3 不思議なサキヨミ
その日の夜。
お風呂から出た後、私はベッドにつっぷした。
(はあ……)
今日は瀧島君に会えて、ものすごくうれしかった。
でも同じくらい、ショックだった。
瀧島君とお父さんがケンカしてる原因が、私だったんだから。
(悲しい、な……)
瀧島君のお父さんとは、一度も話したことがない。
だけど、ジャングルジムの事故のことを聞いたら、お父さんが私を警戒するのもしかたのないことなのかもしれない。
瀧島君が、私と会わなければ。あの日、私といっしょにいなければ。
あの事故は起こらず、瀧島君は怪我をしなくてすんだんだ。
それに、瀧島君が私立中学を受験するはずだったっていうのも、本当におどろいた。
少しでも何かが違えば、瀧島君は今頃月夜見市にはいなくて、お父さんの家からむこうの私立中学に通っていたかもしれないんだ。
そうしたら……今頃私、どうなっていたんだろう。
瀧島君がいなければ、レイラ先輩は体育館の照明の下敷きになってしまっていて。
そうなっていたら、レイラ先輩の絵にあこがれて美術部に入ろうと思っていた夕実ちゃんは、私を美術部に誘うこともなくて。
私はずっと、ひとりぼっちのままだったかもしれない。
(瀧島君は、私にとって絶対に必要な存在なんだな……)
今日の別れぎわ、瀧島君は「父のことは気にしなくていい」って言ってくれた。
だけど私、瀧島君のために、何かしたい。
私のせいでお父さんとケンカをしたままなんて、そんなのつらいし、悲しすぎる。
でも……私が出しゃばったら、かえって状況が悪くなっちゃうかな。
そう思ったとき。
ぴこん、という通知音が、スマホから聞こえた。
「あっ……雪うさ、復活した!」
「雪うさの未来チャンネル」の新着動画だ。
さっそく、再生する。
「ぴょんぴょーん!」というひさしぶりに聞くあいさつに、私はほおがゆるむのを感じた。
****
次の日の、昼休み。
瀧島君が教室までやってくると、「話がある」と私を東階段のほうまで連れていった。
「どうしたの、瀧島君?」
とまどう私に、瀧島君は声を落として告げた。
「サキヨミを見たんだ。深谷先輩の」
「えっ……!」
おどろいて、瀧島君の顔を見つめる。
瀧島君も私も、最近はサキヨミを見る回数が減ってきていた。
私は今年になってから、まだ一度も見ていないんだ。
「サキヨミを見たって、今日?」
「ああ。だから、明日のできごとだ」
瀧島君のサキヨミは、次の日に必ず現実になる。
彼の見たサキヨミの内容は、こうだった。
──深谷先輩が、レイラ先輩に話しかけている。
「なぜおれを避ける? おれのことが嫌いなのか」と、少しあせった様子。
するとレイラ先輩は「そうだよ」と一言だけ言って、逃げるように去っていく。──
「なっ、何それ、どうして!?」
とても信じられずに、思わず大きな声が出てしまった。
深谷先輩とレイラ先輩は、はたから見ていても「相棒」って言えるくらい仲がいい。
瀧島君によれば、深谷先輩はどうやらレイラ先輩のことが好きらしい。レイラ先輩だって、「ふかやん」って呼んで何かと気にかけてる様子だ。
「だから、僕も不思議なんだ。レイラ先輩はなぜあんなことを言うんだろう」
「そう、だよね。言うはずないよね。だってあの二人、仲いいし。初詣だってたぶん、いっしょに行ってたし……」
「初詣?」
首をかしげる瀧島君に、私はヒナノさんといっしょに行った神社で見た絵馬のことを話した。
「となり同士にかかってたから、たぶんいっしょに行ったんじゃないかなって思うんだ」
「可能性としては、高いだろうね。あの二人、たまにいっしょに勉強してるみたいだし。レイラ先輩なら、深谷先輩のこと誘いそうだ」
「でも、初詣って先週のことだよ。たった一週間で、どうしてそこまで?」
「その間に、何かあったのかもしれないな。レイラ先輩は来ないだろうから、部活のときにみんなに相談してみようか」
「うん。そうしよう」
レイラ先輩はもう受験直前期ということで、三学期からはしばらく部活には来られないって言っていたんだ。
夕実ちゃんだけでなく、叶井先輩やチバ先輩も、私たちの秘密のことは知っている。
こんなふうに相談できるようになるなんて、本当に心強いな。
秘密を打ち明けて、本当によかった……!
