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いよいよ、乙女の大イベント、バレンタイン当日がやってきました……!
さっこは、加代ちゃんは、……そしてさくらは、好きな人にチョコを渡せるの……?
三人のバレンタイン、見届けてください!
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
♪バレンタイン禁止令!?
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
ついにやってきた、バレンタインデー。
ていねいにラッピングしたチョコを、カバンに入れて持ってきた。
いっしょに登校したさっこと加代ちゃんも、緊張と不安とドキドキが入り混じった顔をしている。
「なんかさわがしいね」
「本当だ」
校門をくぐって昇降口に近づいていくと、いつもと様子がちがう。
「伊吹先輩、登校した!?」
「伊吹くんが教室に向かってるって!」
「今年こそは受け取ってもらえますように!」
わわっ。昇降口もろうかも階段も、チョコを持った女子で大混雑してる。
朝から学校中が大さわぎになってるみたい。
「これは……」
「すごいね」
「うん。想像以上の盛り上がりだわ」
あまりにもすごい光景に、思わず立ちつくしてしまった。
いやいや、このいきおいに負けちゃいけない。私もがんばらなきゃ!
きゃあきゃあ言ってる女子たちの間をすりぬけて、ろうかを進む。
階段には、女子の行列ができていた。
1年生の教室がある4階までなんとかたどり着いて、ふーっと息をついたけど……。
「あ! 崎山くん、教室にいる!」
「本当だ! 崎山くーん!」
「ちょっと! ならんでるんだから、横入りしないでよ」
「最後尾はあっち!」
なんと、教室前のろうかには、崎山くんにチョコを渡す、長蛇(ちょうだ)の列ができていたんだ!
2年生や3年生も交じっているみたい。
「崎山くんも、さすがの人気だね」
「ほんとだね。でも、崎山くんってモテるのに彼女いなそうだよね。なんでだろ」
首をかしげながら、さっこと加代ちゃんは自分たちの教室に入っていった。
崎山くんはきっと、チョコをもらうより、伊吹先輩にあげたいんじゃないかな……。
崎山くんなら、伊吹先輩の連絡先も知ってるし、うまく渡せそう。
それにしても、今、伊吹先輩の教室は、どんなことになってるんだろう。
崎山くん以上の、長い列ができてしまってるんじゃないかな?
「もしかして……!」
階段にならんでいた人たちって……。
みんな、伊吹先輩にチョコを渡したくてならんでたのかも!?
くらりとめまいがした。
きっとどうにかなるって自分に言い聞かせていたけど、どうにもならないかも……。
いやいや、部活の後にチャンスを探そう! 弱気になっちゃダメだ。
自分をはげましながら、教室に入ろうとすると。
「おはよう、さくら!」
ニコニコ笑顔のカレンが、手を振りながらやってきた。
「おはよう、カレン。ごきげんだね。なにかいいことあった?」
「だって今日はバレンタインだも~ん」
「あ、そうだよね。カレンもチョコ持ってきたの?」
「へ?」
カレンは大きな目をぱちくりさせた。
「なんで? 私は持ってきてないよ」
「そうなんだ」
「だって、バレンタインって、男子がプレゼントを渡して告白する日でしょ?」
「えっ」
もしかして、アメリカではそうなのかな。
日本では女子がプレゼントする日なんだよって、教えてあげよう。
「カレン、あのね」
「うふふ。楓(かえで)からのプレゼント、楽しみだなぁ~~。じゃあね、さくら!」
「えっ、あ……」
私の言葉なんて耳に入ってないみたい。
カレンはうきうきしながら、スキップで自分の教室に入ってしまった。
「あ~……」
どうしよう。かんちがいで、何かトラブルが起こらないといいけど……。
ろうかに立ちつくしていると、すぐに予鈴が聞こえてきて、私もあわてて教室に駆けこんだ。
♪
「おはよ~さん。ホームルームをはじめるぞ~。って、なんだこれ」
担任の鈴木先生が、教室をぐるりと見まわしてぽかんと口を開けた。
「欠席……じゃないな。カバンも筆記用具もあるもんな。女子5人、どこ行った?」
ホームルームが始まっても、クラスの女子5人が行方不明のまま。
いったい、どこに行っちゃったんだろう?
