◆12 ☆形の意味
部屋に残ったのは、春馬、未奈、理子、大樹、奏と竜也だ。
「今回は、亜久斗についていく者はいなかったようだな」
「あたりまえでしょう。慎太郎もサオリも、亜久斗についていって結局、脱落したんだから」
「春馬、ボサッとしとってええんか? あいつに先を越されたで!」と竜也。
「そうなんだけど。……これで証明ができた」
「どういうこと?」
「第3チェックポイントの場所は、7つのヒントを見れば、どこか推理できるということだ」
「そんなことより、早く謎を解いてよ。制限時間があるのよ!」
「そうだったな」
春馬は腕組みをしてじっと考える。
「ああもう、たよりないな。ぼーんと胸をたたいて、ぼくにまかせとけ! とか言えないの」
未奈が言うと、ほかの4人もうなずいている。
「ごめん、ぼくはそういうタイプじゃない。今なら亜久斗に追いつけるよ。彼についていくなら急いだほうがいいよ」
しかし、みんな動かない。
「わたしは、春馬くんを信じます」
きっぱり言ったのは理子だ。
「あん男は危険やけんな、おれもここで謎解きばする」
「オレと奏も、春馬を信じる。謎を解いてくれ」
「春馬、責任重大だよ」と未奈。
「わかってるよ。でも、みんなも考えてくれ。たのむよ」
春馬が言うと、竜也が鼻で笑う。
「ざんねんやけど、オレと奏は東京にくわしくない。だから、春馬がたよりなんや」
「どうして、そんなにかんたんに、ぼくを信じられるのかな……」
「……春馬は、幸せな家庭で育っているやろう。両親もきっと、いい人や」
竜也はとつぜん、まったく関係ないことを言った。
「えっ、まぁ……そう言われると照れくさいけど。ぼくのところは多分、ごく一般的な家かな」
「そうやろうな。うらやましいよ。オレの親も奏の親もひどい親なんや。物心ついたころから、家庭は荒れとった。いつも人の顔色をうかがっとった。おかげで人を見る目ができた。……お前はええやつや。オレにはそう見える」
「……これ以上、プレッシャーをあたえないでくれ」
「ねぇ、それなら、亜久斗はどういう人に見える?」
ふいに未奈が竜也に質問した。
「あぁ、亜久斗か……あいつは不思議やな。色んな人を見てきたけど、あれだけよくわからんやつは、はじめてや。でも、どことなくオレや奏と同じにおいがする……」
「えっ?」
今まで考えたことはなかったけど、亜久斗の家庭はどういうのだろう?
彼は自分の力を試したくて『絶体絶命ゲーム』に参加したと言ってたけど、ほんとうにそうなんだろうか。彼はゲームで勝ったら1億円がほしいと言っていた。もしかして、ゲーム参加の目的はお金なのか。いや、それもわからないな。亜久斗は不思議なやつだ。
「春馬、早く謎を解かないと、制限時間に間にあわなくなるよ」
未奈に言われて、春馬は我にかえった。
そうだ、今は謎を解くのに集中しよう。
「亜久斗くんはどうして、急にヒントを見にきたんでしょう」
理子が首をひねりながら言った。
「たしか、アタシの画像が丸やなくて星だって言ったあとや」
奏が思いだしながら言った。
「星がチェックポイントを示しているという意味だと思うけど……。ほかにも、意味があるのかな。星、星、星……。もう一度、みんなの画像を見せて」
春馬はもう一度、ヒントの画像を見ていく。
「奏の画像って、天体図みたいね」
未奈が横からのぞきこんで言った。
「天体図……丸が6つで、星が1つ。丸も星だとしたら、7つの星。あっ、もしかして……!」
春馬は6つのスマホをならべなおす。
亜久斗がいないので、1カ所はぬけているが……。
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「北斗七星だ!」
春馬が言うと、6人は目を見はる。
「すごい!」と理子が感動する。
「でも、チェックポイントはどこなの?」
未奈が冷静に質問する。
「星の位置がチェックポイントだ」
「北斗七星は、大熊座の中にある7つの星ですよね。ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール。それにアルカイド。☆の位置はアルカイドになります」
理子が解説する。
「それじゃあたしたち、宇宙まで行かないとならないってこと?」
「プラネタリウムやなかか?」
大樹が言うと、春馬は首を横にふった。
「第3チェックポイントの場所は─鎧神社だ」
「神社?」
未奈は目を丸くしている。
「説明するけど、その前に移動しよう」
「『鎧神社』で検索しますね」
理子がすばやく検索する。
「ありました。JR中央本線の東中野駅と大久保駅の間です。ここからだと関東バスで中野駅に出てから、JRの1駅となりが、東中野駅です!」
「東中野から歩こう」
「駅から神社まで、徒歩15分くらいですね」
春馬は、スマホで現在時刻を確認する。
2時3分
制限時間の3時までには、間にあいそうだ。
安堵と同時に、不安が広がる。
全員で時間内に到着できても…………だれか1人は脱落する。
◆13 生きるために倒せ!
