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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
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#13 朝練初日
晴美とほぼ同時に教室に滑り込むと、結構な人数のクラスメイトたちが集まっているようで、教室の中はわいわい賑わっていた。
涼万(りょうま)はすぐさま早紀の姿を探した。早紀は両手をへそのあたりで結んで、教卓の前で心許なげに立っている。その斜め後ろには、黒板にしなだれかかるように背中をあずけている音心(そうる)がいる。
水野はもう、みんなに声をかけたのだろうか。あの透明な声で。
涼万はちらちらと早紀を盗み見た。
「ちょっと、みんなー。せっかく朝早く来たんだから、練習始めようよ」
晴美のハスキーがかった大声で、教室からざわめきが消えた。今日は音楽室ではなく教室だからピアノがない。昨日の音心のびっくり演奏の代わりだ。早紀が感謝するような目で、晴美を見上げる。
みんなは素直に従って、スペースを作るために机を後ろに下げだした。涼万もホッとした気持ちで、机を引き始めたとき、喉の奥がうずいた。
やっべ。また咳き込みそう。
涼万は机から手を離し、廊下に飛び出した。廊下の奥の手洗い場までダッシュすると、水道を勢いよくひねった。両手で水をすくって何度も立て続けにうがいをして、最後に一口水を飲んだ。冷たい水が喉を伝っていく。
喉の違和感を鎮めるように、首もとを手でそっと押さえた。
ん?
首の真ん中あたりにこりこりした出っ張りをやや感じた。正面にある鏡に首を伸ばして近づけてみた。
もしかして、喉仏っていうやつ?
人差し指と中指で、出っ張りをやさしくなでてみた。父親の喉仏がどんなだったか思い出そうとした。岳の首はどうなっていただろうか。
そのとき、教室から顔を出した晴美が、声を張り上げた。
「涼万、何やってんのー。もうみんな並んでるよ」
涼万は慌てて教室に走りだした。ポケットに手をつっこんだがそこにハンカチはない。両手を腰のあたりで軽くはたくと、右手の甲で口をぐいっとぬぐった。
教室ではもうみんな合唱隊形に整列していて、その中心には早紀がりんと立っていた。さっきの自信なげな様子はなく、手には指揮棒が握られている。指揮者姿の早紀に、気分が浮いた。
がんばれよ、と心の中でエールを送る。
音心はピアノがないから伴奏CDをかけるために、窓際の棚に置かれたCDプレイヤーの前に立っている。遅れて入ってきた涼万を見て、音心がにやっと笑った気がした。
涼万は音心から顔をそらし、首をひょこひょこ縮めながら、最後列の自分の場所に向かった。定位置におさまると、最前列の晴美がつかつか前に出て、早紀の横に並んだ。
「みんな、今日は合唱コンの朝練に来てくれてありがとー。あと二週間しかないけど、頑張って優勝しよー」
と、右こぶしを掲げた。
ああいうことが自然に出来るキンタは、ある意味すごいな。俺には出来そうもない。
感心しながらぼんやり見ていると、晴美は涼万の目線をキャッチして、明らかに涼万だけに向けてにっこり笑った。涼万はどうリアクションしてよいか分からず、瞬きを繰り返した。
だから、俺はキンタのために来たわけじゃ……。
心の中で抵抗する。
じゃぁ、なんで? なんで俺は、岳をシカトしてまで合唱コンの朝練に来たんだ?
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#14へつづく(2022年4月11日 7時公開予定)
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