4 意外な再会
部活が終わり、みんなが美術室を出て行く。
すると、瀧島君が私のほうをふりかえった。
「みんなに相談して正解だったね」
「うん。秘密を知る仲間がいるのって、すごく心強いね。雪うさの動画なら、きっと未来を変えられるよ」
笑顔で答え、二人でならんで美術室を出る。
廊下の先で、夕実ちゃんが手をふってくれた。そのそばには、うなだれた叶井先輩の姿がある。
「叶井先輩、まだ僕が雪うさだってこと、受け入れられてないみたいだね」
声を落として言う瀧島君に、私は「そうだね」と苦笑いする。
「でも、叶井先輩の言ってること、なんだかちょっとわかる気もする。雪うさの正体は瀧島君だけど、雪うさは雪うさっていうひとりのキャラクターとして成立しているっていうか……」
うまく言えずにいると、瀧島君がうなずいた。
「その感覚は、僕にもあるよ。姉もそうだ。あいつは僕が雪うさだってことを知っているけど、まるで僕とは別人であるかのように思ってるみたいでね。『衣装のサイズが合わなくなったらすぐに言うように彼女に伝えておいてくだサイ』、なんて言うんだ」
「へえ……! なんだか、おもしろいね」
「ああ。姉はもちろん、僕のサキヨミの力のことは知らない。だけど、雪うさの占いはただの占いじゃないとは思っているみたいだ」
「えっ、そうなの?」
おどろいた私に、瀧島君がうなずく。
「雪うさには、どうも不思議な力があるらしいって思っているみたいなんだ。でも、それについて聞かれたことは一度もない。姉にとって僕は瀧島幸都であって、雪うさではないから」
そう言って、瀧島君はふわりと笑った。
そっか。なんとなく、ヒナノさんの気持ちがわかったかもしれない。
瀧島君自身に不思議な力があることには気がついているけれど、本人が話そうとしないかぎりは無理に聞き出すことはしない。
そうして、「雪うさ」を別のキャラクターとして瀧島君から切り離すことで、その話題を避けているのかもしれない。
「ヒナノさんって、いいお姉さんだね」
「困ったところもあるけどね。基本的には、優しい人だとは思ってるよ」
昇降口で靴に履き替え、校門に向かう。
と、瀧島君の足がとつぜん止まった。
その表情は緊張し、青ざめている。
(えっ。どうしたの……!?)
彼の視線の先を追った私は、ひゅっと背筋が冷たくなるのを感じた。
校門のそばに立っていたのは、瀧島君のお父さんだった。
ウサギカフェの日と同じコートを着て、私たちをじっと見つめている。
「……なんで……こんなところに……」
そうつぶやいたかと思うと、瀧島君は一直線にお父さんのところへと歩き出した。
その歩調は、いらだちに満ちていた。私は緊張と怖いという思いを引きずりながら、必死で彼についていった。
「おかえり、幸都。部活だったのか?」
「どうして、こんなところにいるんだよ」
「おまえの学校での様子について、先生に話を聞きにきたんだ」
「なんでそんなことを!」
「親として、息子を心配するのは当然のことだろう」
言いながら、お父さんはちらりと私に視線を向けた。その冷たい瞳に、体がこわばる。
「いつも、その子といっしょに帰っているみたいだな」
お父さんが言うと、瀧島君は私の体の前にサッと腕を出した。
「如月さんは同じ部活の仲間だ。帰る方向も同じなんだから、いっしょに帰るのは自然なことだろう」
そうして、二人はしばし無言でおたがいを見つめ合った。
(どっ、どうしよう……!)
ドクドクと鳴る胸を、震える手で押さえる。
まさか、瀧島君のお父さんが学校までやって来るなんて。完全に、予想外だよ……!
何か言わなきゃと思うほどに、何を言えばいいのかわからなくなってくる。
どんな言葉を発しても、お父さんにはいっさい通用しないような気がして。
二人を前に、私は石のように固まってしまった。
やがて瀧島君が口を開き、沈黙を破った。
「……頼むから、如月さんを悪く言うようなマネはしないでくれ」
お父さんは、その言葉にちょっと眉を上げた。それから私を見て、ふっと目を細める。
「べつに、そんなつもりはない。その子がどんな人間であろうが、どうでもいいんだ。ただ──ひとつだけ、たしかなのは……」
そう言って、お父さんが私に一歩近づいた。
瀧島君が後ずさり、それにつられて私も足を引く。
「幸都にとって、君がよくない存在であるということだ」
「──違う!」
瀧島君がそう言ったのと同時に、ドクッと胸が大きくはねた。
(私が……よくない、存在……?)
