。

 ここにくるまでのバスと電車は、混雑していたので、みんなの前で謎解きをしていなかった。

「第3チェックポイントがどうして、鎧神社なのか、説明しておくよ」

 スマホを見ると、2時30分で制限時間には余裕がある。

「150年ほど前まで、この東京は江戸と呼ばれていて、江戸幕府があったことは知っているよね。幕府をひらいた、徳川家康は、江戸に町をひらくにあたって、気にしたことがあるんだ」

「気にしたことって?」

「平将門の呪いを回避することだ」

「平将門って、だれだ?」

「江戸時代から、ざっと650年ほどまえに、この東京を治めていた人物だよ」

「あ、その人なら知ってます。怖い人ですよね」と理子。

「それはちょっとちがうかな。平将門は立派な武将だったんだ。怖いイメージがあるのは、将門が打ち首にされて、その怨念が残っていると言われているからなんだ」

「怨念があるなら、怖いと思うけど……。まぁ、いいわ。説明をつづけて」

 未奈に言われて、春馬はつづきを話す。

「家康は、江戸に幕府をひらくとき、将門の怨念をおそれて、なにか方法がないか、考えた。そこで思いついたのが、将門が深く信じていたという『妙見』という守り神だったんだ」

「妙見ってなに?」と未奈が質問する。

「国を守る神様なんだけど、妙見は北極星としてこの世界にあらわれるといわれている。そして、その背景には北斗七星があるともいわれているんだ」

「さっきから、おれにはさっぱりわからんばい」

 

 大樹が両手を広げて、お手上げのポーズをする。

「この話はくわしくすると長くなるから、かんたんに言うよ。江戸の町が発展するように願った家康は、将門の機嫌をとるために……」

「江戸時代、将門はもう死んでるでしょう」

 未奈が話をさえぎる。

「死んでるからこそ、祟られないように機嫌をとるんだよ。ほら、ぼくらだって、毎年、先祖のお墓参りをするだろう。多分、そんな感覚だったんじゃないかな」

 そのあたりは、現代と江戸時代ではちがうので、春馬の想像だ。

「家康は将門の怨念をしずめるために、江戸中に将門ゆかりの神社を7つ、北斗七星のかたちに建てた。鎧神社はその1つで、将門の鎧が祀られているらしい。ほかは、兜が埋められたといわれる兜神社、打ち首になった将門の首が飛び越えたといわれる鳥越神社とか……。一番有名なのは、将門の首が京都から飛んできたといわれる将門塚だ」

 住宅街を歩きながら、春馬はさらに説明した。

「その7つの星をさっきのヒントにあてはめていくと、大樹のヒントは鳥越神社、竜也は兜神社、亜久斗は将門塚、理子は神田明神、未奈は八幡神社、ぼくは水稲荷神社、奏は鎧神社になる。奏のヒントだけが、☆マークだっただろう? そこがチェックポイントだってことなんだ」

