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第4回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

17 瞳の中に見えたもの


「どうだった?」

 コインパーキングで車に乗るなり、レイラ先輩にたずねられる。

「はい。私たちがかわいがっていたウサギでした」

「ほんと!? うわ、すごい!」

 こんな偶然あるんだね、とレイラ先輩はとてもうれしそうだった。

「まさか、あたしの絵日記がこんなことに役立つなんてね。描いていて、よかったよ」

「あのおうちの方とお話ししたんですけど、レイラ先輩のことを覚えているみたいでしたよ」

 私が言うと、レイラ先輩は目を丸くした。

「え、ウソ!? あたしも行けばよかったなあ」

「ここなら学校帰りにでも歩いて来られるし、今度いっしょに会いにいきましょうか」

 瀧島君の提案に、「いいね、そうしよう!」と楽しげに答えるレイラ先輩。

 バックミラーに映る田中さんの目も、うれしそうに細められた。

 中学校の近くまで戻ってくる。すると、瀧島君が小声で話しかけてきた。

「如月さんがよければ、少しいっしょに歩きたいんだけど、いいかな」

「え? あ、うん!」

「すみません、田中さん。あの先の角のところで降ろしていただけませんか」

 わかりましたと答える田中さんの横で、レイラ先輩がちらりとこっちを見てほほえんだ。

 そのとき、急に思い出す。

 ──きっと、何か考えてくれてるはず。明日が楽しみだね、ミウミウ!

 昨日の夜、レイラ先輩に言われた言葉だ。

(そうだ。今日、ホワイトデーだったよね……)

 もしかして。瀧島君、本当に何か、考えてくれてる……のかな?

 車を降りて、レイラ先輩と田中さんにお礼を言うと、瀧島君と二人だけになった。

 急に、胸がドキドキしてくる。

(新学期までに……なんて、宣言しちゃったけど……)

 あのときは、ちょっと気が大きくなってたかもしれない。

 こんな調子で、私、瀧島君に告白なんてできるのかな。

「芸術祭に出す絵、決まってよかったね」

 歩き出してすぐ、瀧島君に言われる。

「うん。思い出の中のみゅーちゃんじゃなくて、今日会ったミクルちゃんのことを描こうと思う。今日のこと、すごく大事な思い出になるはずだから」

「本当にそうだね。完成が楽しみだな」

 目の前に広がる青空をながめる。昨日に続き、今日も気持ちのいい春空だ。

「……これで、力を失ったことになるのかな」

 私の言葉に、瀧島君がはっとこちらを見た。

「そんな感じ、する? 咲田先輩みたいな、『もう見える気がしない』っていう……」

 聞かれて、静かに首をふる。

「わからない。もう見えないかもしれないと思えば、そうかもって思うけど……また見えるんじゃないかって感じも、普通にあるの」

「そうか……」

 瀧島君が、残念そうにうつむいた。

「だけどね。ミクルちゃんと会って、元気に生きてる姿を見たら、すっと胸が軽くなった気がしたんだ。ずっと胸の中にあった重たいものが、消えた感じっていうか。なんだか、生まれ変わったような気持ちがする」

「それじゃあ……恐怖感は、消えた? 『自分のせいでひどいことが起こる』っていう、思いこみも」

 少し不安げな瀧島君の声に、私はだまって彼を見つめた。そうして、大きくうなずく。

「うん。私、この一日で、すごく変われた気がする」

 怖さは、完全にはなくならないけれど。

 ミクルちゃんと会ったことで、私の心の中の冷えて固まっていた部分が、ゆっくりと溶けていっているような気がするんだ。

 私はずっと、自分を許せなかったんだと思う。

 だけど、ミクルちゃん──みゅーちゃんは、今日、私のことを許してくれたのかもしれない。

 苦しむことなんかなかったんだよって、あの優しい瞳で、私に伝えてくれたんだ。

「新しい未来に向かって、進んでいけそう?」

 瀧島君に聞かれ、すぐさまうなずく。

「うん。もちろんだよ」

 そうか、と瀧島君はうれしそうにほほえんだ。

(あれ? そういえば……)

 未来、という言葉で思い出す。

 瀧島君、「望む未来のために、サキヨミの力を手放すと決めた」って言ってたけど。

 彼はまだ、力を失ってはいない……んだよね?

 瀧島君の恐怖感って、いったい何なんだろう。

 私が力を失ったかもしれない今、聞いてみれば、教えてもらえるのかな。

「ねえ、瀧島君。前に瀧島君が言ってた、『望む未来』のことだけど……」

 そこまで言ったとき、背後から近づいてきていたバイクの音が、私の声をさえぎった。

「美羽サーン!」

 呼ばれてふりかえったとたん、ドキッと胸が大きく鳴った。

 バイクで近づいてきたのは、瀧島君のお姉さんのヒナノさんだった。

「事件のこと、さっき聞いておどろきマシタ。ケガはないデスか?」

「あっ……はい! 大丈夫です!」

 ヘルメットのシールドごしに、ヒナノさんが目を細めるのがわかった。

「しばらく友達の家に泊まるって聞いてたけど」

 瀧島君の言葉に、「ノンノン」と指をふるヒナノさん。

「弟の緊急事態とあっては、ゲーム合宿などしていられまセン。今日は家族でゆっくり過ごすのデス。美羽サンもいっしょにどうデス?」

「ムリを言うな。如月さんだって、ご両親が心配してるよ」

「あっ、それもそうデスね。それじゃ、ひとあし先に家で待ってマスから。美羽サンもお気をつけて!」

 そう言うと、ヒナノさんはさっそうと去っていった。

 まだドキドキしている胸を、そっと押さえる。

 ヒナノさんの姿を見たとたん、頭の中で、記憶が鮮明によみがえった。

 去年の年末。とつぜん現れたお父さんに、瀧島君は車で連れていかれてしまった。

 その後現れたのが、バイクに乗ったヒナノさんだった。

 あのときの、世界がひっくり返ってしまったような恐怖感。それを思い出して、すごく怖くなってしまったんだ。

 あれは、私がそれまでに味わったことがないくらい、大きな恐怖感だった。

(恐怖感……)

