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【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』第4回

15 二人で、助ける


 ガターン!

 遠くから、大きな音がする。方角は正門の近く──きっとゾウの森だ。

 光一は、日本の動物エリアを走りながら、少しだけ振りかえった。

「……ゾウが、オリに入った音だな」

 クリスからの連絡どおりだ。和馬が動物の脱走も抑えてくれたし、これで動きやすくなる。

 ペンギンやトラみたいに、オリが壊れた情報もあるから、まだ油断はできないけど──。

 ちょうどそのとき、前を走るすみれが声を張りあげた。

「光一、みんなから何か連絡、来た!?」

「ああ。全員、順調だ。でも、春奈については何も。三人とは違う方向に行ったみたいだな」

「じゃあ、動物園の左半分──あたしたちが来てるほうしかないね」

 すみれはそう言いながら、人の流れに逆らって、どんどん加速する。

 振りむきすらしない。あまりに速くて、追いかけるだけで精一杯だ。

「はあっ、すみれ、だいじょうぶか?」

「…………うん」

 風の合間から、返事が聞こえる。

 ……おれには、あまり、そう見えないけど。

 走りまわった疲労と緊張で、さすがのすみれもへばってきてる。ここは一度、休ませないと。

「すみれ、いったん止まれ。このままだと、春奈を見つける前にどっちもへばる」

「でもっ、はあっ……どうしよう、光一。春奈、見つかんない!」

 すみれが、不安げに振りむいた。

「いったい、どこにいるんだろ。裏門のあたりは手あたり次第に見たし、正門そばの小動物エリアも広場もぜんぶ見てまわったのに!」

「落ちつけ。パンダやペンギンみたいに、まだ見てない大型の飼育施設もあるだろ? それに、動物園は一方通行じゃないから、おれたちと違うルートで出口に行った可能性もゼロじゃない」

「でも! 無事に避難してたら、スマホで連絡してくるよね? 何度もメッセージを送ってるのに返事もないなんて……」

 すみれが、スマホをぎゅっとにぎる。うつむいていて、表情は少しも見えない。

「……それとも、あたしだから返事がないのかな」

 え?

「今、なんて──」

「なんでもない」

 すみれは、パッと顔をあげると、近くにある園内マップを指さした。

「光一、ここで分かれよう。このままいっしょにさがしてても見つけられないかも。二手に分かれたほうが、見つかる確率は上がるよね?」

「あ、ああ。でも」

「じゃあ、あたしは動物園の角にあるパンダのほうへ行くから、光一はゴリラのオリのあたりから裏門のほうへ抜けて。それでも見つからなかったら、先にみんなと合流して。それじゃあ」

 止める前に、すみれが走りだす。小さな背中から、かすれた声が、かすかに聞こえた。

「これで──いいんだよね」

 ──ダメだ。さっきより、もっと。

 思わず、手を伸ばして腕をつかむ。

「え?」

 すみれが驚いて振りかえる。のぞきこんだひとみには、大きな涙が一粒、にじんでいた。

「──おれも、いっしょに行く」

「えっ。なんで」

「すみれは、さがしにきたのが自分じゃ、春奈が出てこないかもしれないと思ってるんだろ?」

「っ……」

 すみれが顔をそむける。

 光一の手を振りほどこうとする力は、驚くほど弱い。横を向いたまま、ただ固く、手をぎゅっとにぎっている。

「……しょうがないじゃん」

 か細い声が、静かになったあたりに響いた。

「だって、さっきケンカしたばっかりなんだよ。春奈だって、きっと出てきにくい。春奈を助けるために、あたしがいないほうがいいんだったら──」

「それは違う」

 絶対、そんなことない。

 光一は、すみれの腕を、つかんだまま言う。

 手を伝って、言葉が届くように。

 おれは、みんなと違ってきょうだいがいないから、すみれの気持ちをすべてはわからない。

 でも──おれだからわかることもある。

 幼なじみだから、わかること。

「春奈は、すみれが来たらいやだなんて、絶対思ってない。おれは、すみれだけじゃなくて、春奈のことも小さいころから知ってる。だから、それだけは自信を持って言える」

「……でも」

「それに、春奈のためにも二人のほうがいい」

 まだ、春奈の状況も、どんな危険があるかもわからない。

 一人だったら、助けられないかもしれない。

 でも──二人だったら、どんな状況でも、きっと春奈を助けられる。

 小さな肩に、そっと手を置く。驚いて顔をあげたすみれのひとみを、まっすぐに見つめた。

「おれなら、すみれの力を最大限引きだせる」

 それだけは、自信がある。

 おれは、すみれのたった一人の幼なじみだから。

「すみれは一人でも強いけど──二人なら、もっと力が出せるだろ?」

「光一……」

 すみれが、つぶやく。見つめたひとみが大きく見ひらいた次の瞬間、突然、きらりと光った。

「……たまにはいいこと言うじゃん」

「キャーッ!」

 悲鳴!?

「──行こう!」

 すみれが、弾丸のように走りだす。

 光一も、すみれに続いて元いた広場に飛びだすと、自動販売機の前で、レッサーパンダに威嚇されて座りこんだ二人組が見えた。

 女の子。帽子をかぶった子と、フード付きのパーカーを着た子だ。

 あの子たちは──。

「すみれ!」

「まかせて! ──ちょっと借りるね!」

 パシッ──シュッ!

 すみれが、女の子の横をすり抜けるタイミングで帽子をとり、フライングディスクのように投げる。

 抜群のコントロールで放たれた帽子は、回転しながらレッサーパンダにふわりとかぶさった。

 今だ!

 女の子たちの手を引いてベンチのかげまでくると、光一はすかさず言った。

「ケガはないか? 二人とも、春奈のクラスメイトだよな。さっきここで話してた──」

「はい。そうです」「どうかしたんですか?」

「あたしたち、今、春奈をさがしてるの。この騒動が起きる少し前に、はぐれて……春奈が、どこに行ったかしらない!?」

「えっ。多分ですけど……」

 女の子たちは驚きながらも、道の先を指す。

 その指先は──まだ確認していない、動物園のさらに奥。

 さっき、すみれが行こうとしていた方向だ。

「春奈ちゃんは、この先を回るって言ってました。夜の動物とパンダと、トラと──」

「トラ!?」

 マズい。

 そこは──。

「さっきクリスから知らされた場所だ。たしか、オリが壊れているって」

 ──グッ!

 すみれが走りだす。息をする間もなさそうなくらい、さらに速い。

「っ……」

 おれも、一秒でも早く行かないと。

 春奈、無事でいてくれ!

 光一は、すみれの後を追いながら、汗でぬれたシャツの胸元を、ぐっとにぎった。


『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第5回につづく


書籍情報


作: 大空 なつき 絵: 明菜

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322722

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