3)初レッスン!
いつものようにネックレスのトップの中から薬用リップを指にとって、それをくちびるにつける。
くちびるがほんのりうるんだと同時に、きゅっとそこをかみしめた。
あたしがいざ! と気を取り直していると、ヨウくんはくるりとふり返り、こう言った。
「ここが僕の家だよ。遠慮(えんりょ)なくあがって」
ヨウくんは玄関のトビラを開けてあたしが入るのを待ってくれてる。
転校初日の校内案内の時もそうだったけど、ヨウくんってほんと気配り上手だよね。
「母さん、ゆずはちゃん連れてきたよ」
ヨウくんは玄関から続く廊下をパタパタと歩いて、リビングに続くトビラを開けた。
するとその中から出てきたのはあの、あこがれのケイさん!
「はーい、いらっしゃい」
わー! ケイさんだ!
「こんにちは! どうも、いらっしゃいました!」
あたしは勢いよく頭を下げてそう言った。
するとケイさんは大爆笑。
手で玄関のカベを叩きながら、めっちゃウケてる。
ひー! あたしってば何言ってんの!?
「あははっ、緊張してる? 大丈夫、私ゆずはちゃんを取って食べたりなんてしないから」
そう言ってケイさんはキラキラとした笑顔をあたしに向けてくれた。
ああ、この笑顔はヨウくんとそっくりな、あの時の笑顔だ。
「ほら立ち話もなんだし、ジュースとお菓子用意してあるからこっち座って」
ケイさんはテーブルのイスをひとつ差し出してくれた。
「この間はごめんね。仕事のスケジュールがかなり詰まってて、慌ててたから」
「いえ全然です。今日こうして会えたので、あたしはすごく嬉しいです!」
力説(りきせつ)するようにそう言うと、ケイさんはふふって笑って「ありがとう」と言った。
「ゆずはちゃんってあたしのファンとか言ってたよね?」
「いえ、ファンじゃないです!」
思わずそう言うと、ケイさんとヨウくんはビックリした様子で顔を見合わせた。
「あれ? でもこの間……?」
ヨウくんの言葉をさえぎって、あたしはさらにこう叫ぶ。
「あたしはケイさんの〝大〟ファンです!」
思わず両手でグーを作り、力いっぱいそう言った。
「あたしケイさんのメイクが本当に好きなんです!」
あたしはファンって言葉の頭に、最低でもひとつは〝大〟がつくほどのファンだもん。
「とにかく、ファンなんて言葉では言い表せないくらい! ほんっとうに大好きなんです!!」
なんて気合入れて語ったら、ケイさんは優しく顔を綻(ほころ)ばせた。
「本当に嬉しいなぁ」
なんてホワホワする笑顔でそう言ってくれたけど、嬉(うれ)しいのはこちらの方ですから。
だって、あこがれのケイさんが、あたしの目の前にいるんだもん。
「あたし、昔少しだけキッズモデルをしたことがあるんです」
あの時のこと、今でもはっきり覚えてる。
「その時に一度だけ、ケイさんにメイクをしてもらったんです」
録画した映像を繰り返し見るみたいに、何度も何度も思い返した、あの記憶。
「あの時にもらったケイさんのネックレスは、今でもあたしの宝物で、ずっと持ち歩いてます」
そう言って、あたしは首にかけてあるネックレスのトップに触れた。
ケイさん、覚えてるかな?
ううん、毎日たくさんの人をメイクしてるんだから、覚えてないかも……。
「あっ、やっぱり。ゆずはちゃんってあの時のモデルの子だったんだ」
その言葉に、あたしは思わず目を見開いた。
「なんか名前に聞き覚えあるし、見たことあるなーって思ってたんだよね」
うそ……。
「覚えてて、くれたんですか?」
あんなに昔の話。
しかもたった1回、一瞬だけメイクしてもらっただけなのに。
「覚えてるよ。私が魔法をかけた子たちのことはね」
わぁ! すっごく、嬉しい!
嬉しくって、ついつい気持ちが大きくなって……。
「あの! ひとつ、お願いがあるんですが!」
プロの人に、こんなことお願いするのはよくないってわかってる。
わかってるけど、ダメで元々だ。
「もう一度だけ、あたしにメイクをしてくれませんか?」
あの時の感動を、もう一度だけ味わいたい。
あたしの人生が180度変わった、あの魔法のメイクを──!
