10 悲劇には、させない
『――――わたしを哀れと思うなら、「死刑」と言ってください。追放は死刑よりもずっと恐ろしい顔つきをしている。どうか「追放」などと言わないでください』
わたしは、体育館の舞台の上で演技する。
今年の学園祭の演劇部の公演は、「ロミオとジュリエット」なんだ。
多くの人が、どこかできいたことはあるタイトルかも。
わたしでも、知っていたぐらいだし。
「ロミオとジュリエット」は、ウイリアム・シェイクスピアっていう人が書いた戯曲なんだ。
前に公演した「夏の夜の夢」と同じ作者。
「夏の夜の夢」は喜劇だったけど、「ロミオとジュリエット」は悲劇と言われているんだよね。
時代は14世紀のイタリア。
モンタギュー家とキャピュレット家という、代々対立している家があるんだ。
そのモンタギュー家のひとり息子のロミオは、あるときキャピュレット家のパーティーにこっそりと参加して、そこでキャピュレット家のひとり娘であるジュリエットと出会うの。
そして、ロミオとジュリエットは、運命的な恋に落ちるんだ。
ところが、もともと家同士が仲が悪い上に、ロミオは親友を殺された復讐のため、キャピュレット家との対立を深めるようなことをしてしまう。
ロミオは追放されることになって、ジュリエットはべつの人との結婚を決められてしまうの。
それでもジュリエットは、ロミオといっしょになることをあきらめず、信用できる人に相談して、ある計画を立ててもらうんだ。
その結果は……、実際にロミオとジュリエットのお芝居を観てもらったほうがいいよね。
悲劇といわれる意味も、クライマックスでわかるんだ。
その「ロミオとジュリエット」が、わたしたちの今度の演目なんだけど、なんと、わたしの役はタイトルにもある、ロミオ!
主役の1人なんだ!
男性の役だから、本番では男装をして演技する。
夏休み中から練習してきたから、もうセリフは全部頭に入ってる。
あとは、演技をよくしていくだけ。
といっても、それが一番むずかしいんだけどね。
正直、ロミオの役作りに苦戦してる。
ジュリエットにそこまで恋いこがれる気持ちが、まだわたしにはわからないんだよね……。
マンガでなら、よく読むけど。
恋愛らしい気持ちって、抱いたことがなくてさ。
それに、ロミオとジュリエットは、「家同士が対立している」っていう設定が、むずかしい。
現代に生きるわたしには、イメージがわかないんだ。
ご近所同士で仲が悪いとか? そういうのとは、ちがうんだろうし。
そもそも、うちはご近所ともみんな、仲がいいしなぁ。
対立する家……?
立場のちがい……?
わからないよ…………あっ。
そのとき、ふと、アリー先輩の顔が思いうかんだ。
アリー先輩は、タキオンのボスの双子の妹。
怪盗レッドのわたしには、本当なら「近づかないほうがいい」……「近づいちゃいけない」相手だ。
だけど、わたしは「そんなもの関係ない!」って思ってる。
アリー先輩は、大事で大切な人だ。
……そっか。
そういうことかも!
「アスカ、大丈夫? ぼーっとしてるけど」
ジュリエット役の水夏が、舞台上で立ちつくしていたわたしに、声をかけてくる。
まわりを見まわすと、演劇部の部員の視線が心配そうに集まってる。
「ごめん! ちょっと役作りのことを考えてた」
わたしは、あわててあやまる。
「それならいいけど。今から、このシーンだけど、いける?」
水夏が台本を、指でしめす。
そこは、ロミオとジュリエットの出会いのシーンだ。
水夏は、ジュリエット役に選ばれてから、ずっとがんばってる。
これまでは、ジュリエット役みたいなヒロイン役には、加瀬部長が選ばれることが多かったんだけど、水夏がオーディションで熱演して、勝ちとったんだよね。
わたしのロミオ役もオーディションだったけど、やっぱり先輩たちと争うのは、ドキドキしたし不安だった。
だからこそ、わたしも水夏も、役にかける想いが強いんだ。
「いけるよ、水夏」
わたしは答える。
集中しよう。
体育館のステージの上で、お芝居がはじまる。
そして、ロミオとジュリエットがむき合う場面だ。
わたしは、水夏の手をとる。
『卑しいわが手が、もしもこの聖なる御堂を汚すなら、どうかやさしいおとがめを。
この唇、顔赤らめた巡礼2人が、控えています、乱暴に触られた手をやさしい口づけで慰めるため』
ロミオの言葉に、ジュリエットがまっすぐに見つめかえしてくる。
演技しながらも、わたしの頭の中には、アリー先輩の顔がちらつく。
『巡礼さん、それではお手がかわいそう。
こうしてきちんと、信心深さを示しているのに。
聖者にも手があって、巡礼の手と触れ合います。
こうして掌を合わせ、心を合わせるのが聖なる巡礼の口づけです』
ロミオとジュリエットは、さらに言葉をかわしてから……想いがあふれるように、キスをかわすんだ。
もちろん、「キスをする」フリの演技だけどね。
客席からは、実際にしていると見えるように立ち位置を考えてある。
1シーンが終わる。
わたしは、すぐに反省する。
うう、集中できてなかった……。
直前にアリー先輩のことを考えていたせいか、演技の最中に顔がちらついてた。
失敗だ。
「ごめ……」
水夏にあやまろうと顔をあげると、みんなの様子がおかしい。
びっくりしたような顔で、こっちを見てる。
「アスカ、いつのまにそんな演技ができるようになったの?」
水夏が、目を丸くしておどろいてる。
冗談ではなさそう……?
