
どの巻から読んでもおもしろい! 世界一の特技をもつ、5人の小学生が大活躍!
事件と笑いがいっぱいの人気シリーズ「世界一クラブ」、待望の【20巻】が10月に登場! 発売を記念してトクベツに【1巻】と【19巻】を大公開! 期間限定でまるごと読めちゃうチャンスをお見逃しなく★(公開期限:2025年12月26日(金)23:59まで)
12 特大の緊急事態
「はああぁああ~~~~~~~~~~」
すみれが、白目をむいてベンチに座っている。
午前中とは打って変わって、驚くほど気力がない。まるで魂でも抜けたみたいだ。
うちに食パンを食べに来たときより、悪化してないか?
健太は、春奈が去った方向とすみれを交互に見てオロオロし、和馬は近くの壁に寄りかかって、ややあきれたように眉を寄せている。
心配そうなクリスにつきそわれながら、すみれは頭を抱えた。
「どっ………………どっ、どうしよう~~~~! ううっ、これじゃあ見なおしてもらうどころじゃない。春奈に完全にきらわれちゃったよ~。光一、あたし、どうしたらいい!?」
「えっ。おれに聞かれても」
おれにはきょうだいがいないから、きょうだいゲンカもしたことないしな。
「健太、何かいいアドバイスはないのか? 健太も、きょうだいゲンカくらいするだろ?」
「えっ、ぼく!? うーん、ぼくは、何か失敗したり、怒らせたりしたら、すぐにごめんなさいすることにしてるからなあ。和馬くんは?」
「……健太は、あの姉さんに歯向かう気になるのか?」
あー……それは、ケンカにもならないってことか。
光一は、すみれを見て肩をすくめた。
「とにかく、追いかけて謝るしかないんじゃないか? すみれも、少しやりすぎたと思ってるんだろ?」
「うっ……でも、何を言っても許してもらえなそうじゃない? あんなに怒らせちゃったし……」
すみれが、がっくりと肩を落とす。
……はあ。けっきょく、ここに逆戻りか。
どうする? とはいえ、おれが何か言っても、うすっぺらくなるだけだし──。
「……その、許してもらえないってことは、ないんじゃないかな?」
「えっ?」
みんな、驚いて声がしたほうを振りむく。
集まった視線の中心で、クリスは、すみれの背中に、そっと手を置いた。
「ええっと……ほら、わたしにも、お兄ちゃんがいるでしょ? それで、すみれを見てて、今までお兄ちゃんに迷惑をかけられたこと、たくさんあったなって思って」
「やっぱり、迷惑なんだ~~~~」
すみれの両目から、マンガみたいに涙がドバドバあふれた。
「ううっ、悪気がないのはわかってるけど、めちゃくちゃショック~! さすがに、クリスのお兄ちゃんのレオンさんほどじゃないって思ってたのに!」
「え、えっと! すみれのほうが、ずっといいと思うよ? ほら、うちのお兄ちゃんは、そばにいなくても迷惑をかけてくるタイプだし……」
……レオンさんは、クリスを溺愛してるからな。びっくりするほど過保護だし。
「でも……すべてをきらいなわけじゃないわ。みんなが、わたしに気づかせてくれたみたいに」
「クリス……」
そんなふうに思ってたのか。
クリスは光一にほほ笑むと、すみれの手に、自分の手をそっと重ねた。
「春奈ちゃんが怒ってるとしても、きちんと話せば、すみれの気持ちも受けとめてくれるんじゃないかな。だって、もともとは、すみれのことを心配していたんでしょ?」
「あたしのこと……」
……そうだよな。
春奈は、すみれのことを大事に思ってる。たぶん、すみれが春奈を思うのと同じくらい。
「すみれは、いつものすみれのままで、正面から話せばきっとだいじょうぶ。だから……」
「ありがとう、クリス」
すみれの手が、クリスの手を、上からギュッとにぎりかえす。
いつの間にか、すみれは静かに目を閉じている。数秒して、ぱっちりと開いたひとみは、いつもみたいに生き生きとしていた。
「あたし、正直に話してみる! こそこそ計画を立てるなんて向いてないもん。正面から謝るよ」
「うん。がんばって、すみれ」
クリスが、明るく笑う。健太も、励ますように両手で、ぎゅっと拳を作った。
「ぼくも、応援するよ。春奈ちゃん、きっとわかってくれるんじゃないかな」
「……少なくとも、話さないよりはいいだろう」
「健太、和馬も……ありがとう!」
すみれが、カラッとした笑顔で返事する。
へえ、和馬も励ましてる。やっぱり、きょうだいがいる身として思うところがあるのか?
って、おれだけ乗りおくれてる!?
「すみれ、おれも応援して──」
「ああ~~~~、でもやっぱり心配! 追いかけるだけで、怒られないかな!? 柔道の大会の決勝戦以上に緊張するんだけど~!」
「そこまで!? それに、春奈に対してだけ、くじけるのが早すぎないか!?」
キイィイン!
「いっ!」
なんだ、この耳をつんざくような音!