「うーん……ちょっとそれは、難しいかなぁ」
ケイさんは困ったように、まゆ根を寄せた。
「実は今ね、手首を痛めちゃってるから、休みの日はメイクしないようにしてるの」
「えっ! 大丈夫なんですか!?」
それは一大事だ! 手はメイクをするケイさんの商売道具。
ケガしたなんて、心配すぎる!!
「あははっ、心配してくれてありがとう。ただの軽いねんざだから大丈夫だよ」
ケイさんの手首にはシップや包帯が巻かれてる様子がない。
だからどっちの手首をケガしたのかわかんないけど、心配には変わりないよ。
「ねんざを甘く見ちゃダメですよ。ケイさんが魔法を使えなくなると、あたしが困りますから!」
「あははっ! ゆずはちゃんは言うことが違うね。さすがは私のファンだ」
「いえ、あたしはファンじゃなくって、大ファンですから」
あたしは真剣にそう言ってるのに、ケイさんはまた声を立てて笑ってる。
「あっ、そうだ!」
突然、ケイさんが勢いよく両手をポンとたたいた。
「イイこと、思いついたんだけど」
ケイさんはちょっぴりいたずらっ子な表情で、あたしとヨウくんに目を向けてる。
……イイこと?
「私の代わりに、ヨウがゆずはちゃんにメイクするっていうのは、どう?」
「えっ?」
ヨウくんがあたしに、メイクを?
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何勝手なこと言ってるんだよ!」
「あら、いいじゃない。ヨウだってメイクできるんだから」
「えっ、うそ! そうなの!?」
知らなかったよ! メイクできるなんてすごくない!?
うちの学校で、あたし以外に人にメイクできる子なんて聞いたことないもん!
驚きつつ、満面の笑みを浮かべるケイさんと、困惑した様子のヨウくんに目を向けた。
「小さい時はいつも、私の仕事現場に一緒に来て、私の仕事を見てたでしょ」
えー、なにそれー! めっちゃ羨ましい環境!
ってか、これでヨウくんがなんでこんなに王子様なふるまいができるのか、納得しちゃったよ。
芸能界って色んな大人がいるから、マナーにはすごく気をつかう印象だもん。
きっとケイさんについて行ってたヨウくんは、自然とそういうふるまいも学んだのかも。
「だからって、僕はやらないよ!」
あっ、あれ? ヨウくんってば、本気で怒ってる。
っていうか、怒ってるヨウくんの姿なんて初めて見たんだけど。
「ほら、ヨウ。お友だちのお願いを、聞いてあげたいとは思わないの?」
「なっ、母さん! その言い方はズルいよ」
……なんかちょっと、ヨウくんがフビンに思えてきちゃったよ。
「あっ、あのぉ~」
あたしはエンリョがちに挙手してみる。
すると対照的な表情をしてるケイさんとヨウくんの視線が、一気にあたしに向けられた。
「そもそもなんですけど、ヨウくんって本当にメイクできるんですか?」
ケイさんが言うこともわかるけど、見てるのとやるのとでは全然違うっていうか。
だから、ヨウくんもそうなんじゃないかな? って思うんだけど。
「ゆずはちゃん、そこは安心して」
ケイさんが自分のこぶしを、ドンッと胸に叩きつけた。
「ヨウがメイクしても私がとなりで指導するし、ヨウはかなりセンスあるから」
「母さん!」
ケイさんは自信を持って「大丈夫。私の息子だから」とか言っちゃってるし。
ヨウくんはヨウくんで、全く折れる様子はないけど。
「だからなんで勝手に話進めてるんだよ。僕はしないからね!」
怒りをあらわにしてるヨウくんに対して、ケイさんは頭をふりながら手をひたいに当てた。
「あーあ、これならゆずはちゃんの願いも叶うし、私も手を休められて一石二鳥なのに」
「どこがだよ! そもそもゆずはちゃんは、母さんからメイクをしてもらいたいんだよ!」
ぎくり。
「僕からじゃなくって、ね? そうだよね?」
ヨウくんは加勢をもとめて、最後の言葉をあたしに向けて投げた。
「あの~、あたしね……別にヨウくんからでも、いいかなぁ?」
ヨウくんごめんっ! うらぎり者なあたしを許して!
あたしの言葉に、ヨウくんは絶望したような表情を見せた。
「ゆずはちゃんまで……!」
ヨウくんには悪いなと思う反面、でもやっぱりあきらめきれないっていうか。
だってこんなチャンス、次いつまた巡ってくるかなんてわかんないんだもん。
ケイさんの指導が受けられるんだったら、ヨウくんからメイク受けるのもありかなーって。
だからほんっっっとうに、ごめん!