JRの東中野駅を出た春馬たちは、マップを見ながら鎧神社にむかって歩きはじめた。
都会なのに、このあたりはのんびりした雰囲気だ。
「まちがいないんやろうな」
不安そうに、大樹が聞いてきた。
春馬は大きくうなずく。
ここにくるまでのバスと電車は、混雑していたので、みんなの前で謎解きをしていなかった。
「第3チェックポイントがどうして、鎧神社なのか、説明しておくよ」
スマホを見ると、2時30分で制限時間には余裕がある。
「150年ほど前まで、この東京は江戸と呼ばれていて、江戸幕府があったことは知っているよね。幕府をひらいた、徳川家康は、江戸に町をひらくにあたって、気にしたことがあるんだ」
「気にしたことって?」
「平将門の呪いを回避することだ」
「平将門って、だれだ?」
「江戸時代から、ざっと650年ほどまえに、この東京を治めていた人物だよ」
「あ、その人なら知ってます。怖い人ですよね」と理子。
「それはちょっとちがうかな。平将門は立派な武将だったんだ。怖いイメージがあるのは、将門が打ち首にされて、その怨念が残っていると言われているからなんだ」
「怨念があるなら、怖いと思うけど……。まぁ、いいわ。説明をつづけて」
未奈に言われて、春馬はつづきを話す。
「家康は、江戸に幕府をひらくとき、将門の怨念をおそれて、なにか方法がないか、考えた。そこで思いついたのが、将門が深く信じていたという『妙見』という守り神だったんだ」
「妙見ってなに?」と未奈が質問する。
「国を守る神様なんだけど、妙見は北極星としてこの世界にあらわれるといわれている。そして、その背景には北斗七星があるともいわれているんだ」
「さっきから、おれにはさっぱりわからんばい」
大樹が両手を広げて、お手上げのポーズをする。
「この話はくわしくすると長くなるから、かんたんに言うよ。江戸の町が発展するように願った家康は、将門の機嫌をとるために……」
「江戸時代、将門はもう死んでるでしょう」
未奈が話をさえぎる。
「死んでるからこそ、祟られないように機嫌をとるんだよ。ほら、ぼくらだって、毎年、先祖のお墓参りをするだろう。多分、そんな感覚だったんじゃないかな」
そのあたりは、現代と江戸時代ではちがうので、春馬の想像だ。
「家康は将門の怨念をしずめるために、江戸中に将門ゆかりの神社を7つ、北斗七星のかたちに建てた。鎧神社はその1つで、将門の鎧が祀られているらしい。ほかは、兜が埋められたといわれる兜神社、打ち首になった将門の首が飛び越えたといわれる鳥越神社とか……。一番有名なのは、将門の首が京都から飛んできたといわれる将門塚だ」
住宅街を歩きながら、春馬はさらに説明した。
「その7つの星をさっきのヒントにあてはめていくと、大樹のヒントは鳥越神社、竜也は兜神社、亜久斗は将門塚、理子は神田明神、未奈は八幡神社、ぼくは水稲荷神社、奏は鎧神社になる。奏のヒントだけが、☆マークだっただろう? そこがチェックポイントだってことなんだ」
静かな住宅地を15分ほど歩くと、立派な鳥居の鎧神社があらわれた。
神社の前で、タツと鬼吉が待っている。
その横には、先に到着した亜久斗も立っていた。
今回は、和楽器の調べや舞など、派手な演出はないようだ。
「チェックポイントは『鎧神社』でしょう。鳥居をくぐればいいんですか」
春馬が鳥居にむかおうとすると、鬼吉が立ちふさがる。
「ここは神聖な場所だから、ゲームには使えない」
「それじゃ……」
「ここで到着でいいんだよ」