体が冷たくなってくるのを感じて、そっと腕をさする。
瀧島君にそっくりな茶色い瞳を私に向けて、お父さんは静かに続けた。
「幸都は、君のせいで変わってしまった。もともとおとなしい子だったが、あの事故で怪我をした後、さらにふさぎこんだようになってしまった。その後も取りつくろうような笑顔の底で、いつも悲しみをかかえているようだった」
「それは父さんの勝手な考えだ。僕はべつに──」
「私には、そう見えた。生まれたときからずっとそばでおまえのことを見てきたんだ。変化にはすぐ気づく」
瀧島君の言葉をぴしゃりとさえぎり、お父さんは再び私を見た。
「不幸な事故だったと言ってしまえば、それまでだ。だが私にとってあのできごとは、それだけではすまされない大きな意味を持っている。私は息子を守りたい。君だって、むやみに幸都を傷つけたくはないだろう?」
そう言ってお父さんは首をかしげた。震える唇から、かわいた声が出る。
「わ……私、は……」
「もうやめろ。如月さん、答えなくていい」
お父さんから私に視線を向けた瀧島君が、優しい声でささやく。
すると、お父さんがふっと息をついた。
「君たちは、まだ心が成長しきっていないんだ。一時の気持ちに流されて、間違った行動を取ってしまう。だから大人がそばについていて、その都度導いてやる必要があるんだよ」
「勝手な言い分だ。意味がわからない」
「親は子を保護し、教え、導くものだ。私は親として、当然の行動を取っているまで」
お父さんは、瀧島君と私を交互に見つめた。
「君たちが今いだいている感情は、これから先の長い人生のジャマをする『ノイズ』のようなものなんだよ」
──「ノイズ」。
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。お父さんは続ける。
「君たちには、未来がある。そして未来は、『今』の積み重ねで形を変えるものだ。大事なのは、今なんだよ。間違った行動は、未来を台無しにしてしまう。そうしないためにも、ジャマなノイズは取り除く必要がある。そうだろう」
「違う。ノイズなんかじゃない。絶対に、違う!」
瀧島君は、大きく首を横にふった。
お父さんは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「もう行くぞ。仕事があるから泊まっていけないのが残念だが、また近いうちに会いに来るからな」
そう言うと、お父さんは校門を出て、つかつかと歩き去っていった。
それと同時に、瀧島君が私に向き直る。かと思うと、深々と頭を下げた。
「如月さん。父がひどいことを言って、いやな気持ちにさせたよね。本当に、ごめん」
「ううん、そんな……」
言いながら、胸がまだ痛みに沈んでいるのを感じた。
頭の中でぐるぐるしているのは、今のやりとりでわかったことだ。
お父さんは、私が瀧島君にとって「よくない存在」だと考えているということ。
父親として、瀧島君のことを心から守りたいと思っているということ。
そして、ジャングルジムの事故が、お父さんにとってどれだけ大きな意味を持っているのかということ──……。
言われながら、私はショックを感じた。そんなふうに思われていたんだって、深い谷底に突き落とされたような気持ちになった。
でも……お父さんの気持ち、少しだけ理解できてしまうかもしれない。
自分の大事な存在と、それを傷つけてしまう可能性があるもの。
そのふたつがならんでいたら、「可能性」のほうを遠ざけたいって思うのは、ごく当たり前のことだ。
(お父さんは……瀧島君のことを、本当に大事に思っているんだ……)
「まさか学校まで来るなんて……まったく、困った人だよ」
瀧島君が、大きなため息をつく。
「でも、それだけ瀧島君のことが心配だってことなんじゃないかな」
私の言葉に、瀧島君が意外そうな表情になった。
「如月さん、それ本気で言ってる? あんなにひどいことを言ってきた相手に対して、どうしてそんなふうに寄り添うようなことが言えるんだ?」
そうして、私の顔をのぞきこむように正面に回る。
「もしかして、父の言ったことを真に受けていたりしないよね」
ドキッとして、すぐには言葉が出てこなかった。
「そっ、それは……」
「……やっぱり」
瀧島君が、はあっと息をつく。
「如月さんは、優しすぎるんだよ。父が何と言おうと、僕は如月さんをあきらめるようなことはしないから」
そこまで言うと、瀧島君はあわてたように目をそらした。
「ええと、つまり……昨日も言ったように、父の言葉にしたがって如月さんから離れるつもりはない、ってことだよ」
「……そっか」
うれしいはずの言葉も、いつもみたいに胸をふくらませてはくれなかった。
私だって、瀧島君と離れたくない。
でも……「気持ち」だけでは、どうにもならないこともあるのかもしれない。
そんなことを思いながら、二人で校門を出る。
しばしの沈黙の後で、瀧島君が口を開いた。
「できれば僕も、父とはわかり合いたいと思ってるんだ。そのほうがいいって、頭ではわかってるから。でも、その方法がわからなくてね」
瀧島君のいつになく弱々しげな声に、胸がずきりと痛んだ。
「きっと……きっと、大丈夫だよ。あきらめなければ、なんとかなるよ」
言いながら、言葉が空回りしているように感じる。瀧島君は「うん」と小さくほほえんだ。
「けど、相当むずかしいと思う。さっきのでわかっただろう。父は、ああいう人なんだ。何を言っても、受け入れようとすらしてくれない」
そこで言葉を止めると、瀧島君は眉をくもらせて目を伏せた。
「父の中にいる僕と、本当の僕は、きっと別人なんだ。父の中では、まだ小さい子どものままなんだと思う」
(小さい、子ども……)
そう、か。そうなのかもしれない。
シュウも、よくお母さんに「もう子どもじゃないから」って文句を言ってるけど。
親からしたら、いくつになっても、子どもは子どものままなのかもしれない。
(だけど……違うのに、な)
どれだけ成長しても、子どもが子どもであることに変わりはないけれど。
その子どもは、日々いろんな経験をして、確実に少しずつ変わっていっているはずだ。
お父さんには、今の瀧島君の姿を見てほしいな……。
そう思ったとき。道の先から、見覚えのある車がやってきた。
運転席には、瀧島君のお父さんが座っている。
(お父さん、車で来てたんだ……)
彼は、私たちのほうを見ようとはしなかった。無表情のまま、ひとつ先の角を曲がっていく。
しずんだ気持ちで、その横顔を見たときだった。
じじじ……と、ひさしぶりのノイズが始まったんだ。
『サキヨミ!⑪ 思いは届く?運命のわかれ道』
第2回につづく▶
書籍情報
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