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16 キケンまであと二ミリ!
少し前。
春奈は、パンダのオリの前にいた。
放送は消えてしまったものの、通りすがりの人の話から、何が起きたのかはだいたいわかった。
ただ、パンダのまわりは、一番人気なだけあって、あまりに人が多かった。
最初は人がもみあっていて──人気が落ちつくまで待ったのは、正解だったみたいだ。
待つ間に眺めていたパンダを、もう一度見つめる。
パンダの姉妹は、小さなころの記憶よりも大きい。まるで、中に人が入っているみたいに生き生きしている。二頭で笹を分けあう姿なんて、自分たちとは正反対だ。
「姉妹で仲良くしてるんだね。すごいな……」
わたしも、無事に避難したら、お姉ちゃんと仲直りしなきゃ。
「外も、だいぶ静かになったみたい。もしかして、ゾウがオリに戻ったのかな?」
外に出て、大型動物がいないことを確かめてから歩きだす。
ここから近いのは、裏門だよね。みんなは先に避難してるかな。あとで謝らないと。
「そうだ、お姉ちゃんに連絡しなきゃ。ええっと、スマホを……」
あれっ?
スカートのポケットに手を入れて、はっとする。
……ペンがない! たしかに、このポケットに入れたはずなのに。
「上着のポケット……入ってない。リュックのポケットにもないな。荷物に紛れてもないし」
おかしいな。さっき、トラ舎でメモを取るときにはあったよね。
もしかして、トラ舎で落としたのかな。どうしよう。あれは大事なペンなのに。
春奈は、さっき通ってきた道を見とおす。近くにいた人は全員避難したのか、人っ子一人いない。無人になった幅の広い道は、不気味なくらい、しんとしている。
本当は、すぐ避難しなきゃいけないんだけど。
「……少しなら、だいじょうぶだよね」
春奈はリュックを背負いなおすと、トラ舎へ小走りに向かいはじめる。一度、通った道だから、思ったより速く移動できた。
ベンチを通りすぎてスロープをのぼると、トラのエリアが見えてくる。
三つに仕切られた、ガラス張りの大きなトラ舎の前に広い通路が続く、立派なエリアだ。
入り口から通路に入ると、床には逃げた来園者の落とし物がたくさん落ちていた。
「マップ、解説のチラシ、ハンカチ……うーん、ペンはないなあ」
もっと、奥かな。
「そういえば、最後にペンを使ったのは二つ目のブースで……」
キュッ
静かになったトラ舎は、歩くたびに音がする。
通路を進みながら、地面をしっかり見ていく。
メモ帳、帽子、ノート──。
「あれ?」
通路の途中で、スロープに入った五本の傷に気づいて、足を止める。
アスファルトの一部が、何か鋭いものにえぐられて、掘りかえされている。
「こんな傷、さっき、あったっけ? トラの観察に集中してて、気づかなかったのかな?」
パキン
え?
突然聞こえた音に、ふっと顔を上げる。
今、枝が折れるような音がしたような──気のせいかな。
「あっ」
少し先、ゴミ箱のかげで、小さなパンダがきらりと光る。
──パンダのミニチュアがついたペン。
さがしていたボールペンだ。
「あった!」
思わず、駆けよって拾いあげる。
インクは問題なく出る。少し汚れてしまったけれど、ふけば、すぐきれいになりそうだ。
「よかった。このペンは……やっぱりなくせないよね」
さてと、すぐに戻らないと。
ペンを大事にポケットに入れて、出入り口へと向きを変える。歩きだそうとして、ふとゴミ箱のほうを見た瞬間、信じられないものが目に入った。
アスファルトの上に──四本足の動物がいる。
大きい。
目が覚めるような黄色に入った、黒いしま模様。一メートルはある、ピンと立った尾。
思わず見とれるような、たくましい肩と──爪。
──トラだ。
トラがいる。
「っ!?」
とっさに、自分の口を手でふさいで、ゴミ箱の裏にしゃがみこむ。
今、目に飛びこんできた光景が信じられない。
ほんの何メートルか先に──本物のトラがいる!
「うそ……」
グアアオゥ……
トラがこっちを向いた気がして、あわててもっと強い力で口を押さえる。
声を出したら見つかる。見つかったら、ひとたまりもない!
逃げようとしても、足が動かない。気がつくと、体が勝手にぶるぶると震えていた。
どうしよう、どうしよう。
一人で来たから、きっとバチが当たったんだ。お姉ちゃんも、悲しそうな顔してたし──。
頭の中に、さっき別れたときの姉の顔が浮かぶ。ショックを受けて、ぼうぜんとした顔。
あんなふうに、意地を張らなければよかった。
お姉ちゃんに悪気がないことなんて、わたしはもちろんわかってたのに。
フッ フーッ
トラの息の音が、少しずつ近づいてくる。きっと、においで人がいると気づいている。
わたしを、探してるんだ。
本当なら、ようすを見ながら逃げなきゃいけないけれど、ゴミ箱の向こうをのぞく勇気もない。
「っ……」
どうしたらいいのか、わからない。こわくて、どうにもできない。
あんなふうに傷つけたのに、都合がよすぎるとわかっている。でも、頭の中に浮かんだのは一人だけだった。
「たす……けて」
──お姉ちゃん!
グアウッ!
ゴミ箱のかげから、トラの鼻先が、ぬっと突きだす。
もうダメ──!
そのとき、だれかに横から引っぱられた。
腰が抜けて座りこんでいるのに、それをものともしない強い力。
引っぱられるままゴミ箱の裏側に回りこんで初めて、だれかの手が、冷えた肩にもそえられていることに気づく。
大きくはないけど、力強い手。
声は、出なかった。
顔を上げると、息を止めたまま神経を張りつめさせた姉の顔が視界に飛びこんでくる。
すみれが、春奈をかばいながら、一分のすきもない鋭い視線をすぐそばの危険に向けていた。