「ほら、ゆずはちゃんだってこう言ってるでしょ? こんなに一生懸命お願いされて、聞いてあげようとは思わないの?」
「そんな無茶ぶり……!」
「いつも言ってるでしょ? 人には親切ていねいに接しなさい。これが花菱家の家訓でしょ?」
「そっ、それとこれとは話が違うじゃないか!」
「どこがよ? そもそも母さんの言うことは神様の次にエラい言葉なんだっていつも言ってるでしょ?」
「でもっ──!」
「いい加減、観念(かんねん)なさい」
やっ、やばい。
ヨウくんの顔がどんどん青ざめていく。
こんなにも人が絶望していくリアルな表情を見たの、初めてかも……。
クラスの人気者王子様が、見る影もないくらい落ち込んでる。
ちらりと視線を向けると、ヨウくんは捨て犬のような目であたしを見てる。
おぅ……そのすがるような眼差(まなざ)しを向けられちゃうと、さすがのゆずはちゃんもグラッときちゃうな。
たぶんあたしがここで、メイクはいいです! って言い切ってしまえば、まるく収まると思う。
だけど、ごめんねヨウくん! それだけは言えない!
ケイさんの技術を学べるチャンスを、あたしは自分から手放すことなんてできないよー!
ぎゅっと、くちびるをかたく閉ざして、あたしはヨウくんから目をそらした。
ちょうどその後すぐだった。
先に折れたのは、ヨウくんの方だった。
「ああ~、もう! わかったよ! やればいいんでしょ、やれば!」
ヨウくんらしからぬ、投げやりな物言いだ。
「よし! そうと決まれば善(ぜん)は急げだ」
ケイさんは、パンと両手をたたいた後、立ち上がった。
「部屋を移動しよう。別の部屋にメイク道具そろってるから、そこで始めようか」
相変わらずふてくされ顔のヨウくんとあたしを残して、ケイさんはリビングを出て行った。
少し気まずいと思いつつ、あたしはヨウくんに話しかける。
「あの、ヨウくん」
ヨウくんが珍しく、くちびるを尖(とが)らせて怒ってる。
「ゆずはちゃん、ずるいよ。僕が困ってるのわかってて助けてくれなかったでしょ?」
「うっ! そっ、それはごめんね!」
あたしは額をテーブルにつけるくらい頭をさげて、両手もテーブルの上にそっと乗せた。
秘技(ひぎ)、簡易土下座(かんいどげざ)ポーズの術。
「もういいよ」
王子様はゴキゲンななめです。
いつものキラキラスマイルは封印されてるみたい。
でも……。
「僕だってゆずはちゃんがメイクに対してどれだけ本気なのか、知ってるつもりだし」
そう言って、ヨウくんはほんの少しだけ笑ってくれた。
そんなヨウくんに、あたしは思わずドキッとしてしまった。
困ったようで、あきらめたみたいに笑うヨウくん。
本当はメイクしたくないはずなのに、あたしのために引き受けてくれた。
あたしのことを理解した上で。
その上であたしに笑いかけてくれるヨウくんは、やっぱり優しい。
「ほら、ゆずはちゃん。母さんがとなりの部屋で待ってるから、早く行こう」
そう言ってヨウくんはあたしの手をつかんで、となりの部屋へと案内してくれた。
不意(ふい)に手をつながれると、なんだかすごくドキドキしちゃう。
あたしだって今までに何度か、ヨウくんの手をにぎっちゃったことあるのに。
でも自分でするのとされるのとでは、何かが違うみたい。
「──ここだよ、ゆずはちゃん」
そう言ってヨウくんが部屋の中へと案内してくれた。
するとそこには、すごい数のメイク道具が並んでる!
昔メイクしてもらった時のスタジオの部屋も、メイク道具がいっぱいあった。
でもここにあるのは、それ以上だ!
「ゆずはちゃん。こっちに来て、ここに座って」
ケイさんがそう言った先には、カガミが3枚ついてる三面鏡(さんめんきょう)の化粧台。
その鏡の上には明るいライトがいくつもついてる。
「さて、どういう感じにして欲しいとかあるかな?」
うん。それはもう、決まってるんだ。
「昔ケイさんがしてくれたように、フルメイクをお願いしたいです!」
あの時みたいにドキドキしたい!
