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ものがたり

【最新20巻発売記念・ためし読み】『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第1回

3 封鎖された学校


「みなさん、下がってください!」

「ここは危険です、離れて!」

 危険? 学校が?

 警察官の厳しい声が、ざわざわとしたけん騒の向こうから聞こえてくる。

「……すみれ。これ、ちょっと持っててくれ」

 光一は、自分が持っていたバッグをすみれの手に押しつけると、左右を確認してからさっと道路を渡った。

 こんなの見たことない。

 興奮で、胸がどきどきと鳴った。

 正門の前の人だかりに駆けよって、中をのぞこうとする。けれど、やじ馬やマスコミたち大人がつめかけていて、奥の様子はまったく見えない。

 だれかに聞くのが早いか。

 光一は、人ごみに目を走らせる。電柱の前で井戸端会議に花を咲かせているおばさんたちに、そっと近よった。

「すみません。一体、何があったんですか?」

「あらっ、三ツ谷小の子? テレビ、見てなかったの?」

 一番近くにいたスーツ姿のおばさんが、顔をのぞきこんできた。

 テレビで中継するような事件ってことか!?

 たしかに、道路の反対側には中継車が三台停まっている。上空には報道用のヘリも飛んでいた。

 こくりとうなずく光一に、奥にいたきつい目のおばさんが顔をしかめる。

「早くおうちに帰りなさい。子どもが、こんなところにいちゃ危ないわよ」

 ……子どもだからって、ばかにできるのかよ。

 エプロンにつっかけ。おばさんだって、急いで出てきた、ただのやじ馬のくせに。

 光一は、むっとした顔で後ろに下がる。話を聞かせてくれそうなターゲットを探していると、荷物を大量に抱えたすみれが、足音荒く駆けよってきた。

「もう、人に荷物を押しつけていかないでよ。で、一体どうなってるの?」

「まだわからない。けど、かなりの大事件みたいだ。危ないから子どもは帰れってさ」

「大人は危なくないの?」

 さすが幼なじみ。話がわかる。

「でも、うちの学校で事件? 全然そんな心当たりなんてないけど……あっ!!」

「声がでかい。で、どうかしたのか?」

「事件で学校が封鎖されてるってことは、今日はホントに休みってことじゃん!」

「それはまあ、って、そこが問題か!?」

「だって、家に帰って宿題できるじゃない」

 すみれは言うが早いか、くるりとユーターンして学校に背を向けた。

「これで、新学期早々、先生に怒られずにすむし。帰ろう、光一」

 いつもより早く登校させた、張本人のくせに。

 横断歩道へ向かうすみれを、光一は急いで追いかける。

「待てよ。おれはもう少し、事件の詳細を──」

「むーっ! むぐぐう! むぐぐっ!」

「ん?」

 なんだ、今の。こう、何かがつぶされるような……。

 光一は足を止めて、人ごみに視線を戻した。

 けれど、特におかしなところはない。

 せいぜい、さらにやじ馬が増えて、人ごみが大きくなっているくらいだ。

「今、何か聞こえなかったか?」

「気のせいじゃない?」

「いや、でも」

「むぐ、むごぐぐっ!」

 ……やっぱり気のせいじゃない。

 光一は、押しあい圧しあいする人たちに、じっと目を凝らす。

 ふくよかなおばさんたちの間から、ひょっこりと子どもの腕が飛びだしていた。それは、何かを探すように空中でばたばたともがいている。

「むぐ、ごういぢ! ずびれ! だず、だずげて……」

「あれ、もしかして健太じゃないか?」

 光一がそう言うと、まるでうなずくかのように、人ごみから突きでた手がパタパタと手招きした。光一とすみれは、思わず顔を見あわせる。

「はー、しょうがないなあ」

 すみれは人ごみに近よると、その腕を両手で、ぐいとつかむ。さっと腰を落として、投げとばすように人ごみから腕を引きぬいた。

「せえの、巴投げアレンジっ!」

「いだ、いだだだ!」

 すみれに引っぱられた健太は、噓のようにすぽんと人ごみから飛びでる。空中で一回転して、歩道のど真ん中に、ドシンとしりもちをついた。

「健太、だいじょうぶか?」

 光一が手を引っぱって立たせると、健太はぐちゃぐちゃになった髪をかきながら、あははと気の抜けた笑い声を出した。

 八木健太は、光一とすみれのクラスメイト。小二で引っ越してきてから、三人でよく遊んでいる。

 何もないところで一日十回はつまずくという、一級品のにぶさだ。けれど、健太には二人にはない特技がある。それはみんなを笑わせることだ。

 本物にしか聞こえないものまねに始まり、コント、一人漫才、落語、手品など、みんなを楽しませることならなんでも大好きなのだ。

 その趣味が高じて、人を楽しませるエンターテイナーとして、芸人やマジシャンなど、いろいろな大会に出場している、〈世界一のエンターテイナー小学生〉だ。