ブルブルブル…… ブルブルブル…… ブルブルブル…… ブルブルブル……。
春馬、未奈、理子、大樹、竜也と奏のスマホが同時に振動する。
第3チェックポイント到着
「あーあ、全員が制限時間内に着いちまったねェ」
タツが静かに言った。
「お前さんたちはおもしろいね。全員が時間内に到着しても1人は脱落すると言ったのに、みんなで協力するなんてねェ」
「そんなことを言っても、全員が力をあわせないと解けない問題だったじゃないですか!」
「……かもしれないね」
タツは悪びれずに言った。
「わたしたちのような子どもが、大人に勝つには、力をあわせるしかないんです」
理子が言うと、未奈もうなずく。
「亜久斗のように、ぬけがけもできただろう。とくに春馬はね」
みんなの視線が春馬に集まる。
「そんなこと、ぼくにはできない。謎が解けたのは、みんながヒントを見せてくれたからだ。協力してくれた者を裏切るなんてできない」
「あまいな。世の中、信用できるのは自分だけだ。勝つには蹴落とすしかないんだ」
亜久斗が静かな声で言った。
「春馬、お人好しもほどほどにしないと命取りになるよ。ここで脱落になるのは─あんたか、大樹のどちらかなんだからね」
「「えっ!」」
タツに言われて、春馬と大樹が棒立ちになる。
「2人は、イエローカードをもらっているだろう。ほかのメンバーより、点数がマイナスってことだ。だから、2人のどちらかに、ここで脱落してもらう」
春馬は、ごくりとつばを飲みこんだ。
まさか……ぼくが脱落候補?
「おまえさんたち2人ともサッカーをやっているようだから、とっとと決着がつくように、PK対決にしたよ」
PKだって? まずいぞ。
タツに言われて、春馬の体が震える。どうしよう、PKは苦手なんだ。
「春馬、ポジションはどこばい?」
「センターバックだけど……。大樹は?」
「おれはフォワードや」
点を入れる役割のフォワードは、PKも得意のはずだ。
「ここの前の小学校のグラウンドを借りてあるよ。さァご両人、最高の勝負をォ、見ィせェてェくゥんンなァァァ!」
見得を切るタツのすがたが、春馬には悪魔に見えた。
学校の門に『関係者以外立ち入り禁止』と貼り紙がしてある。
グラウンドには春馬たちしかいない。
晴天だった空に雲がかかり、風も出てきた。
グラウンドの砂が舞いあがり、対決の効果を盛りあげているようだ。
「PKは3回勝負。それで決着がつかないときは、サドンデス戦さ。サドンデスってなァ、突然死って意味らしいよ。『絶体絶命ゲーム』にぴったりなネーミングだねェ」
春馬がPKを蹴るときは大樹がゴールキーパー、大樹が蹴るときは春馬がゴールを守る。
それを3回繰りかえし、得点の多いほうが勝ちというルールだ。
コイントスで勝った春馬は、先攻を選んだ。
タツと鬼吉が審判をやり、未奈たちはコートの外で応援だ。
─PK1回戦。
春馬は、ボールのおかれたペナルティーマークの前で、かるく体を動かす。
ゴールの前で、大樹が長い手足を大きく広げている。
ピッ
タツが開始の笛を吹く。
春馬は大きく深呼吸した。
ごねても、タツがかんべんしてくれないことは、もうわかっている。
やるしかないんだ。
PKは、ゴールのすみに正確に蹴れば、ほとんど成功する。
力まずにコースを狙えばいい。冷静に蹴れば、決まるはず。
「おれは負けられんばい。おれが死んだら、父しゃんも母しゃんも生きていられん!」
大樹の声が、胸にしみる。
ボールを蹴る瞬間、春馬の頭を、大樹の家族の悲劇がよぎった。
しまった!