 静かな住宅地を15分ほど歩くと、立派な鳥居の鎧神社があらわれた。

 神社の前で、タツと鬼吉が待っている。

 その横には、先に到着した亜久斗も立っていた。

 今回は、和楽器の調べや舞など、派手な演出はないようだ。

「チェックポイントは『鎧神社』でしょう。鳥居をくぐればいいんですか」

 春馬が鳥居にむかおうとすると、鬼吉が立ちふさがる。

「ここは神聖な場所だから、ゲームには使えない」

「それじゃ……」

「ここで到着でいいんだよ」

   ブルブルブル…… ブルブルブル…… ブルブルブル…… ブルブルブル……。

 春馬、未奈、理子、大樹、竜也と奏のスマホが同時に振動する。

  第3チェックポイント到着


「あーあ、全員が制限時間内に着いちまったねェ」

 タツが静かに言った。

「お前さんたちはおもしろいね。全員が時間内に到着しても1人は脱落すると言ったのに、みんなで協力するなんてねェ」

「そんなことを言っても、全員が力をあわせないと解けない問題だったじゃないですか!」

「……かもしれないね」

 タツは悪びれずに言った。

「わたしたちのような子どもが、大人に勝つには、力をあわせるしかないんです」

 理子が言うと、未奈もうなずく。

「亜久斗のように、ぬけがけもできただろう。とくに春馬はね」

 みんなの視線が春馬に集まる。

「そんなこと、ぼくにはできない。謎が解けたのは、みんながヒントを見せてくれたからだ。協力してくれた者を裏切るなんてできない」

「あまいな。世の中、信用できるのは自分だけだ。勝つには蹴落とすしかないんだ」

 亜久斗が静かな声で言った。

「春馬、お人好しもほどほどにしないと命取りになるよ。ここで脱落になるのは─あんたか、大樹のどちらかなんだからね」

 「「えっ!」」

 タツに言われて、春馬と大樹が棒立ちになる。

「2人は、イエローカードをもらっているだろう。ほかのメンバーより、点数がマイナスってことだ。だから、2人のどちらかに、ここで脱落してもらう」

 春馬は、ごくりとつばを飲みこんだ。

 まさか……ぼくが脱落候補?

「おまえさんたち2人ともサッカーをやっているようだから、とっとと決着がつくように、PK対決にしたよ」

 PKだって? まずいぞ。

 タツに言われて、春馬の体が震える。どうしよう、PKは苦手なんだ。

「春馬、ポジションはどこばい?」

「センターバックだけど……。大樹は?」

「おれはフォワードや」

 点を入れる役割のフォワードは、PKも得意のはずだ。

「ここの前の小学校のグラウンドを借りてあるよ。さァご両人、最高の勝負をォ、見ィせェてェくゥんンなァァァ!」

 見得を切るタツのすがたが、春馬には悪魔に見えた。

 

 学校の門に『関係者以外立ち入り禁止』と貼り紙がしてある。

 グラウンドには春馬たちしかいない。

 晴天だった空に雲がかかり、風も出てきた。

 グラウンドの砂が舞いあがり、対決の効果を盛りあげているようだ。

「PKは3回勝負。それで決着がつかないときは、サドンデス戦さ。サドンデスってなァ、突然死って意味らしいよ。『絶体絶命ゲーム』にぴったりなネーミングだねェ」

 春馬がPKを蹴るときは大樹がゴールキーパー、大樹が蹴るときは春馬がゴールを守る。

 それを3回繰りかえし、得点の多いほうが勝ちというルールだ。

 コイントスで勝った春馬は、先攻を選んだ。

 タツと鬼吉が審判をやり、未奈たちはコートの外で応援だ。

 ─PK1回戦。

 春馬は、ボールのおかれたペナルティーマークの前で、かるく体を動かす。

 ゴールの前で、大樹が長い手足を大きく広げている。

   ピッ

 タツが開始の笛を吹く。

 春馬は大きく深呼吸した。

 ごねても、タツがかんべんしてくれないことは、もうわかっている。

 やるしかないんだ。

 PKは、ゴールのすみに正確に蹴れば、ほとんど成功する。

 力まずにコースを狙えばいい。冷静に蹴れば、決まるはず。

「おれは負けられんばい。おれが死んだら、父しゃんも母しゃんも生きていられん!」

 大樹の声が、胸にしみる。

 ボールを蹴る瞬間、春馬の頭を、大樹の家族の悲劇がよぎった。

 しまった!

 ボールはコロコロコロ……といきおいなく大樹の前にころがった。

「楽勝や!」

 大樹がかんたんにキャッチする。

 PKは3本しかないのに、最初の1本をはずしてしまった。

 次は春馬がゴールキーパーになり、大樹がキッカーになる。

 ピッとタツが開始の笛を吹いた瞬間、大樹がするどくボールを蹴った。

 タイミングをはずされた春馬の横をとおり、ボールはネットにつきささった。

 いきなり0対1だ。

 PK2回戦。これは絶対に外せない。

 春馬が、2回目のキックのセットをする。

 どうしたんだ。ゴール前の大樹がとても大きく見える。

 プレッシャーがそう見せているんだ。

 冷静になれ。冷静になれば決められる。決めないとダメだ。絶対に決めないと……。

 タツが開始の笛を吹いた。

 決めてやる!

