6 先輩からのムチャぶり!
中休みの教室。
吐く息こそ白くはならないけど、指先までじんわり冷えが残っている。
エアコンが、低い音を立てて動いていて、暖かい空気を送ってくれているけれど、窓ぎわや、ろう下側の席は、どうしても冷気がしのび寄ってくるんだ。
となりの席の子が、肩をすくめるようにしてる。
昨日の爆発事件のことは、映像で見たときは派手でさわがれたけど、被害も少なかったし、とくに続報もないためか、教室でだれも話題に出している様子はなかった。
だけど、わたしはそういうわけにはいかない。
気がつくと、考えてしまうんだ。
心に不安があっても、ここで、いつもどおりにすごすしかないんだよなあ……。
そんなことを考えながら食べ終わったお弁当箱をしまっていると、ガラッと教室のドアが開いた。
とたんに、ざわっと教室内がざわめいた。
なんだろう?
顔をあげて、ドアのほうに目をむけて、わたしはすぐに理解する。
「Hello、アスカ!」
こちらにむかって、片手をあげているのは――――理央先輩っ!
わたしはあわてて立ちあがって、ドアのほうにむかう。
「どうしたんですか先輩、中等部の教室までくるなんて!」
理央先輩は、高等部の3年生。
しかも、スター級の有名人だ。
中等部の生徒からしたら、そのすがたを見るのだって、おおさわぎだよ。
理央先輩に気づいたクラスメートから、次々と小さな悲鳴のような声があがる。
先輩がここまでくるあいだにも、うわさがかけめぐったんだろう。
教室の外からも、次々と顔をのぞかせる人がいて、あっという間に人だかりになった。
まるで、アイドルが現れたみたい。
「え、あの清瀬先輩がきてるの?」「ほんもの?」「きゃ、手ふってくれたよ!」
はあ……。
――理央先輩は、中等部時代には「伝説の生徒会長」と言われるほどの、すごい実績を数々のこした人らしい。
詩織会長も、実咲も、もとはといえば、この理央先輩の影響で生徒会をめざしたそう。
そんな理央先輩だから、高等部に上がったら、さらにすごいことをやるんだろうな……?
と期待していた人たちをあっさりかわして、先輩がやったのは、なんと「怪盗部」なんていう変わった部活を立ちあげて、その部長になること!
怪盗レッドの大ファンで、それが高じて、生徒会長をやっている時間がなくなった――なんて言ってたっけ。
ひと言で言うと、かなり、ヘンな人だ。
でも、その人気ぶりはいまだに本物で、うちの教室の外のろう下は、ちょっとしたお祭りみたいになっていた。
「アスカに、おさそいがあってね」
その人だかりを気にした様子もなく、理央先輩は話しだす。
「なんですか?」
個人的なおさそいだけなら、いつもみたいに電話だって、メッセージだってよかったのに……。
わたしは、まわりのおおさわぎは気にしないことにして、話をきく。
「ひと足早いクリスマス会を、大々的にやろうと思ってね。直接伝えたくて、いてもたってもいられなくてさ。ねっ、アスカも参加するだろう?」
理央先輩は、わるだくみするような笑顔を見せる。
「クリスマス会!? そりゃ楽しそうだし、参加したいですけど……先輩、受験勉強は、しなくていいんですか……?」
と、わたしはえんりょがちにきいてみる。
理央先輩は高等部の3年生。
年が明ければ、大学受験が目前だよね。
クリスマス会なんかやってて、いいのかな?
「ぼくはね、おもいっきり遊んでからのほうが、頭が冴えるんだ。それに、1日ぐらい息をぬいたって、どうってことないさ!」
「はあ……」
そんな理屈、受験生の保護者がきいたら、倒れると思う。
それに、会の準備のことなんかを考えると、とても「1日」じゃすまない気がするけど……?
「ほんとに、だいじょうぶなんですか? 大貴先輩と健人先輩なんか、この前会ったとき、ふらふらでしたけど……」
理央先輩といっしょに「怪盗部」をやっている、高等部3年の2人の先輩には、理央先輩みたいな余裕はなさそうだった。
顔つきもげっそりして、ノートを見てぶつぶつ言いながら、外を歩いてたし。
「だからだよ。あの2人は、勉強にのめりこみすぎなんだ。あの調子だと、受験の日がくる前に、倒れそうだよ。アスカもそう思わないか?」
理央先輩は、肩をすくめる。
あ、そうか。
あの2人を、心配しての企画……なのかもしれない……ううん、わからないけど。
2人のためっていうなら、もっと小さい会でもよかったはずだよね?
中等部のわたしまで巻きこむくらい大きな企画にするのなら、やっぱり、理央先輩の趣味なんだろうな。
でも、まあ理由はなんでもいいか!
「そういうことなら、参加します!」
わたしは、大きくうなずく。
気がかりがあることには変わりないけど……なにもせずに立ち止まっていたって、鬱々としちゃうだけだもん!
パーティーで気晴らしくらい、してもいいよね?
「よ――――――しっ!」
すると、理央先輩は、わたしの両肩にポンッと手をおいた。
「じゃ、アスカには、中等部のとりまとめを、たのむね!」
「へっ?」
おもわず間のぬけた声をあげてしまった。
「あくまで個人発案の会だ。場所は学校を使わせてもらうつもりだけど、主催を生徒会にやってくれとは、たのめないだろう? だから自分たちでやるんだ」
「そ、それはそうですけど……」
さっき参加するって言っちゃったから、ここで断りにくい。
理央先輩、これを狙ってたんだ!
「アスカは顔が広いし、中等部の生徒会長の親しい友だちだ。いろいろ動きやすいだろ?」
「…………理央先輩、もしかしてそれが目的で、わざわざわたしを、さそいにきたんですか?」
わたしは、じろりと理央先輩を見る。
「……はははっ! そんなわけないじゃないかぁ!」
先輩、思いっきり、目をそらしてるけど……もう!
「――わかりました。やりますよ」
せっかくの、理央先輩のたのみだもんね。
もしかしたら、高3の理央先輩がやる、最後のイベントになるかもしれないんだし。
雑用くらい、やらせてもらおう。
「助かるよ、アスカ。じゃあ、くわしいことは、またトークアプリで送るから」
理央先輩はひらひらと手をふって、教室を出ていった。
遠ざかっていくようすが、ろう下から歓声があがってわかる。
また、声をかけられるたびに、手をふって応じているんだろうなあ……。
理央先輩のこんなすがたを見られるのも、あと数ヵ月なんだ。
そう思うと、不意に胸の奥を、寂しさがじわっとしめつけた。
もともと、中等部と高等部で、しょっちゅう会えるわけじゃなかったけど、理央先輩がこの学園からいなくなって、かんたんには会えなくなる。
それって、思った以上に大きいことだよね。
このチャンスを逃したら、もうこんな機会はないと思う。
事件のことが、常に頭にあることには変わらないけど――。
だからこそ、いまは思いっきり楽しもう。
理央先輩やみんなと笑える時間を。
絶対に、大切にしたいから。
第3回につづく
書誌情報
- 【定価】
- 858円(本体780円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323903
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