ボールはコロコロコロ……といきおいなく大樹の前にころがった。
「楽勝や!」
大樹がかんたんにキャッチする。
PKは3本しかないのに、最初の1本をはずしてしまった。
次は春馬がゴールキーパーになり、大樹がキッカーになる。
ピッとタツが開始の笛を吹いた瞬間、大樹がするどくボールを蹴った。
タイミングをはずされた春馬の横をとおり、ボールはネットにつきささった。
いきなり0対1だ。
PK2回戦。これは絶対に外せない。
春馬が、2回目のキックのセットをする。
どうしたんだ。ゴール前の大樹がとても大きく見える。
プレッシャーがそう見せているんだ。
冷静になれ。冷静になれば決められる。決めないとダメだ。絶対に決めないと……。
タツが開始の笛を吹いた。
決めてやる!
力んだキックに、ボールはゴールの枠から逸れて飛んでいった。
春馬は地面に膝をついた。大樹がガッツポーズをしている。
……まずい、2本もはずしてしまった。
このあと、大樹がゴールを決めれば、それで終わりだ。
「交替や」
春馬が顔をあげると、大樹がいた。
ゆっくり立ちあがると、力なくゴールの前まで歩いていく。
うしろからあらい息づかいが聞こえてきて、春馬はふりかえった。
緊張した顔の大樹が、肩で息をしている。
そうか、大樹も苦しいんだ。
「春馬くん、がんばって!」
理子の声援が聞こえてきた。
目をむけると、理子が肩を上下させて、リラックスしろという仕草をする。
そうか、肩の力をぬかないとな。
頭を冷やして、対決している相手の心境を考えるんだ。
ここまで、ゴールを決めることばかり考えていたけど、そうじゃない。
相手のボールを止めればいいんだ。
それなら、センターバックをやっているので得意だ。相手のフォワードが右に動くのか左に動くのか、シュートなのかパスなのか、いつも瞬時に見わけていた。
PKでも同じだ。大樹が右に蹴るのか左に蹴るのか、冷静になればわかるはずだ。
大樹がペナルティーマークにボールをおく。
「これを決めて、終わらしぇるぞ」
タツが開始の笛を吹いた。
大樹の視線が、ちらりとゴールの右を見るのがわかった。
だまされないぞ。これはフェイントだ。
春馬の予測は的中した。
大樹がゴールの左に蹴ったボールを、春馬は横っ飛びでキャッチした。
「あぁ……」
大樹のため息まじりの声が聞こえてきた。
ここで決めたかったんだろうけど、そうかんたんには負けられない。
PK3回戦。
春馬は0対1で負けている。
このキックを決めなければ、脱落だ。
「春馬、負けないで!」
この声は未奈だ。
未奈と理子が声をそろえて春馬を応援している。
すっかりうちとけたようだ。
ピッ
タツが開始の笛を吹いた。
「お、おい春馬。早く始めれや」
ゴールを守る大樹が、大声で言った。
彼は焦っているようだ。それなら……。
「待ってくれよ。これをはずしたら、ぼくは脱落なんだ。慎重にやらせてくれ」
「な、なんだよ。早く蹴れや!」
大樹はいらいらと、体を左右に動かしている。
春馬はボールを蹴る前に、さらにひと呼吸おいた。
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大樹が我慢できずに、一瞬はやく左に動いた。春馬は冷静に右に蹴った。
ボールが、ゴールネットにつきささる。
これで、1対1。
同点になったが、攻守交替だ。次に大樹が決めれば、それで終了だ。
未奈と理子は、声をあげて春馬を応援しつづけている。
竜也と奏は静かに見守り、亜久斗はあいかわらず、興味がなさそうだ。
「春馬くん、絶対に絶対に、止めてえ!!」
理子の必死の応援が、春馬の背中をおす。
春馬は気合いを入れて、ゴールの前に立った。
タツが笛を吹くと、間髪容れず、大樹がボールを蹴った。
しまった、タイミングが遅れた!
