14 天使のサプライズ
おじいさんの手にあったのは、白い小さな封筒だった。表面に、「レイラへ」と書かれている。
「これ、おばあちゃんの字……」
封筒を受け取ったレイラ先輩は、ていねいに封を開けた。
中から出てきたのは、一枚のカードだ。
「えっと……これ、なんて書いてあるの?」
そう言って、カードをテーブルの上に置く。
『レイラへ Ça va aller!』
「それは、フランス語だ」
そう言ったおじいさんの顔を、レイラ先輩がじっと見つめる。
「『サヴァアリ』と読む。『うまくいく』という意味の、マリコさんが大事にしていた言葉だ」
「サバ、アリ……って、それじゃあもしかして、あの呪文って……!」
あ、と私と夕実ちゃんが同時に声を上げる。
「サンマ、カマキリ……ですか?」
「そうだ! おばあちゃんの呪文、これだったんだ!」
なるほど……! サバとアリで、レイラ先輩は「魚と虫」って覚えてたんだ。
「もう! 呪文のこと聞いても、おじいちゃん知らないって言ってたのに!」
「もしかして昔、カマキリがどうのとか言ってたあれのことか? わかるわけないだろ、それじゃあ」
おじいさんがあきれたような表情になる。
「それと、隠し部屋からこれも見つかった。あとで読んでみるといい」
おじいさんが、もう一度引き出しの中から何かを取り出した。たくさんの画用紙を、リボンでまとめたもののようだ。
「えっ!? これ、あたしが小さい頃の絵日記じゃん!」
レイラ先輩が、目を丸くする。
「なくしたと思ってた。まさか、残ってたなんて……!」
「隠し部屋の場所だけじゃない。ツボと、メッセージカード。そしてこの絵日記が、マリコさんがレイラに残した最後の『宝』だったんだよ」
ふわりと、おじいさんはやわらかな笑みを浮かべた。
「ちなみにアオイさんが最初のメッセージを見つけたのは、離れの寝室にあった宝石箱の中だそうだ」
「宝石箱? って、おばあちゃんの?」
「そう。レイラがお嫁に行くときにあげてほしいとマリコさんから頼まれた、あの宝石箱だ」
レイラ先輩が、思い出すようにあごに手を当てる。
「そういえば……あの宝石箱、いつもドレッサーの上にあったよね。おかしいな。昨日部屋に入ったとき、見てない気がする」
「あれは、アオイさんの家にあるそうだよ」
おじいさんが静かに告げると、レイラ先輩は「そっか……」と目を伏せた。
「大丈夫だ。アオイさんの話によれば大事にしまっていて、傷などもついていないらしい。それにマリコさんとの思い出の品なんだ、ちょっとのことでその価値が揺らいだりはしないだろう?」
「……うん。そうだね!」
レイラ先輩がにっこりと笑う。
「おじいちゃん、ありがとう。アオイさんのことも、おばあちゃんのことも、知れてよかった。おかげで今回のこと、怖かったってだけの思い出にしなくてすみそうだよ」
言われたおじいさんは、安心したような笑顔になった。
「それじゃあ、一時間後に出発としようか。忘れ物がないか、もう一度ちゃんと確認してね」
そう言って、おじいさんは食堂を出ていった。帰りも、車で送ってもらえることになってるんだ。
するとレイラ先輩が「さてと!」と勢いよく立ち上がった。
「お泊まり会も、いよいよおしまいだね。ここで、あたしからのサプライズだよ!」
「え?」
「サプライズ?」
みんなで顔を見合わせて、目をぱちくりとさせる。
その様子に、レイラ先輩はにんまりと笑った。
「実はゆうべ、一階に下りたのはトイレに行くためじゃなかったんだ。食堂のテーブルに、これを置くためだったの」
そう言って、レイラ先輩はポケットから一枚のカードを私たちに差し出した。
そこには、大きな字で堂々とこう書かれていた。
(『神の使いの視線の先』……?)
「もしかして、また宝探しっすか?」
チバ先輩の言葉に、「そう!」とレイラ先輩がうなずく。
「宝かどうかはわからないけど、あたしからみんなへのプレゼントが見つかるよ! さ、やってみて!」
まさか、一夜明けてからも「宝探し」をすることになるなんて思わなかった。
でも、この宝探しは楽しい。レイラ先輩の笑顔や元気な字を前にすると、がぜんやる気がわいてくる。
(神の使い、といったら……)
「天使のこと、だよね」
私のつぶやきに、瀧島君が「そうだね」と答える。
「天使か。でもそんな家具、離れにあったか?」
叶井先輩が頭をひねると、チバ先輩が「いや」と続ける。
「離れは封鎖されてるだろ。普通に考えて、母屋か外……」
「あっ、私、わかった! 美羽ちゃんもでしょ?」
夕実ちゃんに言われ、私も笑顔でうなずく。
「みんなで、お庭にいきましょう!」
私の言葉で、母屋の玄関から離れのお庭へと向かった。
離れは、警察の黄色いテープが貼られてしまっていたけれど。
お庭の端のほうには、なんとか入ることができた。
そこにある天使のオブジェを指さして、「あれです」とみんなをふりかえる。
「『視線の先』だから、天使の見ているほうは……」
天使の目は、マーガレット畑のほうを向いていた。
白い花の中に、何か四角いものが置かれていた。よく見ると、イーゼルに立てかけられたキャンバスだ。
(あ、あれって……!)
朝日に照らされたそれは、一枚の絵だった。一歩一歩近づくごとに、そこに描かれているものが見えてくる。
それは、学校の美術室──と、そこにいる私たち美術部メンバーだった。
チバ先輩と叶井先輩。夕実ちゃんと瀧島君、そして私。
それぞれが描いた絵を手にならんで、こちらに笑顔を向けている。
レイラ先輩ならではの明るい色彩と優しい筆づかいで描かれたみんなは、朝日のおかげもあるかもしれないけれど、文字通りきらきらと輝いているように見えた。
「うわあ、すてきな絵……!」
「これ、僕たちですよね」
夕実ちゃんと瀧島君が、感嘆の息をもらす。
「うん! 自分の原点を描いてみたの。芸術祭のテーマ、『思い出』なんでしょ?」
「芸術祭? ということは……」
叶井先輩が、チバ先輩を見る。
「わりい。実は、レイラ先輩から頼まれてたんだ。いっしょに絵を出させてもらえないかって」
「えっ、そうだったんですか!?」
レイラ先輩は、「サプライズ成功~!」とピースサインを作る。
「みんなにおどろいてもらいたいなって思って、受験が終わってからひそかに描いてたの。こないだ、美術部だけの送る会をやってくれたでしょ? あの日、帰ってから一気に仕上げたんだ。気持ちがうすれないうちに、絵にこめておきたいって思ったの」
美術部メンバーと深谷先輩で行った「送る会」。
レイラ先輩は、チバ先輩が作ったスライドを見て涙を流していたんだ。
「ありがとうございます。最高のサプライズプレゼントです」
瀧島君の言葉に、全員でうなずく。
レイラ先輩は、こぼれるような笑みを浮かべた。
朝日にきらきらと照らされたその顔は、まるで天使みたいな優しさに満ちていた。