 力んだキックに、ボールはゴールの枠から逸れて飛んでいった。

 春馬は地面に膝をついた。大樹がガッツポーズをしている。

 ……まずい、2本もはずしてしまった。

 このあと、大樹がゴールを決めれば、それで終わりだ。

「交替や」

 春馬が顔をあげると、大樹がいた。

 ゆっくり立ちあがると、力なくゴールの前まで歩いていく。

 うしろからあらい息づかいが聞こえてきて、春馬はふりかえった。

 緊張した顔の大樹が、肩で息をしている。

 そうか、大樹も苦しいんだ。

「春馬くん、がんばって!」

 理子の声援が聞こえてきた。

 目をむけると、理子が肩を上下させて、リラックスしろという仕草をする。

 そうか、肩の力をぬかないとな。

 頭を冷やして、対決している相手の心境を考えるんだ。

 ここまで、ゴールを決めることばかり考えていたけど、そうじゃない。

 相手のボールを止めればいいんだ。

 それなら、センターバックをやっているので得意だ。相手のフォワードが右に動くのか左に動くのか、シュートなのかパスなのか、いつも瞬時に見わけていた。

 PKでも同じだ。大樹が右に蹴るのか左に蹴るのか、冷静になればわかるはずだ。

 大樹がペナルティーマークにボールをおく。

「これを決めて、終わらしぇるぞ」

 タツが開始の笛を吹いた。

 大樹の視線が、ちらりとゴールの右を見るのがわかった。

 だまされないぞ。これはフェイントだ。

 春馬の予測は的中した。

 大樹がゴールの左に蹴ったボールを、春馬は横っ飛びでキャッチした。

「あぁ……」

 大樹のため息まじりの声が聞こえてきた。

 ここで決めたかったんだろうけど、そうかんたんには負けられない。

 PK3回戦。

 春馬は0対1で負けている。

 このキックを決めなければ、脱落だ。

「春馬、負けないで!」

 この声は未奈だ。

 未奈と理子が声をそろえて春馬を応援している。

 すっかりうちとけたようだ。

   ピッ

 タツが開始の笛を吹いた。

「お、おい春馬。早く始めれや」

 ゴールを守る大樹が、大声で言った。

 彼は焦っているようだ。それなら……。

「待ってくれよ。これをはずしたら、ぼくは脱落なんだ。慎重にやらせてくれ」

「な、なんだよ。早く蹴れや!」

 大樹はいらいらと、体を左右に動かしている。

 春馬はボールを蹴る前に、さらにひと呼吸おいた。
 



 大樹が我慢できずに、一瞬はやく左に動いた。春馬は冷静に右に蹴った。

 ボールが、ゴールネットにつきささる。

 これで、1対1。

 同点になったが、攻守交替だ。次に大樹が決めれば、それで終了だ。

 未奈と理子は、声をあげて春馬を応援しつづけている。

 竜也と奏は静かに見守り、亜久斗はあいかわらず、興味がなさそうだ。

「春馬くん、絶対に絶対に、止めてえ!!」

 理子の必死の応援が、春馬の背中をおす。

 春馬は気合いを入れて、ゴールの前に立った。

 タツが笛を吹くと、間髪容れず、大樹がボールを蹴った。

 しまった、タイミングが遅れた!