「あっ!」
短く叫んだのは、大樹だった。
ボールは、ゴールの枠のはるか上を飛んでいく。痛恨のミスキックだ。
命拾いをした。
ボールを拾いにいきながら、春馬は気持ちを落ちつかせる。
PK戦は、先攻が有利だというのを、ネットで見たことがある。理由は書いていなかったが、イギリスのある機関が国内の主要な試合でのPK戦の結果を調べた結果、60パーセントが先に蹴ったほうが勝ったと書いてあった。それで、コイントスで勝って先攻を選んだ。
この情報が正しければ、自分のほうが有利なはずだ。
ふと、気持ちがかるくなった。
ボールをセットすると、不思議なことにゴール前の大樹が小さく見える。
気持ちが変わるだけで、こんなにちがって見えるのか。
PK4回戦。
春馬は冷静に、左すみにゴールを決めた。
2対1。
攻守交替で、春馬はゴールの前に立つ。
ボールをセットした大樹は、肩で息をしている。
春馬はボールと大樹を交互に見た。
今まで大樹はすべて右足でPKを蹴っている。追いつめられた状態で、蹴る足を変えることはないだろう。右足で蹴るなら、軸になる左足を見れば、蹴る方向がわかる。わざと軸足を蹴る方向と逆にすることもあるが、今の大樹には、そこまでの余裕はないはずだ。
タツがピッと笛を吹く。
大樹がボールにむかう。
春馬はじっと、左足のつま先を見ていた。
大樹のつま先は中央をむいている。
春馬は左右に動くフェイントをかけながら、まんなかにいた。
ドン!
ボールは、ゴール中央にいる春馬の胸に飛びこんできた。
勝った……!
声も出なかったし、ガッツポーズも出ない。
負けた大樹は、その場にしゃがみこんだ。
「見事な試合だったねェ。でも勝負は勝負だ。福田大樹、おまえさんはここで脱落だァァァ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ……!」
大樹は絶叫して、地面に倒れこむ。
春馬が顔をそむけようとしたそのとき、だれかがうしろに立っているのに気づいた。
次の瞬間、目の前が真っ暗になる。
「なんだ? どうなってるんだ!?」
頭から、黒い袋をかぶせられたようだ。
「なによ、これ!?」未奈の声が聞こえる。
「どうしたの、怖い」これは理子の声だ。
「時間がないからね、大樹の電撃は見とどけなくていいだろ。お次のゲームは、それぞれ別の場所からのスタートなのサ。それで、スタート位置がわからないように、目かくしをさせてもらったよ。勝手にとったら脱落だから、気をつけな」
どうやら、目かくしをされたのは、春馬だけではないようだ。
いったい、どこに連れていくつもりだ!?
◆14 マギワのアドバイス
頭から黒の布袋をかぶせられた春馬は、何者かに手を引かれて車に乗せられた。
おそらく、一般の乗用車の後部座席だ。
手を引いた人物が、となりに座る。
すべすべした手の感触から、となりにいるのはおそらく女の人だ。
タツさんだろうか?
「どこへいくんですか?」
春馬が聞いても、だれも答えてくれない。
車は走りだすと、すぐに左に曲がった。そして、次は右に曲がる。
上から、ガタガタガタ……という音が聞こえてきた。
これは、ガードをくぐったんだな。
春馬は耳を澄まして、まわりの音を聞く。
曲がった方向と回数をおぼえていれば、出発場所からおよその場所がわかる。
車は何回か曲がったあと、踏切で待たされた。
警報音だけではどの路線かわからないけど、場所を特定する大きなヒントだ。
となりから、くすくす笑う声が聞こえてくる。
「─さすがやな、武藤春馬」
この声はタツさんじゃない。でも、聞いたことのある関西弁だ。
「ぼくと会ったこと、ありますよね」
「ウチの声、忘れたんか?」
あぁぁぁぁ……!