「オーケー、オーケー! それじゃヨウ、準備はいい?」
なんだかヨウくんの顔つきが違って見える。
なんていうか、真剣に向き合ってくれてる感じがする。
さっきまでメイクするのなんてって嫌がってたけど、やるって決めたからかな?
「じゃあ要望通り、がっつりのフルメイクで行くわね」
ケイさんがヨウくんに目配せをすると、ヨウくんは小さく首を縦にふった。
「ゆずはちゃん、このヘアクリップ借りてもいい?」
そう言って指をさしたのは、いつも髪につけている柚子(ゆず)の花のヘアクリップ。
「あっ、うん。いいよ」
あたしの返事を聞いて、ヨウくんは一瞬ほほえんでくれたけど、すぐにまた真剣な表情に戻って、あたしの前髪をクリップで留め直してくれた。
ってか、すごくない?
ケイさんって一言も口開かなかったのに、ヨウくんはケイさんの言いたいことがわかってたみたいだよ。
さすがは、ケイさんと一緒に仕事現場をたくさん見てきただけある。
あたしがカンシンしてる間にも、ヨウくんはチューブから何かを取り出し、それをあたしの顔にぬり始めた。
やば、なんかキンチョウしてきた。
肩とか腕ならわかるけど、クラスメイトの男の子に顔を触られるのなんて、初めてだし。
「これ、なにぬってるの?」
気持ちをメイクに集中させるため、あたしはヨウくんに質問することにした。
「これは化粧下地(したぢ)だよ。母さんががっつりメイクする時っていつもこれを下につけるんだ」
「化粧下地? それって……?」
あたしのソボクな疑問に、ケイさんが答えてくれた。
「表面がデコボコしてる机の上でお絵描きしようとしても、上手く描けないでしょ?」
えっ? うん、そうだけど。
でもそれと化粧下地は、どういう関係があるんだろう?
「化粧下地はね、そのデコボコしてる肌の表面を整えてくれる……そういう役割かな?」
「えっ、でもあたし、今までフェイスパウダーしかつけてこなかったです」
フェイスパウダーって、顔にポンポンってパフでつける粉のこと。
それをつけると、肌がすごくサラサラかつ、普段よりすっごくツルツルになるんだよね。
なんていうか大福もちの表面みたいな、手ざわりも見た目もキレイな感じ。
だから肌をなめらかにするにはフェイスパウダーで十分だって思ってたよ。
「僕たちのような若くて、元からツルツルなめらかな肌には、フェイスパウダーだけでも別にいいと思う」
ヨウくんはそう言いながら、化粧下地をぬり終えた。
「だけど大人はそうはいかないから、こういうのもつけるんだよ」
「こら、ヨウ! それは私に向けて言ったな?」
ヨウくんはいたずらっ子な表情で笑ってる。
ケイさんも怒り口調なのに笑ってて、なんだか楽しそう。
二人を見てると、親子と言うより友だち同士みたいに見えてきた。
「まぁ、化粧下地をつける理由はそれだけじゃないんだけどね」
「えっ? じゃあ他にはどういう理由があるんですか?」
「残念ながら化粧品は肌に良いものばかりではないの」
ケイさんの言葉に、あたしはゆっくりと首を縦にふった。
「もちろん今は色んな化粧品が出てるし、良いのもたくさんあるけどね」
そうなんだよね。あたしもなるべく肌に優しいものを使おうってママと約束してる。
だからあたしが使うコスメはなるべく、石鹸(せっけん)や水で落とせるものなんだ。
普通はフルメイクをしたら、クレンジング剤っていうのを使って落とすのが一般的なんだよね。
それを使わないでいいものなら、まだ肌に優しいんだ。
でもちゃんと落とさないと、肌がガビガビになっちゃうんだって。
そしたら将来きっと後悔することになるんだよ、とも言ってた。
「だからね、化粧下地はそれらの化粧品から肌を守る役割もあるのよ」
なるほど、そっか。
今日はケイさんの化粧品でメイクするから、大人用のコスメ。
だからあたしが普段使ってるような、肌に優しいものばかりじゃないもんね。
お家に帰る時はちゃんと、クレンジングでメイクを落とさなくっちゃ。
「普通、フルメイクするなら化粧下地からファンデーションの順でつけるんだけど、今日はそれの代わりにフェイスパウダーを使おう」
ケイさんのその言葉に反応して、ヨウくんはワゴンの中からひとつのコンパクトを手に取った。
「どうやら君たちの肌はキレイだから、ファンデーションは必要ないみたいだし」
ケイさんってば〝キレイ〟って言葉を少し嫌味っぽく言った。
それを聞いてヨウくんは、ケイさんの鋭い視線を避けるように、笑いながら目をそらした。
「ちなみにケイさん。ファンデーションはどういう時に使うんですか?」
肌がキレイなら、いらないって言い方したよね?
