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第4回 『サキヨミ!⑭ 大ハプニングのお泊まり会!』|完結巻発売記念★特別ためし読み連載!

16 おもかげ


 そのとき、縁側に面したガラス戸が開き、私は急いで目をこすった。

 おだんご頭にスウェット姿の若い女性が、私たちを不思議そうな顔でながめている。

「あっ、す、すみません! その、私たち、あやしい者では……!」

「ウサギがかわいかったもので、見入ってしまいました」

 あわてて言う私たちを交互に見ると、女性はにこっと笑った。

「ありがと。その子、ミクルっていうの。もう、だいぶおばあちゃんなんだけどね」

(ミクル……)

 名前は違うけれど、この子はきっと……みゅーちゃんだ。

「よかったら、見てく? ちょうどヒマしてたんだ。入りなよ!」

「えっ?」

 女性はガラス戸を閉め、部屋の中に消えた。かと思うと、すぐ横にあった玄関の扉ががちゃりと開いた。閉まっていた門を開け、私たちを中に招き入れてくれる。

「ほら、縁側に座って! あ、急いでるんだったらムリにとは言わないけど」

 瀧島君と、顔を見合わせる。そうして、おたがいにほほえんだ。

「それじゃあ、少しだけおじゃまさせてもらおうか」

「うん……!」

 とつぜんの展開におどろきながらも、私はワクワクした気持ちで門の中に入った。

 女性は家の中に戻ると、ガラス戸を開けて縁側に座布団をしいてくれる。

「緑茶淹れるけど、飲む?」

「あ、あの、おかまいなく……!」

「いいの、ついでだから。ちょうど思い出話したかったんだよね、これ見てたから」

 そう言うと、女性は床の上に置かれていた何かを持ち上げた。

 それを見て、一瞬息が止まった。つい最近見た覚えのある、青い表紙。

 それは、月夜見中学の卒業アルバムだった。書かれている年度は、九年前。

「もしかして、あなたたちも月中生?」

「はい、そうです」

 瀧島君が答えると、女性はうれしそうに目を細めた。

「やっぱり? そんな気がしたんだ。見てていいよ。お茶淹れてくる」

 残された卒業アルバムから視線を上げ、瀧島君を見る。

「ねえ、瀧島君。これって、やっぱり……」

「うん。この子は、写真に写っていたウサギだと思う」

 そう言って、ケージの中のミクルちゃんに目をやる。

「この子……みゅーちゃん、だよね」

「そうだと思う。見た瞬間、そう感じた」

 瀧島君の言葉で、すうっと肩の力がぬけた。ずっと心の中にたちこめていた霧が晴れ、明るい光が差し込んできたような感じがした。

 深く息をつくと、なつかしさがこみあげてくる。幼稚園のスモックを着たユキちゃんのさびしそうな表情が、とつぜん頭に浮かんだ。

「どうしてクラスでウサギを飼うようになったのか、聞いてみよう」

 瀧島君が言うと、女性がお盆にお茶を載せて戻ってきた。

「あ、自己紹介がおくれたね。あたし、ナツっていうの。ここは実家でさ。高校を卒業したときに家を出て一人暮らししてたんだけど、今度もっと広い部屋に引っ越すことになって。それで、置きっぱなしだったものをいろいろ持ってこうと思って、帰ってきたわけ」

「ナツさんのクラスは何組だったんですか?」

「B組。これだよ」

 卒業アルバムをめくり、クラスページを見せてくれる。

 集合写真には、ケージに入った白いウサギが写っていた。資料室で、瀧島君といっしょに見た写真だ。

「あたしはこれ。今と変わらないでしょ」

 ナツさんが指さした先には、今と同じおだんご頭の女の子の個人写真。名前のところには「小林奈津」と書かれている。

「あの。ここに写っているウサギって、このウサギですか」

 集合写真を指さした瀧島君が言う。ナツさんは「そうだよ」と笑顔でうなずいた。

「卒業するとき、あたしが引き取ったんだ。このウサギね、あたしの親友が、学校に来る途中で見つけたの。道端のしげみの中で震えてて、かわいそうでほっとけなかったからって」

「道端? どのへんですか?」

「え? たしか……お寺の駐車場のそばって言ってたかな。学校の近くの」

「駐車場……」

 瀧島君がおどろいたように目を丸くする。

 学校の近くの、お寺の駐車場。幼稚園のある通りを、少し南に下ったところだ。

「先生が警察に連絡して、保護してもらう予定だったんだけどね。飼い主が現れなければ保健所行きって聞いて、それならクラスのみんなでお世話しようってことになったんだ。警察や保健所にウサギを拾ったことは伝えたんだけど、結局飼い主さんからの連絡はその後もなかったしね」

「あの。それは、いつくらいのことですか?」

「いつって、季節? 夏休みの前だったから……六月か、七月くらいだったと思うよ。あ、初めて会ったとき、雨にぬれてたような感じだったから、六月かも。弱ってたけど、病院に連れていったら元気になったんだよね」

 ナツさんが、ケージの中のミクルちゃんに話しかける。

 六月……たしか、みゅーちゃんがいなくなったのも、それくらいの時期のことだ。

「ミクルはねえ、みんなに愛されてたんだよ。卒業文集にみんなミクルのこと書こうとするから、先生が禁止したくらい。『中学校生活を通して成長できたと感じたこと』がテーマだったから、まあしかたがなかったのかもしれないけどね。あたしは、ミクルのこといっぱい書きたかったんだけどな」