「あっ!」

 短く叫んだのは、大樹だった。

 ボールは、ゴールの枠のはるか上を飛んでいく。痛恨のミスキックだ。

 命拾いをした。

 ボールを拾いにいきながら、春馬は気持ちを落ちつかせる。

 PK戦は、先攻が有利だというのを、ネットで見たことがある。理由は書いていなかったが、イギリスのある機関が国内の主要な試合でのPK戦の結果を調べた結果、60パーセントが先に蹴ったほうが勝ったと書いてあった。それで、コイントスで勝って先攻を選んだ。

 この情報が正しければ、自分のほうが有利なはずだ。

 ふと、気持ちがかるくなった。

 ボールをセットすると、不思議なことにゴール前の大樹が小さく見える。

 気持ちが変わるだけで、こんなにちがって見えるのか。

 PK4回戦。

 春馬は冷静に、左すみにゴールを決めた。

 2対1。

 攻守交替で、春馬はゴールの前に立つ。

 ボールをセットした大樹は、肩で息をしている。

 春馬はボールと大樹を交互に見た。

 今まで大樹はすべて右足でPKを蹴っている。追いつめられた状態で、蹴る足を変えることはないだろう。右足で蹴るなら、軸になる左足を見れば、蹴る方向がわかる。わざと軸足を蹴る方向と逆にすることもあるが、今の大樹には、そこまでの余裕はないはずだ。

 タツがピッと笛を吹く。

 大樹がボールにむかう。

 春馬はじっと、左足のつま先を見ていた。

 大樹のつま先は中央をむいている。

 春馬は左右に動くフェイントをかけながら、まんなかにいた。

   ドン!

 ボールは、ゴール中央にいる春馬の胸に飛びこんできた。

 勝った……!

 声も出なかったし、ガッツポーズも出ない。

 負けた大樹は、その場にしゃがみこんだ。

「見事な試合だったねェ。でも勝負は勝負だ。福田大樹、おまえさんはここで脱落だァァァ!」

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ……!」

 大樹は絶叫して、地面に倒れこむ。

 春馬が顔をそむけようとしたそのとき、だれかがうしろに立っているのに気づいた。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になる。

「なんだ? どうなってるんだ!?」

 頭から、黒い袋をかぶせられたようだ。

「なによ、これ!?」未奈の声が聞こえる。

「どうしたの、怖い」これは理子の声だ。

「時間がないからね、大樹の電撃は見とどけなくていいだろ。お次のゲームは、それぞれ別の場所からのスタートなのサ。それで、スタート位置がわからないように、目かくしをさせてもらったよ。勝手にとったら脱落だから、気をつけな」

 どうやら、目かくしをされたのは、春馬だけではないようだ。

 いったい、どこに連れていくつもりだ!?
 



◆14 マギワのアドバイス
 

 頭から黒の布袋をかぶせられた春馬は、何者かに手を引かれて車に乗せられた。

 おそらく、一般の乗用車の後部座席だ。

 手を引いた人物が、となりに座る。

 すべすべした手の感触から、となりにいるのはおそらく女の人だ。

 タツさんだろうか?

「どこへいくんですか?」

 春馬が聞いても、だれも答えてくれない。

 車は走りだすと、すぐに左に曲がった。そして、次は右に曲がる。

 上から、ガタガタガタ……という音が聞こえてきた。

 これは、ガードをくぐったんだな。

 春馬は耳を澄まして、まわりの音を聞く。

 曲がった方向と回数をおぼえていれば、出発場所からおよその場所がわかる。

 車は何回か曲がったあと、踏切で待たされた。

 警報音だけではどの路線かわからないけど、場所を特定する大きなヒントだ。

 となりから、くすくす笑う声が聞こえてくる。

「─さすがやな、武藤春馬」

 この声はタツさんじゃない。でも、聞いたことのある関西弁だ。

「ぼくと会ったこと、ありますよね」

「ウチの声、忘れたんか?」

 あぁぁぁぁ……!

