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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪
#2 幼なじみの天才ピアニスト
「うまく音が出なくて……」
早紀がつぶやくように食卓に言葉を落とすと、 「そんな最初からうまくいくわけないよ」 お父さんから一蹴された。
「でも、わたしには向いてないかも」 お父さんはあきれたようにため息をついた。
「なぁ早紀。『石の上にも三年』っていうことわざ知ってるか?」 それくらい知っていたけれど黙っていた。
「大変でも辛抱して続けていれば成果が出るっていう意味。たかが半年くらいで弱音吐くなよ」
早紀はくちびるをそっとかんだ。
「そうだっ。昨日、仕事の帰りに楽器屋に寄って、チューバのパンフレットもらってきてやったぞ」
お父さんは思い出したように席を立つと、壁際に置いてあったビジネスバッグから取りだしたパンフレットを、テーブルの上にタンと置いた。
「まだそんな……」
「さすがに楽器は結構するなぁ。ま、子どもはお金のことは心配しなくていいから」
早紀は先走るお父さんに、困惑を隠せなかった。
「早紀はもともと音楽が好きなんだから、だいじょうぶよ。そのうち部活も楽しくなるわよ。ほら、音心(そうる)くんもいっしょだしね」
お母さんは励まそうとするが、早紀の心は軽くはならない。
音心とは違うし。これも、脳内でのひとりごと。
音心は幼稚園のときからの幼なじみだけれど、音楽において音心と同じ地平に立っている人はこの中学にはいないだろう。幼いころにいっしょに始めたピアノ教室でも、最初から群を抜いていて、すぐにもっと本格的な別の教室にかわっていった。
ピアノの天才・音心が、なぜ特段強くもない緑山中学の吹奏楽部に入っているのか、早紀は常々不思議に思っている。
ピアノを弾いている音心の姿が思い起こされ、伴奏者のそれと重なった。
今日の音楽の授業は、二週間後に迫った合唱コンクールの練習にあてられるはずだ。音心はピアノ伴奏を担当している。
早紀は箸を一本すっと手に取ると、おもむろに振りだした。
「ちょっと、早紀。お行儀悪いわよ」
お母さんが変なものでも見るように、瞬きを繰り返している。はっと我に返り、箸を空で止めた。無意識の行動に自分でも驚いた。
目下、早紀の頭を悩ましているのは、部活より何より合唱コンクール。
早紀は、その指揮者だった。
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#3へつづく(2022年3月31日 7時公開予定)
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