2人1組の正義の怪盗「怪盗レッド」をやっている、アスカとケイの物語。30巻での完結が発表されていて、いよいよ残りは2冊!……さみしいけど、物語はクライマックスにむかって超もりあがっていくから、ぜひ最後までついてきてね! その最新巻である、29巻をためし読み!
「世界の敵」タキオンの最終攻勢の予感……それとはうらはらに続く、いつもの楽しい学園の日常。そのたび思うんだ。「この平和を、壊させない」って。そのために、わたしたちはレッドをやってきたんだから――!(全3回、公開は2026年3月30日(月)まで)
0 プロローグ
消毒液の匂いが、鼻の奥を、ツンと刺激する。
蛍光灯の光と、白い壁が、やけにまぶしく感じた。
わたしが歩いているのは、病院のろう下。
もう何度もきた道だから、目的の部屋にも、もう、まったく迷いなくいけるよ。
ある個室のドアの前で、わたしは立ち止まる。
コンコン
ノックをして、それから、ドアを開けた。
縦に長い部屋の真ん中あたりに、ベッドがおかれている。
奥の窓のカーテンは、半分ぐらい開いていた。
わたしは、ベッドに横になっている人と目があって、にっこりと笑った。
「こんにちはっ、アリー先輩っ!」
わたしは、かるい足どりで、ベッドサイドまで近づく。
アリー先輩は、横たわったまま、顔だけでわたしのほうを見て、うすくくちびるを開いた。
「……アスカ。また、きてくれたの」
「――!」
その声は、いつもより、ずっとずっと、か細くて。
耳をすまさないと、ききのがしてしまいそう。
顔色は、透きとおるみたいに青白くて、血の色が感じられない。
それでも……アリー先輩が、生きている!
わたしを見て、うっすらと、その顔に、ほほえみをうかべているんだ!
「前より、声がしっかりしてます。よかった!」
わたしは、さっそくイスをひっぱってきて、ベッドの横にすわる。
見ると、2日前に持ってきたお見舞いのお菓子が、まだある。
けど、前より2つほど数が減っているから……もしかしたら、気に入ってくれたのかもしれない。
「リハビリが、はじまった」
アリー先輩が、よろめきながら、体をおこそうとする。
手助けしようと、わたしはさっと動こうとしたけれど、やさしく首をふられた。
そのままアリー先輩は、自分だけの力で、ベッドの上で座りなおす。
「もうそんなに動けるんですね!」
「でも、だいぶ時間がかかった。もう、12月」
アリー先輩は、ほんの少し、不服そうな顔をしている。
でも、それはしかたがないよ。
――あの日……アリー先輩が、銃に撃たれたときのことを、思いだして、わたしはおもわず、ぶるっと体をふるわせる。
撃たれた直後、どんなに傷口をおさえても、止まらなくて。
アリー先輩の細い体から、びっくりするほどの血が流れてしまった。
なんとか病院に運ばれてからも、先輩は、ずっと集中治療室に入ったままだった。
「命は助かった」ってきかされても、安心なんて、ぜんぜんできなかった。
時間なんか、いくらかかってもいいよ。
いま、先輩と、こんなふうに話ができることさえ奇跡みたい。
神様に感謝せずには、いられないよ。
「だいじょうぶですよ。どんなに時間がかかっても、先輩がもどってくるまで、いつまででも、待ってますから」
わたしは、布団から出た先輩の右手を、両手で、そっとにぎりしめる。
「……うん。待ってて」
アリー先輩が、かすかな力で、それでも多分、せいいっぱいに、ギュッとにぎりかえして、言ってくれる。
そんなふうにこたえてくれるなんて、思っていなくて。
わたしはおどろいて、目を見ひらいてしまう。
だって、いままでのアリー先輩なら。
未来を約束するようなことを、言ったりはしなかったから。
いまになって思うと、それは、アリー先輩の立場では、しかたがないことだったのかもしれないけど。
わたしはずっと、悲しかった。
そのアリー先輩が、「待ってて」って言うなんて……!
「はいっ! 待ってます!」
わたしは、涙ぐみそうになりながら、満面の笑みをうかべて、返事する。
アリー先輩の右手をはなして、そっと布団の中にもどしてから、わたしは立ちあがった。
「つかれさせちゃうから、もういきますね。またすぐ、きます」
あんまり長くいると、アリー先輩に負担がかかるからね。
そうじゃなくても、けっこうわたし、頻繁にきてるし。
「ありがとう」
アリー先輩の視線に見おくられて、わたしは病室を出る。
病院を出ると、外は12月らしく、いきかう人々の、せわしない空気が伝わってくる。
でも――どうするのかな、アリー先輩。
病室で、ききたかったけど、きけなかったこと。
12月。
それは、中学3年生のアリー先輩にとっては、もうすぐ中等部の卒業の時期がせまってるってことなんだ。
気になるのは、アリー先輩が中学を卒業したあとのこと。
どう考えているんだろう?
春が丘学園は私立だから、エスカレーター式で、そのまま高等部へ進学する人が多いけど、先輩は……。
入院が長引いているから、出席日数が不安だ。
でも、アリー先輩は成績優秀だし、きっと、ほかの方法で、学園は対応してくれると思う。
だから、わたしが心配しているのは、そういうことじゃなくて……。
アリー先輩の「気持ち」なんだ。
うちの高等部にいくつもりがあるのか――この先も、この街で暮らすつもりがあるのかなって。
もしかしたら、この街から……ううん。
先輩の場合は、この日本から、いなくなってしまったって、おかしくないんだ。
そのことを考えると、胸がギュッとくるしくなる。
だから、ずっとききたいけど、きけない。
いつも、病室にいく前には、今日こそきこうって思うんだけど……先輩を目の前にすると「体を治すことのほうが先だよね」なんて、自分に言い訳をして、きけないんだ。
だって。
もし、「いなくなるよ」なんて言われちゃったら……。
あ~あ。
わたしって、けっこう臆病だ。