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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪
#1 ゆううつな朝ごはん
プロローグ
早紀(さき)は制服のブレザーに腕を通しながら、慌てて食卓についた。一時間目の音楽の授業が憂鬱で、ベッドからなかなか出られなかったのだが、急げば間に合いそうだ。
「遅いなぁ」
お父さんが新聞をばさりと閉じた。 別に待ってくれなくていいのに、と、早紀はいつものように、心の中だけで言い返した。
「おはよう。今日は早紀の好きななめこ汁よ」
お母さんは、わざと弾んだ声で、湯気のたつ鍋から味噌汁をよそう。カウンターに置かれたお椀を、早紀はせっせと食卓に運んだ。お父さんはどっかり座ったまま、番茶をすすっている。
早く食べたいならいっしょに運んでよ……と、これも脳内でのひとりごと。 だし巻き卵、あじの干物、インゲンの白和え、なめこ汁。温かい朝食が食卓に並んだ。毎日、こんなちゃんとした朝食を用意するのは、お母さんも大変だと思う。
前日の夕食の残りとか、たまにはトーストとか簡単にすませられないのは、お父さんのこだわりだからだ。
「いただきます」
早紀は伏し目がちに手を合わせた。会話も弾まないなか、家族三人で食卓を囲むのは、朝から気の重い時間だった。食も進まず、早紀は窓の方に顔を向けた。気持ちとは裏腹に、ベランダ越しに見える青空はすっきりとした秋晴れだ。
「早紀、部活はどうだ?」
あっという間に食べ終えたお父さんが、口を開いた。
「どうって?」
その口調が多少反抗的に聞こえたのか、お父さんがかすかに眉を寄せる。
「まだ一年生なんだもの。これからよね」
お母さんがとりつくろうように、横から口をはさんだ。
「俺は早紀に聞いているんだよ」
早紀はこの春、緑山中学に入ってから、吹奏楽部に入部した。スポーツが苦手なので運動系の部活はありえない。小学五年生のときまでは、ピアノを習っていたし、大好きな音楽ならと思い吹奏楽部に入ったのだが、その考えは甘かった。
吹奏楽部は文化系の部活とはいっても、運動系のごとくランニングなどの運動もあれば、先輩後輩の上下関係もきびしかった。
ピアノ教室を途中でやめたのも、優しかった先生が小学五年生のときに転居してしまい、代わりの先生が怖かったからだ。威圧的な先生や先輩というのは脅威でしかない。
春先、吹奏楽部で担当楽器を決めるときのことだ。
早紀は、比較的肺活量が少なくてすむフルートやクラリネットなどの木管楽器がよかったのだが、そちらは人気があった。やりたい理由を、部長の丹治先輩の前で順番に言わされた。
ついこの間まで小学生だった早紀にとって、中三の先輩は恐ろしく大きく見えた。早紀がまごまごしているうちに、丹治先輩は言った。
「チューバはどう?」
嫌だとは言わせないような圧があった。結局、早紀はあいまいにうなずいてしまい、誰からも希望のなかったチューバを押しつけられてしまった。
チューバ。大型の低音金管楽器。最も避けたかった楽器の一つである。
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#2へつづく(2022年3月30日 7時公開予定)
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