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ものがたり

【大ボリュームためしよみ】ソノリティ はじまりのうた #20


中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪


#20 鮮やかなゴール

2
 放課後の体育館は、十月とは思えないくらい熱気でむんむんしている。学校の外周を走り終えた晴美は、タオルで顔をあおぎながら、他の女子バスケ部の一年生たちと体育館に入った。
 体育館では男子バスケが、ゲーム形式の練習をしていた。コートの周りでは、男子一年生部員たちが並んで立ち、声を出したりボールを拾ったりしている。
 その中で背が飛び抜けている涼万(りょうま)と岳の姿は目立っていて、遠目でもすぐに分かる。岳はやけくそみたいに大声を出していて、見るからに暑苦しい。その横で淡々とした風情の涼万が、いっそう涼やかに見える。
 涼万、合唱コンの朝練では、真面目に歌ってくれてありがとう。
 晴美は今日の一日で、何度となく繰り返したフレーズをまた胸の中でつぶやいた。
 次のゲームに入る前に、キャプテンの先輩が、
「山東、次入れ。相田と交代」
 と声をかけた。その声は晴美の耳にも届いた。
 あれ? と思ったのは晴美だけではなかったのか、涼万自身も自分の顔に人差し指を当てている。このポーズ、今朝の合唱コンの練習のあとに、早紀に向かってやっていたジェスチャーだ。なんだか胸がもやっとした。
「そう、山東。早くしろ」
 先輩にせかされて涼万は慌ててビブスをかぶった。横にいる岳が、明らかにふくれている。ザ・仏頂面という顔である。
 はぁ~、岳はなんでも顔に出すからね。保育園のときから変わらないね。ま、気持ちが分からなくはないけれど。
 晴美は苦笑いしながらも、岳の心境もおもんぱかった。今まで先輩のゲーム練習に一年で出られるチャンスがあったのは、岳だけだったからだ。しかも岳のバスケへの情熱は、誰もかなわない。
 一方、涼万は先輩の中に入っても、見劣りせずに堂々とプレーを続けていた。手のひらに吸盤かなにかついているみたいに、ボールを手に引きつけて自在に操る。これがバスケ初心者だというからびっくりだ。
 晴美は水筒を飲みながら、そのスマートなプレーを追い続けた。
 あ、すり抜けた! ひとり、ふたり……。
 涼万はひょいひょいとディフェンスをかわし、ゴールに向かった。目が釘付けになる。そして最後、軽やかにジャンプすると、あざやかにゴールを決めた。
「ナイッシュー」
 男子部員の声に混じって、思わず晴美も声を上げた。上出来すぎる涼万のプレーに、先輩たちも、
「山東いいぞ」
 驚きの声を上げた。晴美は自分がシュートを決めたわけでもないのに、体の奥から高揚感がわき上がってきた。実際にふわふわするような気さえした。
「一年生、給水終わったら集合」
 体育館倉庫の前あたりから、女子バスケ部のキャプテンの声がした。我に返った晴美は、たいして水を飲んでいなかったことに気づき、慌てて水筒に口をつけた。
 女子キャプテンを中心に一年生部員が輪になると、女子キャプテンは話し始める前に、首をひねった。
「なんか男子の声出し、おとなしくない?」
 晴美にはすぐ合点がいった。涼万がゲームに入ってから、さっきまでやけくそみたいに声を出していた岳の声が、まったく聞こえなくなったのだ。
 分かりやすいやつ……馬鹿だなぁ。
 晴美は心の中で岳にあきれた。
「えっと、男子のゲーム練習終わったら、今日一年生は──」
 キャプテンが本題に入ったときだった。
「痛っ」
 涼万の声がした。


※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。

#21へつづく(2022年4月18日 7時公開予定)

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著者:佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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