3 「行動しない後悔」よりも
家に帰ってすぐ、わたしは手洗いうがいをすませる。
それからすぐに、わたしとケイの部屋にむかう。
「ケイ、ただいま!」
声をかけながら、部屋に入る。
ケイは、いつも通りパソコンにむかって、キーボードをカタカタと打ちこんでいる。
返事もないし、ふりかえりもしないのは、いつものことだ。
「ねえ、ケイ、きいて」
わたしは、かまわずにケイの背中に話しかける。
「さっき学校からの帰りに、破裂音みたいなのをきいたんだ。○×町のあたりかな? それで、音の出所を探したら、ビルの壁が焦げてるのを見つけたの。ケイ、なにか知ってる?」
わたしの簡単な説明だと、ふつうの人なら「さあ?」としかかえってこないところだろうけど。
「……ああ。5階建てビルのことだろう」
背中をむけたままのケイが、返事する。
えっ!
っていうか、知ってるの!?
「そうだよ、それ! もうなにか情報をつかんでるの?」
「さっき情報が流れてきた。それと似たようなことが、この街の周辺で2件おきている」
ケイの声がたんたんと響く。
「えっ、ほかにも同じことがおきてるの!? 警察は!?」
びっくりして、ききかえす。
あんなことが3回もおきてるとしたら、ただのいたずらにしたって、質が悪いよ。
「警察も動いているが、ケガ人が出ていないし被害が小さいこともあって、人数をかけているとは言えない。周囲への警戒を少し強めたくらいだ」
「そっか……」
警察は、いろいろな事件を追っていて、いそがしい。
気がかりではあっても、大人数をこの事件だけに、さくわけにはいかないか。
でも、やっぱり気になる。
わたしが見たのは「いたずら」っていうレベルだったけど、それですんだのは、まわりに人がいなかったからってだけだし。
それに……。
「なにか、気がかりがあるのか?」
考えこんだわたしに、ケイがきいてくる。
チラッとわたしのほうに、視線がきた。
すごい、わたしの心を読めているのかな?
きっかけをもらって、わたしはケイに話してみることにする。
「たいしたことじゃないと思うんだけどね……」
前置きをしてから、話しだす。
「現場近くで、チラッとアリー先輩を見かけたんだ。ぐうぜん居合わせただけだと思うんだけど、それがちょっと気になってて……」
――なんでアリー先輩は、あのあたりにいたんだろう?
破裂音をききつけてやってきたんだとしても、あのあたりは、アリー先輩がふだん、帰り道につかうところじゃない。
学校からも、けっこう距離がある。
たまたま用事があったとかかな……。
今度、アリー先輩に、直接きいてみればいい。
そう思ったけど、なぜか不安が心によぎる。
わたしの考えすぎ……だよね。
「緋笠アリーが……。なら、調べてみる」
ケイが言って、パソコンへとまた視線をもどす。
「えっ、いいの?」
だって「事件」っていえるほどのものじゃないし、アリー先輩のことはわたしが勝手に気になってるだけだ。
レッドとしてケイが動くほどのことじゃないような……。
「アスカが気になると言うなら、調べる。調べないで後悔するより、調べて後悔するほうがいい」
「そ、それだとどっちにしろ後悔することになってるけど」
わたしは、顔をしかめる。
「後悔するという、結果だった場合の話だ。調べた結果、緋笠アリーが事件と関係なければ、犯人をただつかまえればいい」
たしかに、それはそうだけど。
ケイって、いつも、むずかしいことを考えてるのに、判断にかんしてはすごくシンプルなんだよね。
わたしはこういうとき、迷ってしまうことがあるから、そういうところがうらやましくもあるよ。
「わかった。調べて! でも調べるのは、アリー先輩が事件と関係あるかどうかじゃなくて、いつかケガ人が出るかもしれない事件だからだよ」
単なるいたずらだとしても、ビルの壁に焦げあとができるぐらいだし。
万一、人が近くを通ったときに同じことがおきたら、音や衝撃で、ただではすまないはず。
それぐらいって思うかもしれないけど、わたしたちが気づいたなら、ふせぎたいよね。
「わかっている。……これが、次の犯行がおきるかもしれない、候補地だ」
ものすごい速さでキーボードをたたいていたケイが、サッとモニターをこちらにむけてくる。モニター上に、地図が表示されている。
わたしとちょっと話している間に、調べが終わったみたい。
地図に、赤い点が5つ表示されている。
どの赤い点も、この街の周辺ではあるけど、けっこう散らばってるなぁ。
直接、見てまわるのも、大変そうだ。
それにしても、ケイの調査が早すぎない?
