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4 『奈落』の王者
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「うわぁぁぁぁぁぁ……」
春馬が叫ぶ。
「キャ───────」
未奈は悲鳴をあげた。
開いた床の下は斜面になっていて、春馬と未奈は長いすべり台をすべるように下りていく。
そして、城の中庭の真ん中あたりに落ちた。
「……どういうこと? あの解答で正解じゃなかったの?」
未奈が、立ちあがりながら言った。
「ここに入れたということは、正解なんじゃないかな」
春馬は立ちあがると、あたりを見まわす。
外からは、4階建てのビルくらいの高さの建物に見えたが、実際は5階建てのようだ。
「春馬、だれかくるよ」
未奈が、警戒するように言った。
ポンチョのようなかたちの、おそろいの服を着た、20人ほどがやってくる。
みんな、小学校高学年から中学生くらいの日本人のようだ。
集まってきた20人ほどは、生気のない疲れた顔をしている。それでいて、春馬と未奈には興味があるようで、品定めでもするようにじっと見ている。
「あの、ここが『奈落』ですか?」
春馬が聞いても、みんな無反応に見下ろしている。
「ねぇ、どうなの? 教えてよ!」
未奈が、いらいらした口調で言った。
「──そうよ」
女子の声がした。
ショートヘアーで整った顔立ちの女子がそう言いながら、2人の前にやってくる。
「ここが、『奈落』のⅠ区。地獄の一丁目よ」
整った顔の女子は、じっと春馬の顔を見る。
「Ⅰ区、だって……?」
春馬が言うと、男の怒鳴り声が聞こえてくる。
「おまえら、邪魔だ。作業にもどれ!」
集まっていた子どもたちが、蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
ぼさぼさ髪の大男が、春馬と未奈の前にやってくる。
「おまえが、武藤春馬か?」
「そうだけど……」
「おれについてこい。女もいっしょにこい!」
大男の言葉に、未奈はカチンとくる。
「あたしは滝沢未奈。ちゃんと名前があるのよ!」
「うるせぇなぁ! 2人とも、黙ってついてこい」
大男が歩いていこうとするが、春馬と未奈は顔を見合わせている。
「手間、かけさせんじゃねぇ!」
大男は、春馬の襟首をつかみあげると、そのまま引きずるように進んでいく。
「ちょっと、春馬を放しなさいよ!」
未奈が言うと、うしろから女の笑い声が聞こえる。
「ふふふふふ……。おまえ、おもしろいな」
未奈がふりむくと、背の高いやせた女がいる。
「……あなたは、だれなの?」
背の高い女は、未奈の前にくる。
「わたしは、冨永エマ。そいつは、入来我雄。自己紹介は、これでいいかい?」
エマも我雄も、ほかの者と同じポンチョのような服を着ている。
「まぁ、いいけど……。滝沢未奈よ」と未奈。
「知っているわ。クジトラさまが、おまえたちに会いたいそうよ。ついてきな」
エマはそう言うと、我雄の前を歩いていく。
「おとなしく、ついてこいよ!」
我雄はそう言って、春馬をはなした。
4人は、入り口の扉を背にして、左隅にある部屋に入った。
教室ほどの広さの部屋で、天井から豪華なシャンデリアがつるされている。
中央におかれたテーブルに、たくさんのスナック菓子、スイーツ、果物、ジュースなどがおかれている。
壁には大型の液晶テレビが設置してあり、数種類のテレビゲームがつながっている。
奥にある革張りの高級ソファーに、ベリーショートで筋肉隆々の男がふんぞりかえっている。
「クジトラさま、武藤春馬と滝沢未奈を連れてきました」
エマが、ベリーショートの男に言った。
春馬と未奈は、その男の前に突き飛ばされる。
「おう、よくきたな。ここのボスをしている鯨岡虎彦だ。クジトラと呼んでくれ。よろしくな」
「ボスって……『奈落』って学校じゃないの?」
未奈の質問に、クジトラたちが馬鹿にしたように笑う。
「学校だって!? ここはもっといい場所だ。安住の地だよ」
クジトラが、自慢げに言った。
「そうなの? ちょっとしか見てないけど、安住の地には思えないわ……」
未奈が、首をかしげる。
「おまえたちは、どうして『奈落』にきたんだ?」
クジトラが聞いた。