突然、響きわたったハウリング音に、光一は、とっさに両耳を手でふさぐ。
自分だけじゃない。世界一クラブのみんなも、近くにいた人も耳を押さえている。
今のは? 施設の──放送用のスピーカーの音か?
「わっ!」「なに? この音」
不安そうな声が上がるなか、スピーカーがざわめきをかき消すほど、大きな音を出した。
『緊急放送です! ご来園のお客様に、ご案内いたします。ただいま、ゾウ舎でトラブルが……ゾウが一頭……っ!』
ブツッ! ──シーン
「……放送が、消えた?」
ガシャーン! ドスンドスン!
ガラガラガラッ!
今度は、すぐそばの木々のさらに向こうから、鈍い音が響きわたる。正門側の方角だ。
近くの木々から、鳥が、逃げだすように、いっせいに飛びたった。
──嫌な予感がする。
「光一!?」
名前を呼ぶすみれを無視して、音とは反対方向へ駆けだす。
こっちに、少し小高い丘があったはず!
少し高くなった休憩用の丘にのぼりつめると、手すりごしに音がしたほうを見下ろす。
……ゾウの森のあたりから、砂ぼこりが上がってる?
「徳川くん、使って!」
後を追ってきたクリスが、双眼鏡を差しだす。
緊張しながら二つの暗い穴をのぞくと、砂ぼこりの根元がよく見えた。
もくもくと上がる砂ぼこりのあいだに、灰色の長い何かが一瞬のぞく。
分厚い皮膚。長くて、なんでもつかめそうな鼻先の──。
ゾウの鼻、だ。
「……ゾウが、オリから出てる」
「えっ!?」
「光一、貸して!」
すみれが、光一から双眼鏡を奪って、同じように向こうをのぞく。
そのとき、ちょうど肉眼でもオリの手前にいるゾウの大きな耳がくっきり見えた。
「ほんとだ。ゾウが、オリから外に出ちゃってる! しかも、他のオリに体当たりして、壊して回ってる!?」
「そそそ、それって脱走ってこと!? もしかして、施設が古くなったせいでオリが壊れちゃったとか!?」
「いや……まだ、わからない」
特定するには、あまりにも情報が足りない。
でも、今は──。
バキッ ズンッ
「危ない! みんな、こっちに逃げて」「そっちに行ったぞ!」
さっきまで聞こえなかった騒音と悲鳴が、少しずつ近づいてくる。騒動が広がって、パニックになっている証拠だ。
──何より今は、目の前のキケンに対処しないと!
和馬が言う。
「光一、どうする?」
「手分けして、避難の手伝いをしよう。このままじゃ、ゾウだけじゃなく、いろんな動物が脱走してしまう。そうなったら、みんながあぶない」
一般の来園者も、クラスメイトたちも──そして。
「──春奈!」
すみれが、双眼鏡を持ったまま駆けだす。飛ぶような速さだ。
「っ!」
だめだ!
光一は、間一髪で、走りだしたすみれの腕をつかむ。
けれど、すみれの腕はびくともしない。むしろ、つかんだ腕ごと、ずるずると引きずられた。
どんな力だ! でも、とにかくこのまま行かせるわけにはいかない。
「すみれ、落ちつけ! どこに危険があるかわからないんだ。一人で動くな!」
「でもっ! 早く行かなきゃ。春奈は、今、一人なんだよ!?」
すみれが叫ぶと、手に不安そうな振動が伝わる。
すみれの肩が──震えてる。
もしかして、泣いてる?
確かめる前に、すみれが、ばっと顔をそむけた。
「助けに行かなきゃ。あたしは一人でも行く。光一、止めたってムダだから」
「……止めるわけないだろ」
止められるわけない。本気のすみれを。
こんなに──春奈を心配しているすみれを。
「──おれも行く」
自然と言葉が出る。
光一は、すみれの手をつかんだまま、静かに言った。
「一人では行かせられない。おれだって、春奈が心配だ」
「でも! ……他にも危ない人はたくさんいる。光一はそっちに回ったほうが」
「だいじょうぶだ。だって、おれたちには」
──頼れる仲間がいる。
すぐにクリスが、すみれの肩にそっと手を置いた。
「すみれ。みんなの避難は、わたしたちにまかせて、春奈ちゃんのところへ行ってあげて」
「そうだよ。みんなのことは、ぼくたちがなんとかするからさ」
「……いつもみたいに、さっさと行けばいい」
「みんな……ありがとう」
すみれが、腕で自分の目をぬぐう。そのひとみに、もう迷いはない。
「これで、決まりだな」
学校のみんなも、他の来園者も──動物たちも助ける。
おれたち、五人で!
そして──。
光一が作戦を手早く説明すると、みんな、黙ったままうなずく。
張りつめた空気のなか、すみれがまっすぐにみんなの顔を見て言った。
「みんな、本当にありがとう。あたし、絶対に春奈を助けてくる!」
ああ。
あたりに、人の声と動物の鳴き声があふれはじめる。
光一は、さっと振りむくと、ひときわ騒がしくなった動物園を見て言った。
「行こう。世界一クラブ、作戦開始だ!」