KADOKAWA Group
ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第6回

―――――――――――――――――――

16 ギブアップ・マラソン

―――――――――――――――――――

 春馬と未奈、秀介とアリスは、蘭々に案内されて更衣室の前にやってきた。

「それじゃ、未奈、サイコロをふって」

 蘭々が未奈に、手のひらサイズのサイコロをわたす。

 サイコロの6つの面、すべてに『持久力』と書かれている。

「これ、ふっても意味ないんじゃない?」

 未奈に言われて、蘭々はわざとらしく驚く。

「あぁ、そうか! 3回戦は、『持久力』で決まりだったわね。それじゃ、みんな、更衣室でスポーツウェアと、ランニングシューズに替えてきて」

 蘭々が言うと、アリスが冷たい口調で言いかえす。

「3回戦は『持久力』と決まっているから、更衣室に連れてきたんでしょう。サイコロをわたすとか、無駄な演出はやめて」

「ごめんなさい。でも、こういう無駄というか、余裕がないと、Ⅲ区へはあがれないわよ」

 蘭々が、いやみたっぷりに言った。

 アリスは蘭々から顔をそむけて、女子更衣室に入っていく。

 未奈も、女子更衣室に入っていく。

 春馬と秀介は、男子の更衣室に入る。


 男子の更衣室には、2人分の冬用のスポーツウェアとランニングシューズがおかれていた。

「……秀介、本当にぼくと戦うつもりなのか?」

 春馬は、着替えながら秀介に聞いた。

「しょうがないだろう……。おまえが、ここにくるから、こうなったんだぞ」

 秀介が、投げやりに言った。

「そんなことを言っても……。秀介が心配だったんだ」

「……他人の心配でこんなところまでくるなよ。お人よしだな」

「ごめん」

 春馬があやまると、秀介はつらそうに言う。

「……本当は、春馬と戦いたくないよ」

「それなら、やめよう。今からでも遅くない。秀介が、家に帰りたいと言えば……」

 春馬の言葉を、秀介がさえぎる。

「それはダメだ! この戦いは、運命なんだ」

「運命なんて言葉を使うなよ。運命なんて、存在しないよ。決められてることなんかない……ぼくたちは自分の生きたいように、自由に生きられるんだ」

「いいや、それはちがう。おれは、自由には生きられない」

「どうして、そう言い切るんだ?」

 春馬が問いつめると、秀介は悲しい顔で言う。

「……言い方をかえよう。これは、使命だ」

「使命……」と春馬。

「そうだ。人には自分の幸せを追いかける生き方と、自分以外の他人の幸せのために生きる生き方があるんだ。おれは後者だ。おれは自分の幸せは捨てた。そして、まだ小さな子どもや、これから生まれてくる子どもたちが、暮らしやすい国を作るために生きるんだ。……そのために、ここにいるんだ」

「……秀介の考え方を、否定はしない。でも、それはもとの生活にもどって、できないのか?」

 春馬が聞くと、秀介は首を横にふる。

「無理だ。おれのやりたいことを実現させるには、ここが一番なんだ。春馬もいっしょにやらないか。おまえが、『奈落』にきてくれたら、どれだけ力になるか……!」

 秀介の言葉に、春馬は考えこむ。

「今のままだと、日本は10年後も20年後も変わらない。……いや、貧富の差は、今よりも広がる。そうなると、貧しい家に生まれた子は、どんなに才能があっても、努力をしても、貧しさからぬけ出せない。そんなおかしな世界を、おれたちで変えるんだ」