「3年生の教室に行ってるんじゃないですか~」
男子があきれたように言うと、みんながわいわいさわぎだす。
「は? 3年生って、まさか……。伊吹にチョコ渡すために? うそだろ~」
鈴木先生は笑ってたけど、5人はホームルームが終わっても、戻ってこなかった。
♪
「はぁ~。ぜんぜんダメだった。人が多すぎて渡せなかったよ」
「しかも、鈴木先生に見つかっちゃってさ」
1時間目のチャイムが鳴る中、5人はチョコを持ったまま戻ってきた。
あきれ顔の鈴木先生に注意されたらしい。
そのあと、うちのクラスからは、授業をサボってチョコを渡しに行く人はいなくなった。
でも、2時間目、3時間目と時間が進んでいくと、チョコを渡せないでいた人たちは、あせったみたい。
授業をサボる人や、授業に出てもそわそわと落ち着きのない人たちが、よほど多かったようで……。
ついに、先生たちの堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切れてしまった。
♪
「うぉーい。今日の昼休みは、全員教室内で弁当を食べてくれ~」
「「「ええええ~~~~!?」」」
昼休みが始まってすぐ、教室にやってきた鈴木先生がみんなに呼びかけた。
チョコを持って教室を出ようとしていた女子たちは、みんな口をとがらせる。
いつもは職員室でお弁当を食べてる鈴木先生も、今日は教室で食べるみたい。
「とりあえず、自分の席に座って。もうすぐ始まるから」
「始まるってなにが?」
「校長先生からの、ありがた~いお話だ」
「「「えっ!?」」」
先生は、教室の大型テレビをつけた。
画面には、苦い顔の校長先生が映っている。
「校長室からの生配信だ。みんな、弁当食べながらでいいから見てくれな」
いつも笑顔な校長先生が、どんよりと暗い顔で話し始めた。
『えー……。本日は2月14日。世間ではバレンタインデーですが、学校は通常授業の日であります。ですが、一部の生徒が学内にチョコレートを持ちこみ、授業に出席しない事態が発生しています』
ごくっと、息をのむ音が教室のどこからか聞こえた。
みんな、お弁当を食べる手を止めて、校長先生の話に注目している。
『我が校は自主性を重んじる校風ではありますが、自主性の方向をはきちがえてはいないでしょうか。非常に残念です。先ほど、緊急職員会議を行いました。そこで、我が校は、本年から……』
校長先生は一度言葉を区切り、キリッとした顔で言い放った。
『バレンタインを一切禁止することを決定しました!』
「「「ええええええ~~~~~!?」」」
教室に悲鳴のような声が響いた。
うちのクラスだけじゃない。
両どなりのクラスからも、下の階からも、学校中が大絶叫。
『今年は、あまりにもひどい。今まで黙認(もくにん)していただけで、学校にお菓子を持ってくるのは、本来、校則違反です。ということで、チョコを持ってきた女子諸君、持参したチョコは、昼休み中に担任まで提出するように』
「「「ええええ~~~~!!!!」」」
『すでにチョコをもらった男子諸君、残念ながらこれも没収(ぼっしゅう)とします』
「「「ええええ~~~~!!!!!」」」
女子の悲鳴と男子の嘆きが、あちこちから聞こえてくる。
泣き出す人、怒る人、ぼうぜんとする人、がっくりと肩を落とす人。
私も、ショックで目の前が真っ暗になっていた。
放送を終えたテレビを消して、鈴木先生がみんなに声をかける。
「……ということなんだ。チョコを持ってきた人は、昼休み中にこの箱に入れてくれ」
「え~~~!!」
「がんばって作ったのに、ひどいよ先生!」
「俺だってな~、本当はこんなことしたくないんだよ。でもな、さすがにな~……」
先生も、困っているみたい。
そうだよね。先生たちも、ほんとうはこんなことやりたくないよね。
校長先生の話だって、当然のことばかりだった。
チョコを持ってくるのは、校則違反だし、いけないことだって……わかってはいるけれど。
でも、誰もチョコを没収箱(ぼっしゅうばこ)に入れられない。
私もそう。
伊吹先輩に食べてもらいたくて、一生けんめい作った生チョコ、没収されたくないよ。
動けない私たちを見て、鈴木先生がため息をついた。
「授業サボってまでチョコ渡されたって、もらう側もうれしくないと思うぞ」
その言葉に、今日の騒動をあきれて見ていた人たちも声を上げた。
「校長先生の言う通りです。授業のジャマをしたり、校則を破るのは、どう考えても学生の本分を超えています」
「せっかく今まで黙認してもらっていたのに、自分たちで首をしめるようなことをしてたってだけでしょ」
その声を聞いて、授業をまじめに聞いていた人たちが立ち上がる。
「ていうか、一部の人の迷惑行為のせいで、ルールを守ってバレンタインを楽しんでる人までチョコを没収されるって、納得がいかないよ!」
