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ものがたり

『絶体絶命ゲーム』〈奈落編〉14・15巻 2冊無料ためし読み 第6回

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15 力自慢に、頭脳で勝て!

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「おい、おまえら。なにか、たくらんでやがるだろう」

 綱を手にした大器が、真正面の春馬にむかって言った。

「なにも考えてないよ。これは、単純な力勝負だ」

 綱をにぎった春馬が、しれっと答えた。

 未奈は、春馬のうしろで綱をにぎっている。

「まぁ、いい。おまえたちを土俵の外に出せば、おれたちの勝ちだ……」

 大器はそう言って、さぐるように春馬と未奈を見る。

 晩成は、大器のうしろで綱をにぎっている。

「それでは、『綱引き相撲』をはじめるわよ」

 土俵の中央にやってきた蘭々が、本物の行司のように軍配を手にして言った。

 春馬と未奈、大器と晩成は綱をにぎって、合図を待っている。

「はっけよい、スタ───────ト!」

 蘭々が、大声で言った。

 その瞬間、綱をにぎっていた春馬の両腕が、強烈な力で前に引かれる。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 春馬と未奈は、おもわず前に倒れそうになる。

「未奈、綱をにぎる手をゆるめて!」

 春馬はそう言うと、綱を引きかえさず、にぎる手をゆるめた。

 うしろの未奈も、手をゆるめる。

 思いきり綱を引いていた大器と晩成は、いきおいあまって土俵際まで下がる。

 しかし、土俵の外には出ずに、俵でふみとどまる。

「あぶねぇ!」

 大器はそう言うと、綱を手に、晩成といっしょにまた土俵の中央にいく。

 そして、今度は力いっぱいに綱を引くのではなく、引いた綱をうしろに送り出していく。

 晩成のうしろで、引かれた綱がとぐろを巻くようにたまっていく。

 逆に、未奈のうしろにのびていた綱はどんどん短くなっていく。

 蘭々は勝負のじゃまにならないように、土俵の外へ出る。

「春馬、こっちの綱は残り少しよ」

 未奈が言った。

「おまえたちの持っている綱は、もうすぐなくなるぞ。どうするんだぁ?」

 大器が、春馬と未奈にむかって言った。

「綱が短くなっても、勝負には関係ない」

 春馬が、目の前にいる大器に言った。

「それはどうかな」と大器。

「春馬、綱がもうないわ」

 未奈が叫んだ。

 綱は土俵から外に5メートルのびていたが、大器と晩成の側にかたよって、残り数センチしかない。それを、春馬と未奈が必死でつかんでいる。

「いや、これでいいんだ。これ以上、綱を引いたら、ぼくと大器がぶつかる。そうなったら、大器は反則負けになる」

 春馬が言った。

「なんだと? 蘭々、こいつの言ったことは正しいのか?」

 大器が、土俵の外で見ている行司姿の蘭々に聞いた。

「そうね。ぶつかるとわかっていて、綱を引いた場合は、引いた者は失格よ」

 蘭々が判断する。

「なるほどぉ、おまえたちの作戦は、おれを失格にすることなんだな。……でも、そんなにうまくいくかな。晩成、動くぞ」

 大器はそう言うと、晩成とタイミングを合わせて、左側に動き、綱を横にふった。

「うわぁ!」

 綱をにぎっていた春馬と未奈は、前のめりになるが、ころばされるほどではない。

「未奈、移動して!」

 春馬が言うと、未奈は綱から手を離して、土俵を半周するように回っていく。

「……おいおい、なにやってやがるんだ?」

 大器が、調子はずれの声をあげた。