 そのとき。

 頭の中に、ぱっと閃光が走った。

 とつぜんひらめいた考えに、指が震える。

 私の、サキヨミの力。

 その源である恐怖感は、「自分のせいでひどいことが起こる」ことに対するもの──じゃ、ない。

 私はずっと、人の顔を見るのを避けてきた。サキヨミを見たくないからだ。

 そして同時に、人と関わることも避けてきた。サキヨミを無視できなくなってしまうかもしれないことが、怖かったからだ。

 だけど、それだけじゃない。

 私は……「大事な存在を失うこと」が、怖かったんだ。

 みゅーちゃんのような大事な存在が、とつぜんいなくなってしまうことが怖かった。

 だからずっと、大事な存在を作らないようにしてきたんだ。

(でも……)

 ゆっくりと、瀧島君に目を向ける。

 私には、いつの間にか、できてしまっていた。

 絶対に失いたくない、「大事な存在」が。

 近くにいれば、何も怖くない。そう思っていたけど、それは微妙に違う。

 近くにいるからこそ、離れること……失うことが、怖くなるんだ。

 私たちは、大丈夫。花火をしたとき、そう思えたはずなのに。

 瀧島君との時間や思い出が増えていけばいくほど、私の中で彼の存在は大きくなっていく。

 同時に、彼を失ったときに私の中にできる穴も、どんどん大きくなっていくんだ。

 瀧島君といっしょにいられる安心感やうれしさで、見えにくくなっていたけれど。

 私の中の恐怖感は、なくなるどころか、きっと今も大きくなり続けている。

(そうだ。私は、まだ力を失っていない)

 本当に失うために、必要なことは──……


 二人でならんで歩き、すぐにいつものT字路までたどりつく。

 私の胸には、ある決意がたぎっていた。

 ──伝えよう。私の恐怖の正体と、瀧島君への気持ちを。

 力を失うために、必要なこと。

 それは、大事な存在を失うかもしれないという恐怖を克服することだ。

 そのためには、「瀧島君とずっといっしょにいられる」という強い確信が必要になる。

 つまり、それは……「瀧島君といっしょに生きていく」ということ。

「家まで送っていこうか」

「えっ? あ、大丈夫! ここで、平気!」

 そう言って立ち止まり、瀧島君のほうに体を向ける。

 その瞬間、鼓動がさらに激しくなるのがわかった。

 でも、言うんだ。

 瀧島君のことが好きだって。ずっといっしょにいたいって。

(よし! 言うぞ……!)

「た……」

「如月さんに、渡したいものがあるんだ」

 口を開いた瞬間、瀧島君の声が重なった。

 バッグに目を落としている彼は、私が何かを言いかけたことに気づいていないらしい。

(い、いきなり失敗した……!)

 でも、まだチャンスはある。

 別れぎわに、「伝えたいことがある」って言って、引き止めればいい。

 そうしたら、たどたどしくても、まとまっていなくてもいいから、私の気持ちをひとつずつ、言葉にして伝えるんだ。

「これ。ホワイトデーのお返しだよ」

「えっ?」

 瀧島君に差し出されたのは、リボンのかけられたかわいい箱だった。

「マカロンの意味は特別な人」──昨日の夕実ちゃんの言葉が、急に脳裏に浮かぶ。

「あっ、ありがとう! ちなみにその、これって……」

「バウムクーヘンだよ。お口に合えばいいけど」

「そ、そうなんだ! うれしい。本当に、ありがとう」

 バウムクーヘン……って、どういう意味なんだろう。

 昨日、夕実ちゃんにもっと詳しく聞いておけばよかった……!

「それで……話したいことがあるんだ。僕の力のことと、『望む未来』についてなんだけど」

 そう言うと、瀧島君は私に一歩近づいた。

(え……)

 息がかかりそうな距離に、瀧島君の顔があった。

 もうこれ以上速くならないだろうと思っていた鼓動が、さらに駆け足になる。

 瀧島君の茶色い瞳が、じっと私を見つめている。

 私の中にあった決意は、いつの間にか期待に変わっていた。

 瀧島君が、これから言おうとしていること。

 私が、瀧島君に伝えようとしていること。

 その二つが、実は同じなんじゃないか……って。そういう期待に。

(そんなの、都合が良すぎる? でも……)

 わずかに聞こえる瀧島君の呼吸音が、緊張に震えているように感じられた。

 彼の言葉を待ちながら、茶色い瞳を見つめ返す。

 その瞳には、不安と期待の入り交じった、私の顔が映っていた。

 ノイズの音がしたのは、そのときだった。

 瀧島君の瞳に映る私の顔が、おどろきの表情に変わる。

 その表情を最後に、視界が、暗闇へと変わった。

(なん……で? これ、だって、自分のサキヨミなんて、そんなの……)

 ノイズの音が、さらに大きくなる。

 とまどいの中で、その映像は始まった。


 ──じじじ……。じじ……。


真っ黒な自分の「サキヨミ」を見てしまった美羽。
いったい未来に何が待っているの?
島君に本当の気持ちを伝えることはできるの?

****

いよいよ、感動のクライマックスへ!
つづきは、最新刊『サキヨミ⑮ ヒミツのふたりでつむぐ未来』を読んでね!!


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
858円(本体780円+税)
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新書判
ISBN
9784046323675

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書籍情報


作: 七海 まち 絵: 駒形

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323477

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