 秀介は、熱のこもった声で言った。

「具体的には、なにをやるつもりだ?」

 春馬が聞くと、秀介は「仲間になったら、教えてやるよ」と答えた。

「……言いたいことはわかった。でも、なにをやりたいのかがわからないし、こんなところに隠れていることには反対だ」

「そうか、どうやら、戦うしかないみたいだな。やっぱり、……運命かもしれないな」

 秀介は、残念そうに言った。


 女子の更衣室では、未奈とアリスが着替えていた。

「それ、どうしたの?」

 未奈が、着替えているアリスの腕を見て言った。

 アリスの腕には、たくさんの傷痕がある。

「これだけじゃないわよ」

 アリスはシャツをめくって、背中を見せる。

「それ……」

 未奈は、アリスの背中を見てがくぜんとした。

 彼女の背中には、腕にある傷痕よりも大きな傷痕が無数にある。

「それって……親からつけられた傷?」

 未奈が、おそるおそる聞いた。

「大人の中には、子どもを傷つけてストレスを発散したり、自分の力を主張しようとする人がいるの。わたしの父は、そういう人だった」

「そんな……」

「ひどいでしょう。でもね、ひどいのは父だけじゃないの。そんなひどい人でも、親というだけで、子どもは逃げられないの。わたしは何度も、まわりの大人に助けを求めた。何度も逃げようとした。でも、結局、父のもとにもどされた」

 アリスの話に、未奈はくやしくて唇をかみしめる。

「『奈落』がなかったら、わたしは生きてないわ」

「……そうなんだ」

 未奈がぼそっと言うと、アリスはめずらしく笑顔を見せる。

「でも、今は幸せよ。そして、目標ができた。わたしみたいな子どもを助けるの。それには、ここが必要よ。……未奈にも協力してほしい」

「それは……、ごめんなさい。今はできない。ここには残れないわ」

 未奈が、力なく言った。

「そういうの、事なかれ主義って言うのよ」

 アリスは、いつもの冷たい口調で言った。


 着替えが終わった春馬たちは、蘭々に連れられて建物の奥にやってきた。

 コンクリートの汚れた床、前に大きなドアがある。

「ハイハイハーイ、いよいよ3回戦よ。スポーツウェアとランニングシューズで、なにをやるかわかったと思うけど……」

 蘭々が言うと、春馬が「マラソンか?」と聞いた。

「正解。でも、ただのマラソンじゃないわ。10キロの山道を走る、『ギブアップ・マラソン』よ」

「山道を、10キロも走るの?」

 未奈が、あきれた顔で質問した。

「そうよ。それに、あいにく、この天気なの……」

 蘭々はそう言うと、ドアを開けた。

 外は、しんしんと雪が降っている。

 裏口の正面には森があり、その手前に右へいく道と、左にいく道がある。

「それで? どういうコースを走るのか教えて」

 アリスが、雪にまったく動じた様子もなく聞いた。

「ここを出たら、右の道を走っていくのよ。一本道なので、迷うことはないわ。ひたすら走っていくと、森を1周して、左の道に出てくるわ」

 蘭々が説明した。

「雪の中、山道を走るのか!?」

 春馬が、確認する。

「無理なら、ここでやめてもいいのよ。これは『ギブアップ・マラソン』。いつでも、ギブアップして」

 そう言った蘭々の言葉に、春馬は違和感を覚えて質問する。

「『ギブアップ・マラソン』ってまさか、ギブアップするまで走らせるわけじゃないだろうな?」

「それも、正解。このマラソンは、ギブアップした人が負けで、最後の1人になるまで、同じコースを、何周も走りつづけるの。……と言っても、チーム戦だから、どちらかのチームの2人が、ギブアップしたら、それで終わりだけど」

 蘭々が言うと、春馬たちは顔を見合わせた。

「雪の山道をひたすら走らせるなんて……無茶だわ」

 未奈が怒る。

「だから、いやならギブアップすればいいのよ」

 蘭々が、むっとした顔で言った。

「そんな……」

 不満そうな顔の未奈に、アリスが声をかける。

「これは『絶体絶命ゲーム』よ。過酷なルールはあたりまえでしょう」

「まぁ、そうだけど……」

 未奈は、頬を膨らませて言った。

「一応、聞くけど、ギブアップするときは、どうすればいいんだ?」

 春馬が聞くと、蘭々はスマートウォッチを4つ出した。

「そうだった。これを左腕につけて」

 蘭々はそう言うと、春馬たちにスマートウォッチを配る。

 スマートウォッチのディスプレイには、現在地が表示されている。

「マラソンのコースは一本道で、迷うことはないはずだけど、もしものときのために、ナビが入っているわ。それと、ディスプレイをスワイプすると、『ギブアップ』と表示されるわ。それをタップすると、ギブアップしたことになるわ。そして、すぐに救助にいってあげる」

