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ものがたり

【先行連載】『君のとなりで。』7巻発売直前 スペシャルれんさい 第4回 ふくらむ不安と心配ごと


伊吹先輩の卒業カウントダウンで、なにかとざわめく黒羽中。
想いをかなえたいみんなが、バレンタインデーに向けて動き出します……!

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♪ふくらむ不安と心配ごと

 

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 2月に入ったとたん、学校はバレンタインムード一色!

 

 あちこちからバレンタインの話が聞こえてきて、盛り上がっている。

 

 私のクラスもそう。

 

 男子も女子も、どこかソワソワして、心が浮き立ってるみたい。

 

「ちょっと聞いて! 新聞部がとったアンケートが、すごい結果になったんだって!」

 

 お昼休み、どこかに行っていた内藤さんが、いきおいよく教室に戻ってきた。

 

 内藤さんは情報通で、いつも最新の情報を手に入れてくるんだ。

 

「どんなアンケート?」

 

 内藤さんは水筒のお茶をごくっと飲んで、息を整えると、私に向き直った。

 

『バレンタインに、伊吹先輩にチョコを渡すかどうか』の匿名(とくめい)アンケートなの!」

 

「えっ!?」

 

 おどろいて、大きな声を出しちゃった!

 

 だって、まさかそんなアンケートがあったなんて……!

 

 すごい結果って、なんだろう。聞きたいけど、ちょっと怖い。

 

「……結果って、どうだったの?」

 

 おそるおそるたずねると、内藤さんはふふふっと笑った。

 

『全校女子の半分以上が渡す』って結果になったんだって!」

 

「半分以上が……!」

 

「やっぱり伊吹先輩人気はすごいね~。先輩にチョコを渡せる最後のチャンスだもん。そりゃあみんな張り切るよね」

 

「うん」

 

「本命じゃない人も、どさくさにまぎれて渡しそうだし。もうお祭りさわぎだよ」

 

「うん……」

 

「でも、そうなるのもしかたないよね。高等部に行ったら、今以上にモテちゃいそうだし、中等部の人は会えなくなっちゃうもん」

 

「そうだよね……」

 

 先月から、あちこちで何度も聞いたこの話題。

 

 こんなお祭り状態で、私は先輩にチョコを渡せるんだろうか。

 

 ハードルがどんどん高くなってる気がして、おじけづいてしまう。

 

「はぁ……」

 

 つい、ため息をついてしまって、はっと我にかえる。

 

 いけないいけない。落ちこんでることを、内藤さんに知られるわけにはいかない。

 

 吹奏楽部は、部活内恋愛禁止だから。

 

 元気出そうって自分に言い聞かせていると、内藤さんからも、ため息が聞こえてきた。

 

「伊吹先輩が卒業したら、崎山くんが学校イチのモテ男子になるんだろうなぁ」

 

 切ない声におどろいて顔を上げると、内藤さんは暗い表情をしていた。

 

「でも、みんなは、渡せるだけいいよね」

 

「え……」

 

 ぽつりとつぶやいた内藤さんの言葉、聞いてしまってよかったのかな。

 

 聞こえなかったふりをしたほうがいい?

 

 どうしようって思っていたら、内藤さんは私だけに聞こえる小さな声で言った。

 

「部活内恋愛禁止のオキテがあるから、部員同士だと本命チョコを渡せないもん……」

 

「内藤さん……」

 

 悲しそうな声に、胸が痛む。

 

 内藤さんは、崎山くんのことが好き。

 

 でも、部活内恋愛禁止のオキテがあるから、内藤さんは崎山くんに本命チョコを渡せない。

 

「渡すとしたら、いつもありがとう~って、『感謝の気持ちを伝えるための友チョコ』ってことで渡すしかないよね……」

 

「……うん」

 

「はぁ~。せっかくのバレンタインなのにな。いっそのこと、バレンタインなんて、なくなっちゃえばいいのに」

 

 内藤さんのつぶやきが、耳に残って消えなかった。

 

 

 部活が終わって家に帰ってからも、私の気持ちはしずんだままだった。

 

「私、先輩にチョコを渡せるのかな」

 

 雑誌の『バレンタイン特集』のページに、何度目かわからないため息が落ちた。

 

 バレンタインは、好きな人に想いを伝えるイベント。

 

 伊吹先輩に「つきあってください」とは言えないけれど、チョコといっしょに好きって気持ちを伝えたいって思ってた。

 

 バレンタインまであと1週間。

 

 どんなチョコにしようかなって、ワクワクしながら雑誌のページをながめていた。

 

 ラッピングも、とびきりステキにしたくて、雑貨屋さんに見に行ったりもしていたんだ。

 

 でも……。

 

 今日の部活で、役員からはっきり言われてしまった。

 

『コンクールを終えた3年生は、もう『部活内恋愛禁止』のオキテには縛られない、ということになっているようですが、それは誤解です』

 

『3年生も、引退まではオキテを守ってもらいます!』

 

『バレンタインだからといって浮かれることなく、しっかり練習にはげみましょう!』

 

 それを聞いて、私もさっこも、伊吹先輩ファンの部員たちも、真っ青になってしまった。

 

 最近は、部活内にもバレンタインムードがただよっていたからかな。

 

 しっかりクギをさされちゃったみたい。

 

 落ちこむ私に、さっこが、

 

「とりあえず、チョコ作りは予定通りやろうよ!」

 

 って、明るく言ってくれた。

 

 オキテがあるから、本命チョコは渡せない。

 

 それなら、『感謝のチョコ』を伊吹先輩に贈ろうって思ったんだけど……。

 

「渡すチャンス、あるかな……」

 

 弱々しくつぶやいて、ベッドに寝転がった。

 

 ――そのとき。

 

「さくらーーー!」

 

 ノックと同時に部屋のドアが開いて、お兄ちゃんが飛びこんできた。

 

「ななななに!?」

 

 あわてて飛び起きて、「バレンタイン特集」のページを閉じる。

 

 もう。お兄ちゃんはいつもこうなんだから。

 

 ノックの返事を聞いてから、ドアを開けてほしいよ!