もともと、事件についても知っていたようだし、ケイも爆発のことが気になっていたのかも。
「候補地がバラバラだから、一気にまわるのはむりだね」
場所がはなれていて、全部をカバーして見るのは、1人では不可能だ。
「アスカは、どれか1か所を調べるほうがいいだろう。他の地点に移動している間に、別の場所で事件がおきる可能性もある。ほかの4か所については、こちらで監視しておく。アスカ自身が行くよりは効果は薄くなるが、ないよりはいいはずだ」
「わかった。じゃあ、わたしはこの公園のあたりに行ってみるよ」
わたしは、パソコン上の地図の公園を指さす。
そのあたりは、ランニングで通ったことがあるから、なじみもあるしね。
「わかった。さらに調査を進めておく」
どう動くか決めると、ケイは集中モードに入る。
わたしはケイからはなれて、ベッドに寝転がる。
今すぐにすることもなくて、だからって、外に出て体を動かしてくるって気分でもないんだ。
そのままベッドに寝転がりながら、ぼんやりと考える。
アリー先輩が、なんであそこにいたのか。
気になってしまうのは、アリー先輩からきいた、あの言葉があるからだ。
「怪盗レッド」のわたしにむかって、アリー先輩が言ったこと。
『――わたしの本当の名前は、アリーヤ・ガーネット。タキオンのボス、ノア・ガーネットの双子の妹』
先輩は、たしかにそう言っていた。
キュッと心臓が、しめつけられるように苦しくなる。
アリー先輩……あなたは……。
4 チームファイアー結成!
『次の組み合わせ抽選は、2年A組です!』
体育館の舞台の上で、実咲がマイクを持って司会進行をしている。
演劇部の練習を終えて走ってきたけど、ギリギリ間にあったみたい。
よかった、ちょうどうちのクラスだよ。
今は、学園祭の合同クラスの組み合わせ抽選の真っ最中!
放課後だけど、体育館の中は、かなり生徒が集まっている。
自分のクラスが、どの学年のどのクラスと合同になるのか、みんな知りたいもんね!
副会長の中小路先輩が、箱の中に手を入れて、折りたたまれた紙を取りだす。
それを実咲にわたして開く。
『2年A組とチームになるのは……3年C組です!』
わあっ! と体育館のあちこちから歓声があがる。
3年C組っていうと……?
あっ、アリー先輩のクラスじゃん!
アリー先輩といっしょに、学園祭の出し物ができるの?
すごいっ! また楽しみが増えたよ!
*
抽選会の次の日。
わたしたち2年A組と、アリー先輩の3年C組の、最初の合同の話し合いが、行われることになったんだ。
ホームルームの時間に、わたしたち2年生が、3年生のクラスに移動している。
さっそく話し合いははじまっている。
「じゃあ、わたしたちはこれから『チームファイアー』として、一致団結してやっていきましょう!」
パチパチパチパチ!
みんながいっせいに拍手で盛りあがる。
一番はじめにみんなで決めたのは、わたしたちのチーム名だったんだ。
チームに名前がないと、わかりづらいからね。
炎みたいに1つになって、熱いことをしよう! ってイメージ。
わたしも、けっこう気に入ってるんだ。
3年生の女子の先輩が、黒板の前に立って、進行役をしている。
みんな、学園祭を楽しみにしてて、気持ちが高まってるのがわかる。
2年生は、最初、3年生のクラスに踏み入ることだけでも緊張していたみたいだったけど。
部活に入ってる子が、先輩をきっかけにして、紹介しあったりして。
おずおずと距離が縮まってるのがわかる。
わたしはどうかって?