 蘭々の説明を聞いて、春馬はディスプレイをスワイプしてみる。

 ディスプレイに、『ギブアップ』と表示される。

「雪が強くなってきたみたいね。これなら、ギブアップしないと危険かもしれないわよ」

 蘭々が、楽しそうに言った。

 春馬が外に目をむけると、雪が激しくなっている。

「それなら、早く3回戦をはじめなさいよ」

「わかったわ。それじゃ、みんな、外に出て裏口の前にならびなさい!」

 蘭々が命令口調で言った。

 春馬、未奈、秀介、アリスは、外に出て1列にならぶ。

 寒いはずなのに、4人は態度に出さない。

「それでは、3回戦をはじめます。よ──い………………、

 スタ────────────ト!」

 蘭々のかけ声と同時に、春馬、秀介、未奈、アリスが右の道を駆けていく。

 道は、上り坂になっている。

 春馬が走りだすと、秀介がうしろにつき、未奈とアリスがそれにつづく。

 風と雪が、春馬にあたる。

「春馬、風よけになってくれて、ありがとうな」

 秀介が、うしろから声をかけた。

「風よけか、ぜんぜん、かまわないよ。それよりも、秀介の右足は大丈夫なのか?」

 走りながら春馬が、秀介に声をかけた。

「おまえに折られた右足の骨なら、痛くもかゆくもないよ」

 秀介が強がりを言った。

「瀬々兄弟とのフットサル対決でも、痛めたんじゃないのか?」

 春馬が言うと、秀介がむっとして言いかえす。

「これは、絶体絶命ゲームなんだぞ。自分が勝つことだけを考えろよ!」

「本当に心配しているから、言ってるんだ!」

 春馬も、むきになって言いかえした。

「ぜんぜん、平気なんだよ。証明してやるよ!」

 秀介は言い捨てると、春馬を追いこしていく。

「おい、無茶はするな」

 春馬が追いかけるが、秀介は全速力で走っていく。


 秀介が先頭を走り、そのうしろを春馬、少し遅れて未奈とアリスが駆けていく。

 雪は、どんどん強くなってくる。

 前を走る秀介の背中が、ふきつける雪でかすんで見える。

「春馬、どこにいるの!」

 後方から、未奈の声が聞こえてきた。

 春馬は足を止めて、うしろを見た。

 激しく降る雪のむこうに、未奈とアリスらしき姿が見える。

「この雪じゃ、マラソンどころじゃないな!」

 春馬は引きかえす。

ハァ、ハァ、ハァ……

 春馬は息を切らして、未奈とアリスのところに駆けもどる。

 未奈とアリスは、ならんで歩いている。

「大丈夫かい?」

 春馬が声をかけると、未奈がうなずく。

「こ、これって、ゲーム中止にしないの?」

 未奈が、くるしそうに言った。

「普通の大会なら、そうだけど……」と春馬。

「『絶体絶命ゲーム』に中止はないわ」

 そう言ったアリスは、雪道をしっかりした足取りで歩いている。

「でも、このままだと……、あたしたち、遭難するわよ」

 未奈が言うと、春馬が「そうだな」とうなずく。

「それでも、中止にはならない。最後まで、『ギブアップ』しない者が、勝ちよ」

 アリスはそう言うと、激しく降る雪の中をひたすら歩いていく。

「そこまでして、ここにいたいのか!?」

 春馬が、叫ぶように言った。

「弟がいるの……」

 アリスの言葉に、未奈ははっとする。

「わたしは弟をおいて、1人で逃げてきた……」

「弟は、無事なの?」

 未奈が、心配で聞いた。

「わたしが家を出たことがショックで、父は暴力をふるわなくなったみたい。でも、それもいつまでもつか……」