「え?」
とくに、変わったことをしたわけじゃない。
いつもどおり、演技したはずなんだけど。
「そんなわけないよ! 感情がこもってて、すごくいい演技だった!」
水夏が、興奮したようにほめてくれる。
「うん、思わず引き込まれる演技だったよ、アスカ。ただ、恋する人に出会ったうれしさより、せつなさが強かったかもしれないね」
加瀬部長まで、わたしのロミオがよく見えたらしい。
「不安を感じている様子が出すぎていたけど、でも今までの演技の中では一番だった!」
「感情がこもってて、ジュリエットが好きな気持ちが伝わってきたよ」
3年生や2年生の部員も、口々に言ってくれる。
だけど、わたしにはぜんぜんわからない。
どうしてなんだろう?
わたしはとまどいつつ、今の演技について考えてみる。
いつもの演技とちがっていたところ。
それは、集中できていなかったこと?
……ううん、ちがう。
アリー先輩を、思いうかべていたこと……かな。
だとしたら、不安が表れていたのは、わたしの今の気持ちのせいだ。
アリー先輩にいだいている感情が、そのまま演技に出てしまったってことらしい。
そう考えると、演技をほめられるのはうれしいけど、複雑な気分になる。
わたしとアリー先輩の関係が、ロミオとジュリエットのようだって、ことになるし。
それに、ロミオとジュリエットの結末は悲劇だ。
わたしとアリー先輩も、そうなるってことに……ううん!
そこまで考えて、わたしは頭を横にふる。
そんなことないよね、きっと!
11 「紅月アスカ」の尾行
次の日。
放課後になるのを待ちかねたみたいに、みんなが学園祭の準備にとりかかる。
学校中が、学園祭準備一色だ。
そんな中、アリー先輩が、また1人で教室を出ていく。
3年生の先輩たちは、もう視線をやろうともしない。
昨日のアリー先輩の言い方が、かなりみんなに反発されてしまっているみたい。
でも、わたしはあきらめないよ!
わたしは、近くにいるクラスメイトに声をかける。
「ごめん。今日はわたし、用があるんだ。先に帰ってもいいかな?」
「そうなんだ。いいよ、もちろん」
合同クラスのみんなが、こころよく送りだしてくれる。
アリー先輩への態度との差を考えると、思うとこがないわけじゃないけど……今は考えてる場合じゃない。
わたしは、アリー先輩のあとを追って、走りだす。
校舎を出たあたりで、アリー先輩の背中が見えた。
けど、わたしはあえて声をかけない。
今日は――アリー先輩のことを、尾行してみようって、考えてるんだ。
よくないことだっていうのは、わかってる。
友達にないしょで、こっそり後をつけるなんて。
でも、そうでもしないと、アリー先輩がなにをしているのか、わからない気がしたんだよね。
爆弾事件のことは直接きけないし、「放課後なにをしているのか」って質問しても、教えてくれそうにないから。
アリー先輩からは、あいかわらず、壁をつくられてると感じる。
だから、今は探らせてほしい。
アリー先輩には、あとであやまるから。そして――。
もしも、あってはほしくないけど、先輩が爆弾をつくったり、しかけにいったりするとしたら、わたしが止めなくちゃ!