わたしはほら、1年のとき、助っ人であちこちの部活に参加していたおかげで、けっこう3年生にも知り合いがいるから、
「アスカ!」
って、声をかけてくれる先輩が多かったんだ。
「よかった~、同じチームで。アスカといっしょなんて、絶対楽しいじゃん」
なんて、言ってもらったりして。
「こちらこそです、先輩。こちらの子は、2年の実行委員の○○で……」
なんて、紹介したりして……。
だから、チームファイアーの最初のミーティングとしては、かなりいい雰囲気で話し合いがはじまったんだ。
ただ……。
わたしは、教室のはじのほうの席に座っているアリー先輩のことを、チラッと横目で見る。
アリー先輩は、ぽつんと1人ぼっちで、まわりには3年生も2年生もいない。
最初にわたしが教室に入ったときから、アリー先輩はたった1人だったんだよね。
すぐにアリー先輩のところに行って、声をかけようとしたんだけど、その前に、ほかの先輩たちから次々と声をかけられて、なかなか近づけなかった。
やっとアリー先輩のとなりの席にはついたけど、すぐに話し合いがはじまったから、話しかけられないままになったんだ。
アリー先輩は、ずっと窓の外を見ていて、ぜんぜん視線が合わないし。
うーん。
この感じだと、アリー先輩って、ふだんからクラスメイトと距離がある感じなのかな……。
転校してきたころ、孤立していたのは知っている。
でも、それからけっこうわたしは親しくなれたから、きっと先輩とクラスメイトの仲も、変わったんじゃないかなって、勝手に思っていたけど……。
なんだか、教室の中に、くっきり線が引かれてるみたいな距離があることが、気にかかる。
アリー先輩は、とっつきはよくないかもしれないけど、奏ともすぐになかよくなれてたし……。
少し話をすれば、きっとなじめると思ったんだけどな。
今もアリー先輩は、まるで話し合いを無視するみたいに、窓の外に目をやっている。
そんな行動が、少し「らしくない」気がしてしまう。
たしかに、アリー先輩は、積極的に輪に加わるタイプでは、ないとは思うけど。
それでも、人の話を無視するかのような態度は、とらない人だと思う。
それに、今のアリー先輩の様子は、話をきいていないというより、なにか……。
まるで、ほかのことを考えているようにも見えるし……。
そんなことをわたしが考えている間にも、合同クラスでの話し合いは、進んじゃってる。
だめだだめだ、わたしはちゃんと参加しないと。
わたしは、意識を話し合いにもどす。
「去年、2年A組は、喫茶店をやったんでしょ。評判よかったよね。それをバージョンアップするっていうのはどう?」
3年生の女子が、提案する。
去年の喫茶店は、たしかに、すごくよかった!
だけど……。
「同じことだと、ワクワクしないかも」
2年生の男子が答える。
そうなんだよね。
去年、もりあがったぶん、ちょっとやりきっちゃった気もするし。
「たしかに。3年はお化け屋敷をやったんだけど、また同じことをやるのもねー」
「今年から屋台が出せるんだろ? それはどう?」
3年生の男子がきく。
あっ、屋台は、やってみたい!
外でお店をするのって、それだけでワクワクするもんね!
「屋台か。いいね、なにかやりたいものある?」
進行役の3年生の女子が見まわして言うと、みんなが考える顔になる。
「屋台の定番っていうと……射的とか、金魚すくい?」
2年生の女子が言う。
「射的はともかく、金魚すくいは、金魚の用意が大変だと思う」
「生き物のあつかいは、学園が許可しないだろうしな」
それに、学園祭で金魚をとっても、長く連れ歩くことになるから、金魚がかわいそうっていうのもあるよね。
「やっぱり、食べ物屋さんがいいんじゃないの」
と、だれかが言う。
うん、食べ物の屋台は、いろいろおいしいものが多いもんね!