「それは……、色々と事情があるのよ」
未奈がごまかした。
「まぁ、いい。聞かないでおいてやるよ。ここにいる連中は、みんな訳ありだからな」
クジトラが言うと、エマがつづけて言う。
「ここが気にいらなかったら、いつでも出ていっていいのよ。正門側の扉は、中からは簡単
に開くわ。ただし、外には血にうえたオオカミがいるけどね」
春馬は、クジトラたちをじっと見ていた。
3人とも『奈落』の紹介映像に映っていた人物だ。
あの映像では、彼らのうしろに秀介がいた。
彼らは、秀介を知っているはずだ。
「ぼくは、ここに人を捜しにきたんです。上山秀介といって……」
春馬がとうとつに話しだして、クジトラたちが眉をひそめる。
「おまえ、勝手に話しだすんじゃねぇ!!」
我雄が、春馬の腹にパンチを打ちこむ。
「ウッ!」
春馬は、その場にうずくまる。
「……殴るなんて!」
未奈が怒りと恐怖で体を震わせる。
「ピーピーうるせぇから、黙らせただけだ!」
我雄が、言い捨てる。
「未奈、いいんだ……」
春馬が、平気なふりをして言った。
「ここに、上山秀介というやつはいねぇ。そうだろう、康明」
クジトラがそう言うと、部屋の隅にいた黒縁メガネをかけた色白の男子が返事をする。
「はい、クジトラさま。ここに、そういう人はいません」
春馬と未奈が、目をむけるとその男子は自己紹介をする。
「ぼくは、ここで雑用係をしている平野康明といいます」
クジトラも康明も、中庭に集まってきた者たちと同じポンチョのような服を着ている。
「そういうことだ。康明、2人を部屋に案内してやれ。それから、あそこに連れていけ」
「はい、クジトラさま」
康明は従順にこたえる。
春馬と未奈は、康明に連れられて、部屋を出た。
「クジトラさまには、逆らわないほうがいいですよ」
康明が、まわりにだれもいないことを確認して言った。
「あの人、そんなにこわいの?」
未奈が聞くと、康明がぼそぼそとした声で説明する。
「そういうんじゃないんです。クジトラさまは、ここの正式なボスなんです。だから、ぼくたちは言うことを聞かないとならないんです。逆らうと、ここから追い出されて……」
「オオカミのえさかい?」
春馬が聞くと、康明が「はい」と言った。
「なるほど、ここは絶対的権力者のいる独裁国のようなところなんだな」
「そうかもしれません。でも、ぼくには安住の地です」
康明の言葉に、春馬は違和感をおぼえる。
「ここが安住の地って、どういう意味かな?」
「……ここにいるのは、色々な理由で居場所のない者たちなんです」
「居場所がないって、どういう意味?」
未奈が聞いた。
「家だけでなく、あらゆる世間から見捨てられた者です。ここは、居場所がない者が、静かに生きられる場所なんです」
康明の答えに、春馬は暗い気持ちになった。
どこの世界でも、そこに対応できない者はいる。
そういう者は、邪魔者あつかいされて、目立たないところに追いやられてしまう。
ここは、そういう居場所のない者たちの隠れ家なのかもしれない。
「ここが『奈落』のⅠ区なら、Ⅱ区やⅢ区もあるのかな?」
春馬がつづけて聞くと、康明は困った顔をする。
「あるらしいけど……。ぼくはくわしく知りません」
「そうか……」
春馬と未奈は、康明について歩いていく。
クジトラの部屋のむかい側にある、白くて大きなドアが少し開いている。
「あれ、あの部屋はなに?」
未奈が、ドアの開いている部屋に気がつく。
「……そうですね。この部屋も案内しておきましょう」
康明はそう言うと、白い大きなドアの部屋に春馬と未奈を連れていく。
天井の高い、白壁の広い部屋だ。
奥に祭壇のようなものがあり、そのむこうに幾何学模様の大きな扉がある。
「……ここは、礼拝堂かな?」
春馬が、部屋を見回して言った。
「この城が建てられたころには、そうだったみたいです」と康明。
「あの扉はなに?」
未奈が、幾何学模様の大きな扉について聞いた。
「これもうわさですけど、『奈落』のⅡ区につながる扉だと言われてます」
康明の答えに、春馬が興味をしめす。
「長い間、開けられてないみたいだけど、開くのかな?」
春馬は扉を調べるが、簡単には開かないようだ。
「それよりも、部屋にいきましょう」
康明はそう言うと、礼拝堂を出ていく。
春馬と未奈もしかたなく、礼拝堂を出た。