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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』第5回

18 ヒミツの捕獲!


「うわあっ、こっちに来るな!」

 大きなカメラを首から下げた男は、まわりをうろちょろするペンギンに向かって叫んだ。

 裏門にほど近い場所でも、もうすっかり人が避難していて、男の声はだれにも届かない。

 手で追いはらう間にも、また別のペンギンが地面に置いていたバッグをくちばしでくわえて、引っぱりはじめる。

「あっ、放せ! これには大事なものが入って、うっ、集まるな! だれか助けてくれ~!」

 パン パパン!

 男がそう叫んだ瞬間、足元で何かが弾ける。

 驚いたペンギンたちが遠ざかっていくと、男はヘロヘロと地面に座りこんだ。

「た、助かった……」

「だいじょうぶですか?」

 男が知らない声に顔を上げると、いつの間にやってきたのか、目の前に男の子が立っている。

 青色の上着を着た、すらっとした男の子だ。少しくせのある黒い髪が風に揺れて、その下から鋭いひとみがのぞいていた。

「い、今のは君が? ありがとう。助かったよ」

「気にしないでください。おれはあなたを助けに来たわけじゃないんですから」

「え?」

「あなたを──捕まえに来ました」

 男の子は、鋭いひとみをきらりと光らせた。

「な、何を言ってるんだ。ぼくは、別に捕まるようなことは……」

「ごまかさなくてもいいですよ。もう、ぜんぶわかってます」

 ゾウの脱走事件をだれが起こしたのかも──なぜそれが起きたのかも。

 光一は、男を強い視線でつらぬいた。

「ゾウが脱走したのは、施設が古くなっていたからじゃない。今回の事件はすべて、出入り口の警察を恐れて、ここで逃げまどっている──あんたが原因だ!」

 男が、ぎょっと肩をすくめた。

「なっ、ぬれぎぬだ! ゾウの脱走は、どうせ古い施設のせいか、飼育員のミスだろう!?」

「それはない。たしかに、動物園自体は古いけど、手入れはしっかりされていた。それは見学していればわかる。過去にも脱走事件はなく、動物の扱いのマニュアルも徹底されている」

 それなのに脱走事件が起きたということは、他に原因があったからだ。

「ゾウ舎には、ゾウのための部屋以外にも、いろいろな場所がある。ゾウのグラウンド、飼育の道具を置くバックヤード、そして──展示スペースだ」

 入場してすぐに見た、ゾウの資料が飾られた場所。

 あそこは、ゾウ舎と一体になっていた。

「ゾウのエサやり中は飼育員もグラウンドに出る。侵入しやすいタイミングだ。あんたは、そのすきにカギを壊して中に入り、展示スペースを探して、あちこちのドアを開けた。目的をとげた後は、見つかる前にと、ドアを開けたままあわてて逃亡した。そうだろ?」

「な、なにを言ってるのかわからないな。ぼくは、ゾウになんか興味がないし──」

「ゾウには興味がなくても、サイにはあるだろ?」

 光一がすっと手をあげると、鋭く飛んできた和馬のワイヤーが、男の携えていたカメラバッグのファスナーに引っかかる。

 ワイヤーに引かれてファスナーが開くと、中から白い石のようなものが飛びだした。

 かたく、先が細くとがった、そりあがった形。

 ──サイのツノだ。

「ああっ!」

 男がサイのツノをバッグに押しこもうとする姿を、光一は冷ややかな目で見つめた。

「サイのツノは、動物保護のために世界的に取引が規制されている。でも、薬を作ったりコレクションしたりするために、今でも違法な取引が行われている。物によっては、何千万円もの値段がつく高級品だ」

 貴重だからこそ、値段が上がってしまう。皮肉な話だな。

「それを知っていたあんたは、ある日、動物園のゾウ舎で比較用に展示されていたサイのツノを見つけ、盗もうと考えた。リニューアルがあるから何ヶ月も計画を練る時間はない。けれど、サイのツノは大きいから持ちだせば目立つ。そこで利用することにしたのが、フォトコンテストだ」

