5 ブラック・タキオンの「布石」?
「ごめんっ、水夏に今日、部活休むって伝えて!」
放課後になったとたん、わたしは、かばんをつかんで全速力で走りだしていた。
「あっ、アスカ……?」
だれかが言ったときには、わたしはもう、教室にはいなかったはずだ。
生徒でにぎわう昇降口を、つむじ風のようにすりぬけて、校舎の外に出る。
寒い風が、頬を刺すように吹きつける。
だけど、足を止めることなんて、できなかった。
胸のざわつきが強すぎて、呼吸は苦しいのに、それさえ気にならない。
信号を待つ数秒さえもどかしく、青になった瞬間、飛びだすように走った。
毎日、かよい慣れた道なのに、今日はやけに遠く感じる。
「ただいまっ!」
いきおいこんで部屋に入ると、ケイがいつものようにパソコンの前に座っていた。
「ケイ! ラドロのビルのこと!」
わたしは、ケイの背中にたずねる。
「いま調べているところだ。アルフォンスから連絡が入っている。有栖や恭也、それにアルフォンス自身も、無事だ。死者はいない。――けど、ラドロの中の数人が軽傷をおった」
ケイは背中をむけたまま、淡々と報告してくれる。
「……!」
わたしはおもわず、安堵のため息をつきそうになって、グッとこらえる。
有栖ちゃんやアルフォンスさんの顔が、頭にうかんで、すごくホッとした。
けど、それだけじゃないよ。
受付で笑顔を見せてくれた女性。
ろう下ですれちがった、スーツすがたの人たち。清掃員さんたちだっている。
あのビルは、ラドロのものだけど――直接、泥棒をやってる人たちだけじゃない。
軽傷ってことは、みんな、無事なんだよね。
「爆発したのは2階と、23階だった。2階は会議室、23階は資料室だ。ちょうど、人のいない時間に爆発したから、命にかかわるけがをした者は、いなかったらしい」
「……事故じゃ、ないね?」
「状況から考えれば、仕掛けられた爆弾だろう。アルフォンスもそう判断している。どうやって仕掛けたかは、わからないが」
「やったのは、ブラック・タキオン?」
考えられるのは、それしか思いうかばない。
「……ラドロはいま、国内で大規模な裏組織だ。敵対するのがタキオンだけとは言わない。が、アルフォンスはうまく、国内の、そのほかの勢力ともバランスをとっている。それを考えれば、ラドロ本部に、ここまで大きな攻撃をしかける存在は、あのニック以外にはいないだろう」
そうだよね。
「初代ファンタジスタ」だったアルフォンスさんが、怪盗を引退してラドロを作った真の目的は、タキオンへの対抗に全力を注ぐためだった――っていう話だし。
日本の中で、タキオン以外に敵を作るつもりなんかないだろうしね。
「ニックの目的は? ラドロへの攻撃なのかな?」
いきなり真正面から? って思うけど。
もともと敵対してはいるんだから、いつ攻撃をはじめたって、不思議じゃないよね。
「いや。単純な攻撃だとしたら、あまい。狙いはそこじゃないはずだ」
えっ!? あんな爆発を――あまい?
わたしの頭が疑問でいっぱいになったのに気づいたらしく、ケイが、こちらをふりかえる。
「この爆発によって、ラドロのビルには、警察が入る。そのことによって、一時的にだとしても、ラドロは活動が止まる。――それが、やつの最大の狙いだろう」
「活動が止まるって……そっか。ラドロには現役の泥棒集団なんだから……」
考えてなかったけど、たしかにそうだ。
爆発があった場所なら、警察がきて捜査するよね。
もちろんアルフォンスさんが、まずいものが見つかるような、うかつなことはしてないだろうけど、たとえ被害者側だとしても、根城の中を、警察がウロウロしていたら……。
「そういうことだ。しばらくラドロは、組織として身動きできない。たった爆弾2つで、やつらは、ラドロの動きを止めてみせた」
ケイが、こんなにけわしい表情になるのを見るのは、ひさしぶり。
「これで終わりじゃ……ないよね?」
ラドロの動きを止めて。その先にあるのは、なに?
「ニックの最終目的はわからない……ラドロを『つぶす』ことじゃないのは、たしかだ。重傷を負うような被害者を出さなかったことからも、わかる。警戒心を高めすぎないためかもしれないが……」
「目的のために、そのほうが都合がよかった?」
ニックは、無意味なことも、効果がうすいことも、選ばないはず。
そういうやつだっていうのは、いままでのことからも、わかってる。
ケイは、しずかにうなずく。
「ひとつ言えるのは――これは終わりじゃない。むしろ、次の一手への布石かもしれない」
その言葉が、重くのしかかってくるみたい。
もう、はじまってる。
でも、はじまったばかり。
正体のわからない、不気味な、なにかが。
いやでもその実感が迫ってきて、わたしは、ただ息をのみこんだ。