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ものがたり

【先行連載】『君のとなりで。』7巻発売直前 スペシャルれんさい 第6回 伊吹先輩のバレンタイン伝説


お菓子作り中、急にさっこが言い出した『伊吹先輩のバレンタイン伝説』。
それって、いったい、どんな伝説なの!? ぜったい注目です!!

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♪伊吹先輩のバレンタイン伝説

 

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「伊吹先輩の、バレンタイン伝説!?」

 

 私の横で、さっこが「あ~~。知ってる!」とうなずいてる。

 

 うわっ。知らないの、私だけ??

 

「どんな伝説なの?」

 

「伊吹先輩が1年生のときの話なんだけど。登校したとたん、昇降口でチョコを渡されたんだって。うっかりそれを受け取ってしまったら、次から次へとチョコを渡されて、放課後までに、なんと段ボール箱3箱分のチョコが集まったらしいよ」

 

「ええっ!?」

 

 加代ちゃんが教えてくれた伊吹先輩の伝説が、想像よりすごくて、言葉がでない。

 

 段ボール箱3箱分って、チョコ何個分? 

 

 とにかくすごい数だってことだけはわかる。

 

 ぼうぜんとしていたら、さっこも口を開いた。

 

「私が聞いた伝説は、伊吹先輩が2年生のときの話なんだけど」

 

「う、うん」

 

「2年生のときは、チョコをいっさい受け取らなかったんだって」

 

「1年生のときの経験をいかしたんだね、先輩」

 

「そうみたい。でも、帰るときに他校の生徒たちの待ち伏せで、学校から駅まで渋滞(じゅうたい)して大変なことになったらしいよ」

 

「……」

 

 あまりのすごさに、なにも言えなくなってしまう。

 

 お兄ちゃんの高校にも、伊吹先輩にチョコを渡したい人がいるって言ってた。

 

 それって、他の中学の女子だけじゃなくて、高校生にもファンがいるってことだ。

 

 あのとき想像してしまった、『伊吹先輩が校門を出たとたん、チョコを持って、ズラッとならんで待ってる他校の女子たち』が、去年、現実に起きていたなんて!

 

 今年はどんなことになるんだろう……。

 

「どうしよう。今年も受け取ってもらえない可能性もあるし、帰り道も先輩がひとりになるチャンスなんて、ないかもしれないよね……」

 

 しょんぼりとそう言った私に、さっこと加代ちゃんがあわてて手を振る。

 

「いやいや、さくら、大丈夫! あくまでもこれは伝説だから!」

 

「そうそう。尾ひれ背びれついて、話がだいぶ大きくなってると思うよ!」

 

 ふたりはフォローしてくれるけど、ただの伝説とは思えない。

 

 だって、新聞部の『バレンタインに、伊吹先輩にチョコを渡すかどうか』の匿名(とくめい)アンケートで、『全校女子の半分以上が渡す』って結果になったって内藤さんも言ってたし……。

 

 さすがに、おじけづいちゃうよ。

「私、伊吹先輩の電話番号も、メッセージアプリのIDも知らないから、呼び出すこともできないし……。ますます渡せる自信がなくなってきたよ」

 

 ひとりでずっと抱えていた、バレンタインの心配事が、ふき出してしまう。

 

「ごめんね、さくら。よけいなこと言って」

 

「ほんとごめん! 楽しすぎてテンション上がりすぎちゃってたよ」

 

 さっこと加代ちゃんが、手をあわせて、もうしわけなさそうに言った。

 

「実は最近、伊吹先輩にチョコを渡せるかどうか、ずっと心配だったんだ。でも、なんか言い出しづらくて、ひとりでかかえこんじゃってたの」

 

 私は顔を上げて、心配しないでって笑顔をふたりに向けた。

 

「だから、さっこと加代ちゃんに弱音を聞いてもらえて、ちょっとほっとしたよ」

 

 加代ちゃんは、何かを考えるように少しだけ口をつぐんだ。

 

「冬合宿の最終日に、やなぎ中の人たちに絡まれたときにね、私がひとりで合宿所に戻って、先輩たちに助けを求めに行ったでしょ?」

 