「死野マギワ!」
となりにいるのは、春馬が最初に参加した『絶体絶命ゲーム』で案内役だった死野マギワだ。
「そうや、おぼえていてくれたんやなぁ。ウチ、うれしいわ」
「どうして、ここにいるんですか!」
春馬は大きな声を出した。
「案内役がたりひんと聞いて、手伝いにきたんや」
驚いた春馬は、車の曲がった方向や回数を意識していられなくなった。
「なあ、春馬、どうして今度のゲームに参加したんや?」
マギワは、めずらしく真面目な声で聞いてきた。
「それは……」
「未奈に会いたかったんか?」
春馬が黙っていると、マギワはまた笑った。
「理由はどうでもええか。でもな、今回のゲームに参加したんは、致命的な失敗やったで」
致命的な、失敗?
「ど……どうしてですか?」
「あんたのことや、夏に参加した『絶体絶命ゲーム』のからくりはもう知ってるやろう」
春馬はうなずいた。
あのゲームは、参加者のふりをしていた桐島麗華の父親が、娘に金の怖さを教えるために考えたものだった。春馬は殺されたと思ったが、実際は眠らされただけだった。だから、あのゲームで殺されたように見えた人たちは、おそらく全員が生きている。
秋のゲームは結局、全員で脱出できた。
だから、少し楽観していたかもしれない。まさか、目の前で感電死を見せられるとは思わなかった。
「春馬は、秋の『絶体絶命ゲーム』でも大活躍したようやな。ウワサで聞いたで」
「それほどでも……」
「謙遜は無用や。それで、今回も未奈を助けようと考えて参加したんやろう」
図星だったが、返事をしないで誤魔化した。
「今回は主催者がちがうんや。……あんた、死ぬで」
ぼくが死ぬ。
「生き続けたいなら、この先、どんなことをしても、ゲームに勝つことやな」
「…………そんな」
どんなことをしても?
「春馬のことや、全員が助かる方法がないんかと、考えてるんやろ」
また、マギワになにを考えているか当てられた。
「あるんですか?」
春馬の質問に、マギワは大きなため息をついた。
「ムリや。助かるのは1人だけや」
「たったの1人?」
「今回の主催者は、無情で冷血の怖い人なんや」
春馬はゲームに参加したことを、もう一度、後悔する。
「ぼくはどうすればいいんですか?」
「決まってるやろう。勝つことや」
そうだけど……。それじゃ、いつかは未奈と戦わないといけないのか?
「先のことを考えたらあかん。目の前の勝負だけを考えるんや」
「でも……」
「ウチに言えるのはここまでや。あとは春馬が自分で考えて、自分で決めて行動するんや。……それが春馬の生き方になるんや」
「ぼくの生き方?」
「後悔のない生き方をするんや」
春馬が考えていると、マギワがやさしい声で話しかけてくる。
「今日のゲームに参加しなかったら、春馬は、永遠に未奈と会えなかったかもしれないんやな。
そしたら、あんたたちはすぐ大人になって、おたがいの顔を忘れてしまう」
「ぼくは絶対、忘れない」
「春馬がおぼえているのは、小5のときの未奈や。中学、高校になれば成長して容姿は変わる。町ですれちがっても、未奈とはわからへん」
「マギワさん、なにが言いたいんですか?」
「春馬と未奈は、このゲームに参加したから巡り会った、いうことや」
マギワはしみじみと言った。そのとおりだ。
「……今回のゲームに参加したのは後悔している。でも、もう二度と未奈に会えなかったら、もっと後悔したと思う」
春馬が言うと、マギワはまたため息をついた。
「しゃぁないな、教えたるわ。1つだけ、あんたら2人が、いっしょに助かる方法があるで」
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「……死野マギワ、言いすぎだ」
運転手が、低くてすごみのある声で言った。
「……あぁ、口をすべらしてしもうたわ。春馬、がんばるんやで」
マギワは、わざとらしく言った。
沈黙の中、車は10分ほど走ってから停車した。
「目隠しをとってもいいぞ」
運転手の男に言われて、春馬は頭にかぶせられた黒い布袋をとった。
となりにいたはずの死野マギワは、すでにいない。
信号待ちで車がとまったとき、出ていったようだ。
春馬のスマホがブルブルブル……と振動した。メールだ。
第4チェックポイント 制限時間は、午後5時00分
時間オーバーは─脱落
春馬は『ヒント』の画像を開く。
仏像の顔のアップ写真だ。これは大仏かな?