 

 ジトッとした目で見るけれど、お兄ちゃんはまったく気にしていないみたい。

 

「さくらの学校のイケメントランペット王子、来月卒業なんだって?」

 

 グサッ!!

 

 お兄ちゃんに、とどめを刺された気分。

 

 痛手を負った心が、ズキズキする。

 

「そうだよ」

 

 平気な顔をしてなんとか答えると、お兄ちゃんはさらに話しかけてきた。

 

「へぇ~。卒業したら、黒羽高校に行くのかな」

 

「そうみたいだよ」

 

「ふーん。勉強もできるってウワサだから、うちの高校とか外部受験すればいいのに」

 

 こんなお兄ちゃんだけど、実はちょっと遠くの名門進学校に通ってる。

 

 今日みたいに、週末はたまに帰ってくるんだけど、いつもは学校の寮で生活してるんだ。

 

「外部受験はしないみたい」

 

「そっか」

 

 伊吹先輩は、黒羽中を卒業したら、高等部に行かないでアメリカ留学をするって話もあった。

 

 でも、先輩は黒羽高校で吹奏楽を続けることに決めたって、はっきり言ったんだ。

 

 伊吹先輩は、アメリカでもなく、ほかの高校でもなく、黒羽高校に行く。

 

 2年後、私が中等部を卒業したら、高等部でまた会えるんだ。

 

 そう思ったら、ちょっと元気が出てきた。

 

 ――のに。

 

「俺のクラスの女子たち、それ聞いたらがっかりするだろうな」

 

「へ? なんで?」

 

「もしかしたら、外部受験してうちの高校に来るかも~~って期待してたからさ。ほら、トランペット王子のお姉さん、俺の高校の秀才とつきあってるだろ? そんなんで、もしかしたらうちの高校に来るかも!?って、女子たちが盛り上がってたんだよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

「トランペット王子、うちの学校でも人気なんだよ。バレンタインにチョコを渡したいって言ってる女子が、うちのクラスにもいるもんな~」

 

「えっ!?」

 

 さっきの元気が、いっきにしぼんでしまった。

 

 伊吹先輩の人気が、黒羽中だけじゃないのは知っていたけれど、高校生にも人気だなんて……。

 

 校門の外に、チョコを持って、ズラッとならんで待ってる他校の女子たちが頭に浮かんできて、ブルッとふるえてしまった。

 

 そんな私に気づかず、お兄ちゃんはどんどん話を続ける。

 

「でさ、妹が黒羽中吹奏楽部だって言ったら、『伊吹くんには彼女がいるのか、聞いてきて!』って言われまくるんだけど、どうなの?」

 

「えっ。……そんなの、知らないよ」

 

「そっか。じゃあ、いるかもしれないし、いないかもしれないってことだね」

 

「……そうかもね」

 

 コンクールの全国大会が終わった、10月末。

 

 偶然、伊吹先輩が告白されるところを見てしまったとき、先輩は、彼女も好きな人もいないって言っていた。

 

 だけど、あれからもう4ヶ月近くもたってるんだ。

 

 伊吹先輩は、私に『恋愛対象じゃないなんて、言ってないだろ』って言ってくれたけど、彼女がいないとは言ってないし。

 

 あの合宿の後に、部外に彼女ができたかもしれない……。

 

 とたんに、胸の奥がズシッと重たくなった。

 

 伊吹先輩がすごく人気だってことを、こうやってお兄ちゃんからも聞くと、先輩が遠い存在に感じてしまうよ。

 

 私じゃ手の届かないような人なんだって、思ってしまうんだ。

 

 もし、今、彼女がいないとしても、内藤さんの言ったとおり、高等部に行ったら、きっと、今以上にモテちゃうと思う。

 

 だからこそ、今年のバレンタインは、絶対にチョコを渡したいのに……。

 

 どんどん渡せる気がしなくなっていく。

 

「というわけで、俺も今年は本命チョコをたくさんもらう予定なんだけど、さっこちゃんと加代ちゃんのチョコは大歓迎って伝えておいてよ」

 

「……うん」

 

 楽しそうに話してるお兄ちゃんの声が、遠くに聞こえる。

 

 あいづちを打ちながら、私の頭の中は、心配ごとと不安でいっぱいだった。

 

伊吹先輩にチョコを渡したいのは、黒羽中だけじゃなくて、ほかの中学にも、高校にも、たくさんいる……! 
あらためて思い知って、不安でいっぱいのさくら。
でも、さくらには、心強い親友たちがいます!!
次回、伊吹先輩に渡すための、チョコ作りが始まります♪ お楽しみに!

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先輩は、もうすぐ卒業…。せまる恋の『終わり』に、大事件発生!?
吉川さくら、12歳。冬合宿の最終日、伊吹先輩に「好き」の気持ちを受け止めてもらえた…!
先輩が、私のことをどう想っているのかは分からない。けれど、私は、先輩のことを好きでいていい――。
想いをかたちにして届けるためにがんばった勝負のバレンタイン、学校中を巻きこんでまさかの大事件発生!
…チョコが、渡せない!?
先輩は、もうすぐ卒業。遠くに行ってしまうのに…。
恋の『終わり』まで、あと少し。大注目の第7巻です!


作:高杉 六花 絵:穂坂きなみ

定価
726円(本体660円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321336

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