「ファンデーションは化粧下地よりも、もっと肌のデコボコを整えてくれたり、肌の色も調整したりしてくれるの」
なるほど。だからツルツルなあたしの肌には必要ない、って言ったんだ。
「ちなみにファンデーションには粉状タイプのものと液状タイプのものとあるの。それぞれの状況に応じて使い分けるんだよ」
うんうん、ってあたしは頭を縦にふる。
あたしは使ったことないけど、ファンデーションはママが使うから知ってる。
「勘違いさせたくないから言うけど、メイク用品は悪いものじゃないよ。ただ、きちんと肌のことを考えて、用法用量を守りましょう! って話ね」
「はーい!」
あたしは学校で先生にするように、手をあげて元気に返事をした。
手慣れた様子で、ヨウくんがあたしの顔にフェイスパウダーをぬっていく。
「基盤(きばん)ができたら次は、まゆに入って」
ケイさんの言葉と共に、ヨウくんはたくさんペンが入ったペン立てをワゴンから取り出した。
その中から、アイブロウペンシルをいくつかつかんだ。
ヨウくんは手際よくあたしのまゆを描き足すと、次はアイシャドウを手に取った。
「次、ゆずはちゃんに似合う色は……」
あれ? ってあたしは思わず首をかしげちゃった。
だってケイさんはまだ指示していないのに、ヨウくんってば次の手順がわかってるみたい。
アイシャドウのパレットを片手に取ったヨウくんに、ケイさんも何も言わない。
むしろケイさんは満足げな様子で、ヨウくんのすることを見届けてる。
「今からアイシャドウをつけるから、僕がいいって言うまで目をつむっててもらえるかな?」
あたしを見つめる視線がキリッと凛々しくて、いつもの朗(ほが)らかなヨウくんとは別人みたい。
「う、うん……」
普段とは違う王子様ヨウくんの姿に、思わずドキッとしちゃった。
ほんのり額ににじむ汗。
窓から差し込む夕日の色が、キラキラと輝くヨウくんの髪を、瞳を、さらに輝かせてる。
なんかすっごく、かっこいいかも……。
あたしがそっと目を閉じると、筆が優しくあたしのまぶたをなでた。
さっきからすっごく、自分の心臓の音がうるさい。
ヨウくんに顔を触られて、でもその様子が全く見られないのはちょっともどかしい。
今何してるんだろう? って想像しかできないから、ちょっと緊張しちゃう。
でも、ドキドキする気持ちもあるけど、あたしは今すっごくワクワクしてる。
すると、ヨウくんはそっとあたしの前髪に触れた。
思わずドキッとしたけど、ヨウくんの指はパチンと音を立てて、あたしの髪留めを外した。
「あの……もう目を開けても、いい?」
髪留めを外したってことは、メイク終わったんだよね?
そっと目を開けようとしたけど、それをヨウくんに制されてしまった。
「ゆずはちゃん、目を開けるのはまだだよ。ここまで来たら最後までのお楽しみ」
なんだかヨウくんも意外と、楽しんでる?
さっきまであんなに嫌がってたのがウソみたいに、声が楽しそう。
「待って。それじゃ私が3つカウントするから、カウントが終わったらゆっくり目を開けて?」
目はつむったままだけど、ケイさんの声がすぐ近くで聞こえた。
「はっ、はい」
「じゃあ行くよ」
ケイさんの手かな? 手慣れた様子であたしの前髪をかき上げながら、カウントが始まった。
「スリー」
最後の仕上げかな? 大きな筆であたしのほおや目の下などを優しくなでている。
「ツー」
くちびるに何かが触れてるのを感じる。たぶんグロスをぬる時のスティックだ。
それがゆっくりとあたしのもとから離れたと同時だった。
「……ワン」
カウントが終わった。
あたしはゆっくりと目を開けた。
すると──一瞬、5年前の光景がフラッシュバックした。
「わぁ……!」