 未奈は、晩成のうしろにたまっていた綱をつかんだ。

「これ、もらっていくね」

 未奈は綱を持つと、春馬のうしろにもどってくる。

「…………はぁ?」

 大器は、ぼうぜんとする。

 春馬は持っていた綱を離し、未奈の持ってきた綱に持ちかえる。

 大器と晩成が引いていた綱の先にはだれもいない。

「そ、そんなことしたって、おれたちには勝てないぞ」

 大器が、くやしそうに言った。

「でも、負けないだろう」

 春馬が言ったとき、晩成がさっと動いた。

「兄ちゃん、はさみうちにしよう」

 晩成は持っていた綱を離して、土俵を半周するようにして、未奈のうしろにむかう。

「さすが、晩成。いい作戦だ!」

 大器はそう言うと、体を反転させて力いっぱいに綱を引く。

「しまった!」

 春馬はミスに気がつく。

 大器に綱を引かれ、春馬と未奈は前のめりになる。

 そのすきに、晩成が未奈のうしろの綱をつかんだ。

 春馬と未奈は、前に大器、うしろに晩成の、はさみうちの形になる。

 前の大器と、うしろの晩成が綱を引きあえば、間の春馬と未奈はぴんと張られた綱をつかんでいることになる。これだと、春馬と未奈の動きは制限される。

「未奈、移動して、晩成のうしろの綱をとってくれ!」

 春馬が言い終わる前に、未奈は予想して、綱を離して駆けていく。

「兄ちゃん、綱を地面すれすれに下ろして」

 晩成が、大器に指示を出す。

 春馬は、晩成に目をむける。

 瀬々兄弟の指示役は、やはり、晩成だったようだ。

 大器と晩成は、タイミングを合わせて綱を下げ、地面ギリギリのところまで下ろそうとする。

 春馬は綱を下げられないよう、力を入れてふんばる。

 未奈は、晩成のうしろに回って綱をつかもうとする。

 しかし、晩成は土俵の際まで下がる。

 未奈が、晩成のうしろの綱を手にとるには、土俵の外に出るしかない。

「ダメだ……。春馬、綱をつかめないわ!」と未奈が言う。

 春馬は土俵の中央にむかって綱を引っぱるが、大器と晩成は動かない。

 今、春馬が綱から手を離したら、春馬たちは負けだ。

「兄ちゃん、終わらせよう!」

 晩成が叫んで綱を上にあげると、大器も綱を上にあげる。

 2人の間にはさまれた春馬も、上に引っぱられる。

 そのとき、晩成が綱から手を離した。

 同時に、大器が力いっぱいに綱を引く。

 にぎっていた綱がいきおいよく引かれて、春馬はバランスを崩した。

「うわっ!」

 春馬は倒れそうになりながら、まわりを見る。

 晩成のうしろにいる未奈は、まだ綱をつかんでいない。

 ここで春馬がころんだら、一瞬にして負けになるが……。

 視界の隅に、大器もバランスを崩しているのが見えた。

「未奈、たのんだ!」

 ころびそうな体勢で必死に耐えていた春馬だが、もう限界だ。

「ぼくは、ただでは、ころばないぞ!」

 春馬は倒れる寸前に、引っぱっていた綱を離した。

 綱を引いていた大器が、いきおいあまって尻もちをついた。

「痛ってえ。……でも、これでおれたちの勝ちだ!」

 土俵に尻をついたまま、大器が言った。

 大器が尻もちをつく前に、晩成が綱をつかんでいた。

「勝負は、まだついていないわ」

 晩成のうしろから、未奈が言った。

 彼女は、両手でしっかりと綱をにぎっている。

「未奈が綱をにぎったのは、春馬が綱を離したあとだろう! おれたちの勝ちだ!」

 大器が言うと、蘭々が「今、映像を確認するから、未奈と晩成はそのまま動かないで」と言う。

 天井から、巨大モニターが下りてくる。

 そこに、『綱引き相撲』の録画映像が流れる。

 春馬が綱から手を離した瞬間がスローモーションで映る───

 晩成のうしろにいた未奈は……、綱をつかんでいる!