 けれど、日頃はかなりどんくさいので、本当は〈世界一のドジ小学生〉なのではないかと周囲ではささやかれている。

 けれど、それはそれで、本人的にはオイシイと思っているらしい。

「はあ、助かった。やじ馬の人とか、マスコミの人につぶされて、ぺらっぺらな体になるところだったよ」

「ぺらっぺらねえ……」

「ああっ、ほら、腕がぺちゃんこになってるし!」

 健太はひーっと顔を引きつらせながら、Tシャツの左袖をぱたぱたと振った。

 だらりと垂れさがった袖から、ぺしゃんとつぶれた手がのぞいている。袖の動きに合わせるように、手はひらひらと揺れた。

 げっ。

「ウソ!?」

 すみれが、ぎょっと目を丸くする。光一は動揺を隠して、袖から出た手を、ずっと引きぬいた。

「って、これ、手の形をしたグミじゃないか」

「やっぱり、光一にはバレちゃうなあ」

 健太は、あははっと笑いながら、後ろに隠していた左腕を、ずぼっと袖に通しなおした。

 ……動かすのがうますぎて、一瞬本当かと思ったぞ。

「あんなところで、何やってたんだ? もしかして、健太もやじ馬してたのか」

「って、そうだった! こんなことやってる場合じゃなくて! 二人とも事件のこと、知らないの!?」

「あたしたち、早くに家を出たからテレビを見てなくて。そんな大事件なの?」

 すみれの質問に、健太がめずらしく暗い顔になる。ちらっと、光一の方を見上げた。

 なんだ?

「もう、早く教えてよ。健太」

「わわわ、わかったよ……」

 すみれにせっつかれて、健太は真面目な顔で口を開いた。

「じつは、学校で立てこもり事件が起きてるんだ」

「立てこもり事件!?」

 光一とすみれは、口をそろえて声を上げる。

 立てこもり事件なら、テレビ中継があるのも納得だ。

「犯人たちは、昨日の夜に学校に侵入したんだ。仕事が終わって帰るところだった先生が気づいて、警察に通報して、それからずっと封鎖されてるんだよ」

「それなら、さっさと中に入って、その犯人たちを倒しちゃったらいいんじゃない?」

「それが、そうもいかないんだ。中にいるのは、脱獄犯なんだよ。ほら、ここのところテレビでたくさんやってたじゃない? 拳銃を持って逃走したっていう……」

「三日前に、四人組で都内の刑務所から脱獄した、あの凶悪犯たちのことか」

 光一は、最近見た新聞の記事を、記憶から引っぱりだす。

 事件発生直後から、朝も昼も夜もマスコミはその話題でもちきりだった。

 近年まれに見る、大脱獄事件。

 それぞれ異名を持つような大物の凶悪犯が四人、連れだって刑務所を脱獄したのだ。しかも、彼らは脱獄するときに、刑務官から拳銃を奪って一発を発砲し、逃走していた。

 しかし、二日たっても一向に彼らの足どりはつかめず、マスコミもだんだんと、その話題に触れなくなっていたけれど──。

 学校に立てこもった脱獄犯。

 警察に通報した先生。

 そして、さっきの健太の態度──まさか。

 さっと浮かんだ推理を、光一は抑えた声で言った。

「──もしかして、司書の橋本先生が人質にとられてるのか?」

「えええ、なんでわかったの!?」

「いくら拳銃を持っていても一丁だけなら、すみれが言うとおり、もう機動隊が突入して制圧しててもおかしくない。でも、学校は閉鎖されたままだ。だから、人質がとられてるってとこまでは予想がつく」

「でも、それだけじゃ人質がだれかは……」

「春休みが明ける前に、学校に子どもは来ない。警察に通報したのが先生だっていうのも加味すると、人質も先生である可能性が高まる。そして、健太がおれに言いにくそうにしてたから、おれに関連の深い橋本先生かと予想したんだ。新学期に合わせて、新刊貸し出しの準備をするって言ってたこととも、条件が合うから」

「健太、ホントなの?」

 さすがのすみれも、さっと顔を青くする。

「その……残念だけど、光一の言うとおりなんだ」

 健太は一歩後ろに下がりながら、力なくうなずいた。

 光一の頭に、春休みに入る前、図書館で会ったときの先生の笑顔が浮かぶ。

 新学期になったら、新しい本をたくさん準備しておくから。

 楽しみにしててね、と。

 もしかして、おれのせいで!?

 黙りこくった光一に、健太が励ますようにまくしたてた。

「あっ、でもさ! こういう事件って警察の人がなんとか解決して、人質を無事に助けてくれるんじゃないかなあ。その、さっき言ってた機動隊とか、警察の人が交渉したりして」

「いや、その可能性は低い」

 頭の中で、情報を整理する。

 自分を落ちつかせるように、ふうと息を吐いて、光一は二人に向きなおった。

「橋本先生が無事に助かる可能性が低い理由は、三つある。一つ目は、立てこもり事件であること。たしかに警察の統計によると、立てこもり事件などの逮捕監禁罪の犯人検挙率は、他の犯罪に比べると高い」

「じゃあ、やっぱり──」

「けど、人質が無事である可能性は低い。過去の事例からすると、生存率は良くて30%。無傷となると、確率はもっと下がる。犯人たちは、人質を盾にすることだってあるからな」