「そうなんだ」

 未奈は、神妙な声で言った。

「これが、この国の現状よ。この国は、だれかが変えないとならないの……。そのために、わたしや秀介は命をかけるの……。わたしたちよりも小さな子どもや、これから生まれてくる子どものために、生きやすい国を作るために、だれかががんばらないとならないの……」

 アリスはそう言うと、ただ前を向いて歩いていく。

 春馬と未奈は、なにも言いかえせない。

 雪は、どんどん強くなってくる。

 あたりが真っ白で、なにも見えない。

「困ったな、これはホワイトアウトだ」

 春馬はそう言うと、スマートウォッチに目をむける。

 ディスプレイに、進む方向が矢印で示されている。

「……これを見て、歩くしかないようだ」

 春馬と未奈は、ならんで歩く。

 少し前を歩くアリスの背中が、黒い影のようにしか見えない。

 春馬と未奈、アリスは、激しく降る雪の中をひたすら歩いていく。

「秀介!」

 前方から、アリスの悲鳴が聞こえてきた。

「どうした!?」

 春馬はそう言うと、未奈といっしょに駆けだす。

 雪の中、秀介が埋もれるように倒れている。

 その横で、アリスが秀介に積もった雪を必死ではらっている。

「秀介、大丈夫か!」

 春馬が、秀介に駆けよる。

「心配いらねぇ、すべってころんだだけだ」

 秀介が強がりを言う。

「もうやめよう! ギブアップしよう!」

 春馬が言うが、秀介は首を横にふる。

「おれは、絶対にギブアップしない!」

「それなら、ぼくがギブアップする。そして助けを呼んでくる!」

 春馬が、スマートウォッチを操作しようとする。

「やめろ!」

「おれのためにギブアップするなんて……そんな、お人好しはやめろ!」

「そうじゃない。秀介の命を守るためだ!」

「春馬は、わかってない! この世界には、命よりも大切なものがあるんだ。そのためには前に進まないとならないんだ」

 秀介は、介抱している春馬とアリスをふりほどいて、歩きだす。

「……この国を変えるために、おれは進むんだ」

 雪の中、秀介は必死に歩いていこうとする。

「もうやめよう! 命より大切なものなんて、ないんだ!」

 春馬は叫ぶと、秀介のあとを追う。

「ある! ……こころざしだよ。命があっても、むかう先がないと、生きている意味はない」

 秀介の言葉に、春馬ははっとなる。

「……」

 春馬の足がとまるが、秀介はどんどん歩いていく。

 強い風と雪で、まわりが見えなくなる。

 すべてが白くなる。

 春馬の意識が、遠のいていく。

 なにか、体が冷たいぞ。

 ぼくは、倒れたのか?


 ふいに、春馬の体が浮いた。

「えっ!?」

 だれかが、春馬の体を持ちあげたのだ。

「このままだと、命はないよ」

 聞こえてきたのは、鏡一の声だ。

 春馬が目を開くと、ダウンジャケットを着た鏡一がいる。

 鏡一は、未奈を抱きかかえていて、大器はアリスに肩をかしている。

 春馬を抱きあげているのは、晩成だ。

「うわぁ!」

 驚いた春馬を、「動くなよ。落とすぞ!」と晩成がおどかす。

「しゅ、秀介は……?」

 春馬が、気持ちを切りかえて聞いた。

「心配するな」

 鏡一が、笑顔で言った。

 春馬が前を見ると、ユウヤが気を失った秀介を抱えている。

「みんな、無事ですね。もどりましょう!」

 ユウヤが、力強く言った。


次のページへ▶


この記事をシェアする

ページトップへ戻る