「未奈が綱をつかむのが早いわね。春馬と大器は敗退で、ゲームは未奈と晩成で再開よ」

 蘭々が言った。

 綱を持った未奈と晩成は、土俵の中央でにらみ合う。

「……この状況って、絶体絶命ね」

 未奈が、おどけた口調で言った。

「心配するな。すぐに終わらせてやる!」

 晩成がそう言って、綱を引っぱった。

 一瞬、引っぱられた未奈だが、ふたたび、綱をつかまずにゆるく手をそえるだけにする。

 晩成に引っぱられ、綱は未奈の手の上をするすると通っていく。

「未奈、このままだと勝てないよ」

 土俵の外から、春馬が声をかけた。

「……知ってるわ。今は、やれることだけ、やってみる」

 未奈はそう言うと、手にしている綱がどれくらい残っているか、うしろをちらりと見た。

 綱は、あと2メートルほどしかない。

「綱がなくなったら、どうするんだ?」

 晩成が、意地悪そうに聞いた。

「こうするのよ!」

 未奈は綱を持ったまま、晩成にむかって駆けていく。

「なに!」

 晩成はひるんで、突進してきた未奈をよけた。

 未奈はそのすきに、晩成が引っぱってたまっていた綱を手にして逃げる。

「おいおい、未奈、やる気はあるのかぁ! これじゃ、永遠に同じことを繰りかえすだけだぞ!」

 土俵の外で見ていた大器が、野次を飛ばす。

「……しょうがないでしょう。あたしは『絶体絶命ゲーム』に勝って、早く家に帰りたいのよ!」

 未奈が、大声で言った。

「おれたちには、帰る家はない。……おれは、おれたちのようなやつでも、幸せだと思える国を作るために、負けられないんだ」

 晩成が言った。

「あなたたちの境遇には、同情する。でも、あたしも、あたしのために、ここで負けるわけにはいかない」

 未奈が、きっぱりと言いかえした。

「ハイハイハーイ……。みんな、しんみりしないで、勝負に集中してね」

 蘭々が、場ちがいな明るい声で言った。

「そうね。……この勝負、長くなるかもしれないわ」

 未奈は綱を持って、晩成から距離をとって、視線をめぐらせた。

「おれは、体力がありあまっているんだ。じっくり、勝負してやるぜ」

 晩成が言うと、未奈はふと考える顔をする。

「困ったな。正直に言うと、あたしはけっこう疲れているの」

「降参したいなら簡単だ。土俵から出たらいいんだ」

 晩成があごで、土俵の外をさした。

「……そうか、そうよね。土俵から出ればいいのよね」

 未奈が弱気な発言をして、土俵の外に目をむける。

 土俵の外に、晩成が引っぱった綱がたまっている。

「でも、ダメ。もし、負けるにしても、最後に勝負したい」

 未奈はそう言うと、蘭々にむかって言う。

「ルール変更を要求するわ」

「はぁ? ルール変更を要求って、そんなことゆるされるわけないでしょう」

 蘭々が真顔で言った。

「でも今のままだと、晩成が綱を引いて、あたしがその引っぱった綱のうしろを持って、また晩成が綱を引いてっていう堂々巡りになって、いつまでも勝敗はつかないわ」

 未奈は、強い口調で言った。

「そこは、あなたたちがなんとかしなさいよ!」と蘭々。

「それに、綱を引っぱるだけじゃ、ゲームとして、おもしろみに欠けるんじゃない?」

 未奈が言うと、晩成が口をはさむ。

「たしかに、そうだな」

「だからね。──禁止事項をなくしてほしいの」

「えっ!?」

 未奈の提案を聞いて、おもわず春馬が声をあげる。

「それって、体にふれてもいいということか?」

「そうよ。綱を持ったまま、相撲をするの。そうすれば勝負は簡単につくでしょう?」

 未奈が、平然と言った。

「なるほど、それはたしかにおもしれぇ!」

 土俵の外で見学していた大器が、楽しそうに言った。

「タイムよ! 未奈と晩成は、その場から動かないで!」

 蘭々がゲームを中断して、未奈に質問する。

「あなた、頭でもぶつけたの?」

「なに言ってるのよ! あたしは頭はぶつけてないし正常よ。これが滝沢未奈よ!」

 未奈がド迫力で言うと、蘭々は目を丸くして黙りこむ。

 瀬々兄弟も、未奈の迫力に開いた口がふさがらない。

「……うん、そうだな。いつもの未奈だ」

 春馬が、苦笑いで言った。

「わ、わ、わかったわ。本当に、ルールを変更してほしいのね?」

 蘭々が、声をふるわせて言った。

「そうよ。ここで、だらだら綱引きなんてやってられないの。相撲で勝負を決めたいのよ!」

 未奈が、有無を言わせない態度で言った。

「綱を持ったまま、相撲をするというルールでいいのね?」

 蘭々が確認すると、未奈は「いいわ」と即答する。

「晩成は? ルール変更に同意する?」

 蘭々に聞かれて、晩成は「もちろん、大歓迎だ」と答えた。

「わかったわ。それじゃ、ルールを変更するわよ。相手にふれることはOKよ。綱を持ったままの相撲で、勝負をしてちょうだい。……再スタ──────トよ!」

 蘭々が大きな声で言うと、未奈と晩成は、片手に綱を持って向かいあう。

「うおりゃ──────!」

 晩成が左手で綱をにぎって、未奈に突進していく。

 未奈は、土俵を駆けまわって逃げる。

 晩成は、未奈を追いかける。

「相撲がしたかったんだろう。逃げるんじゃねぇ!」

「わかったわ」

 未奈はそう言うと、急に立ちどまった。

「えっ!」

 驚いた晩成は綱を持っていない右手で、未奈を土俵の外に突きだした。

 その未奈は、晩成が前に出した右腕をつかんで、力いっぱいに引っぱった。

「えっ?」

 晩成は、未奈に右腕を引っぱられて、土俵の外に出た。

「お、おまえ! もう土俵の外に出ただろう!」

 晩成が言うと、未奈が「出てないよ」と土俵の外で言う。

「……あっ、勝った」

 春馬が、気のぬけた声で言った。

「滝沢未奈の勝ちぃぃぃぃ!」

 蘭々が勝ち名乗りをあげ、未奈にむけて軍配をあげた。

「ど、どうしてだよ、未奈のほうが先に土俵の外に出たぞ」

 晩成が言うと、未奈が地面を指さした。

「な、なに?」

 未奈は土俵の外にいるが、その足の下には綱がある。

「このゲームで、綱は空気というあつかいなのよ。だから、あたしは今、宙に浮いているの」

 未奈はそう言うと、綱から下りた。

「2回戦は、未奈の勝ちよ。いえ、未奈と春馬の勝ちよ!」

 蘭々が言うと、奥のドアが開いた。

 そこに、秀介とアリスがいる。


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