「うん」

 

「あのとき、伊吹先輩、すぐ外に飛び出して行ったんだ。すごく心配そうだったよ。さくらのこと、後輩ってだけじゃなくて、なんかすごく大切にしてる感じがしたの」

 

「大切にしてる……?」

 

「うん! 伊吹先輩は、誰にでも優しいわけじゃないもん」

 

「私もそう思う! 伊吹先輩にとって、さくらは特別な後輩なんだと思うよ」

 

 ふたりの言葉が、じわじわと心にしみこんでいく。

 

 伊吹先輩の本当の気持ちは、先輩にしかわからない。

 

 だけど、『やっぱりチョコを渡せばよかった』『がんばればよかった』って、やらなかったことを後悔することだけは、いやだって思うんだ。

 

 渡せるかもしれない。渡せないかもしれない。

 

 よろこんでもらえるかもしれない。困らせるかもしれない。

 

 そもそも、受け取ってもらえないかもしれない。

 

 そんな不安が、次々と頭の中に浮かんできて、ひるんでしまうけれど。

 

 考えたら、ぜんぶ『かもしれない』っていう、可能性でしかないんだ。

 

「やってみなきゃわからないよね」

 

 ぽつりとつぶやいたら、さっこと加代ちゃんは、力強くうなずいてくれた。

 

「そうだよ!」

 

「渡す前から、あきらめることだけはしたくないもん」

 

「加代ちゃん、さっこ、ありがとう! 私、がんばってみる!」

 

 ふたりのあたたかい気持ちがうれしくて、私は笑顔を取り戻すことができたんだ。

 

 

「完成~!」

 

 加代ちゃんがシリコンの型から取り出したのは、上が白で下が茶色。きれいな二層になった、ハート形のチョコだった。

 

「私もできた!」

 

 固まった生チョコを、ゆっくりバットから取り出して四角く切る。

 

 それから、ココアパウダーと、粉砂糖を振りかけた。

 

「わ~~。オシャレだね!」

 

「おいしそう!!」

 

 わいわい言いながら、スマホで撮影会が始まった。

 

「はい、さくら。さっこも。ハートチョコ、試食してみて」

 

「うん。いただきます」

 

「いただきま~す」

 

 加代ちゃんの二層チョコをぱくっと食べると、ホワイトチョコとミルクチョコ、ふたつの味が口の中いっぱいに広がる。

 

「おいしいよー!」

 

「かわいいし、おいしいし、最高だね!」

 

「うふふ~。ありがとう。ラッピングもがんばるぞ~」

 

「じゃあ、私のもどうぞ」

 

 ココアパウダーと、粉砂糖を振りかけた生チョコを、ふたりのお皿にのせた。

 

「わぁ。オシャレだね。いただきま~す! うん! 微妙(びみょう)に味が違ってすごくいいよ!」

 

「本当だ! おいしい~~~! ほろ苦いオトナの味だね!」

 

「伊吹先輩、好きそう!」

 

「よかった~~。安心したよ」

 

 味も見た目も、ふたりから合格点をもらって、ほっと胸をなでおろす。

 

「私も、で~きた!!」

 

 さっこが私たちの前に置いたお皿には……。

 

「こ、これなに?」

 

「ゾンビくんとデビルくんだよ。かわいいでしょ~?」

 

 おいしそうに焼けたカップケーキに、さっこが紫色と、緑色のチョコを塗っていたけど……。

 

 紫と緑色のカップケーキには、かぼちゃの種やアーモンド、レーズンやチョコなんかで目や口がついてる。

 

「あ、うん。よく見たらかわいいよ!」

 

「高田先輩は好きそう、だね」

 

「でしょ~~~? かわいいよね~! しかも!」

 

 さっこはスマホで動画撮影をしながら、ゾンビくんにざっくりとフォークを入れた。

 

「ぎゃー!」

 

「わわっ」

 

 なんと! ゾンビくんの中から、赤いソースがドロ~ッと出てきたんだ!

