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お菓子作り中、急にさっこが言い出した『伊吹先輩のバレンタイン伝説』。
それって、いったい、どんな伝説なの!? ぜったい注目です!!
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♪伊吹先輩のバレンタイン伝説
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「伊吹先輩の、バレンタイン伝説!?」
私の横で、さっこが「あ~~。知ってる!」とうなずいてる。
うわっ。知らないの、私だけ??
「どんな伝説なの?」
「伊吹先輩が1年生のときの話なんだけど。登校したとたん、昇降口でチョコを渡されたんだって。うっかりそれを受け取ってしまったら、次から次へとチョコを渡されて、放課後までに、なんと段ボール箱3箱分のチョコが集まったらしいよ」
「ええっ!?」
加代ちゃんが教えてくれた伊吹先輩の伝説が、想像よりすごくて、言葉がでない。
段ボール箱3箱分って、チョコ何個分?
とにかくすごい数だってことだけはわかる。
ぼうぜんとしていたら、さっこも口を開いた。
「私が聞いた伝説は、伊吹先輩が2年生のときの話なんだけど」
「う、うん」
「2年生のときは、チョコをいっさい受け取らなかったんだって」
「1年生のときの経験をいかしたんだね、先輩」
「そうみたい。でも、帰るときに他校の生徒たちの待ち伏せで、学校から駅まで渋滞(じゅうたい)して大変なことになったらしいよ」
「……」
あまりのすごさに、なにも言えなくなってしまう。
お兄ちゃんの高校にも、伊吹先輩にチョコを渡したい人がいるって言ってた。
それって、他の中学の女子だけじゃなくて、高校生にもファンがいるってことだ。
あのとき想像してしまった、『伊吹先輩が校門を出たとたん、チョコを持って、ズラッとならんで待ってる他校の女子たち』が、去年、現実に起きていたなんて!
今年はどんなことになるんだろう……。
「どうしよう。今年も受け取ってもらえない可能性もあるし、帰り道も先輩がひとりになるチャンスなんて、ないかもしれないよね……」
しょんぼりとそう言った私に、さっこと加代ちゃんがあわてて手を振る。
「いやいや、さくら、大丈夫! あくまでもこれは伝説だから!」
「そうそう。尾ひれ背びれついて、話がだいぶ大きくなってると思うよ!」
ふたりはフォローしてくれるけど、ただの伝説とは思えない。
だって、新聞部の『バレンタインに、伊吹先輩にチョコを渡すかどうか』の匿名(とくめい)アンケートで、『全校女子の半分以上が渡す』って結果になったって内藤さんも言ってたし……。
さすがに、おじけづいちゃうよ。
「私、伊吹先輩の電話番号も、メッセージアプリのIDも知らないから、呼び出すこともできないし……。ますます渡せる自信がなくなってきたよ」
ひとりでずっと抱えていた、バレンタインの心配事が、ふき出してしまう。
「ごめんね、さくら。よけいなこと言って」
「ほんとごめん! 楽しすぎてテンション上がりすぎちゃってたよ」
さっこと加代ちゃんが、手をあわせて、もうしわけなさそうに言った。
「実は最近、伊吹先輩にチョコを渡せるかどうか、ずっと心配だったんだ。でも、なんか言い出しづらくて、ひとりでかかえこんじゃってたの」
私は顔を上げて、心配しないでって笑顔をふたりに向けた。
「だから、さっこと加代ちゃんに弱音を聞いてもらえて、ちょっとほっとしたよ」
加代ちゃんは、何かを考えるように少しだけ口をつぐんだ。
「冬合宿の最終日に、やなぎ中の人たちに絡まれたときにね、私がひとりで合宿所に戻って、先輩たちに助けを求めに行ったでしょ?」
「うん」
「あのとき、伊吹先輩、すぐ外に飛び出して行ったんだ。すごく心配そうだったよ。さくらのこと、後輩ってだけじゃなくて、なんかすごく大切にしてる感じがしたの」
「大切にしてる……?」
「うん! 伊吹先輩は、誰にでも優しいわけじゃないもん」
「私もそう思う! 伊吹先輩にとって、さくらは特別な後輩なんだと思うよ」
ふたりの言葉が、じわじわと心にしみこんでいく。
伊吹先輩の本当の気持ちは、先輩にしかわからない。
だけど、『やっぱりチョコを渡せばよかった』『がんばればよかった』って、やらなかったことを後悔することだけは、いやだって思うんだ。
渡せるかもしれない。渡せないかもしれない。
よろこんでもらえるかもしれない。困らせるかもしれない。
そもそも、受け取ってもらえないかもしれない。
そんな不安が、次々と頭の中に浮かんできて、ひるんでしまうけれど。
考えたら、ぜんぶ『かもしれない』っていう、可能性でしかないんだ。
「やってみなきゃわからないよね」
ぽつりとつぶやいたら、さっこと加代ちゃんは、力強くうなずいてくれた。
「そうだよ!」
「渡す前から、あきらめることだけはしたくないもん」
「加代ちゃん、さっこ、ありがとう! 私、がんばってみる!」
ふたりのあたたかい気持ちがうれしくて、私は笑顔を取り戻すことができたんだ。