 光一は、ツノが入っていた大きなカメラバッグを指さした。

「撮影道具を運ぶためのバッグにはキャスターがついていて、重い物も運びやすくなっている。しかもフォトコンテスト期間中なら、持ちこんでも誰にもあやしまれない」

 中身を空にしておけば、物は入れ放題だ。

「サイのツノを盗んだら、すぐ逃げるつもりだったんだろうが、ゾウの脱走で動物園はパニックになった。でも、あんたは他の人と違って逃げられなかったんだ」

 とんでもなく高価な獲物を、置いていきたくなかったから。

「飼育員のマニュアルが徹底していたおかげで、警察が早く来たのが、運の尽きだったな。それに──おれたちが、絶対にあんたを逃さない」

 光一は、すっと伸ばした指を、男の顔にまっすぐつきつけた。

「あんたは、自分のために動物を利用し、多くの人と動物を危険に巻きこんだ。反省して、おとなしく捕まるんだ!」

「いっ……いやだ!」

 男が、大声で叫んだ。

「ぼくは何も悪くない。貴重なツノを、無防備に飾ってるほうが悪いんだ! ゾウの脱走だって、侵入された飼育員のせいだ。サイだって……利用されるような、弱いやつらが悪いんだ!」

「本当に──動物たちが弱いとでも?」

「え?」

 パンッ

 光一の足元で、また和馬の煙玉が弾ける。男が煙に気を取られている間に、光一は男の視界から外れると、近くの木のかげに移った。

 待ちかまえていた健太が、にっこり笑ってうなずく。

 ──いよいよ、最後の捕獲の開始だ。

 煙がはれると、一人残された男は、青い顔で左右を見まわした。

「だ、だれもいない! そんな。今のは、まぼろし? それとも……まさか、復讐に来た動物が化けてでた!? い、いや、そんな馬鹿なこと、あるはずが……」

 キイイィ キキィッ パオオオォオン!

 グルルル ……ガルルッ

 シャーッ シャーーーーッ

「ひいっ!? サルにゾウにトラに……まさか本当に!?」

 健太の神わざの声まねを聞いて、男が、ぶるぶると震えあがる。

 男がバッグを手にゴミ箱のかげにかくれようとした瞬間、かげにかくれていたクリスが、男にすばやくアメを振りかけた。

 キラキラした欠片が、男にようしゃなく降りそそぐ。

「な、なんだ!?」

 ピュイーッ ピュイピュイッ

 太陽でアメの欠片がきらりと輝いた瞬間、健太の鳴きまねにつられて、たくさんの野鳥が、光の欠片を身にまとった男に向かって急降下した。

「うわっ、鳥!? この、いてて。このっ、この!」

 動物に襲われる気分は、どうだ?

 でも、まだカメラバッグを手放さないのか。もう少し、〈動物の逆襲〉をするしかないか。

「健太」

「了解!」

 シャ~~~~ッ

 健太が、シュルシュルと地を這うヘビの効果音を出すと、近くの木のかげから、三匹のヘビがするすると男へ向かいはじめる。正しくは、ヘビの柄を描いた──和馬のロープだ。

 木の上に陣取った和馬がワイヤーを器用に引くたび、ロープがするすると男に近づいていく。

 健太が描いた柄と、和馬がワイヤーで操る動きで、もうヘビにしか見えない。

 案の定、男は自分にせまってくる三匹のヘビを見て、あっという間に震えあがった。

「うっ、うわああ! まさか、毒ヘビ!? やめろ、くっ、くるなーーーー!」

 シュルッ!

 ヘビに見えるロープが足に巻きついた瞬間、男は天をあおいで叫んだ。

「わ、悪かった! ただ、お金がほしかったんだ! 別に動物のことなんて、どうでもよくて」

「動物なんか~~、どうでもいい~~~~ですって~~~~~~~!?」

 ドシーン!