****
「──だから、おれの中ではあくまでも『雪うさ』であって、瀧島とは別人格の……」
「おっ、ひさしぶりだな、美羽、夕実。それに瀧島も」
放課後の美術室。
叶井先輩とチバ先輩が、私たち一年生部員を出迎えてくれた。
「ヒサシ君、今、雪うさの話してた?」
「ギクッ。い、いや、きっと気のせいだ」
「あんまり大きな声でしゃべらないでよね、だれが聞いてるかわからないんだから」
夕実ちゃんにお説教され、叶井先輩がしゅんと小さくなる。
「実は先輩がたに、ご相談したいことがあるんです。『サキヨミ』の話です」
瀧島君の言葉に、叶井先輩がガタッと立ち上がった。
「なんだって!? くわしく話を聞こうじゃないか、瀧島!」
「だから声が大きいよ、ヒサシ君」
「瀧島が見たってことは、明日起こる未来ってことか。危険な内容なのか?」
チバ先輩が身を乗り出す。
「そういうわけではないんですが、ちょっと気になることなんです。深谷先輩の未来だったのですが、レイラ先輩が出てきて……」
瀧島君が、サキヨミの内容について話す。
「……それで、『おれのことが嫌いなのか』という深谷先輩の問いかけに、『そうだよ』と言って去っていってしまうんです」
「まさか、レイラ先輩がそんなこと……!」
夕実ちゃんががく然とする横で、叶井先輩があごに手を当てた。
「二学期までは、良好な関係だったように思うが……チバは何か知らないか?」
「いや、何も。だけど、たしかに妙だな。あの人がそんなこと言うなんて」
チバ先輩が首をひねる。
「あの二人は、初詣にもいっしょに行っている可能性があるんです。如月さんが絵馬を見たんですよ」
そう言って、瀧島君が私に顔を向けた。
「あっ、そうなんです。二人とも、志望校に合格しますようにって内容でした」
「レイラ先輩は天寺高校だよね? そういえば深谷先輩って、どこの高校受けるんだろう?」
「えっと、たしか……海なんとか、だったような気が……」
夕実ちゃんの言葉で記憶をたどるけれど、はっきりと出てこない。
「もしかして、海皇学園高校か?」
チバ先輩に言われ、「あっ、それです!」とうなずく。
「海皇学園って、あの? 政治家を多数輩出している、中高一貫の名門校か?」
「日本有数の名門校ですね。まさかこの中学から受ける人がいるとは」
叶井先輩と瀧島君が、おどろきの表情で言った。
「そ、そんなにすごい高校なの……?」
「八割近くが中学からの内部進学で、外部生は二割。入るのは相当難しいだろうな」
私のつぶやきに答えると、チバ先輩が天井をあおいだ。
「あー、なんとなくわかった気がする。レイラ先輩はたぶん、絵馬としてならんだ志望校の名前に思うところがあったんじゃねえかな」
「志望校の名前?」
瀧島君が、はっとしたような顔つきになる。
「なるほど……サキヨミでのレイラ先輩の言葉は、深谷先輩を思って言ったことだったんですね」
「ああ、おそらくはな」
「ん? どういうことだ? 説明してくれ、瀧島、チバ」
叶井先輩がじれったそうにメガネを押し上げた。
「つまりは、レイラ先輩は深谷先輩に受験に集中してほしくて避けるようなマネをしたんだよ。もしかしたら、深谷先輩の将来のためには自分の存在がジャマになると思ってるのかもな」
「ええっ!? なんですか、それ! そんなわけないのに!」
夕実ちゃんが目を丸くして憤慨する。
すると、チバ先輩が細くため息をついた。
「相手のためを思ってやったことが、相手を傷つけることだってある」
その言葉が、胸に深く突き刺さった。
私はかつて、瀧島君から距離を置こうとして、結局彼の笑顔を奪ってしまったことがある。
自分がよかれと思ってしたことが、相手のためになるとは限らない。
もしかしたら、瀧島君のお父さんもそうなのかな。
瀧島君のことをすごく思っているからこそ、彼と私を引き離そうとしているのかもしれない。
子どものことを心配に思う気持ちは、親なんだから当たり前だ。
(だけど……やっぱり、ショックだな……)
すると、夕実ちゃんがどんっと両手を机についた。
「ちゃんと、レイラ先輩に伝えなきゃ! そんなことしたら、逆効果だって。深谷先輩、レイラ先輩に嫌われたってショック受けて、勉強どころじゃなくなっちゃうって!」
「そうだね」と瀧島君がうなずく。
「レイラ先輩はもう帰ってしまったようだから、今夜の動画で『占い』として伝えてみるよ」
「ああ、それがいいな」
「ぐっ……! 雪うさは……瀧島とは別人格であって……! 厳密な意味での同一人物ではなく……!」
「いい加減現実を受け入れなよ、ヒサシ君」
みんなのやりとりを見て、瀧島君とくすりと笑い合う。
よかった。きっとこれで、レイラ先輩と深谷先輩のことは解決する。
(でも、瀧島君のお父さんのことは……)
もう少し、時間が必要になるのかもしれない。
胸に重たいものを感じながら、私はひそかにため息をついた。