3 可能性が0じゃないなら
「――まず、この状況についてだ」
アルフォンスさんが、きりだした。
「タキオンが開発した新型のコンピューターウィルスは、新スカイタワーにあったスーパーコンピューターを使って、一気に、世界中にばらまかれた。このウィルスは強力で、感染したネットワークを、瞬時に機能不全に陥らせる」
「でも師匠。どんなネットワークも、そういったものに対策はしているはずだろう? どうして世界中が、こんなに無抵抗にやられてしまったんだ?」
恭也が、疑問を口にする。
それについては、わたしも不思議だったんだよね。
なんで世界中同時に? そんなことどうやってできたんだろう? って。
「それについては、くわしいものから話したほうがいいだろう。――ケイ、たのめるか」
そう言って、アルフォンスさんが話をふる。
ひとつうなずくと、代わってケイが話しだした。
その息の合った様子は、まるでじつの祖父と孫みたい……ってそれはどうでもいいんだけど。
「それには、いくつか理由がある。1つは、タキオンの開発したウィルスの設計が、従来のウィルスとはちがいすぎ、まったく対策が不可能だったこと。
それでも、これが一部の国からじょじょに広がっていたなら、ワクチンを開発することもできたかもしれない。
だがスーパーコンピューターの処理能力を使って世界中に一気に広められてしまったことで、ワクチンを作るためのリソースが奪われた。それが一番大きな理由だ」
「リソー……ス?」
理想と、お酢……
じゃないってことくらい、わたしだってわかってるからね!!
でもさ、ケイは、かみくだいて説明してくれてるんだろうけど、それでも難しいよ!
「つまり、ワクチンを作るだけの、処理能力のことだな」
ん――……。
「つまり隙をつかれて、一気にやられて、動けなくされちゃった……ってこと?」
わたしが言うと、みんなが、深くうなずいた。
よかった、合ってたみたい。
「そうだ。スーパーコンピューターが複数のパソコンをつなげて情報を処理してるのは、見ただろう。それと同じように、コンピューターウイルスを開発するような、膨大な処理が必要になるプロジェクトは、1台のパソコンでは、とてもむりだ。そして、ネットワークが使えないいま、どこの国のスーパーコンピューターも、機能不全なんだ」
ケイがくやしそうに、くちびるをかんでいる。
「なるほどね……ワクチンを作るためには、解析する処理能力が必要だが、そのためのネットワークはウィルスに感染して使い物にならない。ニックは、ウィルスが最大効果を発揮するように完全な仕掛けを組んでから、ばらまいたというわけだ。……あの日、おれたちがウィルスを止められなかった時点で、世界は負けていたんだな……」
恭也の顔が、むずかしくなり、そして、かげをおびる。
そりゃあ、恭也も責任を感じているよね。
恭也はわたしたちと怪盗としての考え方はちがうけど。
「この世界を愛している」という意味では、同じなんだから。
守れなかった後悔は強く持っているはずだ。
それは、わたしとケイも同じ。
……思わず、くちびるをかんだとき。
「もう1つ、ぼくから、いいかな」
えっ?
顔をあげると、それまでずっとだまっていた圭一郎おじさんが、片手をあげている。
「なんだ?」
アルフォンスさんが、ほそめた目を、するどくむけている。
「ぼくも、少し調べたんだけどね。このウィルスの、現在の世界への侵食度は、推定80%。ここ数日で感染がはじまったウィルスとしては驚異的な数字だ。のこった20%も外と遮断したネットワークだから、かろうじて生きているというだけだよ。それらはどの国でも、水やわずかな電気などのライフラインの維持に使われてる」
圭一郎おじさんが出した、具体的な数字に、アルフォンスさんはおどろいたみたい。
「どうやって調べた?」
「ウィルスの性質と、世界中のネットワークの対策を考えたうえでの、計算の結果だよ」
圭一郎おじさんは、あたりまえのようにこたえる。
「……それをふつうに計算したら、1か月以上かかるものだ」
ケイが小声で、あきれたように、つぶやいている。
いやあの……ケイの反応って、どういうこと?
圭一郎おじさんは「初代怪盗レッド」だし、すごい人だとは思ってたけど、ケイをあきれさせるくらいの能力って……。
「――信じよう。それで? その計算だと、世界にのこされた時間は、どれぐらいになる?」
アルフォンスさんが、ズバリと、みんなが気になっていることを質問した。
圭一郎おじさんは、きびしい表情のまま、淡々とつづけた。
「とくに、発電が厳しいね。このウィルスのために、安全に発電できる施設が少ないんだ。電力が安定しないのは、そのせいだよ。でも、それも、もって、あと1週間ってところだろう」
「い、1週間……っ!」
思ってたよりも、ずっとずっと早いよ!
わたしは言葉を失う。
ほかのみんなも、そういう顔をしてる。
「……つまり1週間後には、世界の文明は終わりを迎えるということか。電力はいまや全人類の必須なものだ。電力なしでは、なにもできない――協力しあって持ちこたえるものもいるかもしれないが、逆に、これさいわいと悪事に染まるものもいるだろう……な」
「文明が失われれば、まずそのしわ寄せを食うのは、弱いものたちだ……弱いものたちから、あっさりと命を落としたり、奪われたりしていくだろう。そして、その先も……」
「原始的な生活の中、生きのこったとして。何億人、何十億人が、死ぬことになる……」
アルフォンスさんが、目をふせてつぶやくように宣言する。
「そ、そんな……っ!」
具体的な数字が出されて、あらためて規模の大きさに絶望する。
これは、災厄だ――しかも、タキオンによって……あのニックによってひきおこされたもの。
世界が終わる、なんて……。
そんなの、物語の世界だけだと思ってた。
ゾンビ映画とか、SFマンガの世界の話みたいだよ!
