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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪
#19 消せないトラウマ
保育園の学芸会のときに、六歳年の離れたお兄ちゃんに言われたひとことが、実は今でもトラウマになっている。演目のひとつに合唱があった。学芸会の帰り道、お母さんが合唱をほめてくれると、お兄ちゃんが笑いながら言った。
「晴美、お前ってめちゃ声でかいから、すぐ分かったぞ」
ここまでは良かったのだが、
「ひとりだけアルト歌ってたのか?」
と茶々を入れてきた。
「アルトってなぁに?」
「低い音」
「ん?」
晴美が首をひねると、お兄ちゃんは調子に乗った。
「晴美、音ずーれずれ。そういうの、オンチって言うんだぞ」
すると、まわりにいた園児たちがオンチの意味は分からないが、ウンチと似た言い回しが面白かったのか、
「オンチ、オンチー」
とはやしたてた。晴美はわっと泣き出した。そのあと、お兄ちゃんはお母さんにこっぴどくしかられたが、園ではしばらくオンチとからかわれ続けた。
保育園からの幼なじみは今でも何人かいるけれど、もうそんなことは誰も覚えていないだろう。小学校に上がってからこのかた、いつも結構気をつけて歌ってきた。
家族でカラオケに行くと、お兄ちゃんがにまにま笑っているときがあるけれど、学校ではオンチと言われたことはない。だから、だいじょうぶなはず。
だけど、音楽性なんて言われちゃうと……。
「あれ、吹部って井川くんだけ? 井川くんは伴奏者だし、困ったな」
宮下先生がまたぼやいた。すると、
「はい」
か細くて透明な声の矢が、晴美の背中に突き刺さった。
「あぁ、水野さん。吹部だったわね。あなた、指揮やってくれない? 出来るでしょ?」
宮下先生がぐいぐい攻めていく。しばらく間があいた。晴美は机の上で両手を握り合わせた。
出来ないって言って。無理って言って。
祈るような気持ちで念力を送った。
「……はい」
早紀の言葉に、宮下先生だけでなく、クラス中に安堵の空気が流れた。晴美だけが、早紀の声の矢のせいなのか、胸に開いてしまった小さな穴がしくっと痛んだ。
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#20へつづく(2022年4月17日 7時公開予定)
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