15 二人で、助ける
ガターン!
遠くから、大きな音がする。方角は正門の近く──きっとゾウの森だ。
光一は、日本の動物エリアを走りながら、少しだけ振りかえった。
「……ゾウが、オリに入った音だな」
クリスからの連絡どおりだ。和馬が動物の脱走も抑えてくれたし、これで動きやすくなる。
ペンギンやトラみたいに、オリが壊れた情報もあるから、まだ油断はできないけど──。
ちょうどそのとき、前を走るすみれが声を張りあげた。
「光一、みんなから何か連絡、来た!?」
「ああ。全員、順調だ。でも、春奈については何も。三人とは違う方向に行ったみたいだな」
「じゃあ、動物園の左半分──あたしたちが来てるほうしかないね」
すみれはそう言いながら、人の流れに逆らって、どんどん加速する。
振りむきすらしない。あまりに速くて、追いかけるだけで精一杯だ。
「はあっ、すみれ、だいじょうぶか?」
「…………うん」
風の合間から、返事が聞こえる。
……おれには、あまり、そう見えないけど。
走りまわった疲労と緊張で、さすがのすみれもへばってきてる。ここは一度、休ませないと。
「すみれ、いったん止まれ。このままだと、春奈を見つける前にどっちもへばる」
「でもっ、はあっ……どうしよう、光一。春奈、見つかんない!」
すみれが、不安げに振りむいた。
「いったい、どこにいるんだろ。裏門のあたりは手あたり次第に見たし、正門そばの小動物エリアも広場もぜんぶ見てまわったのに!」
「落ちつけ。パンダやペンギンみたいに、まだ見てない大型の飼育施設もあるだろ? それに、動物園は一方通行じゃないから、おれたちと違うルートで出口に行った可能性もゼロじゃない」
「でも! 無事に避難してたら、スマホで連絡してくるよね? 何度もメッセージを送ってるのに返事もないなんて……」
すみれが、スマホをぎゅっとにぎる。うつむいていて、表情は少しも見えない。
「……それとも、あたしだから返事がないのかな」
え?
「今、なんて──」
「なんでもない」
すみれは、パッと顔をあげると、近くにある園内マップを指さした。
「光一、ここで分かれよう。このままいっしょにさがしてても見つけられないかも。二手に分かれたほうが、見つかる確率は上がるよね?」
「あ、ああ。でも」
「じゃあ、あたしは動物園の角にあるパンダのほうへ行くから、光一はゴリラのオリのあたりから裏門のほうへ抜けて。それでも見つからなかったら、先にみんなと合流して。それじゃあ」
止める前に、すみれが走りだす。小さな背中から、かすれた声が、かすかに聞こえた。
「これで──いいんだよね」
──ダメだ。さっきより、もっと。
思わず、手を伸ばして腕をつかむ。
「え?」
すみれが驚いて振りかえる。のぞきこんだひとみには、大きな涙が一粒、にじんでいた。
「──おれも、いっしょに行く」
「えっ。なんで」
「すみれは、さがしにきたのが自分じゃ、春奈が出てこないかもしれないと思ってるんだろ?」
「っ……」
すみれが顔をそむける。
光一の手を振りほどこうとする力は、驚くほど弱い。横を向いたまま、ただ固く、手をぎゅっとにぎっている。
「……しょうがないじゃん」
か細い声が、静かになったあたりに響いた。
「だって、さっきケンカしたばっかりなんだよ。春奈だって、きっと出てきにくい。春奈を助けるために、あたしがいないほうがいいんだったら──」
「それは違う」
絶対、そんなことない。
光一は、すみれの腕を、つかんだまま言う。
手を伝って、言葉が届くように。
おれは、みんなと違ってきょうだいがいないから、すみれの気持ちをすべてはわからない。
でも──おれだからわかることもある。
幼なじみだから、わかること。
「春奈は、すみれが来たらいやだなんて、絶対思ってない。おれは、すみれだけじゃなくて、春奈のことも小さいころから知ってる。だから、それだけは自信を持って言える」
「……でも」
「それに、春奈のためにも二人のほうがいい」
まだ、春奈の状況も、どんな危険があるかもわからない。
一人だったら、助けられないかもしれない。
でも──二人だったら、どんな状況でも、きっと春奈を助けられる。
小さな肩に、そっと手を置く。驚いて顔をあげたすみれのひとみを、まっすぐに見つめた。
「おれなら、すみれの力を最大限引きだせる」
それだけは、自信がある。
おれは、すみれのたった一人の幼なじみだから。
「すみれは一人でも強いけど──二人なら、もっと力が出せるだろ?」
「光一……」
すみれが、つぶやく。見つめたひとみが大きく見ひらいた次の瞬間、突然、きらりと光った。
「……たまにはいいこと言うじゃん」
「キャーッ!」
悲鳴!?
「──行こう!」
すみれが、弾丸のように走りだす。
光一も、すみれに続いて元いた広場に飛びだすと、自動販売機の前で、レッサーパンダに威嚇されて座りこんだ二人組が見えた。
女の子。帽子をかぶった子と、フード付きのパーカーを着た子だ。
あの子たちは──。
「すみれ!」
「まかせて! ──ちょっと借りるね!」
パシッ──シュッ!
すみれが、女の子の横をすり抜けるタイミングで帽子をとり、フライングディスクのように投げる。
抜群のコントロールで放たれた帽子は、回転しながらレッサーパンダにふわりとかぶさった。
今だ!
女の子たちの手を引いてベンチのかげまでくると、光一はすかさず言った。
「ケガはないか? 二人とも、春奈のクラスメイトだよな。さっきここで話してた──」
「はい。そうです」「どうかしたんですか?」
「あたしたち、今、春奈をさがしてるの。この騒動が起きる少し前に、はぐれて……春奈が、どこに行ったかしらない!?」
「えっ。多分ですけど……」
女の子たちは驚きながらも、道の先を指す。
その指先は──まだ確認していない、動物園のさらに奥。
さっき、すみれが行こうとしていた方向だ。
「春奈ちゃんは、この先を回るって言ってました。夜の動物とパンダと、トラと──」
「トラ!?」
マズい。
そこは──。
「さっきクリスから知らされた場所だ。たしか、オリが壊れているって」
──グッ!
すみれが走りだす。息をする間もなさそうなくらい、さらに速い。
「っ……」
おれも、一秒でも早く行かないと。
春奈、無事でいてくれ!
光一は、すみれの後を追いながら、汗でぬれたシャツの胸元を、ぐっとにぎった。
『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第5回につづく
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