それが現実になる?
想像したら、背筋に寒気が走った。
身ぶるいして、わたしが言葉をなくしていると、恭也がかるく手を上げた。
「ちょっといいかな」
恭也の声は、いつもどおりに明るい。
こんなことをきかされたっていうのに、いつもの飄々とした雰囲気のままだ。
「ニックが本気で世界を終わらせようとしている。そのことはよくわかったよ。――それで?」
恭也が、瞳をきらりと輝かせる。
「どうひっくり返すんだ? 次は、それがききたいね」
恭也は、きれいにひろげた手のひらを、ひらり、と回転させる。
まるで、マジックのときみたいに。
「ちょっ、恭也!?」
わたしは、あきれ半分で、恭也を見つめる。
「おいおい。まさか子猫ちゃんは、おれたちが、あきらめるためにここに集まったと思ってたのかい?」
そ……っ!
「そんなこと、ないよっ! ……け、けど、あんまり大きなことだから……」
言葉が尻すぼみになっちゃう。だって。
どうすれば、世界を救えるのかだって、わからないのに。
のこり1週間しかないなんて。
そんなの、いくらケイだって、圭一郎おじさんだって、アルフォンスさんだって無茶じゃないかと思えてくるじゃない……。
「――――その方法は、単純だ。世界に広がったウィルスの、ワクチンを作る。これしかない」
横から、ケイの、はっきりした強い声がきこえて、わたしはびっくりして見る。
「できるの、ケイ? さっきは、むりだって」
そう言ったのは、ケイ自身じゃない!
「いまのままなら、だ。けど、ウィルスのマスターデータを解析できれば。――可能性は、ある」
ケイの声は、いままでにきいたことがないくらい、力強い。
「マスターデータ、ねえ……ニックがそんなものをのこしておくかな? 世界を終わらせたいなら、とっとと消去しているだろう?」
恭也が肩をすくめた。
ちょっとっ!
いったいどっちの味方なの? と思わず恭也をにらみつけそうになる。
「いや? 意外とそうでもないかもしれないぜ」
それまで、だまってきいていたお父さんが、自信ありげに笑みをうかべて、顔を上げていた。
ええっ!?
「お父さん、なにか思い当たることがあるのっ?」
「いや? おれにはないぞ」
はあああぁぁ!?
いきなり言いきられて、お父さんのバカッ! と、わたしは本気で怒ろうかと思ったけど。
それより先に、お父さんが言葉をつづけた。
「アルフォンスが、おれたちを集めたんだ。希望がまったくないなんて話をするためじゃないはずだろう……ちがうか?」
お父さんが、アルフォンスさんにまっすぐに目をむける。
そっか――!
自然と、全員の視線が、アルフォンスさんに集まる。
一番年長のアルフォンスさんは、さすがにつかれを隠せない顔をしていたけれど、眼光は鋭い。
「おまえは、またそうやって人まかせか、変わらないな、レッド……だが、わしにもまだわからんのだ。あの白里響が『可能性を確認してくる』と言った。集合に遅れているのは、そのせいだ」
あ、そうか。
この場に、白里響がいないもんね。
「響は、どこにいったの? なにをしてるの?」
「あの高校生探偵、本当にたよりになるのかな?」
あれ、恭也は、響のことをあんまり信用してないみたいな言い方だ。
というか、あんまり好きじゃないのかな?
怪盗と探偵なんだから、なかよしになれるわけないのは、たしかだけど。
なんてわたしは思ったんだけど、お父さんはあっさりと、
「よっし、なら、いまはそちらは響くんに任せるしかないな。
どちらにせよ、おれたちはニック・アークライトの居場所を突き止めて、対決する必要がある。だろう?
ワクチンを作れたとしても、さらに次の手を打たれたら意味はない」
と話を進めていく。
「!」
そうだよね。あのニックと、対決するんだ。
もし、ウィルスへの対抗手段ができても、ニックが自由なままなら、また次になにをしてくるかわからない。
あいつを止めるしか、方法はないんだ。
「ニックの居場所は? わかってるの?」
わたしは、アルフォンスさんにきく。
「いや。まだつかめていない。ただ日本国内にはいるはずだ。国外に出れば、わかるからな。いま、ラドロを総動員して、日本中を捜させている」
オーケー!
結論はシンプルじゃない!
「じゃ、ニックの居場所がわかり次第、あいつらの動きを止めるのと、コンピューターウイルスのワクチンを作ること! その両方をやらないと、世界は救えない。
のこり時間が少なくても、可能性が0じゃないなら――やるしかないよね、このメンバーでっ!」
わたしは、自分の不安をふきとばすつもりで、あえてみんなに宣言するように、言いきった。
わたしの気持ちが伝わったみたい。
恭也。
アルフォンスさん。
おとうさん。
圭一郎おじさん。
そして、ケイ。
それぞれが、決意をかためた顔で、しっかりとうなずきかえしてくれる。
――――あと1週間。
世界は終わるのか。
救えるのか。
それが決まる、最初で最後のカウントダウンが、はじまった。
第3回につづく
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