♪
「完成~!」
加代ちゃんがシリコンの型から取り出したのは、上が白で下が茶色。きれいな二層になった、ハート形のチョコだった。
「私もできた!」
固まった生チョコを、ゆっくりバットから取り出して四角く切る。
それから、ココアパウダーと、粉砂糖を振りかけた。
「わ~~。オシャレだね!」
「おいしそう!!」
わいわい言いながら、スマホで撮影会が始まった。
「はい、さくら。さっこも。ハートチョコ、試食してみて」
「うん。いただきます」
「いただきま~す」
加代ちゃんの二層チョコをぱくっと食べると、ホワイトチョコとミルクチョコ、ふたつの味が口の中いっぱいに広がる。
「おいしいよー!」
「かわいいし、おいしいし、最高だね!」
「うふふ~。ありがとう。ラッピングもがんばるぞ~」
「じゃあ、私のもどうぞ」
ココアパウダーと、粉砂糖を振りかけた生チョコを、ふたりのお皿にのせた。
「わぁ。オシャレだね。いただきま~す! うん! 微妙(びみょう)に味が違ってすごくいいよ!」
「本当だ! おいしい~~~! ほろ苦いオトナの味だね!」
「伊吹先輩、好きそう!」
「よかった~~。安心したよ」
味も見た目も、ふたりから合格点をもらって、ほっと胸をなでおろす。
「私も、で~きた!!」
さっこが私たちの前に置いたお皿には……。
「こ、これなに?」
「ゾンビくんとデビルくんだよ。かわいいでしょ~?」
おいしそうに焼けたカップケーキに、さっこが紫色と、緑色のチョコを塗っていたけど……。
紫と緑色のカップケーキには、かぼちゃの種やアーモンド、レーズンやチョコなんかで目や口がついてる。
「あ、うん。よく見たらかわいいよ!」
「高田先輩は好きそう、だね」
「でしょ~~~? かわいいよね~! しかも!」
さっこはスマホで動画撮影をしながら、ゾンビくんにざっくりとフォークを入れた。
「ぎゃー!」
「わわっ」
なんと! ゾンビくんの中から、赤いソースがドロ~ッと出てきたんだ!
「うふふ。うまく撮れた」
動画もバッチリで、さっこは上きげん。
「高田先輩が箱を開けたときに、ゾンビくんとデビルくんからラズベリーソースが出ちゃってる可能性もあるでしょ? だから、念のために動画撮っておきたかったんだ~」
「それって、箱を開けた瞬間、真っ赤なラズベリーソースの中で、ゾンビくんとデビルくんがぐったりしてるってこと? ……それはホラーだね」
「うん。地獄絵図だね」
「どっちになってもオイシイでしょ!?」
「たしかに。いろんな意味でオイシイかも」
「ぷぷっ」
「あはははは!!」
なんだかおかしくって、みんなでケラケラ笑っちゃった。
ホラー好きな高田先輩のために、ここまでがんばったさっこ。
どうかどうか、受け取ってもらえますように!
ひとしきり笑ったあと、さっこが遠くを見つめながら口を開いた。
「去年は受験があったから、バレンタインどころじゃなかったよね」
「たしかに! そうだったね」
「チョコを作る余裕も時間もなくて、スーパーで買ったチョコをうちらで交換し合ったよね」
なつかしいな。
去年、私はふたりとはちがう中学校を受験するって決めていた。
別々の中学校に行っても、ずっとずっと仲よくしてねって気持ちをこめて、友チョコを渡したんだった。
1年後、私たちは同じ中学校で、同じ部活で、いっしょにバレンタインのチョコを作ってるなんて!
こんな楽しくてわくわくする未来が待ってるんだよって、あのころの私に伝えたい。
「そもそもさ、去年はバレンタインのチョコを渡したい男子なんていなかったし、バレンタインといえば、友チョコ交換会でしかなかったのに」
「本当に! 今年はさー、うちら恋してるよね~~」
ふたりの言葉に、私もうなずく。
「こんなふわふわした気持ち、恋をしてはじめて知ったよ」
「うんうん。甘いだけじゃないけど……これが恋なんだね」
さっこがにっこり笑った。
「3人で好きな人にチョコを作るって、うれしいね」
「うれしいね~」
そうだよね。
好きな人がいるって、それだけですてきなことだよね。
私の生まれて初めての本命チョコ、初めて好きになった人に渡したい!
『感謝チョコ』ってことで渡さなくちゃいけなくても、中身はしっかり『本命チョコ』だ。
「すごくむずかしいかもしれないけど……私、伊吹先輩にどうにかして渡せるようにがんばるよ!」
宣言したら、勇気がむくむくとふくらんできた。
「うん! よーーし、バレンタイン、がんばるぞーーーー!!」
「「おーー!!」」
できあがったチョコを、そ~っと箱に入れる。
「よし、ラッピングもがんばろう!」
「うん! よろこんでもらえますように」
「受け取ってもらえますように」
3人、それぞれの願いを、リボンで箱に閉じこめたんだ。
どんなに難しくて、かなえられそうもない願いでも、『やってみなきゃわからない』!
大切な想いをこめて、それぞれのチョコを作った三人の恋がかないますように……!
次回、いよいよ、勝負のバレンタイン当日です!!
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