 ……来た。

 光一も、健太もクリスも、和馬も、みんな広い道の先を見る。

 つやつやした毛並みの四本足の動物が、突然、ぬっとあらわれる。

 ピンと伸びた短い耳。黄色に黒いしまが入った、太い手足と胴体。

 くるんとしたしっぽに──鋭く尖った長い爪。

 白いまぶたのふさふさした毛並みの間に、小さなひとみが二つ光っている。けれど、不思議なことに、そのぱっくり開いた口から、さらに二つの獰猛なひとみがギラリと光った。

 すみれの、ひとみだ。

 すみれの変装──。

 でも、恐怖心からか、男が気づくようすはない。

「トッ、トラ!? そんな、トト、トラなんて」

「ガルルルルルッ!」

 えーっと、すみれ、それは演技だよな?

 健太から借りたトラの着ぐるみを着たすみれは、犯人に向かって走りだす。

 二足歩行だけれど、目の輝きと速度は、トラ以上だ。

「ツノを盗んだうえに、動物も人も危ない目にあわせるなんて、ぜ~ったいに許さない!」

「ひっ、ひい! だ、だれか、だれかーっ! はっ、トラと言えば死んだフリがいいのか!?」

「それはクマ対策だし、やっても気休めにしかならないから! 光一の受け売りだけど!」

 そう叫んだときには、すみれは男の目の前まで来ていた。

 長い爪の下にかくれていた手が、男のえりとそでをすばやくつかむ。すみれが、男の股間に足をかけながら、さっと腰を落として後ろへ転がると、男の体が宙に浮く。

 ぽーん

「超激烈スーパー・ウルトラ・グレート・ハイパー・ミラクル・デラックス特盛りゴージャス・ダイナマイト・スペシャル・エクストラ・ファイヤー天才的全力、隅返し~~~~!」

 ……えーっと。

 一応、ここは動物になりきる予定だったんだけど。

「ま、いいか。犯人にはもう聞こえてなさそうだし」

「うっ、うわああああああぁ!」

 ドッスーーーーーーーーン

 犯人の体が、肩から勢いよく地面に叩きつけられる。

 犯人がすっかり伸びきると、すみれは着ぐるみの長い爪で、元気よく空を指差した。

「一本!」

「いつも以上に容赦なくいったな……」

 木から飛びおりてきた和馬が、犯人を縛りながら顔をしかめる。

 すみれの猛獣ぶりは、さすがだったな。

 おれも、山でトラにあったら──いや、怒ったすみれにあったら、絶対に逃げることにしよう。

 集まってきた健太とクリスが、ほっと胸を撫で下ろした。

「ふう~、これで解決かな? 最後はうまくいくか、ちょっとドキドキしたよ。でも、動物園見学をがんばった成果が出てたね!」

「犯人、すっかりだまされてたね。捕まえられてよかった。サイのツノも返ってきたし……」

「そうだな。おれたちも、急いで出よう。先生たちが心配してるだろうし、そろそろ増えてくる警察や職員に見つかったら大変だ」

 まずは使った道具をまとめるか。ロープとアメの残りと、すみれの着ぐるみと……。

「光一」

 え?

 すぐそばからした声に、さっと振りかえると、いつもの服に戻ったすみれが、めずらしくうつむきがちに立っている。

 さっきの、すみれが呼んだのか? やけに落ちついた声だったけど。

「……光一、さっきはありがと」

「え? さっきって」

「二手に分かれるのを止めてくれたこと。あと、いっしょに春奈をさがしてくれたこと。光一が来てくれて、あきらめずに励ましてくれて……うれしかった」

 ザアッ

 強い風が、すみれの短い髪を揺らす。

 すみれが顔を上げると、その丸いひとみの中に、光一の姿が映る。

 次の瞬間、すみれがくしゃっと笑った。

「光一のこと、ちょっとだけ見直しちゃった。さすが、あたしの幼なじみっ!」

「すみれ……」

 ……少し、照れるな。

 でも、力になれてよかった。おれと、みんなで。

 やっぱり、すみれは元気が一番だからな──。

「あーーーーーーーーー!!」

「うるさい!」

 せっかく、少しほっとしてたのに!