おだやかな表情で、額のまんなかに大きな丸い凸があり、大きな鼻をしている。
顔だけでは、どこの大仏かは、わからない。
こまったな。いや、そうでもないか……東京に大仏はそんなにないはずだ。
マップで「東京 大仏」と検索すると、板橋区赤塚の乗蓮寺が表示された。
チェックポイントは、ここだろうか。
いや、それだとかんたんすぎる。
座席に座ったまま考えこんでいると、運転手が顔をむけてきた。
「そろそろ車を降りてくれるか」
「ここはどこかな?」
春馬はまわりを見る。
東京のどこにでもありそうな、閑静な住宅街だ。
現在地を調べるよりも、まずはチェックポイントがどこかを考えよう。
ヒント画像を、もう一度、確認する。
じっと見ていると、仏像の背後が気になった。
「あれ?」
大仏の顔は、なにかの板に貼りついている。
「東京大仏じゃないぞ……あぁ、そうだ。これは、見たことがある!」
春馬は思いだした。
去年、秀介と遊びにいった、上野恩賜公園。そのときに、写真と同じものを見た。
上野の釈迦如来像は関東大震災や戦争などで失われ、今は顔のレリーフだけが残っているのだ。
チェックポイントは上野恩賜公園だ。
あとは現在地だけど……。
まわりを見ても、特徴のある建物はない。これは、場所を特定するのは難しいな。
どうしたらいいんだ? 相談できる仲間もいない。
1人で謎を解いていると、孤独を感じる。
いやいや、今は感傷に浸っている場合じゃないぞ。
春馬は、スマホで時間を確認する。
4時05分
ここから55分で、上野にいかなければならない。
冷静になろう。
車の出発地点は、東中野の鎧神社だった。
春馬は、マップで鎧神社を表示する。
乗った車は左に曲がり、右に曲がった。車の上で音がしたので、ガードをくぐったはずだ。この位置なら、電車はJR中央線にまちがいないだろう。そのあと、車は左右に数回曲がったが、マギワとの話に夢中になってしまっておぼえてない。
手がかりになりそうなのは、踏切で1回待たされたことくらいだ。車が曲がった方向から考えると、都心から離れていった。その方向にある路線で、地上を走っている電車は……?
うん、待てよ……。
「ぼくは、なんてバカなんだ!」
こんな推理をするより、もっと早くここがどこかわかる方法がある!
たとえば自動販売機だ。犯罪や災害がおきたときに携帯などで通報できるように、住所の書かれたステッカーが貼ってあるものがある。それに、マンションや住宅の表札の中には、住所を記載してあるものがある。
そして、もっとも一般的なのは電柱に取りつけられている表示板だ。
春馬が近くの電柱を調べると、住所が表示されている。
『鷺宮4-37』
マップで検索すると、ディスプレイに地図が表示される。
ここが現在地になる。
近くの駅を探すと、西武新宿線の鷺ノ宮駅だ。
歩いて5分ほどだろう。
次に乗り換え検索をする。
4時11分の西武新宿線に乗り、高田馬場駅で4時31分のJR山手線に乗り換えれば、上野駅到着は4時53分。
上野駅から、上野恩賜公園までは、徒歩2分ほどだ。
電車や乗り換えをまちがえなければ、じゅうぶん間にあう。
上野駅構内は複雑だから、迷わないように、公園口から出る必要がある。
まだ安心はできないけど、なんとかなりそうだ。