「死野マギワ!」

 となりにいるのは、春馬が最初に参加した『絶体絶命ゲーム』で案内役だった死野マギワだ。

「そうや、おぼえていてくれたんやなぁ。ウチ、うれしいわ」

 「どうして、ここにいるんですか!」

 春馬は大きな声を出した。

「案内役がたりひんと聞いて、手伝いにきたんや」

 驚いた春馬は、車の曲がった方向や回数を意識していられなくなった。

「なあ、春馬、どうして今度のゲームに参加したんや?」

 マギワは、めずらしく真面目な声で聞いてきた。

「それは……」

「未奈に会いたかったんか?」

 春馬が黙っていると、マギワはまた笑った。

「理由はどうでもええか。でもな、今回のゲームに参加したんは、致命的な失敗やったで」

 致命的な、失敗?

「ど……どうしてですか?」

「あんたのことや、夏に参加した『絶体絶命ゲーム』のからくりはもう知ってるやろう」

 春馬はうなずいた。

 あのゲームは、参加者のふりをしていた桐島麗華の父親が、娘に金の怖さを教えるために考えたものだった。春馬は殺されたと思ったが、実際は眠らされただけだった。だから、あのゲームで殺されたように見えた人たちは、おそらく全員が生きている。

 秋のゲームは結局、全員で脱出できた。

 だから、少し楽観していたかもしれない。まさか、目の前で感電死を見せられるとは思わなかった。

「春馬は、秋の『絶体絶命ゲーム』でも大活躍したようやな。ウワサで聞いたで」

「それほどでも……」

「謙遜は無用や。それで、今回も未奈を助けようと考えて参加したんやろう」

 図星だったが、返事をしないで誤魔化した。

「今回は主催者がちがうんや。……あんた、死ぬで」

 ぼくが死ぬ。

「生き続けたいなら、この先、どんなことをしても、ゲームに勝つことやな」

「…………そんな」

 どんなことをしても?

「春馬のことや、全員が助かる方法がないんかと、考えてるんやろ」

 また、マギワになにを考えているか当てられた。

「あるんですか?」

 春馬の質問に、マギワは大きなため息をついた。

「ムリや。助かるのは1人だけや」

「たったの1人?」

「今回の主催者は、無情で冷血の怖い人なんや」

 春馬はゲームに参加したことを、もう一度、後悔する。

「ぼくはどうすればいいんですか?」

「決まってるやろう。勝つことや」

 そうだけど……。それじゃ、いつかは未奈と戦わないといけないのか?

「先のことを考えたらあかん。目の前の勝負だけを考えるんや」

「でも……」

「ウチに言えるのはここまでや。あとは春馬が自分で考えて、自分で決めて行動するんや。……それが春馬の生き方になるんや」

「ぼくの生き方?」

「後悔のない生き方をするんや」

 春馬が考えていると、マギワがやさしい声で話しかけてくる。

「今日のゲームに参加しなかったら、春馬は、永遠に未奈と会えなかったかもしれないんやな。

そしたら、あんたたちはすぐ大人になって、おたがいの顔を忘れてしまう」

「ぼくは絶対、忘れない」

「春馬がおぼえているのは、小5のときの未奈や。中学、高校になれば成長して容姿は変わる。町ですれちがっても、未奈とはわからへん」

「マギワさん、なにが言いたいんですか?」

「春馬と未奈は、このゲームに参加したから巡り会った、いうことや」

 マギワはしみじみと言った。そのとおりだ。

「……今回のゲームに参加したのは後悔している。でも、もう二度と未奈に会えなかったら、もっと後悔したと思う」

 春馬が言うと、マギワはまたため息をついた。

「しゃぁないな、教えたるわ。1つだけ、あんたら2人が、いっしょに助かる方法があるで」
 



「……死野マギワ、言いすぎだ」

 運転手が、低くてすごみのある声で言った。

「……あぁ、口をすべらしてしもうたわ。春馬、がんばるんやで」

 マギワは、わざとらしく言った。

 沈黙の中、車は10分ほど走ってから停車した。

「目隠しをとってもいいぞ」

 運転手の男に言われて、春馬は頭にかぶせられた黒い布袋をとった。

 となりにいたはずの死野マギワは、すでにいない。

 信号待ちで車がとまったとき、出ていったようだ。

 春馬のスマホがブルブルブル……と振動した。メールだ。

  第4チェックポイント 制限時間は、午後5時00分
  時間オーバーは─脱落

 

 春馬は『ヒント』の画像を開く。

 仏像の顔のアップ写真だ。これは大仏かな?