「なにそれ!?」

 すみれが、きっと目をつり上げる。

「二つ目は、立てこもり犯が拳銃を持っていること。突入するとすれば、銃撃戦は免れない」

 健太が、ごくりとつばを飲みこむ。

「三つ目は、立てこもり犯が凶悪な脱獄犯であること。現在、日本では司法取引もできないから、人質解放で刑を軽くすることもない。つまり、犯人側には、警察の取引に応じる材料が何もないんだ。しかも、脱獄するようなやつらってことは、同情を引いてなんとかできる相手でもない」

 説明している光一も、だんだんと気が重くなる。

 気がつくと、すみれは光一からわずかに目をそらして、くちびるをかんでいた。

「人を殺傷できる武器を持った、複数の極悪犯に人質をとられる。最悪のパターンだ。この条件から導きだされる、先生が無傷で助かる可能性は──1%ってところだろう」

 あんまり口にしたくないけれど、これが現実だ。

「健太。脱獄犯たちは、なんて言ってるんだ?」

「ええっと、人質を助けたかったら、ヘリコプターを用意しろって要求してるみたい。ほら、うちの学校ってちょっと前に、大改修してきれいにしたでしょ? だから、屋上にヘリもなんとか停められるからって」

「ヘリを用意した後は? 先生はどうなるの?」

「安全なところまで無事に逃げられたと判断したら、そこで人質を解放するって」

「そんなの、ダメに決まってるじゃん!」

 すみれは、健太の肩をつかんで激しく揺さぶった。

「相手は脱獄犯なんだよ!? そんな約束したって、守るかどうかもわからないじゃない!」

「そそそ、そんなこと、ぼくに言われても~」

 健太の目が、うずまきのようにぐるぐると回る。

「助けてよ~、光一! このまんまじゃ、ぼく……」

 あごに手を当てて一人黙りこくる光一に、健太が揺さぶられながら手を伸ばした。

 助けて、か。

 健太の言葉が、光一の頭の中で反響した。

 そうか。

「……案外、悪くないかもしれない」

「え?」

 すみれがぴたりと手を止めると、健太はへろへろとその場に座りこむ。

 光一は、すみれと健太の顔を見くらべて、静かにうなずいた。

「先生を助けないか? おれたちで」

「えええ!?」

 すみれも健太も、驚きで目を丸くする。

 光一は、二人に合図して人ごみから少し距離をとると、小声でささやいた。

「脱獄犯たちも、まさか子どもがやってくるとは思わないだろ。警察だけ警戒していればいいと思っている油断を突いて、おれたちで助けだすんだ」

「ででで、でも! だからってぼくたちで!?」

「世界一のスキルを持ってる、おれたちだからだ」

「……ぼ、ぼくは、やっぱり警察に任せたほうがいいんじゃないかなあって思うけど。犯人は、拳銃だって持ってるんだし……」

 健太が、もごもごと口ごもる。

「だいじょうぶだってば、健太。拳銃で撃たれたら、当たる前によければいいじゃない」

「すみれ、さすがにそれは無理じゃないか?」

「そうかなあ?」

 すみれはちょっと考えこんだものの、すぐ気持ちのいい笑顔になった。

「ま、あたしは賛成」

「え~! すみれ、正気!?」

「橋本先生には、あたしだっていっつもお世話になってるもん。その先生が危ないのに、黙って見てられないし。それに、そんな悪いやつらは、一発くらい投げとばしてやらないとね!」

 すみれが、力強くこぶしをにぎる。健太はもう半泣きだ。

「そりゃあ、すみれはいいかもしれないけど~」

「じゃあ健太は、橋本先生がどうなってもいいわけ?」

「そそそ、そんなわけないだろ! ぼくだって、橋本先生のことは心配だよ。いつも、いろいろと相談にのってもらってるし!」

 えっ、そんなの聞いてないぞ。

「いろいろって、何なんだよ。健太」

「それはっ、ぼくの深刻な悩みだよ! モテないとか、ときどき寒いギャグとばしちゃうとか」

「なに、その相談内容……」

 あきれ顔のすみれが肩をすくめる。

 なんだ、そんなことか。ちょっと焦って損した。

「とにかく、決まりだな」

「だいじょうぶだって! 〈世界一の天才少年〉の光一が、計画立ててくれるんだし。それに、最終的には、光一がなんとかしてくれるって」

 って、全部おれに押しつけるのかよ。

 光一は背後の校舎をちらりと振りかえる。

 パトカーのランプで、白い校舎がちかちかと赤く染まっていた。

 橋本先生、不安だろうな。

 光一は、ぎゅっとにぎりしめていた拳をゆるめて、手を伸ばす。

 すみれは、何も言わずにその上に手をのせる。もう片方の手で、硬直した健太の手をつかんで、ばちんと一番上に重ねた。

「橋本先生を……助けだすぞ!」

「了解!」

「だいじょうぶかなあ」

「ぐずぐず言ってたら、あたしがしょうちしないからっ!」

「え~~~!?」

「準備することはたくさんある。まずは、情報収集だ」

 光一は何かに挑むように、重装備の警察官をじっと見つめるのだった。


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