わたしはアリー先輩から距離をおいて、あとをつけていく。
下校中の生徒も多いから、このあたりを歩いていても目立たない。
アリー先輩も、前だけを見て歩いている。
尾行を警戒しているそぶりは、なさそう。
まあ、ふつうの中学生は、そんなこと気にするわけがないけどね。
レッドとしての尾行ではないから、気配を消していない。
あくまで、中学生のアスカができる範囲での尾行しか、しない。
もしも、尾行していたのがばれたときに、プロっぽかったら、逆にあやしまれちゃうから。
今日のことは、わたしが1人で決めたことだから……それぐらいの工夫は自分でしないと。
そう……。
ケイには、だまってきちゃったんだよね。
ケイに打ち明けるかは、すごくなやんだ。
伝えておいたほうがいい、とは思った。
だけど、わたし自身が、本当にこれでいいのか、まだ迷ってるんだ。
友達を尾行することも。
友達を、爆弾犯かもしれないって、うたがっていることも。
本当はしたくない。
でも、友達として、しなくちゃいけないって。
ひょっとしたら、アリー先輩と爆弾事件は関係ないってことをたしかめて、わたしが安心したいだけかもしれない。
そんなふうに気持ちが、まとまらなくて、結局はケイに伝えられないまま、きてしまった。
今日の尾行で、なにかがつかめるとは限らないけど。
なにか動くことで、少しの安心がほしかった。
たぶん、それがわたしの本心だ。
……ん?
尾行をしてまもなく、わたしは異変に気づいた。
わたしは、それとなくまわりを見まわす。
うまくまわりにとけこんでるけど、わたし以外に、アリー先輩を尾行している人たちがいる?
でも、なんでアリー先輩のことを?
爆弾との関係をうたがっているのは、わたしだけのはずだし。
――もしかして、アリーヤ・ガーネットとしてねらわれてる?
どうしよう!
こんなときケイなら、なにかしらの考えが、導きだせるのかもしれない。
でも、わたしには今みたいな想像しかできない。
尾行者たちをつかまえれば、きけるけど、それはできない。
今のわたしは、怪盗レッドじゃないんだから。
「アリー先輩が心配で、つい尾行してしまっただけの、春が丘学園の後輩のアスカ」だ。
ただの中学生が、尾行しているおとなをつかまえるなんて、できるわけがないよね。
それにもう、あっちの尾行者たちは、わたしに気づいているみたいだし……。
わたしは、アリー先輩を尾行しながら、意識をまわりにむける。
尾行者たちの一部の視線が、アリー先輩からわたしへ変わったのがわかる。
そろそろ――――くるかも。
人気がない道に出ると、尾行者たちがわたしの前をふさぐように、3人ほど近づいてくる。
うしろをふりかえると、そちらにも2人が立っている。
わたしをはさんで、前後をふさぐように、あわせて5人。
服装も年齢も性別も、バラバラだ。
スーツすがたのサラリーマン風の人もいれば、学生のように私服で髪をそめている若者もいるし、買い物帰りの主婦のような女の人もいる。
ただ、注意してみれば、動きは尾行しなれていて、武術をおさめていることがわかる。
素人じゃないし、組織的な感じだ。
そう考えながらも、わたしはおびえた表情をつくる。
「あ、あの、なんですか?」
ここは、ただの中学生をよそおわないとね。
わたしの質問には答えず、スーツすがたの男が、ほかの尾行者に話しかけている。
「制服が同じだが……関係者か?」
「わからん。しかし、後をつけていたのはまちがいない。こいつをつかまえれば、情報が手に入るかもしれない」
「なら、さっさとすませよう」
尾行者たちが勝手に話を終わらせて、わたしに近づいてくる。
こっちの話をきく気は、一切ないみたい。
まあ、話をきくようなやつらなら、集団で尾行なんてしてないだろうけど。
「こないでください!」
どうする?
わたしは、演技をしながら考える。
男たちを倒すことは、すぐにできる。
でもそれは、中学生の紅月アスカには、むずかしいこと。
ここは人目につかないとはいえ、実行するにはリスクがあるよね。
なにより、尾行者たちに、わたしの実力が知られてしまう。
となると、ここは、なんとか切りぬけて逃げるしかない……!
どうしたら、不自然でないかたちで、この場から逃げられるかな……。
おびえた表情をつくったまま、頭では冷静に、方法を考える。
前は3人、うしろは2人。
うしろからなら、逃げられる?
そう考えたけど、わたしが動きだすより早く、尾行者たちが動く。
思ったより判断が早いっ!
すばやくわたしとの距離を、つめてくる。
これは、まずいかも。
わたしは動きが制限されているから、上に飛びあがって、相手をやりすごしたりもできない。
だからといって、一度つかまったら、反撃しなくちゃいけなくなる。
なんとか、こいつらの手をかいくぐらないと……。
目の前までのびてきた、スーツすがたの男の手から、身をかわそうとしたときだ。
――ぐらり
スーツすがたの男が、わたしの真横に、前のめりに倒れこんだ。
アリー先輩のあとをつけていたアスカの前に、立ちはだかった、黒服の男たち。
レッドとしてではなく、「ただの中学生の紅月アスカ」として、どうすればいいの!?
大ピンチのアスカを救った意外な人物とは……?
このつづきは、本で読んでね!
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