 そっか……。それで文集には、ウサギのことが何も書かれていなかったんだ。

「ミクルという名前には、由来があるんですか?」

 瀧島君が聞く。

「拾った子の名前が、『くるみ』だったの。だからそれをもじって、ミクル。単純だよね」

 そう言って、ナツさんはひとつの個人写真をとんとんと指で示した。えくぼが印象的なポニーテールの女子の下には、「円藤久留美」という名前が書かれていた。

 そのとき、スマホが鳴った。

 見ると、レイラ先輩からのメッセージだった。少し離れたところにあるコインパーキングにいるらしい。なかなか車をとめられる場所が見つけられなくて、苦労していたみたいだ。

「そろそろ行く?」

 瀧島君の言葉にうなずく。

「あ、もう行っちゃうの?」

 ナツさんに言われ、「はい」と答えた。

「ありがとうございました。ミクルちゃんのお話が聞けて、よかったです」

「ううん、こっちこそ楽しかったよ。ありがとね」

 私は、ケージの中のミクルちゃんを見た。

(これで、最後……なのかな)

 そう思うと、きゅっと胸が痛んだ。

 九年ごしに再会できた、みゅーちゃん。その面影を、ここに置いていきたくない。

「あの……お願いが、あります」

「ん? なあに?」

 ナツさんに向き直り、続ける。

「私、中学では美術部に入ってて、今度の市民芸術祭に参加する予定なんです。そこに出す絵に、みゅ……ミクルちゃんを、描かせてもらえないでしょうか」

 ナツさんは、おどろいたように目をぱちくりとさせた。

「いいけど……なんで? そんなに、気に入った?」

「はい」

 縁側のケージをふりかえり、言う。

「ミクルちゃん、私たちが幼稚園の頃にかわいがっていたウサギだと思うんです」

 ね、と瀧島君を見る。瀧島君は、静かにうなずいた。

「え、そうなの!? なんで!? どういうこと!?」

 おどろくナツさんに、私と瀧島君はかわるがわる、「みゅーちゃん」のことを話した。

「──ずっと、心の中にひっかかってたんです。私のせいで、みゅーちゃんをひどい目にあわせてしまったって」

 話を聞き終えると、ナツさんはほーっと息をついた。

「いなくなった時期も場所も、ぴったり合うもんね。そっか、幼稚園のウサギだったんだ」

 そうして、ケージの中のミクルちゃんを見つめる。

「ねえ。その、みゅーちゃんの好物って何だった?」

「好物?」

 思いがけない質問に固まってしまう。みゅーちゃんは、幼稚園の先生が用意したエサを食べていた。いつだったか、近くに生えていた草をあげようとしたら、先生に見つかって怒られたことがあったっけ。

「シロツメクサです」

 瀧島君の言葉に、え、と声が出た。

「幼稚園の裏にたくさん生えていて。みゅーちゃんは、それがとても好きでよく食べました」

「瀧島君、みゅーちゃんに草をあげてたの?」

「先生に見つからないように、こっそりとね。外遊びのときに摘んで、スモックのポケットに隠してたんだ」

「えええ! 知らなかった!」

 どこか得意げな顔で言う瀧島君におどろいていると、ナツさんがあははと笑った。

「ミクルの好みは、昔から変わってないんだね。この子も、シロツメクサが大好きなんだよ」

 その言葉で、思わず瀧島君と顔を見合わせた。

 やっぱりこの子は、みゅーちゃんだ。

 間違いなく、私と瀧島君の思い出の中にいる、みゅーちゃんなんだ。

「こんな偶然、あるんだねえ。いや、運命かな? すごいよ。今年一番のびっくりだわ」

 ナツさんがうれしそうに言う。ミクルちゃんの姿をじっと見つめてから、私はナツさんに向き直った。

「あの。ミクルちゃんの写真を撮らせてもらっていいですか? 絵を描くときに使いたいんです」

「もちろん、いいよ。どうぞ、好きなだけ撮っていって」

 ナツさんに言われて、私はスマホをミクルちゃんに向けた。

 さっきよりも、眠そうにしている。そのかわいい姿を、何枚か写真に撮らせてもらった。

 この瞬間は、今だけど。やがていつか、「思い出」になる。

 門のところまで戻ると、ナツさんは玄関に回って見送りにきてくれた。

「あなたたちに声かけたのはね。昔、そこで同じように、ミクルのこと見てる女の子を思い出したからなの」

 ナツさんが、縁側の正面のフェンスを指さす。

「年が離れてたからいっしょに遊んだりすることはなかったけど、髪がふわふわしてて、目がくりくりの、すごくかわいい子でさ。その子のことずっと忘れてたのに、急に思い出したんだよね」

 思わず、瀧島君と顔を見合わせる。

 その女の子ってもしかして、レイラ先輩のこと……?

「なんかさ、思い出って、宝石箱に大事にしまった宝石みたいだよね。普段は忘れてるけど、開けたらとつぜん思い出して、しばらくひたっちゃって閉じられない感じ? うまく言えないけど……普段は見えないけど、ちゃんと私を形作る一部として、心の奥底にしまわれてるんだなって」

 しみじみとそう言うと、ナツさんは少し照れたように笑った。

「ミクルがそのきっかけになったなら、すごくうれしいよ。また、いつでも見に来て。あなたたちのことは、お母さんに伝えとくから」

「はい。ありがとうございました」

 ナツさんに頭を下げ、私と瀧島君はその場を後にした。


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