2人1組の正義の怪盗「怪盗レッド」をやっている、アスカとケイの物語、とうとう完結!
1%の希望があるなら、つかみとる――それが、怪盗レッドだ!
全世界にむけ、はなたれた「終わり」の仕掛け。世界が壊れるまでの残り時間は、たった7日。平和だったこれまでの日常が、終わる!? そんなこと、わたしたちが、させないっ! 動くのは、たった6人の精鋭。一度以上、「敵」として、全力でぶつかったことのあるもの同士だからこそ……背中をまかせて戦える!
角川つばさ文庫の歴史に輝く「怪盗レッド」が、とうとう最終決戦。どうか、見届けて!(全5回、公開は2026年6月30日(火)まで)
4 「いざというときの1秒」のために
ラドロでの話しあいが解散になって、わたしたちはいそいで家に帰ってきた。
ケイと圭一郎おじさんは、さっそくウィルスの解析を進めるって、2人で部屋にこもっている。
解析自体を完了できる見こみはなくても、少しでも準備しておけば、必要なときに「1秒」をかせぐことができるかもしれないからって。
「いざというときの1秒」――か。
いいなあ。
わたしには、そんなふうにいま、なにかできることがないよ。
でも……。
「あのさ、お父さん。ちょっと修行に付きあって」
わたしは、お父さんに声をかけてみる。
「ああ。アスカがそう言うと思って、道場をとってあるぞ」
お父さんが明るく笑って、立ちあがる。
……見透かされてたみたいで、微妙な気持ちだけど。
やっぱり、こういうことでは、お父さんが一番頼りになる。
ここまでわたしを鍛えてきた「師匠」なんだもんね。
◆
胴着に着替えて、ストレッチで体を温めてから、組み手をはじめる。
最初はかるい打ちあいからはじめて、少しずつスピードをあげていく。
もちろん、手かげんなし!
わたしがちょっと本気を出したくらいで、お父さんを倒せるわけがない。
わたしの攻撃はすべて、受けとめられたり、流されたりする。
クリーンヒットがひとつもないどころか、手応えもないんだ。
ううう……まるで、あいつと戦っているみたい!
「タキオンと戦いになれば、やつもいるだろうな」
休憩の時間に、タオルで汗をふきながら、ぼそりとお父さんが言った。
やつ……?
「ファルコンだよ」
いま、ちょうど考えていた名前が出てきて、わたしはおどろく。
「えっ、お父さんも知ってるの?」
「いまの裏の世界で『最強』と、言われているからな。まだ若いときのファルコンとなら、一戦交えたことがある」
ええっ、初耳だよ!
「お父さんが⁉ で、勝負は!? どうなったの!?」
「こうして、いま無事でいるだろ」
お父さんは、肩をすくめて笑った。
……ってことは……
引き分けだったのかな?
それとも、逃げきれた、ということかな?
わたしの中で、いろいろな可能性が頭をめぐる。
お父さんも、とんでもない強さだけど、ファルコンは――言葉で表現できないくらい、強い。
わたしには、どっちが強いかは想像がつかなかった。
「でも、わたしじゃ、たぶん……ファルコンには勝てないよ」
わたしは、ひざの上で、汗をふいたタオルをぎゅっとにぎりしめる。
ニック・アークライトを止めるっ!
って言いきったけれど、あいつと対決する前に、ファルコンが立ちふさがるのは、まちがいないもん。
そうしたら、わたしは――……って考えると……こわいよ。
ポンッ
と、うつむきかけたわたしの頭に、お父さんの大きな手のひらがのった。
「かもしれない。だが、怪盗レッドの目的は、戦いで勝つことじゃない。
ターゲットを盗みだすことが、勝ちなんだ。――それを忘れるなよ。アスカ」
お父さんの瞳には、弟子としてのわたしを見る目と同時に……1人の子どものわたしを心配する様子も混ざっているように感じた。
「………………うんっ!」
そうだよね。
絶対に戦わなきゃいけないってわけじゃない。
目の前の戦いより、重要なことがある。
そこが、あいつ、ファルコンとわたしの、ちがいだ。
「というわけで。その助けになる技を、教えておくか」
お父さんが、ゆっくりと立ち上がって、距離をとる。
えっ、なになに?
いままで教えてくれなかった技が、まだあったってこと?
「いまのアスカなら、使えるだろ。……まあ見てろ」
お父さんは、発勁(はっけい)のかまえをとる。
それなら、いつもの発勁――
――ん? じゃないの?
「圧」というか。
雰囲気がちがうんだ。
お父さんの全身から、見たことのないほど強い「気」が放たれてる。
「はああっ!」
ブンッ、という音とともにくりだされた発勁は、空気をきり裂き、はなれた場所にいるわたしの髪まで大きくゆれた。
おもわず、全身に鳥肌が立ってた。
「な……なに……それ? ただの発勁じゃないよね」
思わず、声がかすれてしまう。
お父さんの発勁だからじゃない。
そもそも、まったくちがうものに見えたんだ。
「発勁の――ん――? 強化版、かな。威力は格段に上がるが、溜めが大きく体への負担もでかい。使いどころが難しい技だからな、下手をしたら自滅する」
見ているだけでも、それは感じた。
そして、いつも、わたしとの組み手の相手をしたくらいだと、汗すらかかないお父さんの全身から、汗がふきだしていた。
あの一撃だけで、それだけの負荷がかかっているっていうことだ。
「どう使うかは、アスカ次第だ。覚えてみるか?」
「もちろん! ありがとう、お父さん!」
これが、わたしにとっての「いざというときの1秒」になるかもしれないんだもん。
やるしかないよね!
◆
わたしはさっそく立ち上がって、直接、お父さんから指導を受ける。
技自体は、コツはいるけど難しいわけではなくて、2時間ほどみっちり練習したら、使えるようになった。
「おおアスカ。やっぱり実戦が一番、技を磨くなあ」
なんて言って、お父さんは満足そう。
それくらいでわたしが身につけられるって、思っていなかったみたい。
もちろん、わたしは「もう少しも動けない」っていうほど、力を使い果たしてる。
わたしは、道場の床に大の字にころがる。
ただの1つの技の練習なのに、全身汗だく。
からだ全体で呼吸を意識しても、なかなかととのわなかった。
「ほら、水を飲んでおけ」
お父さんが、水筒からコップに水を入れてわたしてくれる。
のどをうるおすそれは、こんな状況だから、冷たい水でもないし、スポーツドリンクでもない。
それでも、のどがうるおうと、少し元気がもどってきた。
お父さんは、わたしのそんな様子を見てから――。
顔つきを鋭くして、入り口のほうにむきなおった。
「――いつまで、のぞき見をしているつもりだ」
「えっ?」
わたしは、なんの話かわからずにおどろく。
すると、道場の入り口に、黒ずくめの男が、ふらっとすがたを現した。
あれっ、この人って……。
「ふうぅ……さすが初代怪盗レッド。これでも逃げ隠れするのを得意としているんですが」
「えええ、カラス!? なんでここにいるの?」
疲れもわすれて、わたしは立ち上がる。
この人は、情報屋カラス。
前に、わたしも二度、顔を合わせたことがある。
情報をもらったんだ。ケイによると、世界でも有数の《情報屋》らしい。
そんな人が、なんでわざわざここに……?
「私の仕事をお忘れですか、アスカさん。もちろん、情報を持ってきたんですよ。世界を救うためのね」
カラスは帽子をおさえて、おじぎをすると、うさんくさい笑みをうかべた。