「焼きそばは?」
「ほかのクラスもやりそうだし、あんまり工夫したメニューを考えづらくない?」
「たしかに……」
みんなも、どうせなら、ほかとちがって、目をひくものを、やりたそう。
うーん、そうだなあ。
「教室でやる食べ物屋さんと屋台の、大きなちがいって、『料理を、お客さんの目の前でつくる』ってところなんじゃないかな?」
わたしが言うと、みんながうんうんと、うなずいてる。
「だよね~。受けとるまでに時間がかかるんだけど、待ってるあいだに、つくってる様子が見られるのが、またワクワクするんだ」
「そうそう! さらにおなかが減っちゃう」
「なら、お好み焼きとかかな?」
「もうちょっと、変わったものない?」
「あの、じゃがバターっていうのはどうですか?」
2年生の女子が、提案する。
わ、じゃがバター!!
「それ、いいかも!」
まわりを見まわすと、2年生も3年生も、目が輝いている。
シンプルだけど、そのぶん、メニューのバリエーションがいっぱい考えつきそうだよね!
「それじゃあ、今までに出た案で投票してみようか」
進行役の女子の先輩が、黒板に今まで出た案を書いていく。
教室でやるもの、屋台でやるものなど、いろいろ出た案が黒板にならぶ。
投票は挙手制で、順番にきいていく。
「じゃあ、最後に、じゃがバターの屋台がいいと思う人」
たずねると、見ただけでわかるぐらい、多くの人が手をあげてる。
これは決まりだね!
「多数決の結果、チームファイアーはじゃがバターの屋台で決定しました!」
パチパチパチ……!
とクラス中に大きな拍手が広がった。
さっそく、どんな屋台にするか、話し合うざわめきがきこえる。
わたしは、となりにいるアリー先輩を見る。
投票の間も興味がなさそうで、どのアイデアにも手をあげていなかった……。
こんな態度をとるなんて。
どうかしたのかな?
転校生だし、学園祭っていうものの雰囲気がわからないから――っていう理由だけじゃない気がする。
とにかく、話しかけてみよう。
「あの、アリー先輩。先輩は、じゃがバター食べたことありますか?」
わたしが少し身を乗りだしてたずねると、アリー先輩は少しこちらに顔をむけた。
そのまま、少し首をかしげる。
耳に入ってはいたみたい。
「ない。……ポテトのバターソテーや、グラッセとは違うもの?」
おしゃれな料理の、答えがかえってくる。
グラッセ……っていうのは、よくわからないけど。
一応、アリー先輩も、なんとなくはわかっているみたい。
まあ、名前が、素材そのままだしね。
「味は似てるんですけど、じゃがバターは、もうちょっと気楽な食べ物っていうか……。お祭り屋台の定番メニューだから、お祭りに行ったら絶対食べるって決めてる人も多いと思うんです。お祭りの、楽しい雰囲気の中で食べるのが、すご―――くおいしいんですよ!」
わたしが言うと、それをきいていた3年生の女子が、声をかけてくる。
「そうそう! あつあつなのを、ふーふーして食べるのが、いいんだよね」
「ジャガイモをほぐすと、バターがとけてしみこんでいくの!」
「やだ、いま食べたくなっちゃうじゃん!」
わたしとまわりの人たち、2年も3年もいっしょになって盛りあがるけど、アリー先輩は無表情のまま。
そのまま、なにも言わずに、また窓の外に視線をむけてしまう。
ああぁ……。
せっかく、少し興味をもってもらえるかと、思ったのに。
アリー先輩は、あんまり学園祭に興味がないのかなぁ……。
せっかく合同チームになれたんだから、いっしょに盛りあがれるとうれしいなって思ったんだけど……。
でも、先輩にその気がないのに、むりに輪に引き入れようとするのも、なんかちがうし。
アリー先輩に、学園祭の楽しさを、伝えらえたら、いいんだけどなぁ。
こんな雰囲気じゃ、もちろん「この間のこと」だってきけないよね……。
わたしは横目で先輩のことを気にしながら、考えていたんだ。
第2回へつづく(8月31日公開予定)
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