 おだやかな表情で、額のまんなかに大きな丸い凸があり、大きな鼻をしている。

 顔だけでは、どこの大仏かは、わからない。

 こまったな。いや、そうでもないか……東京に大仏はそんなにないはずだ。

 マップで「東京 大仏」と検索すると、板橋区赤塚の乗蓮寺が表示された。

 チェックポイントは、ここだろうか。

 いや、それだとかんたんすぎる。

 座席に座ったまま考えこんでいると、運転手が顔をむけてきた。

「そろそろ車を降りてくれるか」

「ここはどこかな?」

 春馬はまわりを見る。

 東京のどこにでもありそうな、閑静な住宅街だ。

 現在地を調べるよりも、まずはチェックポイントがどこかを考えよう。

 ヒント画像を、もう一度、確認する。

 じっと見ていると、仏像の背後が気になった。

「あれ?」

 大仏の顔は、なにかの板に貼りついている。

「東京大仏じゃないぞ……あぁ、そうだ。これは、見たことがある!」

 春馬は思いだした。

 去年、秀介と遊びにいった、上野恩賜公園。そのときに、写真と同じものを見た。

 上野の釈迦如来像は関東大震災や戦争などで失われ、今は顔のレリーフだけが残っているのだ。

 チェックポイントは上野恩賜公園だ。

 あとは現在地だけど……。

 まわりを見ても、特徴のある建物はない。これは、場所を特定するのは難しいな。

 どうしたらいいんだ? 相談できる仲間もいない。

 1人で謎を解いていると、孤独を感じる。

 いやいや、今は感傷に浸っている場合じゃないぞ。

 春馬は、スマホで時間を確認する。

  
4時05分

 

 ここから55分で、上野にいかなければならない。

 冷静になろう。

 車の出発地点は、東中野の鎧神社だった。

 春馬は、マップで鎧神社を表示する。

 乗った車は左に曲がり、右に曲がった。車の上で音がしたので、ガードをくぐったはずだ。この位置なら、電車はJR中央線にまちがいないだろう。そのあと、車は左右に数回曲がったが、マギワとの話に夢中になってしまっておぼえてない。

 手がかりになりそうなのは、踏切で1回待たされたことくらいだ。車が曲がった方向から考えると、都心から離れていった。その方向にある路線で、地上を走っている電車は……?

 うん、待てよ……。

 「ぼくは、なんてバカなんだ!」

 こんな推理をするより、もっと早くここがどこかわかる方法がある!

 たとえば自動販売機だ。犯罪や災害がおきたときに携帯などで通報できるように、住所の書かれたステッカーが貼ってあるものがある。それに、マンションや住宅の表札の中には、住所を記載してあるものがある。

 そして、もっとも一般的なのは電柱に取りつけられている表示板だ。

 春馬が近くの電柱を調べると、住所が表示されている。

『鷺宮4-37』

 マップで検索すると、ディスプレイに地図が表示される。

 ここが現在地になる。

 近くの駅を探すと、西武新宿線の鷺ノ宮駅だ。

 歩いて5分ほどだろう。

 次に乗り換え検索をする。

 4時11分の西武新宿線に乗り、高田馬場駅で4時31分のJR山手線に乗り換えれば、上野駅到着は4時53分。

 上野駅から、上野恩賜公園までは、徒歩2分ほどだ。

 電車や乗り換えをまちがえなければ、じゅうぶん間にあう。

 上野駅構内は複雑だから、迷わないように、公園口から出る必要がある。

 まだ安心はできないけど、なんとかなりそうだ。

 

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