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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪
#3 澄(す)みきった声
第一章 涼万の場合
──声の矢
1
宮下先生が音楽室から出て行くと、教室はどっと騒がしくなった。
「急な出張って嘘じゃね?」
「また、子どもが熱出したんだべ」
男子がわらわらと散り始めた。
育児休業明けの宮下先生は、確かによく休む。これが英語や数学の先生ならば、生徒たちからだけでなく、保護者からもクレームのつきそうなものだが、担任を持っていない上に副教科の音楽教師だからなのか、今のところ波風が立っていない。
「でもさぁ、合唱コン近いのにね。先生のアドバイスほしかったよね」
「うちらだけで練習なんて、マジかんべん」
女子たちがぶうぶう言っている。雑談の音量が一気に上がった。
そのとき、他の声とは全く異質の、一本の澄みきった声が、教室を通り抜けた。
「合唱隊形に並んでください」
声が一本なんておかしな表現だが、山東涼万(りょうま)の耳には、透明なきらきらした一本の矢が耳を突っ切っていくように思えた。
教室の後ろでたむろし始めた男子たちに合流しようと歩きかけていた涼万は、声の主の方を思わず振り返った。
そこには、教壇に心許なげに立つ水野早紀の姿があった。スカスカのブレザーを背負った薄い背中、膝下の長めのスカートから出ているか細い足は、見るからに弱々しい。
あの子って……、水野って、あんな声してたんだっけ。
涼万は振り返ったまま、早紀の口もとを注視した。
中学に入学してから、もう半年以上経つというのに、早紀の声を初めて聞いたような気がした。が、そんなはずはない。早紀はおとなしくて口数の少ない子だから、個人的な会話をした覚えはないけれど、授業中に当てられたことくらいあるはずだ。
なのに、今とても新鮮な気持ちで、早紀の半開きになった薄いくちびるから、もう一度さっきの声が発せられるのをしばらく待った。
早紀の呼びかけなどなかったかのように、教室は相変わらず騒然としていた。合唱に積極的な女子たちですら、並ぼうともせずにいくつかのグループに分かれて、だべっている。
いつもひっそりと過ごしている早紀が、みんなに向かって声をかけること自体、ものすごくプレッシャーのかかることだろうに、この反応だ。能面みたいに白く固まった顔に、瞳だけが困ったように揺れていた。くちびるからは透明な声の代わりに、音のないため息がもれたかに見えた。
涼万は落ち着かない気持ちになってきた。かといって、「みんな並べよ」というキャラでないことは、自分が一番よく分かっている。
丸めた紙くずを後頭部にポカッと当てられて、涼万は慌てて後ろを振り返った。
「涼万、何ぼーっとしてんだよ。ヒマだからなんかして遊ぼうぜ」
同じバスケットボール部の武井岳(がく)だった。小学校は別だが同じ部活のせいもあり、入学してからしょっちゅうつるんでいる。涼万はあっさりした涼しげな顔で、岳は彫りが深くて濃いワイルドな顔立ち。対照的なタイプの顔だけど、髪型はそっくりで耳もとを刈り上げたツーブロックだ。
ふたりとも学年の中で一、二を争うほど背が高いこともあり、ふたりでいると余計に目を引くようだ。先月の体育祭では、三年女子の先輩からいっしょに写真を撮るようにせがまれた。
涼万は、後ろのロッカーのあたりでたむろしている岳たちに合流した。遊ぶといったって、ゲームがあるわけでもないし、とりとめのない馬鹿話を続けているだけだ。
話の輪に加わっていても、涼万は早紀のことが無性に気になった。
水野……まだあの姿のまま、立っているのかな。
くちびるは半開きのままなのかな。
振り返りたい。
そう思うのに、首がギプスで固定されてしまったかのように、なぜか振り返ることが出来ない。
ダ・ダ・ダ・ダーン。
突然のピアノの大音量が鼓膜を震わせた。
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#4へつづく(2022年4月1日 7時公開予定)
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