 光一は、耳元で叫んだすみれを、じろりとにらんだ。

「すみれ、大声を出すな。まだ動物たちも興奮してるから、驚くかもしれないだろ!?」

「それはそうだけど! あたし、大変なこと思いだしちゃった。動物園のフォトコンテスト!」

 ──あ。

 さすがに、おれもすっかり忘れてた。

 クリスと和馬が目を合わせる。健太が、頭を抱えて言った。

「そういえば、午後は一枚も写真を撮れてないよ! 午前の写真の半分はクリスちゃんだし」

「えっ、そうなの!? ええっと……徳川くん、どうする? 何かいい方法ないのかな?」

「そうは言っても。今からじゃ、どうしようもないんじゃないか? なあ、和馬」

「そうだな。五井の妹と合流して早く移動したほうがいい。今回のコンテストはあきらめて──」

「……きらめない」

「「「「え?」」」」

 小さな声に、光一も、他の三人も振りむく。

 みんなの視線をあびたすみれは、バッと顔を上げると、大声で叫んだ。

「あたしは、あきらめない~! フォトコンテストの優勝も、春奈の笑顔も!」

 すみれが、突然、走りだす。春奈をさがしに行ったときと同じくらいの全速力だ。

 速すぎる。まだあんな体力が残ってるのか!?

 すぐに、さっきの広場に出る。ベンチで待っていた春奈が、すみれに気づいて立ちあがった。

「お姉ちゃん。みんなも、おかえり、なかなか戻ってこないから、さがしに──えっ!?」

「春奈、来て!」

 ぐいっ

 すみれは春奈の手をつかむと、ころばないように注意しながら、道を先へと駆けぬけていく。光一はあわてて、すみれの背中に向かって声を張りあげた。

「すみれ、どうするつもりなんだ!? それに、早く出口に行かないと──」

「わかってる! ちゃんと出口への最短ルートを行ってるよ。途中で一瞬、寄り道するだけ!」

 寄り道?

 質問する間もなく、みんなで、すみれの後を追う。

 あっという間に息が切れる。今日は、もう走ってばっかりだ。

「すみれ、はあっ、そろそろいったん止まれ──」

「ごめん! 着いたよ、ここ!」

 すみれの声になんとか顔を上げると、ガラス張りのきれいな建物が見える。

 ──ここは。

 驚いて光一が足を止めると、すみれはその手に、持っていたカメラをドンと押しつけた。

「光一、今からポーズをとるから、カメラで撮ってくれない!? もし入ってなかったら、正面から動物も入るように、いいカンジに指示を出して!」

「えっ、おれが!? でも、そうしたらすみれの名前で応募できないぞ?」

「だいじょうぶ、それは考えてあるから。あ、ピントだけは絶対に合わせてね。あたしの特別カメラ講座は受けさせたし──あ、これ、もらうね。とにかく、よろしく!」

「わっ」

 すみれは光一にカメラを渡すと、春奈の手を引いて、目当ての動物の前へ駆けだす。

 そして、くるりと振りむいてポーズをとった。

「光一、二人とも入ってる? 春奈はこうやって、こう……うん、バッチリ!」

「お姉ちゃん、こんなポーズでいいの? 少し変じゃない?」

「だーいじょうぶ! あたしが一万パーセント最高って保証してあげる。あっ、待って。あとは、あたしがほんのちょっと、指を上げて……よーしっ!」

 すみれはぴたりとポーズを維持したまま、光一に笑顔を向けた。

「光一、準備OK。さっ、早く撮って!」

「待て! えっと、まずは、二人が真ん中に来るように……」

 とはいえ、あまり時間はない。

 撮りなおしできない。一枚だけの一発勝負だ。

 光一はカメラをのぞくと、ねらいのものがぜんぶ入るように細かくズームを調整する。

 二人と、後ろの動物を入れて──ここだな。あとは……。

 丁寧にピントを合わせると、すみれの笑顔がくっきりと浮かびあがる。

 ──ああ、わかった。

 フォトコンテストのテーマは、〈動物園の大事な思い出〉

 多分、すみれがこの写真で表現したい中身は──これだ。

「……準備できた」

「よし、OK! じゃあ、いくよ、春奈。シャッターチャンスは一度だけ!」

 パシャッ


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