「そうだよ! 授業をサボった人だけ没収すればいいじゃん! 巻きこまないで!」
「いや、学校にチョコを持ってくる時点でルール違反じゃん。うちらのせいにしないでよ!」
わわっ。クラス内が大変なことになってしまった。
でも……。
伊吹先輩が高等部に行ったら、きっともうチョコなんて渡せない。
バレンタインで想いを伝えるチャンスは、これが最後だと思っていたのに。
「はいはい、みんなの考えも、気持ちも、わかってるよ」
言い争いを止めた鈴木先生が、優しいまなざしで続けた。
「チョコは没収するけど、恋愛しちゃいけないってわけじゃないからな」
先生の言葉に、みんなが口を閉ざした。
いっきに教室内が静かになる。
「恋愛は大事だぞ~。大切な人を思いやる気持ちもめばえるしな」
うんうんとうなずく人、あきれてため息をつく人、表面上の反応はそれぞれだけど、みんな真剣に先生の話を聞いていた。
「学校は教科書の内容を学ぶだけの場所じゃない。こうやって意見を交わしたり、じゃあどうしたらいいかって話し合って、新しいルールを作ったり、恋愛するのだってだいじな勉強だ。でもな、だからといって、教科書の勉強をしたい人の『学ぶ権利』を奪うのはちがうよな」
授業をサボっていた女子たちが、ハッとした顔でチョコに視線を落とした。
「ルールを守ったうえで恋愛してくれ。それが『いい恋』につながると思うぞ」
しん、と静かになった教室で、男子が手をあげた。
「先生は恋愛してますかー?」
「先生はなぁ、毎日奥さんに恋してる!」
先生がキリッとした顔で言い切ると、みんながきゃーきゃーさわぎ出した。
いっきに教室中が明るい雰囲気になる。
そんな中、内藤さんがカバンからチョコを取り出した。
「私、ルールを守って恋愛する。鈴木先生の言葉に共感したから」
「内藤さん……」
バレンタインなんてなくなっちゃえばいいのに、って言っていた内藤さん。
でも、内藤さんが手にしているのは、とってもステキにラッピングされたチョコだ。
渡したいけどオキテがあって渡せない。
でも、渡したい。
ルールと気持ちの板ばさみになりながら、想いをこめて作ったんだろうな。
内藤さんの気持ちを思うと、苦しいほどせつなくなってくる。
「『これは友チョコだから』って、ごまかして渡そうとしてたけど……。私は、ルールを破りたくないって思ったから」
立ち上がった内藤さんは、チョコを持って、先生がいる教卓に歩いて行った。
そして、迷いなくチョコを没収箱に入れた。
「内藤、いい恋してるな」
「……はい」
鈴木先生に優しい声で言われて、内藤さんは泣きそうな笑顔でうなずいた。
その笑顔はとってもきれいで、かっこよかった。
自分の席に戻ってきた内藤さんの姿に、みんなも心を打たれたみたい。
「じゃあ、私も」
「……そうだね。私もいい恋したい」
次々と、女子がカバンからチョコをだして、没収箱に入れていった。
みんな、無念な中にも、どこかすがすがしいような表情をしている。
「そうだよね……」
自分と会話をするように、私は小さくつぶやいた。
禁止令が出たのにこっそり渡しても、きっと伊吹先輩はよろこばないと思う。
ルールを守らない人なんだなって、逆にがっかりされたり、嫌われてしまうかもしれない。
私もカバンからチョコを取り出した。
先輩に食べてほしくて、いろいろ考えて作った、ビターな生チョコ。
さっこと加代ちゃんと、わくわくしながらいっしょに作った思い出も、チョコにこめた想いも、ちゃんと私の心に残ってるから。
「私も……」
みんなの想いが詰まったチョコでいっぱいになった没収箱に、そっと入れた。
「切ないな~。でもあきらめるなよ~」
私にだけ聞こえるような声で、先生がそんなことを言ってくれるから。
ぶわっと涙があふれそうになって、こらえるのが大変だった。
「これでぜんぶだな? よし、みんないい恋しような。そんで、とりあえず弁当食おう! 先生は、奥さんといっしょに作ったラブラブ弁当食うぞ~!」
教室中に、みんなの泣き笑いの声が響く。
パチッと内藤さんと目があって、私は「ありがとう」の気持ちをこめてほほえんだ。
内藤さんの行動と切なさに胸を打たれた。
その勇気と決意のおかげで、私もチョコを提出できたよ。
照れ笑いを浮かべた内藤さんは、しっかりとうなずき返してくれた。
さくらが、さっこと加代ちゃんが、そして、みんなが楽しみにしていたバレンタイン。
それが……まさかの、禁止。
納得してチョコを提出して、ちょっぴり成長したさくらだったけれど……?
次回もぜったいチェックしてね!!
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