 

「うふふ。うまく撮れた」

 

 動画もバッチリで、さっこは上きげん。

 

「高田先輩が箱を開けたときに、ゾンビくんとデビルくんからラズベリーソースが出ちゃってる可能性もあるでしょ? だから、念のために動画撮っておきたかったんだ~」

 

「それって、箱を開けた瞬間、真っ赤なラズベリーソースの中で、ゾンビくんとデビルくんがぐったりしてるってこと? ……それはホラーだね」

 

「うん。地獄絵図だね」

 

「どっちになってもオイシイでしょ!?」

 

「たしかに。いろんな意味でオイシイかも」

 

「ぷぷっ」

 

「あはははは!!」

 

 なんだかおかしくって、みんなでケラケラ笑っちゃった。

 

 ホラー好きな高田先輩のために、ここまでがんばったさっこ。

 

 どうかどうか、受け取ってもらえますように!

 

 ひとしきり笑ったあと、さっこが遠くを見つめながら口を開いた。

 

「去年は受験があったから、バレンタインどころじゃなかったよね」

 

「たしかに! そうだったね」

 

「チョコを作る余裕も時間もなくて、スーパーで買ったチョコをうちらで交換し合ったよね」

 

 なつかしいな。

 

 去年、私はふたりとはちがう中学校を受験するって決めていた。

 

 別々の中学校に行っても、ずっとずっと仲よくしてねって気持ちをこめて、友チョコを渡したんだった。

 

 1年後、私たちは同じ中学校で、同じ部活で、いっしょにバレンタインのチョコを作ってるなんて!

 

 こんな楽しくてわくわくする未来が待ってるんだよって、あのころの私に伝えたい。

 

「そもそもさ、去年はバレンタインのチョコを渡したい男子なんていなかったし、バレンタインといえば、友チョコ交換会でしかなかったのに」

 

「本当に! 今年はさー、うちら恋してるよね~~」

 

 ふたりの言葉に、私もうなずく。

 

「こんなふわふわした気持ち、恋をしてはじめて知ったよ」

 

「うんうん。甘いだけじゃないけど……これが恋なんだね」

 

 さっこがにっこり笑った。

 

「3人で好きな人にチョコを作るって、うれしいね」

 

「うれしいね~」

 

 そうだよね。

 

 好きな人がいるって、それだけですてきなことだよね。

 

 私の生まれて初めての本命チョコ、初めて好きになった人に渡したい!

 

『感謝チョコ』ってことで渡さなくちゃいけなくても、中身はしっかり『本命チョコ』だ。

 

「すごくむずかしいかもしれないけど……私、伊吹先輩にどうにかして渡せるようにがんばるよ!」

 

 宣言したら、勇気がむくむくとふくらんできた。

 

「うん! よーーし、バレンタイン、がんばるぞーーーー!!」

 

「「おーー!!」」

 

 できあがったチョコを、そ~っと箱に入れる。

 

「よし、ラッピングもがんばろう!」

 

「うん! よろこんでもらえますように」

 

「受け取ってもらえますように」

 

 3人、それぞれの願いを、リボンで箱に閉じこめたんだ。

 

 

どんなに難しくて、かなえられそうもない願いでも、『やってみなきゃわからない』!
大切な想いをこめて、それぞれのチョコを作った三人の恋がかないますように……!
次回、いよいよ、勝負のバレンタイン当日です!!

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先輩は、もうすぐ卒業…。せまる恋の『終わり』に、大事件発生!?
吉川さくら、12歳。冬合宿の最終日、伊吹先輩に「好き」の気持ちを受け止めてもらえた…!
先輩が、私のことをどう想っているのかは分からない。けれど、私は、先輩のことを好きでいていい――。
想いをかたちにして届けるためにがんばった勝負のバレンタイン、学校中を巻きこんでまさかの大事件発生!
…チョコが、渡せない!?
先輩は、もうすぐ卒業。遠くに行ってしまうのに…。
恋の『終わり』まで、あと少し。大注目の第7巻です!


作:高杉 六花 絵:穂坂きなみ

定価
726円(本体660円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321336

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